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    yuuosukisuki

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    yuuosukisuki

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    ヤンキーな作さんと先輩尾の話

    高校の入学式、皆が色々な感情に浮き足立つ中俺は顔面の血の気が引いていた。何せ俺の見た光景は校内でも有名な3年生のヤンキーグループが全員地面に倒れている中、たった一人モデルのような長身の男がそれを冷たい目で見つめているところだった。多分この状況を作り出した張本人だろう。晴れやかな日にこんな場面に出くわすなど、誰が想像出来るか。早く逃げないと俺までやられるかもしれない。音を立てずに逃げようとしたのに、近くにあった空のバケツに足をぶつけてしまう。ちくしょう、誰だこんなところにバケツを置いたのは。ほら見ろ振り向いちまったじゃないか。その男はヤンキーにしておくには勿体なさすぎるくらい端正な顔をしていて、特に派手に髪を染めていたり、アクセサリーを大量に付けているわけでもない。少し制服を着崩しているくらいなので見た目だけなら優等生タイプだ。

    「…誰?」
    「あっ、いや、俺は…何も見てない、誰にも言わないから」
    「…」

    真顔でこっちに近づいてくる。逃げなくてはいけないのにソイツの迫力に体が全く動かない。もう目の前まで来てしまった男はやはり近くで見ると余計にデカく、思わず見上げてしまった。目が合えばもう逸らせない。完全に捕食者と非捕食者の関係だ。

    「誰かって聞いてるのに答えてくれないのか」
    「ひっ…お、尾形。尾形百之助、二年だ…」
    「ふぅん、じゃあ歳上ですね。タメ口聞いてすみません」
    「いや、それは、良いが…」
    「俺は花沢勇作と言います。よろしくお願いしますね、尾形先輩」
    「えっ?」
    「よろしく、お願いしますね」

    にっこり微笑んでいるが圧がすごい。俺はもうそいつの差し出された手を握るしかなかった。それからというもの、俺は花沢勇作に毎日付きまとわれる生活が始まった。廊下で連れ違えばもちろん話し掛けられるし、わざわざ教室に来る時もある。その見た目と入学式のことが既に噂で回り、こいつは学校の有名人だった。そんな奴が普通に生活していた俺を追い回すのだから流れで俺も注目されてしまう。正直迷惑すぎる、俺は平穏に生活したいのだ。

    「兄様、今日は何されるんですか?お昼は誰かと食べます?いないなら俺と食べません?」
    「…あの、その呼び方止めて頂いても…?恥ずかしすぎるのですが…」

    そう、しかもコイツ、ある日突然俺は兄が欲しかったから俺を兄と呼んでいいか?と聞いてきたのだ。特に断る理由も見つからず(というかどうせ有無を言わさないから)承諾したら、まさかの兄様呼び。それをクラスに来てまでされた時は顔から火が出るほど恥ずかしかったしクラスメイトにもからかわれる始末だ。

    「嫌です。俺この呼び方気に入ってるんで」
    「ですよねぇ…そう言うと思いました」
    「というか、なんで兄様は敬語なんです?俺歳下ですよ?タメ口で話してください」
    「え、いや、何となく…まぁそう言うなら」
    「てかその弁当美味しそうですね、お母さんのの手作りですか?」
    「いや、うちは共働きで朝早いから俺が作ってる」
    「え、兄様料理出来るんですか、凄いですね」
    「そうか?まぁ家では一人の時間が長いから自分でやることが多いな。これ食ってみる?」

    卵焼きを箸でつかみ花沢の前に差し出すと目を丸くして俺と卵焼きを交互に見た。欲しくて見てたんじゃないのか?それとも別のものか?

