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    yuuosukisuki

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    yuuosukisuki

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    uskさんを拾ったogtのお話

    尾形は少女漫画や恋愛映画など、そういった類のものには縁のない生活を送ってきた。しかし、今まで交際してきた女性の中にはやはりそのジャンルが好きな人も多い為、ある程度お決まりの流れや、それらがどういった展開で恋愛が進んでいくのかくらいは知っていた。大体はそんなこと現実で有り得ないだろうというようなものばかりでつまらなかったが、その有り得ない状況が世の女性を魅了しているのだろう。
    その有り得ない状況の1つを例にあげれば、イケメンが自宅近くのゴミ捨て場に倒れているというようなものがある。人間が倒れている時点で大事だし、何故あえてごみ捨て場なんて汚い所なのかというのもツッコミたくなるのをグッと押さえ込んだ。結局はフィクションであり、そんなことにいちいち反応していたら面倒臭い男確定だからだ。
    そう、フィクションだからツッコまないのだ。それが現実で起きてしまうなど、誰も想像しない。しかし今尾形の目の前には眠っていてもわかる長身の花のような美形がごみ捨て場に倒れているのだ。朝仕事に出た時には確かにいなかったし、自分が帰ってくるまでに倒れていたとして、こんなに美形なら誰かが助けているはずだ。とりあえず息はしているようで、体を揺さぶってみるがやはり反応が無く、困り果てセットした頭を撫で付ける。警察や救急車を呼ぼうかとも思ったが、残業後で時刻はとうに22時を超えていて、今から根掘り葉掘り何かを聞かれ、それに答えるような元気が尾形には無かった。しかしこの男を連れて帰るのも骨が折れるがここに放置していけるほど薄情にもなれなかった。うんうん唸りながら考えた結果、その大きく意外にずっしりした体を抱え自宅に連れ帰った。この時ほど自分がアパートの1階に住んでいたことを感謝した日は無いだろう。
    家に入り、とりあえず自分のベッドに男を寝かせ、疲れた体を休めるために床に座り込んだ。これは誘拐に当たるのか今更考え初め、不安感に苛まれるがもう遅い。今からあそこに戻すなどそれこそ怪しい人間だ。

    「…にしても本当に起きねぇな…まさか死にかけとかか?ここで死ぬのだけは勘弁してくれ…」

    自分の顔を両手でさすり、その美形の顔を眺める。見れば見るほど本当に綺麗な顔立ちだ。まるで少女漫画の主人公のような男は、今も眠り続けている。早く起きて帰って欲しいという願いは叶えられそうになかった。

    「………ん…」

    それから一時間程が経過し、やっと男に動きがあった。ゆっくりと瞼を開き、瞬きを何回かすると辺りを見渡した。尾形は少し離れた所から男の様子を伺っている。

    「…ここは…私はなぜこんなとこに…」
    「起きたか」
    「…!あ、貴方は?」
    「落ち着け、俺は何もしてない。まずお前はこのアパートのゴミ捨て場に倒れてた、時間も時間だし、通報して色々聞かれるのも面倒だから家に連れてきた。朝でも良いから元気になったら帰ってほしい。俺の話は以上だ」
    「倒れていた…だから記憶が無いのか…貴方が助けてくださったんですね、ありがとうございます」
    「礼はいらん」
    「あの、お名前は?」
    「名前?…尾形だ」
    「尾形さんですね、ありがとうございます。このご恩は必ずお返しします」
    「いやだからいらないと…」

    話を聞く気がないのか要らないと言っているのに必ず礼はすると言って引かない。そもそもあんな道端で倒れているような男に礼など出来るのか。話してみると男には品性を感じ、もしかしたら育ちは良いとこの坊ちゃんなのかもしれない。

