Forget me not「忘却とは生き物に備わった防衛機能である」というのは誰の言葉だったか。
何かのテレビ番組か、自室に積み上げた書籍の山のどこかで見かけた一文か。それすら“忘却”している自分を棚に上げ、スティーヴン・グラントはそれを寂しいと考えた。
物を覚えるのは好きだ、ただ興味関心の矛先にない物に関してはその限りでないだけで。古代の文明を治めたファラオの名を即位順に淀みなく言い連ねる事はできるが、レジ打ちの手順だの、品出しのタイミングだのは何度聞いても覚えられなかったし、上司の嫌味もベッドに入る頃には脳の隅に追いやられている。
そう思えば確かに防衛機能とはよく言ったものだと納得はするが、それでもふと沸いた寂しさはこびりついて拭えない。何かを忘れたことに気付くたび、スティーヴンはそうして代わりに寂しさを覚えていった。
2989