春を抜けた青空のはじまりではじめ高一(158cm)
綱高二(170cm)
死に物狂いで掴み取った合格の証を経て、はじめは綱と同じ大学に通うこととなった
先日行われたフレッシュマンのセミナーやカリキュラムの説明、先輩との交流を目まぐるしくも終えて気がつけば時節も4月の中旬を迎えていた
これから4年、苦楽を共にする学友たちと別れて校内のカフェテラスで綱と待ち合わせをしていると、座った窓辺の席から雲一つもない眩しいほどの青空が広がっていた
(⋯3年前の今ぐらいか、初めて部活で先輩と試合稽古したの)
********(場面転換3年前)
高校に入学し希望の剣道部への入部希望が受理されて初めての部活動を迎えたはじめ
新入生たちは準備運動や基礎体力を付けるための筋トレメニューなど基本的な部分を部長からレクチャーされ、その後経験者と未経験者分けて初回の練習は開始された
新入生の実力調べと称し、経験者の方はそのまま部長からわたなべと呼ばれた2年の先輩に試合稽古をつけてもらうことになった
今年の経験者は6人だ、お前が打てるのは面のみにしてハンデをやってくれ
わかりました
全国大会に出てる子もいるみたいだぞ
そうですか
たんたんと話す内容にはじめを含めた一年は口には出さないものの全員が思った
一人で6人を相手にするのか?しかも打てるのは面だけ
はじめの他にも同級生には全国大会に進出している猛者もいた
そんなやつを相手に六人も相手にして体力がもつのか
よし一年、誰が一番槍になるか見ものだな
部長がそう言うやいなや渡辺は開始の位置に着いた
先輩を待たせるなどご法度の世界、慌ててまずは一人出ていく
が信じられない光景が広がっていく
中学では自分と同じか、かなり実力があった同級生たちはハンデをもらったにもかかわらず、バタバタと一本を取られ足早に戻っていく
文字通り手も足も出なかった
戻ってきた生徒たちは口々に、
動きが早くて見えなかっただの足捌きがおかしいなど言っており、多少自身の実力を自負していたはじめも迫る順番に怯えていた
いざ自身の番になり竹刀を構えると途端に降りかかる重圧に周りの音が消える
(なんだよ!こんなのバケモンじゃん!!?)
体の動き一つにしても無駄なところがない、一つ一つの動きから先が全く読めない
はじめが攻めあぐねていると先に動いたのは2年の渡辺
足捌きを確認した時にはすでに竹刀が振り下ろされてもおかしくない距離まで到達し、面を叩き込もうと腕を振り上げていた時であった
が、はじめも同級生たちが先陣を切って手合いしてくれていたのをただ見ていた訳では無かった
繰り出された面の一撃は何とか受け止めた、重たい一撃だった
その際にぐらついた体の隙を逃すはずもなくすぐに来た次の面への一撃ではじめはあえなく敗北する
立礼の位置まで戻り、礼を行ったあとも腕や足の裏から痺れるような感覚が続いていて一人の先輩と数分だけ打ち合ったとは思えないほどの疲労がやって来た
対して渡辺は経験者数人との打ち合いを経ても足取りも変わらずスタスタと2年が練習している場所へ戻ろうとしていた
部長が渡辺に声をかける
つなー、手加減⋯してそれだよな⋯
一年の実力に合った力を出しただけです
おまえ一年にちょっと顔見せてやれよ
小手を外して面の防具を取り初めてその顔を確認すると息も乱さず、汗もかかず、体温の上昇すら感じられない小綺麗な顔が現れた
気になった子いた?