    「そういえば、あんたなんであんな所に倒れていたんだ?体調でも悪かったのか」
    「あ、それは…その…」

    大きな体にはそぐわない、モジモジとする仕草に尾形は若干苛立った。事情を知られたくないのならそう言えばいいだけなのだ。

    「別に無理に聞きはしないけど。名前は?そのくらい言えんだろ」
    「…勇作、です」
    「勇作ね」
    「…あの、尾形さん」

    勇作は姿勢を正し正座をして尾形に向き合った。神妙な面持ちの勇作に、今度はなんだと言うように尾形は無言で見つめる。

    「ご迷惑は承知でお願いします、しばらくここに置いて下さい。家賃や光熱費など、諸々の金銭は必ずお支払いします」
    「は?いや、待て何故そうなる。お前家は無いのか」
    「…あります、でも帰る訳には行かないのです。こちらの事情を尾形さんに押し付けてしまうことは大変申し訳なく思っています。ですがどうかお願いします」
    「友達の家とかあたれよ、お前なら泊めてくれる友人くらい沢山いるだろう」
    「ここが良いんです。お願いします、家にいるのです、家事などは全て私がやります」

    勇作はおもむろに手を床に着け頭を下げた。人様に土下座されるなど初めてで動揺した尾形は急いで腕を掴み顔を上げさせた。

    「わかった!わかったからやめろ!」
    「本当ですか…!ありがとうございます!」

    しまったっと口を押さえた時にはもう遅い。この美形の押しに負けたのだ。明日から始まる赤の他人との同居生活など人付き合いがあまり得意でない尾形からしたらとんだ罰ゲームだ。

    「はぁ…なるべく早く出てけよ」
    「はい!ありがとうございます!」
    「…はぁぁあ」

    満面の笑みを咲かせる勇作とこの世の終わりのような顔をする尾形。両極端な2人の様子は見ていてさぞ滑稽だろう。


    「…ん」

    鼻をくすぐる美味しそうな匂いにつられ尾形は起き上がった。その匂いの元を辿るようにキッチンへと向かうと、そこには勇作が立っていて何やら作っていた。

    「あ、おはようございます!スクランブルエッグと、先程パンとコーヒーを買ってきたので一緒に食べませんか」
    「俺はいつも朝は食わん」
    「えっ!?」

    朝は少しでも長く寝ていたいことを理由にいつも朝食は取っていなかった。しかし今日は早くに起きてしまったので時間が余っている。それにこんなにもいい匂いをさせられれば腹の虫が泣き始めてしまい、尾形はせっかくだからいただきますとだけ返して席についた。

    「尾形さん、朝食はちゃんととらないとダメですよ。元気が出ません」
    「元気なんぞとうの昔に捨てましたのでご安心を。明日からはいらない」
    「駄目です、ちゃんと食べてください。毎朝この時間に起こしますので」

    尾形は渋い顔をして大丈夫ですと返すが、勇作もまた引かなかった。なぜ知り合って一日も経たない男に健康の心配などされなくてはいけないのか。腹は立つがこれ以上疲れたくない尾形は渋々それにも了承した。

    「良かった、わかって頂けて嬉しいです」
    「はあ…そうですか」

    まだセットもされていない頭を撫でつけ、深いため息を吐く。用意された朝食を綺麗に平らげるとそのまま勇作は尾形のと一緒に食器を下げた。尾形も少し早いが仕事へ行くための準備を進めていた。こんなにものんびりしたのは初めてで、意外に悪くないかもしれないと思っている自分がいた。

    「行ってくるが、悪さだけはするなよ。なんか盗ったりしたらすぐ通報するからな」
    「そんなことしませんよ。お気をつけて、お仕事頑張ってくださいね」

    新婚夫婦のようなやり取りを終え、尾形は駅に歩き出した。知っていることは名前だけの男を家に置いておくなど不安しかないが、了承した以上勇作を信じるしかなかった。
    会社に着いた尾形は真っ先にデスクに向かうと、隣のデスクには既に同僚の宇佐美が来ていてちょっかいをかけてきた。

    「おはよう百之助〜、ねぇねぇなんか面白いことない?」
    「はぁ、来てそうそう何を言われるかと思えば。そんなことある訳…」

    面白くは決してないが変わったことはある。しかしこれを宇佐美に言ってしまえば瞬く間に笑いのネタにされ、飽きるまで弄られ続けることが目に見えていた。だが宇佐美は目ざとい男で、尾形の少しの変化を見逃さなかった。

