おやすみ my girl「ゔぅ……」
朝から調子が悪かったのだ。周期的にもしかしたらな、とも思っていた。布団にくるまってミスタは唸る。臓器という臓器を掻き混ぜるような感覚には、どうしても抗うことなんて出来ない。悪態を吐くことも、意識を飛ばすことも出来なかった。ミスタには今ひと月の一回の地獄、生理が訪れていたのだ。
「ヴォックスごめん……」
しかも折角のデートの日だというのに。二人とも休みを取って久しぶりのデートだ、と意気込んでいたらこれだ。不運にも程があるとミスタは布団の中で涙ぐむ。
「気にしなくとも良いさ。お前と共に過ごすだけでデートのようなものだからな」
そう声を掛けながら、ヴォックスは布団の上からミスタの背を撫ぜる。芋虫のように丸まってミスタは布団の中で蹲っており、背中に当たる少しだけ雑なヴォックスの手の感触が、心地良かった。
「でもぉ……」
生理中というものもあり、弱気になりかけているミスタに対し、ヴォックスはミスタの頭側の布団を捲ってミスタと顔を合わせる。琥珀の瞳が、暗闇の中にいるミスタだけを捉えた。あまりにも綺麗な瞳に吸い込まれそうになってしまって、ミスタはぱちくりと青空のような瞳を瞬かせる。
「なんだ、ミスタは俺と過ごすだけじゃ不満か?」
力なさげにフルフルと首を振る。それにGood girlと額をコツン、と合わせてヴォックスは微笑んだ。
「あったかい物を作ってきてやろうな。何が良い?今日は特別だ。身体に良いお前の望むものを作ってやろう」
布団から手を離し、立ち上がろうとするヴォックスの服の袖を、ミスタは布団の中から手を伸ばしてクイと引っ張る。
「なにも、いらない……」
「傍に、いて」
不安げに揺れるミスタの瞳を捉えてヴォックスは頷く。安心させるように布団の中に覗くミスタの額にキスを落とした。
「俺が共に過ごすと言ったしな。中に入っても良いか?」
ミスタはコクリと頷く。満足げに口元を緩めて、ヴォックスはミスタの籠城する布団に入り込んだ。
暗い世界の中、二人は顔を合わせる。
「だいぶ痛いか?」
「ん〜ん……ヴォックスと話してマシになったかも」
「それは光栄だ」
熱を持つ額に再びキスをする。リップ音が狭い布団の中に響いてミスタは幸せそうに微笑む。とろけた様に笑うミスタに、理性が溶けかけるがそこはヴォックスのプライドが許さずに額から、瞼、鼻先、唇へと順にキスを落としていくことで抑えた。
「今日は家でデートだ。休みなんていつでも取れるのだから気にするな」
「ん……ありがと、ヴォックス」
「可愛い可愛い俺のハニーを気にかけるのは当然のことだろう?」
にへら、とミスタは笑う。
「じゃ、ヴォックスはダーリンだ」
「お前のダーリンがこんなにも心配しているんだ。いくらミスタでも自分を邪険にするのは許さないぞ」
瞳を瞬かせる。ふへ、とだらけた笑い声がミスタの口から漏れた。二人分の体温で布団の中はぽかぽかと温まっている。その所為で随分とミスタの言動が溶けているが、これこそ恋人の特権と言えよう。同じペースでトン、トンとミスタの背を優しく叩く。赤子を寝かせるようなその動きに、最初ミスタは不満げな表情を見せていたが、次第に少しずつ瞼が落ち、睡魔に抗えないようで瞼が開いては閉じ、を繰り返し始めた。
「ゔぉっくす、だいすき……」
最後に寝ぼけ眼でとんだ爆弾を落とし、ミスタは安心しきったように眠る。ヴォックスの胸に縋るように丸まり、当初の苦しそうな表情は一切見えない。この様子では暫く離れられそうにないな、とヴォックスも意識を落とすことを選択肢に入れる。
「良い夢を。my sweet girl」
そう言祝いで、ヴォックスも瞳を閉じ、意識を夢へと追いやったのだった。