聞かれた渡辺は全員を見回したあと
いえ、俺個人としては⋯。ただ辞めないで残ってもらえたら幸いです
と静かに話すのみだった
厳しいな相変わらず⋯、というわけで2年でいちばん強い渡辺綱先輩だ1年生たち、俺たち3年がいなくなったら間違いなく部長になるからしっかりとしごかれていけよー
あまりにも巨大な壁がそびえ立つ様子に1年全員は震えて息を飲んだ
ただはじめだけはその鮮烈な佇まいに心と体が震えて沸き立つ強い憧憬の気持ちを抑えられないでいた
(あの先輩に勝ちたい、追い付いてその背中を超えたい)
初めて熱くなる胸に早鐘が止まらなかった
小学生の頃から始めた剣道ははじめの性に合っていたようで上級生たちに混じって稽古をすることも多かった
楽しい思いもした反面幼いながら出る杭は打たれるということも肌で感じて学んだために憧憬対象となる相手は悲しいことに現れなかった
それからというもの、はじめはもう一度渡辺に試合稽古を申し込みたい一心で部活では先輩たちと同じメニューに慣れるまで数週間様子見ながら自宅でも素振りや筋トレを続けて体を作っていった
(へばってたら絶対に相手にしてもらえない⋯)
1ヶ月もすれば経験者は竹刀による打ち合いの稽古も上級生たちと合流する
部長の気まぐれで一年で上級生と試合稽古したいやついるかと鶴の一声がかかる
はい!!!僕やりたいです!
いの一番に手を上げるはじめ
お、元気いいな、えっと⋯斎藤か、誰とやりたいんだ?
⋯渡辺先輩にお願いしたいです
その瞬間一瞬道場が鎮まり、そしてザワつく
部長たちはやけに楽しそうだ
綱、ご指名だぞ~
2年と3年からも渡辺か、綱を指名するのかとざわつきが止まらない中、後ろの方から竹刀を持った綱がゆらりと出てくる
急いではじめも開始の位置に着く
相変わらず場に出れば凪のような静かな圧が周りを支配するが途端攻めの気配になれば激流のような苛烈な圧に変わる
☆打ち合いのシーンは書けないし描けない
まだまだ本気出してない様子の綱、それでも意地になって食らいついていったおかげか、前回よりは長く打ち合うことが出来た
勝つことこそ出来なかったが新しい太刀筋の感触を得られたことははじめにとって大きな成果だった
前回は一度面を防いだだけだったが⋯、その時よりは長く場に留まれたな
!
(先輩⋯僕との稽古覚えてたんだ!)
ぐっと、胸に来る気持ちを抑えて礼を尽くして元の場所に戻ろうとすると、大変良い健闘をしたはじめに他の先輩たちから労いとアドバイスの言葉がかけられる
斎藤、渡辺に追い付きたかったら最低でも筋トレのメニューは倍やって初めてスタートラインな
でもその前にまずは体でかくしないと、肉食え肉食え
先輩たちからちゃちゃを入れられながら同級生たちの元へ戻ると今度は賞賛の声がかけられる
(斎藤すげーな!
渡辺先輩の弱点とか見つけたか?!
よくあれ受けて腕吹っ飛ばなかったな!)
こんなそんなではじめ、上級生と同級生たちから一目置かれるようになる
今までの環境ではなかった言葉になんだかこそばゆい気持ちになるはじめ
そこから毎日高体連に向けて追い込みがある中部長は先輩との手合いの時間を作ってくれるようになる
いつもはじめは綱を指名するのでそのうち部長から「絶対指名して来るからもう終わったあと綱と残って稽古しろ」と言われる
時間通りに帰りたいのですが⋯
次代の可能性を広げるのも次期部長の役目だぞ
⋯分かりました
渋々はじめのためにまずは10分だけ残ることを了承する
毎日毎日部活の後に時間が来るまで綱に食らいついていく様子に最初は部長から言われたからと義務で付き合ってた綱もあと一本だけ、もう10分と付き合いも長くなっていく
内心綱もはじめのことはちょっと見どころのあるやつだなと思い始めてきて、少しずつアドバイスとかもしてくれるようになる
部活後の残り練習が1時間を越すようになる頃には一緒に帰るようになった
初めて部活以外で綱と話すはじめは綱の人となりを知る
部活に関してはかなりストイックだが、人としてはそこまで冷たいわけでもなく、意外と情もあり少し抜けてる(世間知らず?)ことも発覚して人間味を感じた
そして部活中驚くほどストイックな姿勢についてもその理由を知ることとなる
いつか⋯必要になる時がやって来るから、幼少期から手を抜かずにやっているだけだ
剣道が必要とはなんだろう、とそこはあまり深く考えなかったが自分よりももっと小さい頃から竹刀を握っているのは気になった
具体的には何歳から⋯
⋯あまり覚えてはいないが⋯少なくても3歳で道場には通っていたな
そっかぁ⋯そりゃ先輩が強いのは当たり前ですね
追い付きたいと思っていた背中は、すでにスタートラインの時点で違うことを知り内心項垂れるはじめ
簡単に追い付けるとでも思っていたか?