    「なになにその反応、絶対なんかあったよね?ね?何?教えて〜」
    「何も無いしあってもお前にだけは教えん」
    「えー!なんでよ、僕と百之助の仲じゃん」
    「お前とどうこうなった覚えは無いが」
    「けちっ、良いもんねぇ。いつかボロが出るまで聞き続けてやる」

    ニヤニヤしながら始業時間になり仕事を始める宇佐美をじっとりに睨みつけ、自分も仕事を開始する。結局その日一日隙あらば宇佐美は俺の隠していることへの追求をし続けた。あまりのしつこさに根を上げた尾形は遂に昨晩のことを打ち明けた。予想どうり宇佐美は勇作のことを面白がった。しまいには写真が見たいとまで言ってくる始末だ。

    「そんなもんある訳ねぇだろ。昨日知り合ったばかりの男だぞ」
    「そうだけどさぁ、所謂イケメンなんでしょ??気になるわ〜」
    「絶対教えない。こっちは迷惑してんだからな」
    「えー、いいじゃんイケメンとだよ?そのうち百之助の初めてが取られちゃうかも」
    「恐ろしいこと言うんじゃねぇ」
    「あははっ、そうなったら教えてね〜」

    手をヒラヒラさせて何処かへ行く宇佐美を一瞥し、尾形はまた自分の仕事に戻った。刻々と迫る終業時間をこんなにも気だるく感じたことはない。

    「アイツまだいるのか…一応取られたくないものは持ってきたが…」

    不安感を抱きつつも自宅の扉を開く。するとキッチンの方からひょこっと勇作は顔を覗かせ、お疲れ様です、お帰りなさいと爽やかな笑顔を見せた。

    「なんも悪さしてないだろうな」
    「してませんよ!それより尾形さん、洗濯物をあんなに溜め込んではいけませんよっ」
    「はぁ…帰ってきてそうそうお前は俺の母親か」
    「尾形さんのために言ってるんです。朝もそうですが、尾形さんは自分に無頓着すぎです」
    「別にいいだろ、誰も困んねぇ」
    「私が困ります」
    「はいはい、わかりましたよ」

    仕事の疲れもあり、これ以上勇作と言い争うのも面倒くさくなった尾形は適当に返事を返し風呂場に向かった。湯船には何ヶ月ぶりの湯が張られていた。自分だけだといつもシャワーだけして終わってしまうのでこれは割りと嬉しかった。全身を洗いゆっくり湯船に浸かると日頃のストレスや疲れが湯に解けていくような気がした。

    「あ、上がりましたね。ご飯にしますか?」
    「あぁ、なんか作ったのか?」
    「はいっ、冷蔵庫はほとんど何も無かったので買いに行きましたが」
    「手持ちあるのか」
    「多少は…そんな事より食べてみてください、今日は暑かったので冷製パスタにしてみました」

    少し慌てた様子の勇作を疑問に思いつつも席に座り、勇作が持ってきたパスタを食べる。風呂で火照った体がパスタと自分で出したビールで冷えていく。

    「どうですか?」
    「ん、美味い。お前料理出来るんだな、家じゃ絶対出てこないこんな料理は」
    「良かった…もしお口に合わなかったらって心配だったんです」

    ほっとしたように眉を下げる勇作の顔が何処か可愛らしく見えてしまい、口元が緩みかける。相手は男だし、昨日知り合ったばかりの奴だ。そんな相手に可愛いなんて相当疲れているのだろうと尾形は眉間に寄った皺を指で伸ばした。

    「…あーその、色々ありがとうな。なんだかんだ助かった」
    「へ?あっ、いやそんな!このくらい当然です!」

    顔を真っ赤にしてあたふたとする様についに我慢出来なくなり小さく吹き出した。勇作は本当に犬のような男だとからかってみればより顔を赤く染めあげた。

    「これ以上は怒ります!」
    「ははぁ、怒ってみろよ。お前なら全然怖くないな」
    「本気で怒ったら怖いですよっ」

    尾形の食べ終わった食器を片しながら反論する勇作にこれまた適当に返事を返す。尾形は昔から一人を好み、他人と過ごすことが苦手だった。しかしたった一日しか過ごしていないのに不思議と勇作の傍は居心地が良い。

