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    321saniwa

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    321saniwa

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    格好良いと思われたい陸奥守と陸奥守が可愛くて仕方ない肥前
    ※陸奥守に髭が生える!!!

    無駄な抵抗はやめなさい 朝の洗面所は混雑している。
     本丸に所属する刀は多く、共用設備も複数用意されている。それでも、横並びの洗面台のひとつを長々と占拠されては、他の刀も困惑する。
     並んだ列が悪かった。後悔しながら、長曽祢虎徹は、まじまじと鏡を見つめている陸奥守吉行に声をかけた。
    「珍しいな。どうした、吹き出物でもできたか?」
    「いんや……」
     見目をやたらと気にする刀もいる。だが、長曽祢の記憶の中では、彼はそうでもなかったはずだ。長曽祢を振り向いた陸奥守は、何かを閃いたように指をぱちんと鳴らした。
    「……ほうじゃ! いや〜、礼を言うぜよ、長曽祢!」
     首から下げた手拭いで顔をわしわしと拭き、陸奥守は謝辞を述べて走り去っていった。いったい何に感謝しているのか、長曽祢には皆目見当がつかなかった。

     ◆◇

    「てめえ、案外可愛いところあるよな」
     可愛い。
     酒が回った肥前忠広が発したその一言は、陸奥守の左胸に深く刺さった。
    「かわ、かわえい……?」
    「ん」
     今夜の肥前は機嫌がいい。陸奥守の頭をわしわしと撫でて、盃を煽った。
     陸奥守と肥前が恋仲になって久しい。想いを告げあった戦場も、初めて身体を重ねた夜も、随分ともう、昔のことだ。それでもこうしてたまに二振で酒を酌み交わす夜は、その感情が恋だと自覚した瞬間のように、混沌としている。
    「なん……え? ど……どこがじゃ?」
    「どこが……?」
     どうせなら、可愛いよりも格好良いと思われたい。陸奥守が問い詰めると、肥前は自ら言い出したくせに、首を傾げて腕を組み、小さく唸りしばらく考え込んだ。
    「……………………………………顔?」
    「かお」
     空になった盃を放り投げて、肥前が陸奥守の頬に唇を寄せた。いや。いやいや。ここで流されてはいけない。ここはきちんと、話を進めなければならない。
    「……肥前! 今のは聞き捨てなら、」
    「なんだよ、使い物になんねえくらい酔っ払ったのか?」
     陸奥守が固めようとした決意は、首筋にすり、と頭を擦り寄せる肥前に瓦解される。
    「……あー、もう!」
     煽られた陸奥守は、半ば自棄になり、畳の上に肥前を縫い止めながらも、その発言がずっと引っかかっていた。

     ◆◇

     深夜の洗面所は人気がない。
     風呂から上がった刀たちも、寝支度をとうに済ませている時刻だ。陸奥守は辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、そっと顔に着けていたマスクを外し、鏡を覗き込んだ。
    「……まだまだかかりそうじゃのう……」
     陸奥守の肉体は至って健康そのものだ。本丸で病が流行る兆候もない。にも関わらず、ここ最近の陸奥守は、マスクを着用し、常に口元を隠している。今、鏡に映る陸奥守の口の周りには、うっすらと髭が生え始めていた。
     顔がかわいいと、肥前は陸奥守にそう言った。体躯は鍛え上げればどうとでもなるが、顔に関しては、顕現した当初からのものだ。今更自力でどうにかなるものではない。
     悩んだところに見たのが、髭を蓄えた長曽祢の顔だ。試してみる価値はあると、陸奥守はその日から髭を育て始めた。毎朝、髭を剃ることをやめ、形を整えるに留めて数日が経ったが、まだ顔つきの印象は変わらない。
     マスクをつけたのは、肥前を驚かせてやろうと思っているからだ。食事の時間は言い訳をつけて避け、夜戦に積極的に参加して、あの日以降、夜の盃も交わしていない。しっかりとした顔つきになって、てめえの顔は格好良い、その一言を言わせてやるのだ。決意を胸に秘めた陸奥守が、拳を強く握りしめたその時だった。
    「おい」
    「わあ!」
     唐突に背後から怒気を孕んだ声をかけられ、反応が遅れた。気配は完全に無かったはずだ。驚いた心臓がばくばくと早鐘を打つ。よく知った声に、陸奥守は恐る恐る振り返った。
    「ひ、肥前……!」
     気配もなくて当然だ。彼は人斬りの刀だ。相手に気取らせないことなど朝飯前だ。
    「やっと捕まったな。てめえ、最近なんでおれを避けてやが、る……」
     肥前は、振り向いた陸奥守の顔を、穴が開きそうなほどに凝視した。驚きのあまり、陸奥守は
    マスクを着けることを忘れていたのだ。
    「……いや肥前、違うんじゃ、これは!」
     慌てて陸奥守が口元を押さえたところで、もう遅い。
    「……髭を剃る時間も取れねえほど忙しいって?」
    「そうやない、これはわざとで」
    「わざとだあ?」
     肥前の眉間に皺が入る。話すほどに墓穴を掘るなど、自分らしくないという焦りから、陸奥守はそのまま口を滑らせてしまった。
    「……だってわし!! おんしに可愛いよりも格好えいと思われたいんじゃ!」
    「……は?」
    「やき、長曽祢や日本号みたいに髭でも生やせば、何か変わるかもしれんと思うて……」
    「…………はあ」
     肥前は、深く長いため息を吐き、肩を震わせた。怒りか、或いは悲しみなのか。
    「……ひ、肥前の……」
    「……っふ、……くく、……ッははは!!」
     陸奥守の杞憂をよそに、肥前は腹を抱えて笑い出した。こんなに笑う肥前を見たのは、顕現してから初めてだ。一通り笑い終えて、肥前は深呼吸を繰り返し息を整えた。
    「……はあ、てめえは全くよお、そういうところがかわ……、」
    「……なんじゃ」
     途中で言葉を止められても、そこまで言われれば、その先に続く言葉は察しがつく。尖らせた陸奥守の口に、肥前は勢いよく噛みつき、唇を舐めた。
    「……ッ!」
    「最悪だよ。ざりざりして痛いったらありゃしねえ。続きがしたけりゃ、せいぜいその髭剃って部屋に来るこったな」
     つつ、と指先で陸奥守の口の周りをなぞり、じゃあ後でな、と肥前が去っていく。
     随分とまあ、自分勝手な刀だ。いっそこのまま夜這いをしてやろうか、と思案する陸奥守の耳に、肥前の背中からでたらめな鼻歌が届いた。惚れた方がなんとやら、とはよく言ったものだ。陸奥守は頭の中で今、剃刀の心当たりを探している。
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