ノンアルコール・モヒート!(19) それから数ヶ月。
「マスター、モンタナを」
藍湛からの注文に一瞬手が止まる。そちらを向くと穏やかな眼差しとぶつかり自然と目元が赤くなる。金曜は決まって頼まれるモンタナ。しかし今日は水曜日。
「あれ?シンデレラ君明日お休みなの?」
女子大生、そこ突っ込むな。
「……うん」
「じゃあ明日は店休日になるかもしれないのかぁ。」
何故そうなる。無言でモンタナを作り始める俺を見て女子大生は舌を出した。
「あんまり大好きな彼氏と話してたら、マスター不機嫌になっちゃうね」
笑いながらテーブル席に戻る女子大生をつい、ジト目で見てしまう。本当に、若い子ってすごい。色々な意味で。
「………ったく。藍湛、はい」
藍湛の前にモンタナを置く。すると藍湛はコースターごと此方に差し出してくれる。いつもの流れだ。
「マスターに」
綺麗な指で差し出されたそれを、俺は満面の笑みで受け取る。ヴィンテージ・ポートの味を舌で転がして飲む。
「藍湛、夕食は?」
店内は穏やかな空気が流れてる。比較的小さな声で問いかければ、藍湛はノンアルコール・カクテルを置いてから口を開いた。
「何か食べたいものは?」
「ビーフシチュー」
「先に帰り、作っておく」
「本当に?遅くなるかもしれない」
「待ってる」
藍湛の言葉に嬉しくなる。俺の家に「帰る」と言ってくれるだけで胸が熱くなってしまう。
周囲にわからないよう、そっと手を握れば藍湛は視線を落とした。耳が赤くなっている。
「マスター、おかわり」
常連客の注文に、手を撫でるように滑らせて離しながら其方に向かう。
少しして藍湛は、自分が飲んだサラトガクーラーとモンタナの二杯分をきっちりと支払って、七時前に帰って行った。こういう所、律儀だなって好感が毎度上がる。
ビーフシチューを目指して、閉店まで頑張った。楽しみな事があると、時間が遅く感じるのは不思議な現象だといつも思う。
しかし、時間は過ぎ去るものだ。スーパーで買い物してる藍湛を想像して、一人笑いを堪えながら洗い物をしていたら本日最後の常連客がお会計をしに来た。これで閉店にしてしまおう。
「今日はいつもよりご機嫌だったな」
「そう?そうかも」
隠す事なく会計を計算する。伝票を見て、そこに金額を書き込み確認して金額を頂戴した。
「噂で聞いてるよ、おめでとう」
目をぱちぱちさせてしまう。そして、この店に来る常連客の優しさに胸がじんわりと温かく満たされる。
「ありがと。今度紹介するよ」
「いいのかい?楽しみにしているよ」
落ち着いた感じの壮年の男性客は、そう言って帰って行った。日付が変わって少し経ったばかりだ。思ったより早く帰宅できそうだ。
閉店業務を開始する前に、藍湛にメールを送る。スマホをポケットに入れたまま、片付けや掃除を簡単に済ませる。着替えて店を出た所で、藍湛からメールがあった。
『迎えに行く。いつもの道を来て。』
ニヤけるのを抑えられない。駆け足で帰り道を走る。
家まであと少しという所で、藍湛を見つけた。俺は両手を広げて走って行って、思わず飛びつくように抱きついた。
「藍湛!」
難なく抱き留められて、その頬に唇を寄せる。
「お疲れ様、魏嬰。思いのほか早かった…」
「急いで帰ってきたからな!」
嬉しそうに藍湛は目を細めた。お腹もペコペコだ。藍湛のビーフシチューを早く食べたい。
「帰ろう」
その一言だけで、とても嬉しくなってしまう自分を抑えられない。手を繋ぎマンションに向かった。
エントランスを抜けてエレベーターに乗り込んだ瞬間、どちらともなく強く抱き締め合い唇を貪り合う。
「ん………っ…藍湛、…」
甘い吐息すら吸い込む口付けは、目的階に着いてしまって中断された。何となく足早に自室の扉に行き、鍵を開ける行為すらもどかしく転がるように中に入る。
藍湛は扉に俺を押し付けるように両腕で閉じ込めた。そのまま唇を合わせる。藍湛の首に腕を回し、顔を傾けて唇を啄んでいたら、舌が侵入してきた。それを受け入れ、ぬるりと絡ませる。
唾液の絡む音と、吸い付く音。それだけが響く玄関で、藍湛は膝頭で股間を押し上げてきた。
「…っ…ぁ…藍湛、待っ……」
顎を引いて制止を掛けようとするものの、更に唇を追われて言葉は吸い込まれていった。
「んっ……ぅ…」
「魏嬰…」
濡れた声で名を呼ばれ、下半身がキュンとしてしまう。兆しに気付いてゴリゴリと膝頭で押し上げられて、完全に勃起するまであと少し…
「藍湛…ッ…ん…」
唇から離れた藍湛のそれは、耳に寄せられた。濡れた舌が耳孔を犯す。反射的に顔を傾け、頭と肩で藍湛の頭を押さえ付けてしまう。
「魏嬰……君が欲しい…」
耳元で甘く囁かれたそれは、俺の脳天に電撃を走らせるに充分で。びくんと体を震わせてから、藍湛の左手を手に取り股間を押し上げる膝頭を退かして下半身のその奥に誘う。耳を甘く食んで、吐息を吹き込む。
「藍湛…藍湛を食べちゃいたい…此処に、欲しい…」
藍湛が背筋をぶるりと震わせた気がした。