    「そういえばお前、これからどうするつもりなんだ。家に帰る気がないのなら別の住まいを探さなきゃだろ」
    「そうですね…ってなるとお金が必要です」
    「…まさか」
    「はいっ、そんなお金ありませんのでアルバイトしなくては」
    「……何ヶ月居座る気だよ」
    「何ヶ月でしょう…」
    「親と話し合えよ、それで家出るなりなんなり決めろ。流石にそんなに置いておけないぞ」
    「うぅ…どうしてもダメですか…?ちゃんとアルバイト先が見つかったら生活費も入れます…」

    勇作は瞳を潤ませながら尾形にせがんだ。普通の男相手ならふざけるなと返せるのに、この男の顔の良さと言い方が妙に罪悪感を煽った。

    「…………はぁぁ…今すぐには考えられん。その時になったらまた話す」
    「ありがとうございます!」

    ぱぁぁっと笑顔を咲かせる勇作を見ると自分の行いに悪い気がしなかった。だが現実問題、勇作が親と話し合わなくてはいけないのは変わりないが、それ自体は本人達の問題の為尾形は干渉する気はなかった。勇作も言われなくともその内自分で解決する筈だと妙な確信があった。
    暫くして勇作はアルバイト先を見つけた為明後日から出勤すると言っていた。接客業だと言っていたが、あまり詳しくは話さなかった。それよりも昼間はアルバイトをし、夜は家のことをすると言い始めた時は驚いた。自分だって朝から夕方頃まで仕事をするのに、そこから家事までと言うのはフェアではない。尾形も流石にそこまではさせられないと、家事は適当に分担する事にした。

    「今日初出勤ですか」
    「あ、そうです!覚えててくださったんですか」
    「そんな物忘れが酷いジジイだと思ってんのか?」
    「そ、そんな事…!ただ覚えていてくださったのが嬉しくて…」
    「ふぅん、ま、頑張れよ」
    「は、はい!」

    出勤時間は尾形の方が早い為先に家を出たが、休憩時間には連絡が来ていた。幸い携帯電話は使えるようで念の為連絡先を交換していたのは良かった。そして気づいたのは、勇作は結構まめに連絡を寄越すという事だ。今日の夕飯は何がいいかとか、いつ帰るのかとか、傍から見たら同棲している恋人のような文面だ。それに慣れてしまっている自分も自分だ。当たり前のように返事を返しているが、相手は赤の他人だという事を忘れてしまいそうだ。

    「おかえりなさい、今日は忙しかったですか?」
    「いや、特には。それより初出勤はどうだったんだ」
    「あっ、そうですね。やはり覚えることだらけで大変でした。でも楽しかったですよ」
    「そうか、頑張ったな」

    頭をポンポンと軽く撫でる尾形に目を丸くさせるも、ありがとうございますと蕩けるような笑みを浮かべた。その笑みに尾形の心はキュッと締め付けられる。相手が男とはいえ、芸能人にも引けを取らない程の美形に微笑まれたらどんな人間でもときめいてしまうものだ。決して自分がおかしくなった訳では無いと言い聞かせ、逃げるようにシャワーを浴びた。

    「尾形さん、帰りにアイス買ってきたので一緒に食べませんか?」
    「アイス?何味があるんだ?」
    「チョコかバニラかイチゴか抹茶です」
    「四つも買ったのかよ」
    「何がいいか分からなくて…」
    「んー、じゃあバニラで」

    袋の中からバニラのアイスを取り出し、ソファに座った。勇作も抹茶味のアイスを手に持ち隣に座ってくる。前々から思っていたが勇作は人との距離感が近い。こんな風に男の隣に座るなんて嫌では無いのだろうかと訝しげに見つめると、勇作もまた頭上に疑問符を浮かべながらも微笑んでくる。その笑みを向けられたのが女であればきっと夢のような気分になるのだろう。自分ですらその顔から目が離せなくなっているのだから。

