グレムル前提のヒスムル(仮)23話バスに揺られる事数十分。
せっかくのデートだと言うのにムルソーとの会話は無かった。
特別機嫌が悪い訳でも、気分が沈んでいる訳でもなかった。
ただ、特別話したい事が無かっただけで。
俺はただぼんやりと窓の外を眺めて……視界の端でムルソーが脚を動かすのを見ていた。
「……やっぱ熱いよな。暖房。」
「ずっと座るには温度が高過ぎる。」
「ふふ……」
途中、座席の下からの熱風に文句を言いつつも目的地まで座り続けた。
今日は日曜日だ。
いつもならお互いに仕事をしているようなありふれた曜日の一つだったが、今日だけは違った。
勿論、休みたいと言った時にロージャは驚いていたが。
出る前にヒースクリフに詫びを入れると、ヒースクリフは特に気にしていない様子で送り出してくれた。
『良かったらお土産持って帰って来てくれよ。』
『勿論。』
ヒースクリフからお土産を仰せつかってから家を出た。
どこに行くかは大まかに決めておいて、そこで何をするかはその場で考える事にした。
……と言っても、店が建ち並んでいる区域なので買い物をするか飲み食いするかしかなかったのだが。
俺とヒースクリフはともかく、ムルソーは生活に必要な物以外の買い物に興味があるように思えないのが難点だ。
かと言って……
「……どこ見る?昼までまだあるけど。」
「どこでも構わない。」
「……」
これだから本当に困る。
「……お前、自分が興味無い所連れ回されてしんどくないの?」
「……それがデートではないのか?」
「……チッ……興味無い事前提なのほんとにお前さぁ……」
そう言って恨めしそうに睨んでやると、案外ムルソーは動揺した様子を見せた。
「……貴方の行動について行くのがデートだと思っていた。」
「……ハァ……まあ確かにお互いに楽しめるデートなんて難しいとは思うけどな……」
「そして、興味が無い訳ではない。私が……理解出来る範囲でなら、私も楽しめる。」
「……」
正直納得は行かなかったが、ムルソーなりに精一杯考えた結果なのだろうと思うと責め立てる気にはならなかった。
「じゃあ〜……あそこ行くか。」
ここに着いて一番に目に入って気になっていた骨董屋を指差した。
「……」
「……おい。また物増やす気かって顔やめろ。お前が言ったんだろ。」
「……従おう。」
「全く……」
店に入るとグレゴールの目を輝かせるような物が沢山あった。
古時計、置物、ブリキのおもちゃ、古い義肢、鉱石やアクセサリーなど、様々なアンティークアイテムが所狭しと並んでいた。
「お……っ、ムルソームルソー、これちょっと見てみろ……!」
「……?」
「血鬼の血の結晶だよ……!会う事自体殆ど無いから中々出回ってないのに……どうやって手に入れたんだ……?」
「……偽物ではないのか?」
「それがな、見分ける方法があって……」
そんなこんなで見て回っているとかなり時間が経っていた。
ムルソーは何とも言えない顔をしていたが、俺としては楽しかったので良しとする。
「……まずいな。メシ食いに行く前に結構払っちまった……」
「……厳選した結果ならばこれ以上の節約は出来ないだろう。」
「まあ、ヒースのお土産も入ってるし良いよな。」
その時、ムルソーが携帯で時間を確認した。
「……そろそろ正午だ。早めに並んでおいた方が良いだろう。」
「おお、そうだな。どこにしようか……」
レストランやラーメン屋、ファストフード店などを眺めていると、ムルソーが徐に小さなラーメン屋を指差した。
「ん?ラーメン食いたいのか?」
「あまり人が入らなそうだから、あの店が良いと思った。」
「……お前それ店ん中で言うんじゃねえぞ……」
何はともあれ、ひとまずラーメンを食べる事になった。
グレゴールは豚骨、ムルソーは醤油を頼んだ。
出された豚骨ラーメンを思う存分啜っていると、ムルソーがもぐもぐと麺を頬張りながらじっとこちらを見ているのに気が付いた。
「……食うか?」
「一口貰おう。貴方は?」
「食べる。」
黙々とラーメンを食べ進めていると、グレゴールが先に食べ終わった。
チラリとムルソーの方を見てみると……半分程残っていた。
「……あれ、もう腹いっぱいになったのか?」
ムルソーは箸とれんげをスープに突っ込んだまま手を動かそうともせず、ただ険しい顔でどんぶりを見下ろしていた。
「普段あんま食わないから胃縮んだんだろ……」
「……そうかもしれない。」
「じゃ、俺食うよ。良いよな?」
「頼む。」
グレゴールも胃に余裕があるとは自信を持って言えなかったが、残すのは勿体無いので食べる事にした。
「……」
ムルソーの食生活について思う事があった。
