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    炎博♀『悪魔になれないただの人 / 終わりを許さぬ悪魔』
    両片思いって、いいよね…という話です
    博♀の自殺未遂描写があります

    悪魔になれないただの人 / 終わりを許さぬ悪魔 ロドスの甲板と言えど、この方舟の表面として挙げられる区域は広大なものだ。オペレーターが集まっては歓談する賑やかな場所もあれば、背の高いフェリーンが時々鳥を遊ばせているような場所もある。

     ロドスの後方支援と前線の合間にて働く彼女には仕事場以外の居場所が無かった。
     ここに辿り着くまでの経緯が少々特殊なものであったので、身分や顔を公にして賑わいに紛れることもできなければ、仕事以外で国営企業の長たる人間に近付くこともできない。話しかけるなんて以ての外だろう。

     彼女には友人が居なかった。幸いなことに業務を評価する人間は多く居たものの、昼食はカウンターに向かい黙々と摂るような有様だ。その様子を見て話しかけられる機会にも恵まれたものの、友人としての関係の育み方など忘れてしまったので上手く話すことすらできやしない。
     結果として得られたのは休憩時間に発生したミーティングと、それによる業務の円滑さだけだ。
     時折“ドクターみたいだね”、という囁き声の評価が耳に入る。作戦部の長を示すそれが良いものであるのか悪いものであるのかすら、分からない。

     故に、彼女は自然と人気のない甲板へ辿り着いた。そもそも友人など必要なかったのだ、業務で最低限コミュニケーションを保てていれば生活に何も問題はない。
     ロドス本艦の隅にある第6甲板東、その更に隅にある予備機材コンテナ保管区域。日当たりは良いが屋根はない。風向きの影響を受けやすく喫煙者も寄り付かない。通常航行中の強い風に塗れる状況下でしか、ひとりぼっちを慰めることができない。ここでしか、ひとりぼっちにもなれやしない。
     そうだ、彼女はこの場所でひとりであるはずだった。あの硬いブーツの足音が聞こえるまでは。

     その男は初めに甲板に続くドアを開き、強風をコンテナの影で凌ぐ彼女を見て露骨な溜息を吐いた。ファーストコンタクトとしては最悪の部類に入る。しかし男は荒野と方舟の境にある柵に肘を掛け、ゆっくりと遠くを眺め始めた。
     ロドスに最近入ってきたオペレーターなのだろう、背丈は彼女よりも高く、腰に提げた刀は方舟の平穏すら足蹴にする警戒を確かに示している。
     頬に源石を浮かべた男は、自分が居座ってもコンテナの横で膝を抱え続ける彼女を一瞥すると軽く尾を揺らした。“いないもの”として扱う気でいるのだろう。だから自分も“いないもの”として思え、と無言の脅しが伝わる。
     幸運なことに彼女が求めていたのは正しく“いないもの”として扱われることだったので、結局昼休憩の終わりを示すアラームが鳴り響くまでその静寂は続いた。彼女が去る様に男は振り返りもしなかった。先程と同じように、ただ荒野の向こう側を眺めているだけだった。