    「アイス、美味しいですね」
    「あぁ…そうだな」
    「ふふっ、尾形さんはバニラが好きなんですね」

    形のいい唇を開き、アイスを一口入れる。その仕草すら様になっていて映画でも見ているような気分だ。その唇は一体何人の女を魅了してきたことだろう。

    「…ご馳走様、俺は先寝る」
    「え?まだ22時半前ですよ、消化も出来ていないですしもう少し待ってみては?」
    「疲れたんだよ。おやすみ」

    勇作の事を見ているとおかしな気分になり、そんな自分が気持ち悪かった。さっさと離れてしまいたくて入った寝室の扉は閉まる前に何かに引っかかるように動きを止めた。後ろを振り返るとその動きを止めていたのは勇作だった。

    「なんだ、用でもあるのか」
    「いえ…ただ機嫌がよくなさそうだったので、私がもし何かしたのなら謝らなくてはと…」
    「別に何もされていない。早く寝たいだけだ」
    「本当に…?私が悪いのではなく…?」
    「じゃあお前には心当たりがあるのか?」
    「…いえ、だから今追いかけてきたんです」

    何をそんなに気にしているのか、こんなオヤジの機嫌など放っておけばいいものを。勇作はいちいち真面目すぎる。

    「もういいか?明日も仕事なんだ」
    「…あの、一つお願いが」
    「…今度はなんだ」

    じっとりとした眼差しを向けると、勇作は少し目を泳がせた後に口を開いた。

    「…あの、一緒に寝てはダメですか」
    「……は?」
    「隣で寝たいんです…一人でリビングに寝るのは寂しくて」
    「お前正気か?おっさん相手に何言ってんだ」
    「正気ですし尾形さんはおっさんではありません。とても魅力的です」

    酒でも飲んでいたら流せるような会話なのに、勇作が家に来てから酒を飲んでいるところを見たこと無かった。男相手に何を言ってるのかわかっているのだろうか。

    「ついに頭がおかしくなったのか」
    「だから正気です。尾形さんは自分がどれほど魅力的なのか気づいていないだけです」
    「自分が魅力的なんて思ってるオヤジ嫌だろう、気持ち悪い。もういいから早く寝ろっ」
    「嫌です、一緒に寝てください。お願いします…」

    勇作はお願いを断られそうになる度に捨てられた子犬のような顔をする。その表情に日に日に弱くなっている自分が心底嫌になる。

    「………お前が布団敷けよ」
    「…!はい!」

    勇作は喜びを全面にさらけ出し、気が変わらないうちにと急いでリビングに布団を敷き始めた。部屋にあった尾形の布団もいそいそと運び出し、自分の隣に少し間を開け並べて敷いた。

    「出来ました!どうでしょう!」
    「はぁ、いいんじゃないですか」
    「ふふっ、お褒め頂き光栄です」

    それからというもの、尾形は毎日こうして隣で寝かされる羽目になった。最初のうちは勇作も断りを入れてきていたが、今では当たり前のように時間になると布団を敷き始める。いつの間にかどんどん勇作のペースに呑まれていることに気づき、これではいけない、今日こそはと意気込むが、嬉しそうにしている勇作を見るとその気持ちが萎んでしまうのだ。

    「はぁ…」
    「なーに、最近ずっと溜息ばっかり。もしかして例の居候イケメンのこと?」
    「……そうだ、かなり困ってる」
    「え、まさか女連れ込むとか?」
    「そうじゃない。ただ、最近アイツのペースに負けてばかりなことに腹が立つだけだ。お願いしますとか言って、断らせる気なんて更々無いくせに聞いてくるし。断ってみれば泣き出しそうな顔をされるからたまったもんじゃない」
    「へー、大変だねぇ」
    「お前絶対思ってないだろ」
    「だって百之助満更でも無さそうだし〜?」
    「…ふん」

