セリスはアレスと寝るようになって知ったが、深く眠るときのアレスは夢を見ているらしい。未だ深く眠れないときのあるセリスは夜中に時々起きたときアレスの寝言を聞いていた。
(また夢を見てるんだ)
右手をぎゅっと握り、眉間には皺。頬を枕に強く擦りつけて寝る前に整えていた髪を枕と顔の間で台無しにしていた。
(だいたい悪夢なんだろうね)
アレスの寝相は独特で、剣をはく左を上にしてほとんど寝返りを打たない。膝を軽く曲げ体を縮こめており、歳の割に子供のような寝方だとセリスは思った。時々もごもごと言葉として聞き取れない寝言を言っているが、大半は歯を食いしばったような唸り声だ。
(僕に休めって言っておきながら君の方が休んでいないじゃないか)
初夜を迎えようとした真冬、あのとき初めてアレスの前でセリスは化粧を落とした。そのときアレスにもっと休めと言われ、初夜だったはずのその日は眠ったのだ。
あれから眠りはまだ浅いものの、彼の前では化粧をしていない。そういえば紅を塗っていないときキスの回数がちょっと増えただろうか?
(そうじゃなくて)
いつにもまして険しい顔をしたアレスを見る。手は強く握りすぎているせいか白くなり始めていた。急いでセリスは握る指を開かせ、両手で包み込むよう手を握った。アレスの手は冷たかった。
(起きちゃったかな……?)
セリスは顔を上げアレスの方を見ると、まだ眠っていたが先程と違う表情をしていた。眉間に皺がなく、眉が下がっているこの顔は。
「……、まって、いかないで………………」
弱々しくセリスが包む手が軽く握られる。唇が軽く震え、音もなく涙が枕に落ちていった。
セリスは、アレスの過去を詳しく聞いていない。正確にはアレスが話したがらない。
寝話でセリスは幼い時のティルナノグの話をするが、アレスは傭兵になる以前の話、例えばノディオンでの話は全くしなかった。きっと父シグルドと別れた幼い自分のよう、何か悲しげなものがあるのだろう。またノディオンを離れて傭兵になるまでの間、親も帰る場所も失った彼はきっと苦しい思いもしたのだろう。セリスも敢えて詳しく聞き出さなかった。
「僕はここにいるよ」
セリスは溢れ続ける涙を拭う。アレスを抱きしめるよう腕を回し、とんとんと背中を叩いた。
「今度アレスの辛かったこと聞かせてよ。二人ならきっと楽になれるからさ。」
セリスは冷えた暗い部屋に一人呟く。アレスは答えるかのようセリスを抱きしめて眠った。
次の日、アレスが珍しく朝すっきりと起きていた。
「おはようアレス、珍しいね?」
「ああ……。」
まぶしいと朝日に目を細めていた。瞼は少し赤くむくんでいた。
「セリス、昨日、夢を見たんだ。」
「夢?」
「普段何見たか覚えてないし、実際今日も曖昧なんだが……途中から起きる直前まで暖かくて幸せな夢を見ていた気がするんだ。」
「そうなんだね。」
そういうとセリスはアレスの背中からぽす、と抱きつく。ふふんとご機嫌な声がした。
「…?セリス、突然どうした。」
アレスが振り向こうとする前にセリスが切り出す。
「あのね、もしアレスが良ければなんだけど。今度、アレスの話を聞かせてくれない?」
僕が化粧を落としたようにさ。
アレスは一呼吸置いた。何かを察したかのようあぁ、と小さく返事をする。気のせいか声が震えていた。
「じゃあ僕は化粧するから!こっち見ないで洗面台にでも行っててよね。」
「はいはい、言われなくても。」
セリスは敢えてアレスと顔をあわせないよう、三面鏡の前に行った。きっと格好つけのアレスはセリスに見られたくない表情をしてるから。