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    zuomo421d

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    zuomo421d

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    本編は銃左onlyですが🐴に過去それなりにきちんと恋愛した恋人がいた設定です。
    最初の部分は先月銃左の日に上げた内容とほぼほぼ重なりますので、もし読んでいただいた方がいらっしゃいましたら◆◆◆のところからが追加版となりますのでそちらからどうぞ。

    銃左オメガバ 必死になって夢を追いかける姿がカッコいいとか、らしくもない感情が胸の中に渦巻いていた。入間銃兎、俺より4つ歳上の29歳、三十路手前、身内は他界、職業は警察官で……バースはα。
     死にかけていたところを偶然助けて、どんな時でも屈しない精神力といい啖呵に惹かれて「願いを叶えてやる」とかクサい台詞吐いて、気づけばそれなりの期間連んでいた。
     銃兎が俺と二人じゃ勝てないなんて抜かしたときは本気で殺そうかと思ったが、巡り合った理鶯は骨のある面白いやつで今ではそれなりに持ちつ持たれつの関係になっている。ちなみに理鶯もαだ。
     αとβ、そしてΩという第二性。地位的にも精神的にも圧倒的な強者であるディビジョンラップバトルの地区代表チームはほとんどがαだ。少なくとも己が把握している男は皆αだった。元TDDのメンバー、現MTCのリーダーかつ火貂組若頭である左馬刻も、周りからはαだと思われている。舎弟もほとんどが左馬刻をαだと信じて疑わないし、敵対チームもそう思い込んでいることが多い。
     しかし左馬刻は、初めてのバース診断の時からずっと、検査結果はΩだった。数年前からそれなりに世話になっているシンジュクの医者は幼少期の経験がそうしたのではないかと言っていた。左馬刻の体質はあまりにもΩらしくなかったから。Ω特有のフェロモンは毎日抑制剤(副作用のほとんどない効果の弱いもの)を飲めば誰にも嗅ぎ取れないレベルに抑えられる上に、発情期というものも23になるまで経験したことがなかったのだ。23のときに運命の番とやらに出会ってしまい色々あったが、それはもう過去の話。今はそれとは別に……気になるαがいる。
    「左馬刻、今日薬飲んでねえだろ。ちょっとわかるぞ」
     ソファで寛いでいた左馬刻に飛んできたのは、顔を見なくてもわかる聞き慣れた声だった。想像通りの第一声になんてことないような返事をする。
    「あー、わり。忘れてたわ」
    「お前なあ……俺だってαなんだぞ」
    「知ってるっつーの」
    「もう少し危機感を持て」
     ムッとした口調で放たれた銃兎の言葉は、今月何度目かのものだった。
    「ンだよ、俺様のフェロモンに当てられちまうっつーこと?」
    「はぁ……」
     銃兎は大きくため息をつきながら、錠剤を一つ口に運ぶ。見なくてもα用の抑制剤だということはわかっていた、Ωのフェロモンに影響を受けないようにするためのもの。それを水も含まずに飲み込む。
    「俺に襲われても困るだろ」
    「ハッ、ウサちゃんの童貞は俺にくれるってか?」
    「おい、ふざけたこと言ってんじゃねえよ」
    「怒るってことはマジかよ!」
    「どうでもいいだろう。そんなことよりお前、最近本当に飲み忘れ多いぞ、何か副作用でも出たのか」
     威勢のいい挑発もスカされてしまっては面白くない、挙句の果てに本気で心配されるときた。ちょっとした悪巧みの本意に気づかれても困るが、こうも真剣に向き合われると調子が狂ってしまう。
    「別に、なんもねえよ。ただ飲み忘れただけだ」
    「飲み忘れってなあ……前はちゃんと飲んでいたじゃねえか。一般的なΩと比べて薄いとはいえ、それなりに優秀なαにならわかるんだ」
    「へーへー、ウサポリは優秀ですよってか?」
    「てめえまじでブタ箱にぶち込むぞ……!」
     これ以上煽ってもただ虚しくなるだけなので、言われた通り抑制剤を飲んだ。副作用のほとんどない軽度の抑制剤。女尊男卑の現代でも比較的安価で手に入れられるコレは、世話になっている医者から薦めてもらったものだ。
    「うっせーな、飲んだから黙れや」
    「用意してあるなら最初から飲めよ、と言いたいところだがな」
    「言ってんじゃねえか」
     この薬は番のいないΩ用に、精神を落ち着かせる効果もあるらしい。お陰様で好きな男に襲ってもらえそうな確率が皆無な現状に腹を立てながらでも、コーヒーの用意ができる。
    「そういえば舎弟から焼き菓子もらったんだわ、食う?」
    「コーヒーに合いそうだな、ありがたく頂戴します」
    「おー」
     業務モードの口調でも、銃兎は左馬刻の家でくつろぐためにジャケットを脱ぎ赤い手袋を外した。限られた空間以外では常に赤い革越しの手のひら。理鶯のベースキャンプでは様々な理由で外さないから、実質銃兎の素肌を見られるのは自分だけだろう。その事実に先の苛立ちなど霧散していき、頭頂部では双葉がご機嫌に揺れ始める。