いえ、その逆です、あまりに背中が遠すぎて⋯
どれほど逆算しても現時点では追いつく見込みを想像できない
それでも心の中でした決意に揺るぎはない
それでも、僕は⋯先輩が卒業するまでには絶対に勝ちたいです
今はまだ下から見上げることしか出来ないがはじめのその真剣な眼差しに、綱はその場で歩みを止めて目を丸くした
渡辺先輩?
⋯俺と打ち合って、そのようなことを言う奴に初めて会った
その目が今昇っている月みたいだな
と、口にこそ出さなかったがその表情ははじめの心の中に一日居座ることとなった
今日の月は欠けが見えない綺麗な球体だった
******(また日が変わる)
ある休日の練習日、高体連の試合の合間を縫いはじめの居残り練習に付き合う綱
試合もあり最近はなかなか相手をしてやれなかったため久しぶりの試合形式の稽古だが、開始早々その一挙一動に手応えを感じ始める
(こいつ俺の動きが見えるようになってきたのか?)
打ち合いが出来てない間にも手を抜かずに練習に取り組んでいたんだろう成果を感じ取り、
綱は柄にもなく嬉しくなり攻めの手を変えはじめた
!?
はじめは咄嗟に反応をし一撃をいなしてそのまま様子を見るために距離を取った
(今までの練習ではほとんど見た事のない動きだ、これは───)
(高体連で見た強いヤツと戦ってる時の先輩の動きだ)
その証拠に面の奥で覗く綱の表情は目はギラつき口角は上がってるように思えた
それを認識した途端心臓が強い拍動を始めて身体中に一気に血液を送り出した
(この間までとは違う攻めが来る)
そう思った瞬間綱が間合いまで入り込んでくる
踏み込んで叩き込まれる一撃の速さが比ではない、そして速さだけではなくその回数が今までに比べて段違いであった
今での攻めは例えるなら相手の反応を見ながら流れるように一撃一撃を的確に狙っていく水のような攻勢であったが、今は反対に攻めの手を緩めずひたすら数を叩き込んでいく業火のような攻めだった
(まにあわねぇ!)
小手の攻めを弾いた次の一撃は間に合わず渾身の一撃を面に食らい、はじめはその衝撃で受身も取れず後ろに倒れてしまった
っ斎藤!?
はっと我に返る、その場に竹刀をおいてはじめの元へ駆け寄る
綱は自身の小手を外し面を取るとはじめの面も紐解いて取る
?
