「コーヒー飲み過ぎ」
ソファに座る阿選の上から覗き込んだ驍宗は阿選の持つコーヒーカップを取り上げた。
「……」
阿選は黙って驍宗を見上げる。言い訳をする気はなかった。経緯は、というと仕事上がりに家に寄れと驍宗に言われ、阿選は一度は断った。断ったけれど、彼の養い子も楽しみに待っているからと言われれば断るのは大人げないと感じて了承し、そうして家に訪れれば養い子がコーヒーを淹れてくれたから飲んでいたのだ。
「ごめんなさい、驍宗さま。僕が……」
「蒿里か。阿選は仕事中でもコーヒーばかりだから家では違うものを、と言っておいただろう」
「でも、阿選が僕のコーヒーをおいしいと言ってくれたのが嬉しくて」
阿選はこの擬似親子の茶番劇を無表情で眺めた。驍宗は蒿里と呼ばれた少年が阿選を警戒していることを知っているし、少年は驍宗と阿選が恋仲なのを知っている。だから、この擬似親子の会話は様式美みたいなものなのだ。口を挟むだけ無駄である。
それに。
「ご馳走様でした」
少年が作った食事をいただき、驍宗の家を後にする。長居する気はないからだ。驍宗と少年の時間を邪魔するつもりもない。
「じゃあ、蒿里。阿選を送ってくるから遅くなったらちゃんと寝るんだぞ」
「僕もう高校生なんですから。心配しないでください」
苦笑する少年に背中を押され、阿選と驍宗はドアから追い出された。
「いつもすまんな、蒿里が」
「いや、……」
蒿里というのはあだ名だという。本名は別にあるというが、阿選は教えてもらったことはないし知ろうと思わなかった。
「っ、阿選」
エレベーターに乗り込むと同時に阿選は驍宗の小指に自分のそれを重ねる。
名前を知らなくても、少年がこうして自分に驍宗の時間をくれるのを知っているから。だから、阿選は驍宗に家に誘われても固辞しないし、少年が淹れてくれたコーヒーを美味しくいただくのである。