    「ほらよ」
    「いただきます……ん、少し淹れ方変えたか?」
    「よく気づいたな、豆の挽き方少し変えたんだわ」
     銃兎と二人きりだと、先の言い合いのように喧嘩になることも多い。
    「いつもより若干苦い気がしたんだ。うまいな、これも」
     でも、指先からじわりじわりとあたためてくれるような不思議な気分になることの方がずっと多い。まるで優しい微睡の中にいるような、春の日差しを浴びているような、そんな気分。互いにとっくのとうに裏社会の人間だというのに、似合わない表現だ。
    「おー、そう言ってもらえると淹れがいもあるもんよ」
     「菓子にも合う」と目元を緩めた銃兎を見て、好きだな、と心から思った。いつから好きとか、そんなことは覚えていない。ただジリジリと胸を焦がす感情の名前を知っていただけ。別に男を好きになるのは初めてじゃないから戸惑いはなかった。初めてじゃないからこそ、一度想いを交えたら終わりが来ることもわかっていた。もしかしたら何かの間違いで銃兎は自分を好きになってくれるかもしれない、恋人と呼ばれる関係になれるかもしれない。でも、それが永遠に続く保証なんてて何処にもない。
     だから、わざと抑制剤を飲み忘れるだなんてことでしか銃兎の気を惹く方法がわからないのだ。それですら顔を顰めるだけだとわかっていて、やめられない。Ωだとバレない便利な身体だと思っていた、3ヶ月に1度のヒートも上手くやり過ごせる比較的優秀な身体だと思っていた。でも、俺が出せるフェロモンじゃ銃兎は我を失って襲ったりはしない。Ωのなりそこ無いみたいなフェロモンじゃ、好きな人間1人すら惑わせられない。項を守るハーネスをしているのだが、周囲にΩだとバレるわけにはいかないので全く目立たない透明のものをつけている。きっと銃兎は、今俺がハーネスをつけていないことにも気がついていない。
    「話を戻して悪いが、本当に飲み忘れるなよ」
    「わかったっつーの、お前は母親かよ」
    「αが全員理鶯みたいな男じゃねえんだからな、舐めてるとマジで噛まれるぞ」
    「俺様の弱いフェロモンにやられちまうやつなんか、いつでも倒せる」
     自棄になりながら吐き捨てると、銃兎も思うところがあったようで眉を顰めた。
    「もうすぐヒートだろ」
     しかし投げかけられた言葉はまったくもって予想していなかった言葉で、思わずパチパチと目を瞬かせる。
    「……んで、知ってんだよ」
    「来週で3ヶ月経つ」
    「ンなこと律儀に覚えてんのかよ」
    「その前に打ち合わせは終わらせておいた方がいいからな」
    「……おー」
     一瞬でも期待した自分が馬鹿だった。別に銃兎は俺のことなんか好きじゃない。鈍感童貞眼鏡ウサポリ公なんかなんで好きになっちまったんだ、Ωとしての本能が好きになるならαの中でも最上位の理鶯でよかったはずなのに。理鶯なら俺のヒートが始まっても一緒に居てくれんのに。
     Ωとしての性質が薄いとはいえ、ヒート時に抑制剤を飲んでいなければそれなりにらαを惑わせることは出来るのだ。いつもより僅かに強い抑制剤を飲めば抑えることが出来るが、どうも薬が身体と合わないので飲まないことが多い。いつもの薬を飲めば少し匂う、程度にまで匂いを少なく出来るため外で発情した時は適当に飲んで、あとはもう自宅のベッドで丸くなるだけだった。せいぜい怠いだけなので2日ほど寝ていれば元通りだし、何かあった時はフェロモンが全く効かない理鶯を頼っている。といってもチームを組んでから初めてのヒートの時に心配した理鶯が来てくれただけで、以降はずっと1人だ。銃兎は何かあってはいけないと、ヒート期の左馬刻には一切関与しない。Ωだからと差別することなく程よい距離感を保ってくれていることが嬉しかったのに、今はそれが虚しいだなんて。
    「じゅーと」
    「ん?」
    「隣、座ってもいいか」
    「……あぁ、いいよ」
     銃兎が好きだ。銃兎も俺を好きになればいいのに。でも、好きになってくれたらきっと関係が終わってしまうから、恋愛の好きにはならないで欲しい。
     銃兎の右隣に腰を下ろし、そのまま右肩へ頭を乗せてみた。銃兎は左利きだから右側にベタベタとくっついても文句は言わない。なんとなく強いαにくっつくと気分が落ち着くのだ。これは昔の恋人にくっついた時もそうだったし、自分よりもかなり大きい医者にくっついた時もそうだった。もちろん、理鶯にも。だから銃兎にもその理論を振り翳し、こうして合理的に距離を縮めている。
     人として銃兎の1番になりたかった。こいつの好きなコーヒーも好きな食べ物も家も誕生日も身長も休みの日も知ってるのは、きっと俺だけ。理鶯よりも、なんて馬鹿みたいなことを考えながら額を肩に擦り付ける。
    「猫みたいだよな」
    「なにが?」
    「お前以外に誰がいるんだよ。俺と理鶯の前でだけ、ハマの王様らしくねえ時がある」
    「ダメかよ」
    「いや、嬉しいよ」
     そう言って銃兎は左馬刻の白髪を梳かすように頭を撫でた。心地良い距離感だ。以前の恋人とも付き合う前はこれくらいの距離感だった、だからきっとこれくらいなら銃兎も許容してくれる。どうせ叶わない想いならせめて、仲間としての特等席に座らせてくれ。




