ノンアルコール・モヒート!(15) いい男というのは何を着てもいい男らしい。
サルエルタイプのスウェットパンツにパーカー、Tシャツを貸した。藍湛が履いてたのは、革靴だから更にはサンダルだ。俺も似たような格好してるけど、藍湛はモデルかと思う程着こなしていた。
外に出て、近所のカフェに向かう。俺の行きつけだ。途中でめちゃくちゃ注目浴びてる藍湛は、涼しい顔してた。慣れてるのか気付いてないのか…。
店内に落ち着いたものの、視線はあちこちからやってくる。注文したコーヒーとサンドウィッチとホットサンドを待つ間、ゆっくり新聞を読む目の前のいい男を俺はじっと見つめた。
「…………何?」
視線に気付いた藍湛が、此方に目を向けて問い掛ける。
「いい男だなって思って」
率直な感想を耳にした藍湛は一瞬瞳を揺らしただけで、再び新聞に視線を落とす。返事は無しかと思ったら少ししてからぽつりと呟かれた。
「君は、可愛い」
褒めてるのか。褒めてるのか、それ。
「俺よりいい男は藍湛くらいしか知らないな」
再び視線を向けられる。言外に自分もいい男だと主張を絡めて告げた言葉だけど、藍湛の返事の前に珈琲が到着した。
珈琲を飲む為に新聞を畳んだ藍湛は、本当にお行儀がいいと思う。新聞をちゃんとラックに返してきてから珈琲と向かい合う。
「私が惚れている男がいい男じゃないはずがない」
さらりと告げられた言葉に、目元に熱が集中するのがわかる。藍湛は珈琲を静かに飲んでるのに、一人で照れてる俺が馬鹿みたいだ。
「俺を照れさせられるのなんて、藍湛くらいだ」
降参、と言うように片手を挙げてカップに手をつける。藍湛はゆっくり珈琲を飲んで、僅かに微笑んだ。まるで特権だと言うように。
サンドウィッチは藍湛、ホットサンドは俺。それぞれ運ばれてきたので食べ始める。俺はあれこれ話すけど、藍湛は物を食べながら殆ど話さない。けれど、頷いてるから聞いてくれる。
「帰ったらわかってるか?」
食べ終え珈琲を飲みながら、この後する事を確認するように問い掛ける。
「ごろごろ、する」
その返事に俺は満足して頷き、伝票を手にレジへ向かおうとした所で、藍湛にさらりと伝票を奪われた。スマートにご馳走してくれる辺り、本当に慣れてないのかと疑わしくなる。
「本当に恋人とか、いた事ないのか?」
マンションへの帰り道。何気なく聞いたけど、首を横に振られる。嘘が吐けるタイプでもないだろうけど、あまりに色々とスマートだ。
「私が、したいと思ってる事をしているだけ」
いい男は何をしてもスマートに見えるものなのか。しかし、昨夜の行為は…
「君こそ……」
不安げに小さく呟かれた。それをあっけらかんと笑って否定する。過去に、心を奪うような人と出逢った事も、身体を重ねたいと思った人もいない。
「俺は、過去に恋愛経験皆無だよ。そんな相手もいなかったし、興味もなかったし。一生一人で過ごすんだって思ってた」
しかし、藍湛は何処か疑わしい目をしてくる。何か疑わしく思われる事したか?
「口で、初めてあんなに……」
それか。
「藍湛と同じ。したいと思ったようにしてただけ。それを言ったら、藍湛の昨夜だって……」
お互い初めてなら、比べる相手も居ない事に気付いたのはほぼ同時だった。顔を見合わせて笑ってしまう。
不毛な会話はいつの間にか終わり、マンションに帰り着いた。エレベーターで上がる途中、手を繋いできた。こういう所、可愛いと思う。
靴を脱いで中に入ると、伸びをする。リビングに入ってソファに座るよう促す。まだ午前中だ。アイスコーヒーを二つグラスに入れて、リビングに戻る。
ローテーブルにグラスを置いて、折り目正しく座る藍湛に膝枕をしてもらう。腹に抱き着く。優しく背を撫でる手が心地よい。
「藍湛」
見上げて頬に手を添えると、その手を掴まれてしまう。その掌に口付けをする様はとても綺麗で。陽光を受けて輝いて見える。
「ごろごろしよう」
とは言え二人で並んで寝られるほどソファは広くない。藍湛にベッドに行こうと提案して、アイスコーヒーを持って寝室に向かった。