グレゴールやヒースクリフが好んでいる物を、ムルソーは好まない傾向にある。
代表的な例で言えばカップ麺やスナック菓子だ。
好き嫌いがハッキリしているのもそうだが、それを食べないようにする姿勢はやはりお坊ちゃん気質のように思える。
裏路地で育った連中は理由はどうであれ、大抵の物なら何でも食べる人間が多かったから。
ムルソーが巣で育ったような雰囲気なのは前々から感じていた。
グレゴールが巣に移住出来た以上、大して気にする程でもない事だったが……
価値観の違いと言う問題は埋めるのが難しい溝だ。
「……」
そもそも最初から埋める事なんて出来ないのだから、どの道グレゴールに出来る事は「そう言う奴なんだ」と割り切って受け入れる他無いのだ。
グレゴールとしてはそれも何だか悔しかったのだが。
……でも。
そんなムルソーを落とせたのは、素直に嬉しいと思った。
「ふ〜〜食った食った……」
普段ここまで食べる事が無かったのでかなりの満腹感を味わいながらグレゴールは次の場所を目指した。
とは言え、明確に目的地を定めている訳ではなかったのでふらふらと当て所もなく歩いていたのだが。
「……グレゴール。」
ムルソーが不意に立ち止まった。
「ん?どした?」
「……少し、この店に寄りたいのだが。」
ムルソーの視線の先を追うと、店内の灯りが暗めのアパレルショップが見えた。
「良いぞ。」
珍しい事もあるものだと思いながら入ってみると、ムルソーはすたすたと奥の方へ入って行った。
(……あ、ヒースクリフの服か。)
ムルソーが好むデザインではなさそうだと思いながら服を見ていたが、ヒースクリフの事を思い出して納得した。
……とは言え、ヒースクリフでも服に着られそうな雰囲気のヴィジュアル系のデザインだったが。
グレゴールがゆっくりと店内を見て回っていると、ムルソーがこちらに歩いて来た。
「お、見終わったのか?」
「ああ。買い物も済んだ。」
「早いな……ってあれ、服じゃねーの?」
ムルソーは小さな袋を持っているだけで服を買った様子は無かった。
「ああ。アクセサリーを……」
「どんなの買ったんだ?」
「それは……外で。」
「あ、そうか。」
店の外に出ると、ムルソーはチェーン店のカフェに向かって行った。
「……コーヒーでも飲みながら話そう。」
「……?うん。」
何だか神妙な顔をしているムルソーが気になりつつも、二人で店に入った。
小さなテーブルを囲んで向き合って座ると、ムルソーが袋を開けた。
「ヒースクリフにはこれを買った。」
そう言ってムルソーはネックレスを取り出して見せた。
ブロンズ色で、いくつか連節されている小さな歯車をつなぎ合わせるように蔦が絡まり、一輪の薔薇を咲かせているデザインだった。
「……ちょっと可愛過ぎないか?」
「……だが……ヒースクリフに合うのはこれだと思った。」
「まあ……確かに合いそうだけど……」
「……グレゴール。」
「ん?」
「左手を、出してくれないか?」
指輪か?と思いながら手を出してみると、本当に指輪だった。
これもブロンズ色で、縦幅が狭いリングに小さな歯車が並列されている物だった。
ムルソーはグレゴールの左手を取って、その指輪を薬指に嵌めた。
「……」
親指で歯車をなぞっていると、ムルソーも同じ物を薬指に付けたのが見えた。
「……擬似的だが……私なりに、想いがあっての物だと……思ってほしい。」
ムルソーはまっすぐとグレゴールの目を見つめてそう言った。
それが何だかむず痒くて、笑ってしまった。
「……っふ、ふふっ……くふふっ……」
「……」
「……ありがと……ふふふっ……」
「……何がそんなにおかしいのか分からない。」
「ごめんって……いや、なんか……お前が真剣に考えてこう言う事してくれたのが嬉しくって。」
ムルソーは真意を探ろうとするかのようにグレゴールの目をじっと見つめていた。
「疑ってるな?」
「……正直。」
「そう心配するなよ〜。お前が思ってるよりも俺って単純なんだぞ。」
「……」
「……またデートしようぜ。」
「……ああ。」
本当は分かっている。
これは誤魔化す為のデートだ。
勿論、ムルソーにも二人の時間を過ごしたい気持ちはあったんだろうが……きっと、わだかまりを少しでも解せるのならと考えた結果なのだろう。
でも、それでも良いと思った。
ムルソーの方から歩み寄って来てくれたんだから。
もう俺にそんな熱は抱いてない……そんな訳ではないって示してくれたから。
俺は、こいつの思うように機嫌を直してやろうと思ったんだ。
結局、俺が単純な事に変わりは無いから。
いくら損な関係だったとしても、お互いにその気がまだあるのなら……それでも良いと思った。