    ◆◆◆




     チームを組んで早々にΩだと明かされた時は正直驚いた。助けられた際に鼓膜を揺さぶった暴力的なリリックも、噂にしていた荒々しい性格も、願いを叶えると言った強気な言葉も、彼を構成する全てがあまりにもαだったからだ。天上天下唯我独尊、なんでも力でねじ伏せる姿はまさにαそのもので、同じ(ではなかったわけだが)αの自分も組んだ直後はあまり近づきたくないタイプの人間だった。
     そんな左馬刻を、意外と距離が近い男なんだな、と思ったのはいつだっただろうか。初めからやたらと飲みに誘ってくるところはあったが、あからさまに甘えるような姿を見せたのは理鶯と組んでから……いや、それよりももう少し後の話だった気がする。いつの間にか合鍵が作られていて、それを使ってそれなりの頻度で家主不在の家に上がっては眠ったり食事をしたり。
     心を許されている、と自覚した日のことは今でもよく覚えている。冷蔵庫が空っぽな俺の家でわざわざ食材を買い込んで宅飲みをして、そのまま床で雑魚寝でいいかと思っていた時に左馬刻が「ベッドで寝たい」と言ったのだ。銃兎の家には生憎人が横になれるほど大きなソファはないので譲ろうとしたのだが、左馬刻は頑固として1人で寝ることを良しとしなかった。その日は俺も酔っていたから、結局狭いシングルベッドで一緒に寝た。問題はその翌朝である。

    「左馬刻、左馬刻」
    「……ねみぃ」
    「寝ていていいから腕離せ、」
    「あ……?あー、いいだろ、このままで」
    「よくねえ仕事だよ!」
    「じゃあ、あと5分だけ」
    「いやだ」
    「たのむ」
    「なんでだよ」
    「じゅーとにくっついてると、落ち着く、」

     俺は無様に死にかけたところを左馬刻に救われた身だ。だからどうにも、左馬刻を上に見ていたところがあったらしい。微睡の向こうにいる左馬刻が子供のように放った舌ったらずな言葉に、動揺した。元TDDのメンバーかつ火貂組若頭……だとしても、碧棺左馬刻は自分より2つ年下の男なのだと気付かされた。同時に、絆されてしまった。
     自分よりも大きい男に抱きしめられるなんて有り得ない。そもそも線の細い可愛らしい女性であろうと、抱きしめる側ならまだしも抱きしめられる側はあまり得意ではなかった。それなのに言われた通り5分間、皺一つない穏やかな寝顔を見つめてしまったのである。
     意識を覚醒させた左馬刻に「αにくっ付くと落ち着く」と言われた時にαなら誰でも良いのかよと一瞬思わなくはなかったが、左馬刻の性格上誰でも良いわけではないことくらいわかっていた。きっと、理鶯と俺だけだ。受け入れ、そして必要とされている。その事実は俺の空っぽだった人間らしい感情を満たしてくれた。だから昨晩も自宅で飲み明かしたあと同じベッドで身を寄せ合い、今もこうして朝食を作ってもらっているわけである。
    「これ、運んでおく」
    「おー」
     ジュウジュウと美味しそうな音がフライパンの上で飛び跳ねている。器用にスクランブルエッグを作りながらベーコンを焼いている姿を横目に、トーストを食卓へと運んだ。流石にトーストを焼くことくらいは出来るので、これは俺が焼いたが、他のフルーツヨーグルトとコーヒーと、さっきの2つは全て左馬刻特性。変に手を出すより任せた方がずっと美味だと知っているので基本的には何もしない。
    「いつも悪いな」
    「ンだよ今更」
     尖った唇を見て、間違えたと瞬時に理解した。訂正すべきか一瞬だけ考え再び口を開く。
    「いつも助かる、ありがとう」
    「は?マジでどうした」
     豆鉄砲を食らったように驚いた表情がこちらに向けられる。しかしすぐさま放たれた「熱でもあんじゃねーの」という言葉は弾んでいて、正解を引けたことを嬉しく思った。左馬刻は何処か銃兎に尽くしたがるところがある。飲み会も高確率で奢ろうとするし、コーヒーを振る舞ったり突然自宅に忍び込んで料理を作って待っていたり。職業柄周りにはほとんどαしかいないため、Ωは人に尽くしたがるところがあるだなんて全く知らなかったのだ。ようやく詫びよりもお礼を言う方がいいと素直になり始めている己の拗らせ具合に自嘲してしまう。
    「ねえよ、思ったから言っただけだ」
    「ふーん……兎でも降ってくんじゃねえの」
     横から飛んできた言葉には肩をすくめて皿を運ぶ。上機嫌に揺れる頭頂部の双葉が口よりもずっと雄弁だったから。
     皿とグラスを運んでしまえばあとは左馬刻の料理を待つだけ。本人には一度も伝えたことがないが、料理をしている左馬刻をぼんやりと眺める時間が好きだ。幼少期に見た料理を作る母の背を思い出しているのだろうか、それはとはまた少し違うような、どこか似ているような……なんとも表し難い感情を胸に、今日もぼんやりと見つめてみる。存命中に母の背を追い越すことは出来なかった、だから銃兎はいつも母親を見上げていた。当然母は白髪ではなかったしこんながっしりした後ろ姿ではなかった。なんとも言えないこの気持ちは母に対するものと似ていて異なる。もう少し、もう少しでこの感情に名前をつけられそうなのに、なんとも言えない蟠りが喉奥にひっかかっている。左馬刻と母親の共通点といえばどちらも律儀にエプロンを付けて調理しているところだろうか、なんて気づいたところで、とある言葉が脳裏に降りてきた。今の光景は、そう、まるで、
    「新婚……みてえだな」
     銃兎がそう零したのと、左馬刻が手に持っていた菜箸を落としたのは、ほぼ同時だった。
    「あちっ、」
    「ばか、お前エプロンしてるくせになんで裸足なんだよ」
    「うるせえ、朝だからに決まってンだろ」
     当たり前のように調理を続けようとする左馬刻に思わず立ち上がり、近くに置いてあったタオルを冷水で濡らす。
    「おい、冷やすぞ」
    「?ンなのほっとけや」
    「いいから」
     気質の人間ではないくせに、左馬刻の身体はどこもかしこも綺麗だった。男らしく骨張ってはいるが肌は雪のように白く、傷跡などほとんどない。ダボっとしたズボンの下で晒されている足もそれはそれは白くて、こんなところに火傷の痕が残るのは勿体無いと思った。我ながらどんな思考回路だと問いたくなるが、今だけはH暦の武器がヒプノシスマイクでよかったかもしれないなんて。当然今でも法を犯して手に入れた武器を使う輩はいるが、ヒプノシスマイクの精神干渉攻撃であれば外傷は残らないから。
    「冷てえよ」
     いくら肌が雪のようと言えど、白いタオルは人間らしい皮膚の色をしている。軽い火傷だろうし少し冷やせば十分だろう。
    「火傷には気をつけろよ」
    「……お前は母親かっつーの」
     跪くような体制で足を冷やしていたから、上から降ってきた言葉が尻すぼみになったことに異和感を覚えた。いつもの左馬刻ならもっと嫌味っぽく言うくせに、なんて思いながら立ち上がり、そしてその理由を察する。
    「耳……赤いぞ」
    「っ、」
     本当は言うべきじゃなかったのかもしれない。ただ左馬刻の耳が今まで見たことないほど赤くて、それはもう林檎のようなという表現があまりにもぴったりで、つい口から溢れてしまったのだ。息を呑んだ左馬刻の頬は耳から伝染するように赤く染まり、肌が白いと赤くなりやすいのかと脳裏で誰かが呟く。
    「かわいい、」
     無意識に、そう言っていた。
    「は……?え、」
     目の前にある桃色の唇からは気の抜けた声が放たれる。赤い両目がぐらぐら揺れて、そうしている間にも顔はどんどん赤くなって……恋愛経験など皆無に近い己にも、流石にわかってしまった。