頭に巻いてた面手ぬぐいも取って赤みなどないか確認してる
すまん、俺の動きを読まれていたので少し攻めの手を変えたんだが⋯
本当にほとんど見たことの無い動きでした⋯
よく見ているし、咄嗟に反応もできた、大したものだ
高体連の試合では見た事のある動きだったので
よく覚えているな
それは⋯、
いつか絶対に先輩に勝ちたいから⋯、先輩の試合は忘れたくないんです
自身の気持ちを吐露するのはやはり恥ずかしくて少し不貞腐れたようになりながらも口にすると、綱の雰囲気が緩む
ふふ⋯前にも聞いたなそれは
何回でも言いますよ
俺もまだまだ先にいくぞ
じゃぁもっと追いつけるように、練習も先輩の研究も頑張ります
そうか、それは⋯楽しみだな
いつも練習中はほとんど変わらない表情が、今は心なしか嬉しそうに目を細めて、口角も上がっている
はじめの赤みを確認してた手はそのまま頭髪の毛を梳かすように撫でられる
ただ自身の成長を楽しみにしてくれている、その慈愛に満ちた表情と仕草を視覚と感覚で認識した途端、はじめはひどい胸の締めつけを覚えた
──っ!
?どうした斎と、
ぼ、僕ちょっと顔洗ってきます!!!
急いで入口から出てすぐの水飲み場で顔を洗ってそのまま備え付けられてる鏡を確認すると、案の定運動後とは言えない顔の赤み
(嘘だろそんな、なんで!!!)
強くて、追い付きたくて、ひたすら背中見て着いていってただけなのに
撫でられ頭のところを自分で触ると先程の感覚が蘇ってくる
それと同時に自身が拍動する心臓自体にでもなったのかというほど鼓動が大きく響く
うわーうわーうわーーー!!!
(先輩のこと好きになっちゃった⋯?!)
ほんの少しだけ開いていた外に続く道場の扉からは抜けた青空が広がっていた
(春を、抜けた青空のはじまりで
──僕はあなたを好きになった)
余談①
在りし高校生の頃を思い出してる大学生はじめは、この日から綱先輩から綱さんに呼び方が変わる
またせたな
あ!綱先輩!もう場所合ってるか心配しましたよ~
悪かったな、意外と離れた場所にいたから
はじめと同じキャンパスにいるのは新鮮なような、懐かしような気がするな
窓越しに空を眺めながらそう言う姿は今まで見ていたはずにも関わらず、場所が変わると違う見え方をするようで今日は一段と大人のように感じられた
その姿に一層胸の鼓動が大きくなるのを感じて、胸の奥でずっと秘めていたいつかそうしようと考えていた願いを自然と口から零していた
先輩、その
?どうした
思わず口にしたそれに、一瞬今言うのか?!と躊躇をしたが意を決して口に出す
先輩のこと綱さんって呼びたいです
⋯
いつか見た満月のような目でこちらを見る綱にそのまま続けるはじめ
その、もう、後輩の一人⋯じゃない存在にちゃんとなりたいんです
それを聞いた綱はふふ、と息をこぼして少し目を伏せた
これ程たくさん許してるやつが後輩の内の一人なわけ⋯ないだろう
初めて頭を撫でられた、あの時と同じ顔をしていた
もー先輩その顔ずるい~!
呼び方先輩になっているぞ、あと生まれ持った顔だ、俺にはどうすることも出来んな
顔を押さえるはじめに
そもそもお前の立場はすでに恋人なのだから後輩の一人に収まるわけないだろ、と軽やかに言いながら割と楽しそうな様子の綱になんだかしてやられた気分のはじめであった
でも今ではこんな顔も見れるようになったということを考えれば気分の下がりなど些末なことだなと思うことにした
⋯また同じ学校でよろしくお願いしますね、綱さん
よろしく、はじめ
余談②
見所のあるはじめのことをこの日以降名前呼びして、自分のことも名前呼びにさせる高校生の綱
翌日の練習後
綱)なにもたもたしてる、早く来い⋯はじめ
一)?!!
部長)お!さいとー、お前綱に名前で呼ばれるようになったか!
副部長)綱のお眼鏡にかなう後輩が来るなんて、俺嬉しいよ⋯!
綱)⋯部長たちも俺たちと一緒に残ってやりませんか?(ほんのりにっこり)
いや!帰るわ!!!じゃぁな二人とも!!!
あの、渡辺先輩
⋯綱でいい
!綱先輩