    「要らないのか?」
    「あっ、いや、頂きますっ」
    「どう?美味い?お前ん家の卵焼きは出汁かな、俺ん家砂糖入れるから甘いんだよ」
    「んっ、美味いです。そうなんですね、俺の家はよく分かりません。卵焼きなんて何年も食ってないですし」
    「そうなのか、そういえば花沢はいつも買い弁だもんな。たまには自分で作ってみたらどうだ」
    「いや、俺料理なんて出来ないですし。面倒臭いです。自分で作った飯なんか美味くもないし」
    「ふぅん、出来ると楽しいけどな」
    「…あの、俺のパンあげるんでもう一個それくれません?」
    「良いけど、別にパン丸々いらない。そんなに食えん。ほら」

    また卵焼きを花沢の方に向けると今度はすんなり食べた。そんなに気に入ったのか?それはそれで嬉しいけど。

    「んっ、美味いです」
    「そんなに気に入ったのか?なら今度お前の分の弁当作ってやるよ」
    「えっ、え!?い、良いんですか」
    「二人分くらい変わらん。嫌じゃなければな」
    「お願いします」

    食い気味に答える花沢に思わず笑みがこぼれた、最初は恐ろしくて質問に答えるばかりだったが、こうして話してみると意外に良い奴だ。押しが強いとこもあるけど。

    「そろそろ戻るぞ」
    「兄様次なんですか?」
    「次は体育。食った後に運動なんて最悪だ」
    「ハハッ、そうですね。俺も眠いです」
    「お前最近ちゃんと授業出てるのか?前聞いた時は出てなかっただろ」
    「兄様に怒られるから最近は出てます。あ、ちゃんとノートも取ってますよ」
    「ん、偉い。よくやってるな」

    頭をポンポン撫でてやると照れくさそうに笑う花沢は犬みたいで可愛いく感じる。誰にでもこうなのだろうけど嫌な気はしなかった。そうして各々の教室に戻り俺は憂鬱な気持ちで体育館に向かった。

    それから数ヶ月が経ち季節は夏。暑くて怠くて俺の大嫌いな季節が始まった。毎日汗だくになりながら登校しなくてはいけないので本当にこの季節はノイローゼになりそうだった。

    「兄様ーって今日も死にそうですね」
    「おはよう…お前はいつも元気そうだな」
    「俺結構体丈夫なので。あ、そうそう。兄様今週の土曜日予定あります?」
    「今週?別にないが…どうかしたか?」
    「今週近所のでかい公園でお祭りあるじゃないですか。そこに行きませんか?俺小さい頃に行ったきりで。兄様となら楽しそうだなって」
    「俺と行ったって何もないぞ」
    「兄様と行きたいんです。ダメですか?」

    花沢は眉を八の字に下げ、迷子の子犬のような顔をする。そんな顔して見られたら嫌だと断れないだろ。

    「はぁ…何時?」
    「やった!19時頃に公園の時計塔の前で待ち合わせしません?」
    「ん、わかった」
    「楽しみだなぁ、兄様とこうして二人で遊ぶの初めてじゃないですか?」
    「そう言えばそうだな」
    「絶対来てくださいね、忘れたら怒りますから」

    そう言って手を振りながら自分の教室に入っていく。入学式以来特に事件も起こしていないし、あいつ自体は平穏主義なのかもしれない。目立つから周りからやっかまれるだけで、根はいい奴だし。それからあっという間に週末になり、俺は待ち合わせの場所である時計塔に向かっていた。着いた時には既に花沢は待っていた。初めて私服姿を見るが、Tシャツとジーパンだけなのにそのスタイルと顔面の良さで輝いて見えた。

    「あ、兄様!」
    「お待たせ。早いな」
    「いえ、俺も今着きましたよ。さっ、行きましょう。今日は21時から花火もあるらしいですよ」
    「へぇ、花火ね。良いな」
    「俺穴場知ってるんでそこに行きましょう」
    「ん、わかった」

    そうして二人で色んな屋台を回った。定番の焼きそばやかき氷を食べたり、射的で対決したり。俺は昔から射的だけは得意だったから圧勝だったが、負けたのに花沢は目をキラキラさせて見ていた。

    「まさか兄様が射的の名人だったなんて、あれならいつでも気に食わないやつのどたまぶち抜けますね」
    「ぶち抜かないような平穏な人生を歩むつもりだから安心してくれ」