    「お前、俺のこと好きなのか?」

     いつものポーカーフェイスやおべっかは何処へいったのやら。またしても脳裏を過った言葉がそのまま口から滑り出た。刹那、もともと物の少ない部屋からさらに何もかも無くなってしまったかのような閑散とした空気が流れる。
     左馬刻は何も答えない。顔色は変わらず赤ということは、肯定だと捉えていいのだろうか。てっきりΩはαに尽くしたがる性分なのだと誤解していたが、もしかしてただ己のことを好いていたが故の行動だったのだろうか。頻繁に家に来ていたのも、嬉々としてコーヒーを振る舞ってくれたことも、落ち着くからとくっついてきたことも。そう考え始めるとたちまち左馬刻のことが愛しく思えてくる。今までほとんど役割を果たさなかった右脳が思考回路を巡らせ、左馬刻への感情を自覚させてくれる。左馬刻が、好きだ。誰よりもかっこいいヨコハマの王様、そして誰よりも可愛い、俺に甘えてくる年下の男。
     左馬刻は俺のことが好きなのだ。それなら同じ気持ちだと伝えれば、きっと喜ぶ。今よりももっと顔を赤くして愛らしい表情を見せてくれるだろうか。今までよりももっと甘えてくれるようになるだろうか。
    「俺も、お前のことが好きだよ」
     慌ただしく動いている赤い両手をしっかりと見つめて、そう言った。左馬刻は目を丸くする。驚いただろうか、可愛いな、なんて思っていたら長いまつ毛がゆっくりと伏せられて、瞬きを一つ。再びルビィのような瞳が現れた時には頬からは赤など消え失せた白。それどころか少し青ざめた色へと移っていく。
    「おれ、は、」
     想定したとはかけ離れた現状に驚いていると、左馬刻の唇が微かに震え始めた。一歩後ずさって、今まで見てことないほど怯えきった顔をして、こう叫ぶ。
    「俺は、銃兎のことなんか好きじゃねえッ!」


