お茶一つ。(大)「重傷ー!!」
本丸に帰還した第一部隊、その隊長の声で皆が一斉に出陣ゲートへ向かった。中傷者も多いらしく、あちこちで担架や肩を貸すようにと走り回っていた。
「お、大包平様こちらへ!!」
平野が俺を見つけると当時に大声で呼んだ。駆けつけるとそこには酷い傷を受けた鶯丸の姿があった。
「すぐ手入れ部屋へ運ぶ!」
無気力な身体を抱え上げ、手入れ部屋へ急いだ。
鶯丸が手入れを終えてから数日が経った。手入れ後の鶯丸の身体は特別な異常が見られる訳もなく、呪いやその類のものが取り憑いていることも無かった。
ただ、目を覚まさなかった。いくら呼ぼうと、揺らそうとピクリともしない。息もあり、今も尚脈打つ心臓もあるが、そこには死の香りがあった。今は薬研や政府の助けとあり、栄養が途絶えないよう処置をされているが気が気ではない。
俺は毎日練習こいつの隣で眠り、食事をした。何となくではあるが、兄弟のようなものと感じている相手への思入れなのかもしれない。この本丸ではこいつにとっての古備前刀が俺だけの様に、俺にとっての古備前刀は鶯丸だけなのだ。少しでも起きる可能性があるなら、と様々なことを試した。しかし、それらも結果を出さなかった。
ある日、何か手はないかと演練先の刀たちから情報を聞くべく演練部隊に加えてもらうことにした。その日の演練相手は運良く鶯丸を編成していた。手合わせ前に少し話しをと事情を説明すると
「何だ、お前は一つ大事なことを試していないだろう。」
そう言って相手の部隊へと戻って行った。
「何だ!教えろ!」
その声も虚しく、相手の鶯丸の背中に響くだけだった。言葉が少ないのは鶯丸の特徴かなにかなのだろうか。
演練の結果は惨敗だった。俺自身、その大事なことを戦闘中に模索していた事が大きな原因だと気付いていた。冷静な判断ができなかった俺が部隊の統率を乱していたことは言うまでもなかった。部隊の皆は状況が状況だ、仕方ないと言ったが己の無力さに打ちのめされるだけだった。
「意地悪を言う気は無かった。もしよければそこで少し話さないか?」
そう言ってきたのは先程話を聞こうとした相手の鶯丸だった。俺はその提案に乗ると少し場所を離れ話すことにした。
聞いた話によると、その本丸には俺がいないとの事だった。なので、少しちょっかいをかけたかったのだ、と。寂しそうな目でその鶯丸は話した。
「しかし、結局開戦前に話していた″大事なこと″とは何だ?」
ある程度のことなら試した。いくら鶯丸とはいえ、あの少しの説明から必要なことが分かるのか?やはり大包平は焦ると一点しか見えなくなるな、とやれやれ顔をし
「俺、もっと言えば″鶯丸″と言えば何か、を試していないんじゃないか?」
その鶯丸は鋼色の目を向け、こちらへ言った。
あぁ、何とバカだ。一番に試すべきを行ってなかった。
「助言、感謝する。この礼はまた。」
「いや、俺は大包平に会えただけで良かった。そちらの俺が無事戻ると良いな。」
そう言葉を交わし、俺は早く本丸へ帰ることにした。
本丸に帰るなり、着の身着のまま厨へ急いだ。全く簡単な話だったのだ。あまりに急いで、特に着替えもなく厨へ入ってきた俺に歌仙は何か言いたそうだってが必死の表情で察したのか何も言わなかった。
俺はいつもヤツが飲んでいる茶葉を取り出し、急須にお湯を注いだ。
目を覚まさず、未だ横になっている鶯丸の横に湯呑みを置きお茶を入れた。
「ほら茶だ、飲め鶯丸。」
鶯丸へそう言うと
「全く、待ちくたびれたぞ。」
今までの眠りが嘘のようにゆっくりと目を開いた。
「心配させておいて何が待ちくたびれた、だ。こっちの台詞だぞそれは。」
それもそうか、と笑う鶯丸を見てやっと無事を実感した。
「俺は主と皆に報告してくる。その茶でも飲んで待っていろ!」
こうして、鶯丸の眠りをめぐる騒動は幕を閉じた。
数日後、本丸の離れで俺は鶯丸と茶を飲んでいた。
「にしても、大包平。態々二人で茶を飲む必要があるのか?いつも通り平野も誘えば良かっとんじゃないか?俺は良いが、先日のこともある。離れで茶会などなんだか……なぁ。」
「他人がなんて言おうがどうでも良いんだろう?」
鶯丸はそれはそうだが、と茶を飲む。先日、鶯丸に出した茶は急ぎ出したものだったをそのため、自分の満足する茶をまだ出していないのだ。その汚名返上の為にこうして鶯丸に茶を入れているというわけだった。
「もう二度と、あんな無茶な戦い方をしてくれるなよ。時々出るお前のバカさ加減には困る。」
そう言うと、ぷっと吹き出して
「バカという方がバカだと……いや、流石に今回は俺のバカで心配をかけたな。」
「わかっているのなら、良い。」
そんなやり取りも、今は心地よく思える。二人の茶会もたまには悪くない。次は茶の腕をまた上げなければ、など思いながら茶を飲み干すのだった。