無駄な抵抗はやめなさい 朝の洗面所は混雑している。
本丸に所属する刀は多く、共用設備も複数用意されている。それでも、横並びの洗面台のひとつを長々と占拠されては、他の刀も困惑する。
並んだ列が悪かった。後悔しながら、長曽祢虎徹は、まじまじと鏡を見つめている陸奥守吉行に声をかけた。
「珍しいな。どうした、吹き出物でもできたか?」
「いんや……」
見目をやたらと気にする刀もいる。だが、長曽祢の記憶の中では、彼はそうでもなかったはずだ。長曽祢を振り向いた陸奥守は、何かを閃いたように指をぱちんと鳴らした。
「……ほうじゃ! いや〜、礼を言うぜよ、長曽祢!」
首から下げた手拭いで顔をわしわしと拭き、陸奥守は謝辞を述べて走り去っていった。いったい何に感謝しているのか、長曽祢には皆目見当がつかなかった。
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