    ▼▼▼


     
    「あいつ……」
     本日何度目かの舌打ちと、留守番電話への接続を告げる機械音。仕方なしに通話終了のボタンをタップし、大きくため息をついた。
     俺のことなんて好きじゃないと言い残して家を出て行った左馬刻は、結局帰ってこなかった。そのままあっという間に3日経ち、未だに連絡がついていない。良くも悪くも目立つ男なので意識していなくても情報は入ってくる。つまり決してあいつの身に何かあったわけではないのだ、意図的に避けられている。
     仕事柄互いに忙しくて連絡がつかないなんてことはよくある話、たった3日連絡が付かないだけでこんなにも気持ちが不安定になるとは思いもしなかった。原因は十中八九最後の会話がアレだったせいだが。「好きだ」と伝えた時の左馬刻の反応が、今も脳裏にくっきりと浮かび上がる。まるで絶望したような表情だった、直前まであんなにも俺を好きでたまらないという雰囲気を醸し出していたくせに。ここまで避けられると男として、恋愛対象として好かれていたなんて自分の勘違いだったのではと思わなくもないが、一応人並み以上には好かれてきた自負がある。同一の枠組みに収めたくはないが、左馬刻の視線は完全に自分に言い寄ってきた女と同じであった。
     あまり頼りたくはないが、このまま動かなければおそらく1週間以上連絡を取れないだろう。その間に左馬刻が心変わりしたら?想像しただけで胃の奥底がサッと冷えていく。別に左馬刻を自分の番にしたいわけじゃない。でも、左馬刻が他の誰かと番うことは嫌だと本能が叫んでいた。
     今自分に出来ることは何か、ここ数日思考を巡らせ、左馬刻のことを何も知らないのだと自覚させられた。まず一つ、左馬刻の本当の家以外にあるというセーフハウスの場所を一つも知らない。二つ、あいつが好きな飯がわからない。三つ、左馬刻が、どうして俺を好きになったのか一つも心当たりがない。
     ここ2日業務をやっとの思いで詰め込んだ結果、今日は定時上がりで署の自動ドアをくぐる。己の不甲斐なさに下唇を噛み、ワックスで固めた髪などお構いなしに髪を掻きむしった。ネクタイを僅かに緩め、車を少し走らせてから山の麓にある駐車場に停める。ここから先は車では行けないから、己の足で歩まねば。
     向かう先は理鶯のキャンプ地。情け無い話だとはわかっているが、彼を頼る他に手段がなかった。見栄を張っている場合じゃない、やれることはなんでもしてやる。険しい山道も、左馬刻と軽口を叩き合っていればなんてことなかったなと思い返す。1人で歩くのが初めて、なんてことは当然無い。理鶯にしか頼めないことはいつもこの道を1人で通っていた。それが随分と久しぶりなだけだ。安定しない足場、数日前の雨の影響かぬかるんだ土、鬱蒼と生い茂る木々を乗り越えやっとの思いで辿り着いた先で仄かな香ばしさが鼻をくすぐった。しまった、食事の用意中だったか。なんてタイミングの悪い、と思わず顔を顰めるが四の五の言っている場合ではない。
    「理鶯、突然来てしまいすみません。少し相談事があっ……て、」
     意を決して足を進めた先に、探していたソレはあった。
    「ふむ、今日は来客が多いな」
     パチパチと燃える炎の奥には、柔らかな橙に染まった髪と皮膚。
    「左馬刻、」
    「じゅうと、」
     あまりの出来事にお互い呆気に取られて数秒。先に動いたのは左馬刻で、立ち上がったかと思えばすぐさま理鶯が寝床にしているテントに飛び込んだ。
    「おい左馬刻!」
     慌てて追いかけるも素早くチャックが締められ、薄い布の向こう側でしっかりと押さえられてしまっている。理鶯が使っているテントだ、ちょっとやそっとのことで壊れるわけがないとわかっていても、人様のものだと考えると乱暴にこじ開けるのは躊躇われた。
    「なあ左馬刻、開けてくれ、」
    「いやだ」
     情け無い声が出た。それに対して返されたのはハッキリとした拒絶の言葉。全身がこわばる。
    「銃兎」
     安心感のある低音で名前を呼ばれた。振り返れば、理鶯が咎めるような視線をこちらに向けている。
    「……どこまで知っているんですか」
    「詳細は知らないが、大まかには聞かせてもらった。今はそっとしてやってくれないか」
     左馬刻は理鶯に何を話したんだろうか。俺への感情があるなら直接言ってくれればいいのに。子供くさい我儘が芽生えるが、それを素直に表に出せる歳ではなかった。
    「今はって、いつまでだよ」
     テントの中にいる男へ届くよう、少しだけ声を荒げる。
    「……1週間、」
     返ってきたのは、まるで叱られた子供のようにしょぼくれた声色だった。なんでお前がそんな声出してんだよ。拗ねてんのはこっちだぞ。
     強く拳を握りしめた。1週間待っていいのか。良いわけがない、きっと左馬刻はこの1週間で自分の気持ちにケジメをつけるつもりだ。もうあんな風に俺への感情を表に出さないように、俺への想いがなくなるように。ふざけるな、何勝手にケリつけようとしてんだ。お前がいつから俺のことを好きかなんて知らないが、こっちは今やっと気づけたんだ。気づいた途端に失恋ってそんなのやめてくれよ、この先誰かを好きになれるかなんてわからねえのに。
     一般的に青春時代と呼ばれる時期を警察官になるための勉強に費やしたため、碌な恋愛経験がなかった。想いを伝え合ったらどうなるのかもわかっていない。情報収集のためにお付き合いのフリをしたことはある。でも、本気で好きなやつの捕まえ方なんてわからない。
    「1週間後だな、必ず定時で帰る。場所は?」
     理鶯が目を見開いた。まさか俺が軽々しく頷くと思っていなかったのだろうか。左馬刻の真意を汲み取れてないと思っているのだろうか。これでも最年長なんだ、そこの末っ子みたいに駄々を捏ねることはないんだよ。
    「俺の、家」
     言質は取った。震える声に、左馬刻様がそんな声出すなと言いたくなる。そんな声を出させているのは自分なのに。
    「わかった。すっぽかすなよ」
     しっかりと宣言し、ネクタイを整えた。ほんの少し甘い香りが漂う気もするが、理鶯なら全く問題の無い程度だ。テントから離れ、一瞥した。帰路を辿ろうとした直後、理鶯にそっと耳打ちされる。
    「貴殿が来てから、少しだけ匂いが濃くなった」
    「どういうことですか、ヒートはまだじゃ、」
    「嬉しいのでだろう、恐らく」
    「は……?」
     意味が理解出来ず、大きく目を見開く。理鶯は優しい眼差しを向けていた。
    「あんな態度を取っているが、銃兎に会えて喜んでいるのだ」
     じわじわと耳が熱くなっていく。理鶯がどこまで知っているのかわからない。俺が左馬刻への好意を自覚したことまで筒抜けなんだろうか。わざわざ隠すつもりはないが、どうも照れ臭い。
    「そう、ですか」
    「夜道は危険だ。気をつけて帰ってくれ」
    「ありがとうございます、それじゃあ、あいつを頼みますね」
     帰りは行きよりもずっと足取りが軽かった。突っぱねるくせに、俺に会えたことが嬉しいだなんて本当に素直じゃないやつ。それすら愛しいだなんて、俺も随分と重症らしい。