     ――

    「食べていないのか」

     その静寂が日課となってから数週間後、初めて風音以外の低音が甲板に響く。驚いて顔を上げれば訝しげな目線とかち合う。

    「昼飯」
    「え、あっ……」
    「毎日そこで座っているだろう、飯は食べていないのか」

     一瞬、男は自分を追い払いたいのかと思った。久方ぶりの世間話に戸惑い上手く声が出ない。思考ばかりが無駄に加速して、業務以外の緊急事態に対応できなかった。

    「食べてない、……です」
    「腹は減らないのか」
    「いや、その、えっ……と」

     水分はあるから大丈夫だ、と言いたくて身じろぐと、途端に唸るような腹の音が響く。そういえば朝から固形のものは口にしていなかった。とはいえ他人とはいえ恥ずかしい音を聞かれたことに対する羞恥が勝って、思わずはは、と乾いた笑いが漏れる。馬鹿にされてもおかしくのない醜態であるが、男は同じように笑って懐から何かを取り出していた。
     そうして手渡された携帯食料を口に放り込む。よく噛んで柔らかくしなければ嚥下することもできぬ代物だったが、何故かそれは途方もなく美味しくて、歯に引っかかる乾いた食感をいつまでも記憶していたかった。特段これが好物な訳では無い。現に、カロリーの摂取だけを目的とした食料の味は察するべきものである。
     しかし彼女にとっては初めて、価値のない素の自分に与えられた優しさだった。味はどうであれ、この上なく嬉しいことに変わりはないのだ。

     ――

    「どうしてロドスに所属しているんですか」
    「殺してやりたい奴がいる」
    「……そうですか」
    「長く傭兵をやっていれば仇もできる」
    「理解できません」

     せせら笑う声が横から聞こえる。
     食料を手渡されて以降、彼女はコンテナの横で座るのを止め、男の横で同じように荒野を眺めるようになった。最初こそ怪訝な目を向けられたものの、彼女がただ静かに遠くを見ているだけなのだと知って、男は次第にいつも通りの暇つぶしに戻った。
     ただ以前と異なるのは、互いに相手を“いないもの”として扱わなくなったことだろうか。挙句の果てに簡素な会話さえ持ち掛けられるようになったのだから、本当に人間関係というものは分からない。

     あの日持ち帰った食料のラベルを調べたところ、前線に立つオペレーターにのみ配給されるものだった。万が一の生命線になり得るのだから、ここまで味が酷いのも納得できる。しかし男は日常の食事としてこんなものを食べている。
     今も食堂でテイクアウトしたサンドイッチを食む彼女には到底理解できなかったが、男の出自を知っている今では、それを咎めることもできない。荒野の風を受ける姿は彼女と同じ人のそれであるのに、男は生まれやそれまで辿ってきた人生の全てにおいて、彼女とは何もかも違うのだから。

     男のことは、少し調べれば直ぐに分かった。
     前衛オペレーターとしてエンカクというコードネームを持つその男は15年もの時間を戦闘に捧げ、画面に映る作戦記録の中では鬼神の如き殺戮を繰り広げる。鉱石病の治療には極めてと表記されるほど非協力的で、病の根絶を掲げるロドスの中でも異類に属する……簡単に言えば、彼女と同じひとりぼっちに区分される人間だった。
     まあ、彼は寧ろそれを望んでいるのだろうが。

    「理解を求めてはいない」
    「ならば何故話すんですか」
    「お前になら話しても支障はないだろう」
    「その殺したい人を特定して、あなたを遠ざけるように言うかもしれませんよ」

     男は一瞬息を呑む。表情をこれまで以上の無に帰した後、途端に腹を抱えて震え始めた。発作かと思い背に触れるも、上がった口角からは鋭い牙が見えている。サルカズ特有の、彼女とは生まれからして異なる存在であることを示すそれは、他の何物でもない“笑み”だった。震えは押し殺した笑いであったのだ。堪えきれずに漏れた声はかつて食料を手渡された時のものとは似ても似つかない、正しく悪魔が嗤うようだった。
     彼女は背から手を離す、本能的に男から距離を取った。やがて男は自分を落ち着かせるように深く息を吐き、相変わらず笑いを噛み殺しきれない様子で口を開く。

