無痛壊れていく──
壊れていく────
別に、自分自身に罵詈雑言が浴びせられたり、ましてや暴力を振るわれたりなどということはない。寧ろ、両親は自分に優しく……あろうとしていた。
だが、“視える”。
慣れ親しんだリビング。そこにあるソファー、テレビ、本棚、テーブル。それら『物』の持つ記憶を纏め上げ、映像として“見る”能力、サイコメトリー。
壊れていく、両親の心が、家庭の様相が、“視える”──
壊れていく──
壊れていく────
──僕が、壊した。
僕が信じたから、壊れた。
だからもう、──人は信じない。
信じない、信じない。
信じてないから、痛くない。
全然、痛くなんか、ないんだ──
ーーーーー
「──どうしても、皆さんに伝えなきゃならないことがあるんです!…この事件の“真実”についてです…──」
ユーマの口から語れられる、ウエスカ博士殺人事件の真相。
彼が一言一言、重く吐き出す言葉に耳を傾ける。
「──」
レンズの向こうで、ハララの瞼が少しずつ上がっていく。桜色の瞳が揺れて、薄く開いた唇は乾き、口内からも水分が失われていく。
──嗚呼、
夜行探偵事務所にも犯行予告状が届いたのは、超探偵達を現場に連れて行くため。
あの時、彼が自分とヴィヴィアに研究所の調査を命じたのは、『必要ない』能力を持つ探偵を現場から離し、想定外の妨害を避けるため。
パチ、パチとピースが嵌っていく。様々な謎が解かれていく。それは、論理的に考えて納得出来る解だった。
だから、それが『真実』だ。
所長が、人を、殺した。
僕達を、利用して。
痛くは、無い。
僕は誰も信じてない。信じてないんだから、裏切られもしない。裏切られもしないんだから、痛くもない。
……いや、違うな。
裏切り。そうこれは裏切りなのだろう。世界探偵機構への裏切り。探偵という理念への裏切り。僕達への裏切り。
でも、痛くは、無い。
だって、そんな痛覚はとっくに亡くしてしまっていたのだから。
乱れる不合理な感情とは裏腹に、痛みは全く感じないこの胸に、呆れと淋しさを覚える。
所長。僕は、貴方に傷つくことも、貴方を“いたむ”ことも出来ない──
冷たくなっていく彼の胸を押し続けた掌から、彼の血が滴り落ちた。