    宇佐美の発言に言い返さなかったのはそう思う節があったからだ。

    「まっ、お幸せにぃ。初夜がどうだったかは教えてね♡」
    「殺すぞ」

    地の底から這い上がってきたような低音から発せられた一言に普通の人間なら縮み上がっていただろうが、宇佐美はどこ吹く風と流して去っていった。一人残された尾形は煙草に火をつけ、雲ひとつ無い空を見上げた。

    「ただいま」
    「お帰りなさい、さきご飯にしますか?」

    勇作は今日休みのようで、朝から部屋の掃除をするとか夕ご飯は気合を入れて作ると張り切っていた。

    「今日はビーフシチューにしましたっ、朝から材料調達に勤しんだ甲斐があってかなり美味しく出来ましたよ!」
    「ほぉ、そりゃ楽しみだ」

    先にシャワーをしてくると伝え、一日の疲れと共に身体を洗い流す。席に座ると湯気を立てたシチューとパンが運ばれて来た。自負するだけあってかなり美味しそうに見えたし、実際店を出せるレベルで美味しかった。

    「美味い…お前料理人になればいいんじゃないか」
    「そんなっ、でも嬉しいです。そんなに褒めて頂いて。でも私は尾形さんの為にしか頑張れません」
    「またそんなことを…お前彼女とか居ないのかよ。っていたら頼ってるか」
    「仰る通り、そんな人いません。作る気もありません」
    「ほぉ、あれか?寄られすぎて女に飽きたか」
    「心に決めている方がいらっしゃるので、その方意外となんて考えられないだけです」
    「へぇ、そうか」

    勇作の言葉に胸がざわついた。この世にはこんなにも完璧に近い人間の心を掴んで離さない奴がいるのだ。尾形は心臓の鼓動を落ち着かせる術を探したが見つからず、結局酒に逃げた。普段よりも早いペースに体は火照り、頭は麻痺したようにボンヤリしていた。

    「───たさん、尾形さんっ」
    「…はっ、なんだ…」
    「大丈夫ですか?かなり酔われているみたいですよ、お布団敷いたので寝ましょう」
    「…」
    「尾形さ…」

    酔った勢いとは恐ろしい、人を無自覚に弱くさせ、それを理由に他人に甘えたがらせる。尾形は近付いてきた勇作の首に腕を回すとそのまま抱きつくような姿勢で止まってしまった。人との触れ合いなど、久しくなかった為にその温もりは離れがたく、亡くなった母を思い出させた。
    尾形の母は数年前に精神病を拗らせた結果幻覚に犯され自ら命を経った。その時のことは嫌でも覚えている。尾形の目の前で母は愛した男の名前を叫び、会いに行かなくてはとベランダから飛び降りたのだ。父にあたる男には妻子がおり、母を孕ませそのまま消えたのだ。顔も名前も知っているし、一時期は恨みもしたが、母が亡くなってからは疲れや喪失感からかその気持ちも薄れてしまった。

    「…尾形さん、布団行きますか」
    「…ん」

    勇作は抱きついたまま離れない尾形をそのまま抱き上げ布団まで運んだ。尾形よりも背は高いとはいえ、それなりに筋肉や体重もある成人男性を運ぶのは一苦労なはずだ。

    「着きましたよ、明日はお休みですよね?ゆっくり寝ましょう」
    「……勇作は…?」
    「え?」
    「勇作は…休み…?」
    「…はい、休みです。2連休頂きましたので」
    「そうか…じゃあ一日…一緒だな…」
    「…ふふっ、そうですね。…ってもう寝てる」

    尾形は勇作の大きな手の温もりを感じながら眠りに着いた。ここ数年熟睡など出来ておらず、毎日睡眠不足気味だったが、勇作と過ごすうちにそれが解消されていった。隣で寝るようになってからは尚更だ。このまま一緒に過ごしていれば、もうそれに悩むことも無くなるのかもしれないと遠のく意識の中で考え、そのまま夢の中に吸い込まれていった。