    「お前になど不可能なことだ、奴には悪魔が憑いている」

     ――
     その日、ドクターは明確な過ちを犯した。
     元より無理のある作戦だったのだ。敵となった傭兵団はロドスが想定しているよりも数段執念深かった。
     作戦の目標である要人を保護してからというもの、1日以上かかる帰路は奇襲に塗れたものとなった。ドクターはそれでも神がかった指揮で打破を試みたものの、幾度目か分からぬ襲撃の最中、撤退できずに後方支援の女性が1人、死んだ。
     寧ろ1人の犠牲のみで済んだことを、周囲は喜んでいた。本艦へと戻り久々の平穏に包まれる中、バイザーの下でドクターは止まらぬ悪寒と戦う。
     賑わいを見せるバースペースの扉、少し開いたそれの向こう側には暗い廊下が広がっていて、廊下からは1人の子供がドクターの方をじっと、見つめていた。
     子供は不幸な犠牲者の実子だった。子供は泣き喚きもせず、泣き腫らした顔でドクターの姿だけを目に写している。
     たかが選び捨てた1人、されど子供にとっては唯一の肉親だ。恨みを抱こうにも、その当人が祝福の中心にいるのだから怒りの行き場がない。
     それからというもの、ドクターは作戦後、毎回のようにトイレに駆け込んでは嘔吐した。己が間接的にとはいえ、あまりにも簡単に奪う命の重みは腹の痛みとなって現れる。外で待つオペレーターたちに気取られぬよう、直ぐに表情を戻せるように、引き攣った笑顔を浮かべながら、吐いた。
     無理矢理歪めた口角から漏れる息は、自然と笑みのような吐息となっている。命を奪っても笑えるような人間であれば良かったのに、ドクターはどこまで行ってもただの人間だ。

     積み重なった罪悪は、最初からこうなる運命だったのかもしれない。甲板の隅の隅、夜の闇と普段より強い風にも構わず足を進め、柵に手をかける。
     ここを選んだのは、ドクターが唯一ただの人間であっても支障のない場所だったからだ。
     ドクターの犯した罪の象徴たる男を長い間騙して、仮初の平穏を楽しんだ。しかし、それももう終わる、男もようやく、ドクターという呪いから開放される。
     それが途方もなく嬉しく感じたのは、何故だったのだろうか。柵を乗り越え身を投げようとした瞬間、昼に見た男の横顔が過ぎる。
     ああ、よりにもよって、最も恋をしてはならない男に恋をしてしまったのか。
     身体は方舟を離れ、底すら見えぬ暗闇へと落ちていく。

     ――

     ある高度にて、ドクターの落下は止まった。否、止められた、と表現する方が正しい。
     見上げればこれ以上ないほどの怒りを浮かべた男がドクターの腕を掴んでいた。急いで駆け込んで来たのだろう、体力に恵まれたはずの男の額には汗が垂れており、掴まれた手首は痛みを感じるほどに強く掴まれている。
     甲板へと連れ戻された時には落下の衝撃で頭を強く打ってしまった。
     がんがんと後頭部へ響く痛みの最中、ドクターは現在置かれている状況の異常性について考える。

    「何をしている」

     見ればわかるだろうに、男は体勢を立て直しそう告げる。何も言うことができずに周囲を見渡せば、コンテナの横に紙袋が落ちていることに気がついた。驚いて目を見開く。それはここにいたドクターではない“彼女”が好んで食べていた、食堂の恒常メニューが包まれたものであったからだ。
     男はようやく手を離すと、不機嫌そうに尾を振りながら紙袋を拾う。そうしてぐちゃぐちゃに崩れたサンドイッチを取り出し、ドクターに差し出した。

    「食え、好物だろう」

     一瞬訳が分からなくなるも、昼食を共にしていた女がドクターであると知られていた、という事実に思い当たる。IDカードも偽装し巧妙に証拠は隠していたものの、いつから知られていたのか。それ以上に、男が殺してやりたいほど憎む相手を救った理由が分からなかった。刺すような目線に促され、座り込んだままサンドイッチを口に含む。泡沫とは言えど、求めてやまない普通の味がした。

    「どうすれば黙っていてくれる?」
    「……俺を傍に置け」
    「作戦に必ず君を編成しろ、という意味か」
    「お前を常時監視できるポストを用意しろ」
    「……秘書でいいか」
    「この際、何でもいい」