    ▽▽▽



     好きだって気持ちがバレた時、まさにこの世の終わりかってくらい胃の底が冷えて世界が逆さまになった気がした。そのくせ一度溢れた感情は止まらなくて、今までどうやって誤魔化していたのかもわからなくなった。合わせる顔がなくて、逃げて、あの日どうやって自宅に戻ったのかはあまり覚えていない。いつもなら嬉しいはずの銃兎からの連絡が鬱陶しくて恐ろしくて、ただひたすら避けることしか出来なかった。
     このままではチームとしても困る。2ndバトルの予選も迫っているのだ。銃兎に会った時にどうしたらいいかわからないだけで、当然嫌いになったわけじゃない。嫌いに慣れた方が楽だったとすら思うけれど、元の関係に戻りたいのが本音だった。俺が本当の意味で頼れるやつなんて限られていて、その限られた1人が今回は悩みのタネだったから頼れる男は理鶯しかいない。
     ウチの軍人はマジで頼りになる。チーム内での恋愛ごとを口にしても顔色ひとつ変えずにハーブティーを淹れ、余計な口を挟むことなく真摯に話を聞いてくれた。俺の事情を察した理鶯のおかげで、1週間の猶予を得た。1週間もあればそれなりに落ち着く見込みで提案したが、残念ながら気持ちは収まるどころか募るばかり。連絡を絶ったのはこちらだというのに銃兎が何をしているのか気になって仕方なかった。そして今日が約束の日。銃兎は宣言通り定時に仕事を終わらせ家に向かうと連絡を寄越した。定時上がりがどれほど大変かなんて、今まで散々聞かされてきたからよくわかる。それでも銃兎は本当に業務を切り上げてやってくるのだ。俺と、話をするために。
     あまりにも情けない話だが、銃兎と話をするのが怖かった。本当は理鶯にこの場にいて欲しいくらい。でも流石にそこまで頼りたくなかったから、こうして豆を挽きながら待つことしかできない。心臓がうるさいのは緊張からなのか、今後の関係への恐怖心か、はたまた銃兎に会える事実への期待感か。連絡が来た時刻から察するに、もうすぐ到着するだろう……なんて考えていたら、本当に来客を知らせるチャイムが鳴った。合鍵は渡しているんだから勝手に入って来いやという気持ちが半分、いきなりリビングへの扉が開かなくてよかったという気持ちが半分だ。
     玄関への足取りがここまで重かったことなど一度もない。ましてや銃兎が家に来る時はもっと浮き足立っていることすらあった。それが今は、こんなにも怖いだなんて。
    「……よぉ」
     扉を開ければ、僅かに目線を下げたところに銃兎の顔がある。目の下の隈から、今日の定時上がりのために業務を切り詰めたことが察せた。ンなことすんなよ、また、絆されちまう。
    「お邪魔します」
     丁寧な口調。1週間ぶりの銃兎の声に、つい喜んでいると自覚した。銃兎の匂いがして落ち着かない。別に、1週間会わないなんて今までもよくあることだったのに。
    「コーヒー淹れてくれたのか」
    「いつものことだろ」
    「……そうだな、いつもありがとう」
     銃兎は慣れた手つきでジャケットを脱ぎ赤い手袋を外した。曝け出された素肌に触れたくてたまらない。触れて欲しい、触れないで欲しい。もっと近づいて欲しい、これ以上近づかないで欲しい。相反する気持ちがぐちゃぐちゃに混ざって、頭が痛くなりそうだ。
     テーブルに向かい合うように座れば、コーヒーを啜った銃兎が「うまい」と零す。初めてのことじゃない、でもやっぱり嬉しい。普段は隠された素肌が彼のために用意してあるコーヒーカップを手にしていて、たまらなく心が満たされた。銃兎は今でも、この家で気を緩めている。こんなに幸せなことはないが、この幸せは手放さなければならない。銃兎自身が離れることに比べれば、今の特等席を手放すことの方が何倍も簡単で傷も浅いはずだから。
    「昔、番にはならなかったが、付き合っていたαがいた」
     ゆっくりと口を開き、独り言のように呟いた。息を呑む音が聞こえる。薄い唇がぎゅっと結ばれた。
    「んで、いろいろあって別れた。そいつとは今連絡も取ってねえ」
     ラップバトル時の切れ味は何処へやら。辿々しく言葉を紡ぎながら左馬刻は銃兎に想いを告げた。銃兎が好きなこと。銃兎との関係を切りたくないこと。少し距離が近過ぎたから勘違いしているのだということ。……少し前の関係に戻すこと、戻せるように努めること。
     銃兎はずっと、黙って聞いていてくれた。いつもあれほどうるさいくせに、こんな時は歳上らしく振る舞うのがずるいと思った。同時に、その優しさにつけ込みたいとも。
    「お前は、俺と別れたくないから、俺に好きになってほしくないのか。番になりたくないのか」
     真っ直ぐな言葉に、頷くことしかできない。なんて情けないんだろう。でもここで否定をすることはできなかった、告げられた言葉が事実だったから。でも直球にぶつけられた"番"という言葉があまりにも魅力的で、銃兎の番になれたらどれほど嬉しいだろうかと思考を巡らせてしまう。未だ誰にも噛ませたことのない項に、透明なハーネスで覆われた部分に、喫煙者のくせに歯並びのいいコイツの歯形がついたら。
     唾を飲み込み、銃兎を見据える。俺から告げることは以上だと察したのだろう。小さく息を吐いた後、ゆっくりと口が開かれる。
    「俺は、29になるまで人を好きになったことがなかった」
    「え、」
     思わず目を丸くした。恋愛に疎そう(というか実際に疎い)だと思っていたが、まさか人を好きになったことがないとは思わなかった。銃兎の生い立ちが彼をそうさせたのだろうか。左馬刻も過去付き合ったあの男と銃兎以外を好きになったことはないので、果たしてそれが珍しいのかそうでないのかは判断しかねる。そんなものなのかと軽く首を傾げると、よく通る声が部屋に響き渡る。
    「後にも先にも、お前だけだと思っている」
     翡翠を嵌め込んだような瞳と、視線が交わった。本気で言っている目だ。本気で、後にも先にも俺のことしか好きにならないと思い込んでいる。
    『好きです、ずっと。ほんとに、一生好き』
     思い出したくない、でも忘れられない記憶がフラッシュバックする。最悪だ。恋愛初心者は己の気持ちが変わるなんて思ってもいないから、すぐ"ずっと"だの"一生"だの言いやがる。人の気持ちは移ろうものなのに。ずっとなんてこの世にはあり得ないのに。
    「だからそれで前失敗したっつってんだろ」
    「前は前、今は今だろ」
    「っ、」
     銃兎は、変なところで自分の意志を曲げない男だ。人の話を聞かない、人の意見に左右されないと言ってもいい。それが原因となって何度言い合いになったことか。
    「っつっても実際に人の気持ちっつーもんは変わるわけだ」
    「……よぉくわかってんじゃねえか」
     主張を容易く肯定され、つい声が震えた。果たして誤魔化せていただろうか。どうやら銃兎も初恋を覚えたてのガキみたいに一生好きだと抜かすつもりはないらしい。安心したような、残念なような。永遠なんて無いと脳内で馬鹿にしたくせに、好きなら一生好きだって言ってみせろやと思ってしまう自分がいた。我ながらなんてめんどくさい。これじゃあホストに狂ってるシマの嬢の方がまだマシだ。
