キスローテーブルにもたれ掛かって、机に突っ伏して項垂れている。
前を向けば、向かい側に座る狗巻先輩。
暇だなぁ、と。
告げる事が出来ないのは、唯が勝手に狗巻先輩の部屋に着いて来ただけだから。
先週、長期の任務から帰宅した先輩は。
怪我もなく元気そうでほっとしたけれど、座学の課題が溜まっているらしい。
彼の前に広がっているのは、2年生の数学の教科書とノート。1年生の私にはあまりよくわからない数式やらが並んでいて、見ているだけで眠くなる。
課題が残っていると聞いたけれど、何となく授業の終わりに部屋に着いて来た。
何となく、
一緒にいたくて。
お菓子を食べたり本を読んだり。色々静かにしていたけれど。
やる事もなく手持ち無沙汰で、机に突っ伏して課題に取り組む狗巻先輩を見ていた。
相変わらず長い睫毛にサラサラの髪が羨ましい。制服は早々に脱ぎ捨ててラフなTシャツ、今日はマスクもせずにシャープペンシルを黙々と動かしている。でも時々止まったりもする。
構ってほしいとは、言えないけれど。
不意に、狗巻先輩が顔を上げる。
机で項垂れる唯を見た。
目が合えば。
「ツナマヨ」
小首を傾げてから、唯の体勢を真似て机に伏せた。その顔が柔らかく笑う。
「いくら〜」
狗巻先輩が机に伏せたまま、シャーペンを持たない方の手を伸ばして人差し指を立てる。少しごつごつしているけれど、男の人にしては白くて細く長い先輩の指。
つんっと唯の唇に触れた。
そっと唇を撫でたかと思うと、それを自分の口元に持って行く。狗巻先輩はその指先の腹に唇を寄せて、小さくちゅっと音を立てて、わざとらしく笑う。
「……?!」
一瞬の、出来事だったけれど。
唯は何も言えずに、耳まで真っ赤になってしまう。頭を抱えるように机の上に蹲った。
急に心拍数が上がる。
「狗巻先輩…からかってます…?」
顔を上げずに呟くと、頭上では微かにカサカサとシャーペンが紙に動く音が聞こえた。
ツンツンと頭をつつかれる。
「ツナツナ」
その声に目線だけ上げて狗巻先輩の方を見ると、シャーペンでノートの端を指し示す。
“ つづきはあとでしてあげるね ”
また真っ赤になる唯を見て、狗巻先輩は笑っていた。
End***