    そうして時刻は21時に近づいて来たため、俺と花沢は穴場というところに向かっていた。確かに人もおらず見晴らしもいい。人混みが好きじゃない俺からしたらありがたい。

    「よく知ってるなこんなとこ」
    「昔じーちゃんに教えてもらいました。いつか好きな子に教えてやれって」
    「それが俺ってお前、爺さん泣くぞ」
    「ハハッ、良いじゃないですか。“好きな子”には変わりませんよ」

    花火が打ち上がり初め、野原に手を付き足を投げ出して座る花沢の隣に腰かける。この顔なら女なんて寄ってき放題の癖に、俺しか誘う相手がいないのか。こいつの交友関係は一切知らないけれど、少なからず女友達位はいるだろう。

    「…綺麗ですね」
    「そうだな」
    「俺、こんなふうに誰かと過ごすの久しぶりです」
    「家族は?」
    「どっちも働いてますし、俺に興味無いんで。ほら、こんなですし」

    少し寂しげに笑う花沢の横顔が花火に照らされている。あまり深くは聞けないが、こいつも家族に思うところがあるのだろうか。

    「お前は良い奴だよ、しつこいしウザイとこあるけど」
    「ハハッ、全然褒められてませんね」
    「普通知ってたって言わねーよ、恥ずかしいだろ」
    「他にあります?俺のいいところ」
    「そうだな…」

    花沢の顔をじっと見つめ、こいつの良いところを探る。あるにはあるが即答すると恥ずかしいので探してるふりをしてみているが、見られて照れているのか花沢の目が少し泳いでいる。

    「俺の飯を美味いって言ってる時の顔は好きだな、本当に美味そうに食ってるし。犬みてぇで」
    「なんですかそれ、もっと他にあるでしょ」
    「うるせぇ、花火見てんだから黙ってろ」
    「…ちぇっ」

    不貞腐れながらもまた夜空を見上げる花沢をチラリと盗み見てからまた花火に視線を戻す。花火の音に埋もれる静寂はどこか心地よく感じるのは、隣にいるのがこいつだからだろうか。

    「兄様、楽しかったですね」
    「そうだな、こういうのもたまには悪くない」
    「そういえばもうすぐ夏休み始まりますよ。兄様と会えなくなるの憂鬱で仕方ないです」
    「また遊べばいいだろ」
    「いいんですか?」
    「?別に、都合が合えば」
    「じゃあ毎日お誘いしますね!」
    「それは勘弁してくれ」


    それから2週間後には夏休みに入った。結局夏休みの大半を花沢は俺と過ごしていた。毎日のように会いに来るもんだから親も顔を覚えたらしく、たまたま会えた日なんか夕飯食べてくか?とか聞いてくる。どんどん俺の生活圏に侵入してくる花沢を拒めないあたり、俺も相当だとは思うけれど。
    長い夏休みの中で初めて知ったことは、意外にも花沢は頭が良く、この高校も主席で入ったらしい。本当だったら新入生代表の挨拶もこいつがやるはずだったとか。やる気がそもそもなかったから文なんて考えてもないし学校には行けど式にすら出なかったと話していた。ということはあの喧嘩の後は校舎のどこかでプラプラしていたのか?と問えば、俺に怒られると思ったのかバツの悪そうな顔をして話を逸らされた。

    夏休みもあっという間にすぎ、新学期が始まれば次は文化祭の準備だなんだで忙しくなった。二人で話すことは減るだろうと思っていたがそれでも花沢は俺に会いに来た。そんな健気な様子にクラスメイトの杉元や白石からはお前も会いに行ってやれとせっつかれたもんだ。
    そんな文化祭も裏方の俺には特に楽しみもなく過ぎ去っていく行事の1つでしかなかった。特に面白かった事を聞かれても思い付かないが、花沢がウェイター服に身を包んで見せに来た時の笑顔は何故か脳にこびりついて離れなかった。