     カップに触れていた手が、すっとこちらに伸びてくる。机の上に乗せていた右手を取られ、優しく包まれた。
    「でも安心しろ」
     よく通る声が鼓膜を揺さぶる。
    「お前が俺のことを好きな限り、俺はお前が好きだ」
    「は…?」
     パチパチと瞬きを繰り返せば、視界に映る真剣な顔はたちまち綻んだ。
    「俺は、俺のことを好きなお前が好きなんだ。だから安心しろ、お前が俺のことを好きじゃなくなったら番だって解消してやる」
     番の解釈はΩに大きな精神的不安を与えるが、αだってノーリスクではない。
    「というかそもそも番になりたいわけじゃないんだ。お前とこれからも一緒に過ごして、んで、そりゃあお前が良いって言うなら番になりてえけど、嫌なら一生番にならなくていい」
     力が入ったのか、一層強く手を握られる。少し汗ばんだ皮膚の表面が、余裕なふりをしているだけできっと心拍数だって上がっているのだと教えてくれた。俺が心臓をうるさく鳴らしているのと同じように。
    「なあ左馬刻、隣行ってもいいか」
     銃兎の言葉に、胸が苦しくなった。いつも俺からだった言葉。くっつきたくて、でもそんなことを素直に言えるわけもなく、落ち着くからと理由を付けて告げていた言葉。
    「……い、い」
    「ありがとう」
     椅子が小さな音を立てる。ほんの数秒の時間が酷く長く感じられた。隣に銃兎が座る。2人の間は僅か10センチ。少し体を傾ければ、いつだって触れられる距離だ。
    「左馬刻」
    「ンだよ、」
    「俺はお前が好きだ」
     「へぇ、」なんて他人行儀な言葉が口から滑り出る。
    「お前は前に戻すって言ったけど、俺は嫌だ。朝起きた時に左馬刻がいると嬉しいし、お前がくっついてくれるのも嬉しいし」
     少しカサついた手が、俺の頬に触れた。こっちを向けという合図なんだろう。渋々視線を移せば、銃兎の耳は真っ赤になっていた。それに気がつくと同時に己の耳もやたらと熱いことを自覚する。ああ嫌だ、今コイツの目に、俺はどんなふうに映っているんだろう。
    「左馬刻」
    たちまち手元に落ちた視線が、名を呼ばれて再び縫い止められる。刹那、視線が交わって、血液が慌ただしく全身を駆け巡り始めた。
    「俺は好きなやつにフられるなんて嫌だ。お前が他のやつのこと好きになんのも嫌だ。お前は嫌じゃないのかよ」
     銃兎の瞳に、どろりとしたネオンピンクが溶け出している。ずっと、ずっと向けられたかった視線だ。俺が銃兎のことを好きでいる間は、ずっと熱っぽい眼差しを向けてくれるのだろうか。離れずに側にいてくれるだろうか。ここで首を横に振れば、その対象は他の誰かになるんだろうか。僅かにでも反射的に想像してしまい胸が痛む。他の人間に愛を囁く銃兎だなんて、とても耐えられそうになかった。
    「じゅー、と」
    「なんだ」
     なんだは、こっちの台詞だ。今までそんな目で見なかったくせに。そんな、愛しくてたまらないって慈愛を声色に滲ませてくれなかったくせに。俺からの好意に、気づく素振りを見せなかったくせに。
     文句ならいくらでも思いつく。今すぐに銃兎のムカつくところを叫ぶ方が簡単だ。でももう、これ以上強がることなんて出来なかった。自分の気持ちに正直になりたかった。
    「……好き、だ」
     絞り出した声は、びっくりするほど掠れた音。それでもしっかりと伝わったようで、ライトグリーンとネオンピンクの混ざった瞳が優しく細められる。
     刹那、視界が暗くなったかと思えば、額に柔らかい何かが触れた。気がつけば銃兎は照れ臭そうに笑っていて、額にキスを落としたのだと瞬時に理解する。顔が爆発するんじゃないかと思うほどに熱かった。
     そこはデコじゃなくて口にしろよと言いたかったが、銃兎の顔も林檎のように赤かったので今はこれで勘弁してやろうと思う。恋愛初心者、鈍感兎なコイツには俺様がアレコレ教えてやらねえとな。
     上機嫌に頭頂部の双葉が揺れることを自覚しながら、すぐ近くの頬に擦り寄った。銃兎が嬉しそうに笑うのがわかって、胸の内があたたかくなる。
    「嬉しかったか?」
    「は?なにが、」
    「俺に好きって言われたの」
     銃兎は至極満足そうに言い放った。たちまち先の余裕ぶった感情など消え失せ、視線が彼方此方と彷徨い始める。
    「ンで、」
     口からははくはくと空気だけが漏れる。事実だとしても肯定なんて簡単に出来やしない。何言ってんだコイツ、なんで、こんなに自信満々なんだ。胸中の疑問が透けて見えるかのように、銃兎は続ける。
    「匂いが濃くなった」
    「は、……?」
    「嬉しいとフェロモン出ちまうんだろ」
     気がつけば銃兎の両腕は俺の背中に回っていて、抱きしめながら大きく呼吸を繰り返していた。匂いを嗅がれている、そう理解するのに数秒時間がかかり、これでもかというほどに顔が熱い。
    「気をつけろよ、他のやつに嗅がせたくない」
     与えられた温もりと、同時に注がれるあからさまな独占欲。触れ合う胸元から銃兎の心音はうるさいほど聞こえてくるから、慣れているわけではないはずだ。慣れてはいないはずなのに、こんなにも突然距離を縮められるなんて。一応俺の方が恋愛経験豊富なはずなのに、現時点で既に一枚上手なのは銃兎だった。悔しい、やられっぱなしでたまるかよ。負けず嫌いな短い導火線に火がついた。
    「銃兎」
     愛しくてたまらないその名を呼び、顔を上げたタイミングを見計らって口付けを一つ。顔から火が吹き出そうなほど恥ずかしいから、舌を入れるなんてことは出来ない。
    「え、」
     でも銃兎の林檎よりも赤い顔のおかげで、十分なことは一目瞭然だった。やっぱり俺様がリードしてやらねえとな。
     いい歳の男2人で顔を赤くして心臓をバクバクと鳴らしているなんて、側から見れば至極滑稽だろう。ヤクザの面子もポリの面子も丸潰れだ。でも今は2人きりだから、カッコ悪い姿も情けない姿も曝け出すことが許されている。誰もが恐れる王様じゃなくていい、強いαの皮を被る必要もない。Ωとしての、碧棺左馬刻でいいのだ。
    「嫌だったら良い、それは本当だが」
     銃兎の手が、首の透明なハーネスに触れた。
    「いつかこの下、噛ませてくれ」
     欲に塗れた雄臭い声に、下腹部がぎゅぅと苦しくなる。一時は嫌ったΩの本能も、今度こそ銃兎を惑わせられるのなら嫌じゃない。本当は今すぐにだって噛んでほしいけれどそれは少し怖いから。もう少しだけ、時間が欲しいから。
    「……ん」
     小さく小さく頷いて、薄い下唇に噛み付いた。
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    Replies from the creator

