君に伝えたい君にその言葉を伝える事が出来たら、
どんなに幸せで嬉しいのだろう。
「おかえり」
陽も落ちて辺りは暗い。
寮のあちこちに灯りが灯る。
任務が終わって寮に戻れば。
薄暗い寮の入り口で待ち構えていた唯を見つけて、隠した口元に思わず笑みが溢れた。
「明太子」
ただいま、と告げる。
彼女の口からは白い息が見える。
黒の制服にコートを身に付けて。
微笑むその顔に、手を伸ばしてその頬に触れると、とても冷たくて。棘は思わず目を見開いた。
…なんで。
小柄な棘よりもひと回り程小さなその身体。
ぎゅっと包み込むように抱き寄せる。
…いつからここに居たんだろう。
しなやかな細身のその身体はやはり冷たい。
その首筋に棘がそっと顔を埋めた。
「…なに?どうしたの?」
困ったように、けれど唯は棘の背中に手を回す。
棘はそのまま、ぎゅっと瞳を閉じた。
久しぶりの彼女の匂いに、胸が温かくなる。
何だかほっとしたような気持ちになる。
棘は口を開いて、
でも、その言葉を飲み込んだ。
君にその言葉を伝える事が出来たら、
どんなに幸せで嬉しいのだろう。
いつもの語彙を絞ったその言葉でも、たぶん唯は不自由なく意図を汲んでくれる。
でも。
自身の口元のチャックを下ろす。
ちゅっと音を立てて唯の首元に軽く吸い付いた。舌先を這わせると、びくりと彼女の身体が跳ね上がる。
「ん…っ、なっ…何するの、急に…っ」
唯は棘の背中に回していた手を離して身動ぐ。咄嗟に棘の胸に手を当てて、離れようと力を込めたが、拘束されたままびくともしない。
棘の両腕にも、唯を離すまいと力が篭る。
もう一度、柔らかな唯の首筋に噛み付いて、棘はゆっくりと顔を上げた。
彼女を抱き寄せて、逃げられないように背中に手を置いたままその顔を覗き込む。
「…な、に?今日の棘、なんか変だよ?」
変、と言う訳でもない。
いつも通りだ。
いつも通り、唯を独占したくて。
真っ赤な顔をして少し潤んだ瞳で棘を見る唯と、目が合った。
愛おしい。
その、全てが。
片方の手で、唯の頭にそっと触れて。優しく撫でるように髪をすく。
棘が口を開いた。
ゆっくりと唇を動かす。
“ す き ”
色のない言葉で、告げる。
動かない…否、動けない唯の耳元に顔を近づけて、もう一度唇を動かす。その耳に、触れるか触れないかの距離。
“ す き ”
棘はまだ何も言えず、動けずにいる唯を解放する。口元のチャックを上げて、悪戯に笑って見せた。
君に、その言葉を。
ただ伝えたかっただけ。
End***