    「兄様と3日も会えないなんて…学校にくる意味がありません…死にたい…」
    「大袈裟な、たかが修学旅行だろ」
    「兄様は寂しくないんですか?俺と会えないんですよ?」
    「別に」
    「そんな…!俺は生と死の狭間をさ迷っているのに」
    「はぁ、うるさいヤツだな。そんなに寂しいなら暇な時電話掛けてやるからそれで我慢しろ」
    「ほんとに?ほんとですか?信じて待ってますよ?」
    「ハイハイ。覚えてたらな」

    そうして当日を迎えた俺を朝早いのにも関わらず花沢は見送りたいと学校に来た。その忠誠心は一体どこからくるのか。結局俺が乗り込むまで片時も離れ無いため若干周りが引いていたが、そんな事コイツが気づくわけがない。

    「ちょっと出てくる」
    「どうした、トイレか?」
    「違うだろ杉元、彼氏にお電話タイムだよ」
    「白石ぃ、お前後で覚えてろよ」
    「くぅん」

    ホテルに着いてから飯やら風呂やらを済ませ、ついに暇な時間が出来てしまった為、俺からの連絡を今か今かと待っているだろう後輩に電話をかける。花沢はワンコールで出た、まさか目の前で待ってたのか。電話早く出る選手権があれば間違いなくコイツが世界チャンピオンだな。

    「もしもし、花沢?」
    『はい!お待ちしてましたよ、待ちすぎて気が遠くなりそうでした』
    「こっちも忙しいんだよ。覚えてただけありがたいと思え」
    『えー、だって本当に寂しかったんですよ?兄様のいない学校は味気なくてやる気なくなります』
    「それを理由にサボったら怒るからな」
    『サボりませんよ〜、兄様怒ると怖いですから』

    どの口が言うか、怒らせたら一番ヤバいのはお前だろ。

    「お前さ、俺にばっかくっついてるけど友達いないのか?」
    『え?まぁ、それなりにいますけど。優先順位は兄様ですし』

    先程の白石の言葉が頭をよぎる。ほんとお前は俺の彼氏かよ。どんだけ俺の事好きなんだよ。こんなに誰かに好かれたことも無いので距離感がよくわからない。

    「はっ、まるで彼氏みたいだなお前」

    しまった、つい口に出てしまった。まぁ花沢の事だ、軽く流して終わるだろう。そうでなきゃ恥ずかしくて死ぬ。

    『…もし、俺が本当に彼氏になったら?』
    「は?」
    『兄様は俺と付き合えますか?』
    「はぁ、お前…そういう意味深なことは気のある奴に言え」
    『貴方がそうだと言ったら』
    「………え?」
    『…あ、もうこんな時間ですね。そろそろ寝ます、おやすなさい。明日も気を付けて』
    「あ、おい、待て」

    ツーツーっと電話の切れる音が響き、俺は通話終了の画面を呆然と眺めるしかなかった。花沢の言った意味が理解出来ない。アイツは俺に何を聞きたかったんだ。部屋に戻った後も花沢の言葉を考えたが結局答えは出ないままいつの間にか眠ってしまった。次の日の夜ドギマギしながら一応電話をかけてみたが花沢はいつもと変わらない様子だった。

    それからこっちに帰ってきても花沢は何一つ変わった様子はなかった。まるであの晩の会話が何も無かったかのような態度にちりっと心が傷む。やはり揶揄われただけなのだうか、それなら幾ら仲良くなったとは言えタチが悪い。モヤモヤする心を放ってはおけず、話をつけるため昼休みに俺は花沢のクラスまで迎えに行った。花沢は最初喜んだ顔をしていたが、俺があまり良くない顔をしているのを察してか、すぐに顔から笑顔が消えた。

    「お前、なんのつもりだ」
    「…?なんのつもりとは」
    「修学旅行の日の晩俺に聞いた事だ。忘れたなんて言わせないぞ」
    「…あぁ、その事ですか。それなら忘れて下さい、ただ何となく聞いてみただけなんで」

    へらっと笑うこいつの顔を見て無性に腹が立った。何が忘れてくださいだ。俺はここ最近ずっとその事で頭がいっぱいだったのに。

    「…んな」
    「兄様?」
    「ふざけんな。冗談でも言っていいことと悪いことの区別もつかねぇのか」
    「…そんな、べつに怒らせたかったわけじゃ」
    「…付き合いきれん。知るかもう」