     ――

     初めて見た時、その女はコンテナの影で膝を抱えていた。昼休憩の時間に来て座り込んでは呆然と宙を眺めている。
     食料を渡したのはただ、顔見知りが餓死する様を見たくなかっただけの行いだった。戦争の最中とは違いこの方舟では1人の死が重要視される。あまつさえ、孤独な死者に異類が絡んでいたとなればロドスにおいての処遇も危ぶまれるだろう。
     当時はドクターへの執着のみが頭を占めていたのだから、ロドスを離れないために哀れな女1人に構ってやるくらい、問題がなかった。

     少しばかり事情が変わったのは会話をするようになって暫くした頃、女の言葉がやたらと耳につくようになってからだ。女はやたらと“聞き上手”だった。彼は特段会話が好きな部類ではないが、話しているうちに自然と口数が多くなるのを感じていた。

    「ならば何故、話すんですか」

     時折女はふと、温和な声色に妙な鋭さを孕ませることがあった。それは女のような戦闘に縁のない者が放つにはそぐわないもので、まるで幼子の悪行を問い諌める母親のようだ。
     す、と思考に切り込まれる感覚は最初こそ“気の所為”として片付けたものの、下らない会話を重ねるにつれて疑惑は確信へと姿を変えた。

    「お前になら、話しても支障はないだろう」

     得体の知れない女など関わらないことが最善だろう。そうとは理解していても、人間としての予感が彼をここに導いてやまない。この女には何かがある。彼をより高みに押し上げるものか、反して地獄に叩き落とすものかは分からない。
     とはいえここまで関心を惹かれている時点で主導権を手渡しているも同然なので、半ば意地のような言い訳を吐き出す。
     苦し紛れの忍耐の最中、ふと女の刺すような目線に気がつく。その刹那、ぞわりと背筋に寒気が走るのを感じた。埋葬した記憶を無理矢理呼び覚ますような感覚、この悪寒を、彼は知っている。

    「その殺したい人を特定して、あなたを遠ざけるように言うかもしれませんよ」

     その声色が孕むのは心配でも嫌味でもない、提言として何気なく発されたそれには確かに彼を試す意図があった。驚き、彼は初めて女の顔をしっかりと見る。
     揺れる髪、長い前髪は風に吹かれて今までよく見えなかった瞳を晒す。睫毛に縁取られたそれは明確な警告を示している。弱者と知っていて目の前の人間を警戒する強者など存在しない。故に彼は面食らった。
     しかし気がついた、彼はこの“警告”をかつて身に受けたことがある。

     何故今まで思い至らなかったのか。

     所属を曖昧にする女の正体、君臨する性別不明の指揮官、かつて彼の全てを変えてその全てを忘れた、忌々しくて仕方がない、“殺してやりたい奴”当人。
     自分をこの方舟にとって価値のない人間だと思わせておいて、無遠慮にも復讐の遂行のためにアドバイスすらしてみせるような人間を1人、彼は知っていた。 目の前の弱者と忘れられない強者が重なる。

     途端に込み上げた愉快さに任せてひたすらに、笑う。こんなに面白い話は久々だ、しかしここで堪えてしまうのは性に合わない。どうせならば、その勇気ある警告に敬意を表してやろうではないか。

    「お前になど、不可能なことだ」

     女は警戒を隠さずに間の抜けた声で返す。しかしその佇まいは彼を心から警戒しているものではない。舞台でで踊る役者を見るかのような目つきで、ただ悪魔の狂いを見ている。

    「奴には悪魔が憑いている」

     違う、と言いたげに目が細められる。何を考えているのか、知りたくて仕方がない。“殺したい”というシンプルな感情は荒野の風と共に消えてしまった。今は“奴”の何もかもを、この手に収めてもがく感触を楽しんでから、ゆっくりと咀嚼してやりたい。
     このような振る舞いでは明日も同じように会うことは叶わないのだろうか。己に生じた別種の狂いはかつて忌避していたものだが、この際どうでもいい。

     何より、こうなる運命ならば共に受け入れるべきだ。お前には悪魔が憑いているのだから。









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