    「…ぅ」

    尾形は二日酔いから来る頭痛で目が覚めた。隣を見るとまだ勇作は眠っていて、寝顔すら美しく隙がない。眠る勇作に無意識に手を伸ばし、その柔らかな頬を撫でたところで尾形は自分の気持ちに気づいてしまった。どこの誰かもわからない、知っているのは名前くらいなこの男を愛してしまったと。気づいた瞬間終わりを告げられている恋などあまりに不毛だ。考えるのはもうやめ、水でも飲もうと布団を退けた瞬間、いつから起きていたのか勇作に腕を掴まれた。

    「…おはようございます」
    「びっくりした…起きてたのか」
    「今起きました…どこに行くんですか?」
    「水を飲みに行くだけだ。飲みすぎて頭が痛てぇ」
    「そうですか…お粥でも作ります、お薬はその後にしてください。胃が荒れますから」

    寝起きの筈なのにスっと立ち上がりキッチンへと向かう。そんなことまで気にしてもらわなくても良いと思いつつも、気にされる事を内心喜んでいる。女々しいにも程があると垂れた前髪をぐしゃりと掴んだ。

    「出来ました、熱いので気をつけて食べてくださいね」
    「…あぁ、ありがとう」

    冷ましながら食べたお粥は薄味で毒気の回った体に優しく染み渡る。目の前に座る勇作の優しげな笑みも相まって余計にそう感じた。その笑みを想い人にも見せるのかと顔も名前も知らない相手に嫉妬する自分を殺してしまいたくなる。

    「お薬置いておきますね、他に何か必要な物はありますか?」
    「…いや」
    「そうですか?念の為消化に良さそうなものでも買ってきます」

    立ち上がり荷物を持って玄関に向かう勇作に、尾形は後ろから抱きついた。体調の悪さから引き起こる寂しさで頭がおかしくなったのだろう。こんなこと今まで誰にもしたことが無かったからこの後どうして良いかも分からない。可哀想な勇作。こんなオヤジに想われ、抱きつかれるなどとんだ災難だ。

    「…尾形…さん」
    「…体調が悪いんだ…一人にしないでくれ…」
    「…本当に体調が悪いだけですか」
    「…」

    腕をそっと離し、勇作はくるりと向きを変える。俯いている尾形の表情はわからないが、何となく予想は出来た。

    「尾形さん、こっちを見て」
    「…嫌だ…もういい部屋に戻る」
    「待って、行かないでください」

    今度は勇作が尾形を後ろから抱き締める。好きな相手がいる癖に、期待させるようなことしないでほしいと尾形は切に願った。しかしこの腕を振り解けない。だから勇作から離して欲しいのに、勇作は尾形の願いは聞きいれてはくれなかった。

    「…尾形さん、貴方の気持ちを聞かせてください」
    「…酷い奴だな、おっさんを虐めて楽しいか?」
    「虐めてなどいません。聞きたいんです、貴方の口から。どうして私を止めたのですか」
    「…嫌だ、もうお前のお願いとやらは聞かない」
    「なら私から言います。それなら教えてくれますか」
    「聞きたくない、やめろ」

    嫌がる尾形の頬を両手で包み込み、顔を上げさせる。真っ直ぐに尾形を捉える瞳は意志の強さと輝きを放っていた。

    「尾形さん、聞いてくれますか」
    「…もういい、勝手にしろ」

    尾形は抵抗することを諦めた。さっさと聞いて諦めてしまおう。そしてこの奇妙な同居生活も終わらせる。それが二人にとって最善だと言い聞かせる。尾形の瞳は母が亡くなった時以来感じなかった熱を帯び始め、視界が揺れた。

    「尾形さん、私は貴方を愛しています」
    「…は?」
    「私が心に決めている方とは貴方です。初めて会った時から決めていました。私はこの人の為に生きたいと」

    勇作の告白に頭が混乱した。当たり前だ、出会い方も過ごした時間も普通の人々とは違う。ましてや勇作のような男であれば尚更だ。

    「嘘だ、有り得ない。どうしてそんなこと言うんだ」
    「嘘でも有り得なくもありません。私は尾形さんを愛しています。もしこの気持ちが紛い物だのだと仰るのであれば、信じてくださるまで幾らでも証明します」