    怒りと共に吐き捨てた言葉は花沢にどう届いたかは分からない。追い掛けてこないあたり、少しは俺の怒りが伝わったのだろう。それ以来花沢は俺に寄り付かなくなった。あんなに毎日来ていた為、周りからも何かあったのかとか聞かれたが面倒で全て適当に流した。時々廊下ですれ違ってもチラリとこちらを見るだけで通り過ぎて行かれ、思わず呼び止めそうになった自分に腹が立つ。

    「…はっ、なんだよ…散々人の生活を踏み荒らしておいて」

    無性に悲しくなった。所詮アイツにとって俺はその程度だったんだ。そう考える度に胸がギチギチと音を立てて締め付けられる。気づかない間に俺の横で笑う花沢が当たり前の存在になっていた。離れるなんて一ミリも想像していなかったのに。あの時俺が我慢していれば今もお前は俺の横で笑っていたのか?

    「わかんねぇよ…くそ…っ…」
    「あ、みーつけた」

    半泣きになっている俺の後ろから聞き覚えのない声がした。振り向くとそこには入学式早々に花沢にボコボコにされた三年生のヤンキーグループがこちらを見てニヤニヤしながら立っていた。

    「お前だろ、花沢勇作に懐かれてるって二年」
    「…どこでそんな…」
    「ちょっと面貸せよ、暇だろー?」

    悪い予感しかしない。逃げなきゃ。そう思った時には既に他の奴らに肩を抱かれ引きづられるように体育館裏に連れてこられていた。

    「な、なんですかこんな所で」
    「いやーちょっとね?花沢くんには沢山お世話になったから君にもお礼をしなきゃってね」
    「…アイツはもう俺には…がはっ…!」

    突然視界が白く光ったと同時に鳩尾に激痛が走る。殴られた箇所を庇うように腕で押さえるも今度は脇に膝が入ってくる。とても立っていられなくてその場に崩れ落ちた。痛みよりも勝る息苦しさに呼吸は浅く早くなる。この時ばかりは本気で死を予感した。どうせアイツに仕返しをしたくてこんなことをしているんだろうけど無駄だ、アイツはもう俺を気にしていない。無駄に人をいたぶっているだけで時間の無駄だ、ご愁傷さま。そう遠のく意識の中うっすら誰かがコチラに走ってくる姿が見えた。段々と濃くなる姿に俺の意識が再び戻される。

    走ってきたのは花沢だった。鬼の形相とはまさに今のアイツにピッタリの言葉だと言えるような顔をして。

    「…はな…ざわ…どうして…」

    俺の疑問視する言葉なんて暴れ回っている花沢には聞こえちゃいなかった。その迫力はまるで野生の獅子に見間違える程だ。俺を殴っていた奴らは次々に倒され、かろうじて残った奴らも散り散りになって逃げていく。

    「兄様!しっかりしてください兄様!」
    「い、たい…揺するな…」
    「ぁっ、す、すみません…とにかく保健室に行きましょう」

    花沢は軽々と俺を抱き上げ保健室に向かって走りだした。どうしてここがわかったのか、何故来たのか、聞きたいことは色々あるけれど。花沢が来てくれたことに安心したのか、俺はそのまま意識を失った。目が覚めた時には既に治療をされ保健室のベッドに寝かされていた。隣を見れば疲れたのか壁に寄りかかって眠っている花沢がいた。痛む体を何とか起こし、花沢の顔を見つめ、ほぼ無傷のこいつの頬を撫でる。

    「…どうして来てくれたんだ」
    「…兄様が連れていかれるのを見たって人が俺に教えてくれたんですよ」

    来ると思っていなかった返事に目を丸くしていると、寝ていたはずの花沢が目を開いた。

    「…そう、か…でもお前、もう俺とは関わりたくなかった筈だろ」
    「…そうですね、関わらない方がいいと思ってました。俺と貴方じゃ気持ちに差がありすぎる」
    「気持ち…?」

