帰り道大好きな人とお出かけ出来るなんて、本当に幸せだなって思う。
学校も任務もない日曜日の夕方。
規則的に揺れる電車に、狗巻先輩と並んで座る。都心から離れた位置にある高専に向かう電車は、次第に人が少なくなっていく。
昼過ぎから何となく出掛けた唯たちは、買い物をしたり、お茶をしたり。よくある普通のデートを楽しんだ。
唯は手元にある今日買ったばかりの服を入れた紙袋を、ぎゅっ握り締める。先輩が選んでくれたのは、桜色のワンピースだった。
電車の窓からは遠くに沈む夕陽が見える。電車内全体が、オレンジ色に輝いていた。
ちらりと狗巻先輩を盗み見れば、何やらスマホを覗いているようだった。時間でも確認したのか、すぐにポケットにしまう。
「明太子?」
首を傾げた狗巻先輩が唯を見る。
黒のマスクに、紫がかった深い色の瞳。その顔と目が合うと、やっぱり恥ずかしくて唯の胸が高鳴った。顔が赤いのは夕陽のせいにして、唯は先輩から目を逸らす。
「…なんでもない、です」
逸らした目を追って、狗巻先輩は唯の顔を覗き込む。
「ツナツナ」
言って、いたずらっ子のように笑う。
狗巻先輩は、唯の身体に自分の身体を寄せて、片手で唯の手に触れる。唯と先輩の真ん中にふたりの手を持って行き、ひっくり返して掌を上に向けた。
「狗巻先輩…?」
もう片方の手の人差し指で、唯の掌に文字を書いていく。わかり易いようにゆっくりと、くすぐるように、狗巻先輩の細長い白い指先が動く。
か わ い い ね
一文字ずつ読んで言葉が繋がると、唯の顔は真っ赤になった。そんな唯を見て笑う狗巻先輩。
「狗巻先輩、…からかってますよね?」
「おかか」
握っていた掌を、もう一度狗巻先輩がくすぐった。唯はまだ赤い顔でその指先を見る。
と
そこで指が止まって唯を見た。
「…と?」
「しゃけ」
親指を立てて満足げに笑う。そして再び指を動かす。
げ
「げ?」
「しゃけ!」
「………!」
意味は察したけれど、恥ずかしくて声が出ない。狗巻先輩はわくわくした様子でこちらを見ている。
「狗巻先輩…?」
「おかかー!」
マスクの中の頬を子どものように膨らます。
納得いかないらしい。
唯は真っ赤な顔を下に向けた。
狗巻先輩は、出会った時から“狗巻先輩”だったから、今更恥ずかしくて声に出来なくて。口を開いては恥ずかしくて止める。
そんな唯の掌に、自分の掌を重ねるように持ち替えて、狗巻先輩の指先が絡まった。細く長い指先だけど、男性のそれだとわかる骨張った先輩の手。
「……先輩…?」
「おかか」
「………とげ…先輩…」
唯は小さく小さく呟いた。
「おか、…?しゃけ…?」
「………?」
顔を上げると、先輩は少し戸惑ったような顔を見せる。何かが想定外だったらしい。今度は唯が首を傾げた。
「……とげ…?」
呟くと、狗巻先輩の顔が明るくなる。
「しゃけ」
目を細めて優しく笑う。
よく出来ましたと言わんばかりに、頭をぽんぽんと撫でてくれた。
絡まった唯の指をぎゅっと握る。そのまま狗巻先輩は唯の肩にもたれ掛かった。肩にかかる髪がくすぐったい。ふわふわした髪からは石鹸の匂いがした。唯も、広い肩に身体を預ける。
「……棘…先輩」
口の中で先輩の名前を小さく呟くと、やっぱり恥ずかしくて唯は少しはにかんだ。また心臓がドキドキと早くなる。隣からツナマヨ、と小さく返ってきた。
呼び捨てはなんだかまだ気恥ずかしくて、ハードルが高い…。
唯は目を閉じる。
最寄りの駅までは、あと少し。
End***