七夕あまりの暑さと湿気に耐え切れず目に付いたコーヒー店に入る。5人程度の列、思いの外長く待たされ無難にアイスコーヒーを買う。電子決済でレシートを渡されるのがいつも解せない。不要レシート入れもなく蒸し暑さに輪をかけて苛々する。その上今日はレシートと共に何かを手渡された。赤紙。長方形の画用紙に輪になった糸が付いていた。短冊だ。 今日は7月7日だったか。レジで案内されるまま天井から伸びる橙のランプの側へ進むとそこにはくすんだ小さな笹があった。
「When You Wish upon a Star.」と丸文字で書かれた黒板に星の装飾がされてあり、短冊を書くための小さなテーブルが用意されていた。テーブルには色とりどりのマジックと七夕の由来が描かれている様な絵本が置かれている。笹を一瞥するとカラフルな醜い欲ばかりが吊るされていて目眩を覚えた。吊るされた人間の欲の群れ。ふと先月仕事で見た首吊りの現場を連想する。梅雨時の首吊り、この上なく最悪だった。
おねがいごと、ねぇ。ずっと昔幼い頃に描いていたような願いがすんなり叶ってから特に願いなんてなかった。すんなり、というのはそれなりの手数を踏んで叶えた願い、夢であってもその後の時間が長すぎたりこの状態を維持する事に費やしたあらゆる事柄に比べれば粗方すんなりだった様に思えてしまうという事である。あれから夢も願いも望むはおろか考えた事すらなかった。一瞬頭を過ぎった名前はもうあの頃の様な願いではないし他にあるとすればこれもまたあの吊るされた「欲」にカテゴライズされるものだと思う。 そう…あ、この間営業掛けられた新車が割と良かったとか。そんな事を考えていたら目の前のサーブ用テーブルに注文したアイスコーヒーが置かれた。赤い画用紙の短冊は捨てるのもばつが悪く思い笹に掛けておいた。先程から手慰みに畳んでいたレシートをストローの袋と共に燃えるゴミに捨て、アイスコーヒーだけを手に店を後にする。ところで宇宙に於ける恋愛の話と人間の願掛けに何の関係があるのだろうか。
「…会えるといいですね」
オリヒメと…ヒコボシだったっけか。溜息混じりで小さく鼻歌の様に口ずさみ空を見上げると先程の苛々する程に眩しい青空が嘘のような曇天に変わっていた。シャツから剥き出しになっていた右腕のそれに生暖かい雨粒が落ちる。既に結露が滲み始めた味気ないアイスコーヒーを啜った。
紙ストローには何故か未だに慣れない。