    花沢は俺の問いかけに一瞬固まるも、グッと唇を結び、意を決したかのように小さく息を吸った。そして俺をしっかり見つめてくる。その力強い瞳に吸い込まれてしまいそうだ。

    「俺は、兄様が好きなんです。友情とか親愛とかではなく、恋人になりたいって方で」
    「…!」

    思わぬ告白にたじろぐ俺に、花沢は距離を縮め気付いた時には俺の唇に花沢の唇が重なった。不思議と嫌ではなかった、寧ろ高揚感すら感じてしまう。離れていく唇が恋しくて堪らない。無意識に俺は離れていく花沢の顔に首を回し、離れないでと訴えるように目を見つめ返していた。そこからは成し崩すように俺を押し倒し唇を貪られる。慣れない行為にすぐに息苦しくなり体は酸素を求めて花沢の胸を叩く。やっと離れ、俺は必死に息を取り込んだ。

    「はぁっ…花沢…」
    「…兄様、答えてください。今俺のキスを受けいれたのは気まぐれですか…?それとも…俺と同じ気持ちだからですか…?」

    花沢の今まで見た事ないくらい余裕のない表情に愛おしさが込み上げる。あぁ、自覚した。させられた、俺も花沢が好きだと。だから離れられてあんなに苦しかったんだな、やっと納得いったよ。

    「…俺も好き…花沢が好き…離れられて辛かった…どこも行かないでくれ、いつもみたいに横で笑って…っ」
    「っ…兄様が許してくれるなら俺はずっと傍にいます。もう離れません」

    花沢は俺の上から体を退け、改めて姿勢を正す。その様子に俺の背筋も伸びた。

    「尾形さん、ずっと大切にします。俺と付き合ってください」
    「…はい、お願いします」

    ついさっきまで感じていた虚無感が嘘のように心は幸せに満ち溢れている。人の言葉でこんなにも気持ちを左右されたことなんてなかった。
    暫くして保健医が戻ってきて特に問題はないとの事で俺と花沢は帰らされた。帰り道はかなり静かで、だけど心地よかった。

    「…じゃあ、俺はここで」
    「はい、気をつけて帰ってくださいね」
    「うん、じゃあ、また明日」
    「はい、また明日」

    俺は花沢に背を向け家路に着いた。惚けた頭は次第に覚醒し、花沢と付き合う事になった事を思い出してまた顔が熱くなる。これから色んなことがあるだろう、下世話な話、恋人になったのならいつかそういうとこもするだろうし。怖くないと言えば嘘になる、けど花沢とならなんか上手くいきそうだと漠然と思った。

    「おはようございます兄様」
    「!お、おはよう。家の前で待ってたのか」
    「えぇ、なるべく一緒にいたくて。恋人だし、もう良いかなっ?て」

    “恋人”という言葉に変に意識がいってしまう。わざわざ迎えに来てくれるなんて出来た男すぎやしないか。

    「…というか付き合ってもその呼び方なんだな」
    「つい癖で、でも俺兄様が良いって言うなら名前で呼びたいです」
    「別にいいよ、そんなの確認しなくても」
    「そうですか?ならこれからは百之助さんって呼びますね」
    「長いな…」
    「全然長くないですよ。だから百之助さんも、俺の事勇作って呼んでください」
    「わかったよ。…勇作」

    しっかり目を見て言ってやった。勇作は照れて顔を真っ赤にしている。今回は俺の勝ちだな、いい気味だ。

    「はぁ、一生大切にします」
    「そりゃ大層な宣言だな。一生なんて今から誓っていいのか?」
    「誓いますよ、貴方に俺の一生を捧げます」

    今度は勇作が俺を見つめてくる。さっき勝ったと思ったばかりなのに、やっぱりコイツには敵わない。

    「愛してます百之助さん」
    「あーもうわかったから!朝から胃もたれする!」

    逃げるように走り出す俺を勇作が追い掛ける。こうやってこれからも俺を追い掛けてくれよなんて絶対コイツには言ってやらない。
    俺の心を表すように、今日の天気は快晴だった。
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