    芯の通った眼差しが尾形の心を穿つ。身動きが取れない尾形の腰をそっと抱き寄せ、より近くで見つめてくる勇作から目が離せなくなった。これ以上目を合わせていたらこの男に自身の奥深くまで全てを暴かれてしまう。

    「…尾形さん、貴方も私と同じ気持ちではありませんか?」
    「…俺は…俺は…っ」
    「焦らないで、落ち着いて…さぁ、深呼吸してください。そして自分の心に正直になって」
    「…心に…正直に…?」
    「そうです、尾形さんならできます」

    優しく尾形を包み込み、頭に手を持っていき、少し固めの髪を撫で付ける。頭を撫でられたのは母以来初めてだ。なんて心地良い、このまま身を任せてしまえば、もう苦しむことも無くなるだろうか。

    「…俺も…勇作を愛してる…もう離れられないんだ、何処にも行かないでくれ…」
    「はい、勿論です。勇作は貴方の元から離れません…ずっと、ずっと一緒です」

    長年見ないふりをしてきた寂しさが影を潜める。そうして新しく甘く暖かな熱が現れた。人の心とはこんなにも簡単に奪われてしまうものなのだと、尾形は身をもって知ったのだ。


    「……やった、ははっ、ついにやったぞ」

    私は激しく沸き立つ心を抑えきれなかった。当たり前だ、誰だってずっと欲しかったものを手に入れた時は喜ぶだろう。
    私には母親の違う兄がいた。それを知ったのは1年前の夏だ。花沢グループの現社長である父に突然その事を告げられた時はショックと父に対する軽蔑で頭が真っ白になった。兄がどんな人間なのか気になった私は父を問いつめたが産まれて以来会いに行ったことはないと言われてしまったため、探偵に依頼をした。情報は直ぐに見つかり、兄の姿を写真で見た時、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。俗に言う一目惚れだ。それから兄の姿を思い浮かべては心を溶かし、彼の全てを知りたいとより深く調べた。
    尾形百之助、31歳、好きな食べ物はあんこう鍋、家族は母親のみだったが彼が大学2年生の頃に自殺している。大学を卒業後はIT系の会社に就職。今まで付き合ってきた女性は6人。経験人数はそれより多い13人。初体験は高校3年生の頃にいた恋人と。男は未経験。好きな色、好きな事、好きな場所、兄を作り上げる全てを調べあげ、兄の為に作ったノートが情報で埋まっていく度に心は浮き足立った。しかし心の隙間は埋まることは無い。やはり駄目なのだ、本人を手に入れなければ意味が無い。
    それならば手に入れるまでだと、ついに私は行動に出た。父や母には暫く友人宅に世話になるとだけ伝え家を出た。兄の住所も知っている、後はどう接触を図るかも考えてある。そして全て私の計画通り進んで行った。兄の同僚にもそれとなく手を回していたのも良かったのかもしれない。ベランダからリビングへと戻ると兄は既に敷かれた布団の中で寝息を立てていた。なんて愛おしい寝顔だ。しかしこの顔も、私が貴方を苦しめ続けた花沢の人間だと知れば変わってしまうだろう。だから、そうならない為にもっと深くまで兄の中に入り込まなければいけない。知ってもなお離れがたく、私無しでは生きられないように。

    「兄様…あぁ愛しい兄様…どうか愚弟の行いをお許しください…愛しているのです…貴方だけが私の光だ」

    兄の頬をそっと撫で、口付ける。ほんの少しの刺激でも兄は反応を示し、眉間に皺を寄せた。それも直ぐに元に戻り、また安らかな寝顔へと戻る。

    「兄様、私は必ず貴方を苦しめる全てを排除してみせます…なのでもう少しお時間を下さい…」

    兄の隣に寝転び、微睡みが私を包み込む。そっと抱きしめた兄の体温は高く、生きていることを実感させた。この温もりを失いたくは無い。その為ならどんな事でもしてみせる。
    例えそれが、人の道を外れる事だとしても私はきっと迷わない。
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