    zuomo421d

    DOODLE本編は銃左onlyですが🐴に過去それなりにきちんと恋愛した恋人がいた設定です。
    最初の部分は先月銃左の日に上げた内容とほぼほぼ重なりますので、もし読んでいただいた方がいらっしゃいましたら◆◆◆のところからが追加版となりますのでそちらからどうぞ。
    銃左オメガバ 必死になって夢を追いかける姿がカッコいいとか、らしくもない感情が胸の中に渦巻いていた。入間銃兎、俺より4つ歳上の29歳、三十路手前、身内は他界、職業は警察官で……バースはα。
     死にかけていたところを偶然助けて、どんな時でも屈しない精神力といい啖呵に惹かれて「願いを叶えてやる」とかクサい台詞吐いて、気づけばそれなりの期間連んでいた。
     銃兎が俺と二人じゃ勝てないなんて抜かしたときは本気で殺そうかと思ったが、巡り合った理鶯は骨のある面白いやつで今ではそれなりに持ちつ持たれつの関係になっている。ちなみに理鶯もαだ。
     αとβ、そしてΩという第二性。地位的にも精神的にも圧倒的な強者であるディビジョンラップバトルの地区代表チームはほとんどがαだ。少なくとも己が把握している男は皆αだった。元TDDのメンバー、現MTCのリーダーかつ火貂組若頭である左馬刻も、周りからはαだと思われている。舎弟もほとんどが左馬刻をαだと信じて疑わないし、敵対チームもそう思い込んでいることが多い。
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