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    uvesix3100

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    こちらも一月のイベントで頒布した、『いつかそれが、とどくまで』その後の小話です。
    短めなのでサクッと……何かの隙間時間に気が向けば…!

    これも読んでいないと何が何だかですが、特に特殊な話でもないのでパスなしでどうぞ。っていうかほんとに読んでないと欠片も分からない話です…!

    【いつかそれが、とどくまで3】おまけ小話
     
     

     そして、春の陽                                 

     
     人生の忘れられない瞬間、というものは誰にだってひとつやふたつある。
     

     その瞬間もきっと、そうなるのだろうと尾形は思った。
     
     それが耳に入った時、尾形はコーヒーを持つ手を止め、顔を上げた。リビングのテレビから流れてくる音は、あのカバー曲、あの男の声だ。
     
     あの動画よりもう少し落ち着いて、投げやり気味な歌詞なのに、歌う声はどこか柔らかい。
     そこに流れる映像には、誰とも分からない役者が出ていた。
     慌ただしそうなどこかの社内。
     書類を抱えて走り回り、バラバラと落としてしまう。
     街なかで走って、黒いヒールのかかとが折れて途方に暮れる。
     上司と共に泣きそうな顔で取引先に頭を下げているふたり。
     疲れた顔でコンビニから出てきて、缶ビールを煽りつつ歩くと見上げた空に、見事な月が浮かんでいる。
     楽しかった無敵の学生時代を思い出し、教室や友と笑いあった日々、頑張った受験勉強、就職活動の情景が記憶に巡る。それを経ての今。 
     手にした缶を握りつぶし、小走りで小さなワンルームに帰る。
     資料をひっくり返し、コンビニ弁当をかきこみながら広げたノートパソコンと見比べる。
     翌朝資料を再提出し、そしてまた街中を走る……
     そんな若い男女の仕事に奮闘しているシーンの後、暗転して暗くなった画面に

    『かがやけ、新社会人たち』
     
     文字がそう浮かび上がり、スーツブランドのロゴが写って消えた。
     そうして次に見慣れたCMが流れて、尾形ははっとした。キッチンから呆然と見ているばかりで、それがなんなのか判断できていたかった。
     
     あれは、あれは杉元の声だった。原曲ほど強く訴えるのではなく、そっと見守るような。応援しているよと寄り添うような。初めて聞く歌声だった。
     そんな歌い方が出来たのか。いつも力強く訴えるような、その飢餓感を叫ぶようなものが多かったのに。
     元々はきっとやさしい男で、そのプロデューサーとやらがそこを見抜いて歌わせたのだろうか。
     まるでこれではMVではないか。CMと言うからなんとなく後ろに流れているようなものだと思っていたら、これは……言っていたように応援ソングではあるが、新人やその頃を思い出す人々には刺さるのではないだろうか。
     尾形自身、この歌で映像で、帰る場所もない実家を思い出し、今は親戚に譲ったあの空間で穏やかに生きた祖母との短い時間と、新人の頃の慣れなさやそれでも周囲に不安を見せたくなかった時間を思い出した。
     しばらく動かないままでいたが、リビングテーブルに置きっぱなしにしていたスマホを手に取り、『見た』と打った。色々感想を伝えたい気がしたが、なんと言えばいいのかわからない。そんなとき、尾形は感情を伝えるうまい言葉を知らない。それにもう、こちらも出勤前で時間がなかった。
     ジャケットを羽織ってビジネスバッグを取り、部屋を出た。ビジネス街に向かう道すがら、眼の前にふわりと無軌道な羽が羽が舞い落ちる。見上げると、公園の桜の木がいつの間にか盛りを超え散り頃を迎えていたようで、風が吹くと白い花弁が雪のように舞っていた。
     ブブ、とポケットのスマホが振動し、
    『何をよ!えっ、もしかしてCM?』
     声が聞こえそうなメッセージに頬をゆるめ、それ以外に何があると鷹揚に返した。
    『いろいろあんでしょ!えー、恥ずかしいなー』
     瞬時に帰ってきた返事。最後に頬を赤らめたスタンプまで送ってくるから、呆れ半分で尾形は笑った。
    『今更だろ。あれいいじゃねえか、おまえの歌が目立って』
     想いそのまま伝えると、そうお?とまた照れたスタンプを押してくる。
    『今日は早く帰れるんだけど、帰り遅い?』
    『普通に遅い』
     そこまで打って、スマホをポケットにしまった。またブブブブ振動しているが、仕事に遅れるわけにもいかないし、歩きスマホは得意ではないから会社に着くまでは我慢だ。
    『そっか、じゃあメシ用意するし何食いたい?』
    『あーなんかネットでチラシ見たら牛肉特価デーだって!すき焼きする?』
    『今会社ついた頃?』
     デスクに着いて確認したら、おそらく位置情報を確認してのストーカーのようなメッセージに『ついた、すき焼き食う』と返すと『仕事頑張って』と、その後にちゅっと投げキッスをするスタンプが送られてきた。
    「ふっ、」
     肩を揺らすだけでは我慢できず漏れてしまった声に、
    「なんすか尾形さんー、朝から楽しそうっすねー!もしかして彼女っすか?」
     そんなわけないだろうという顔をしながら、やる気のない同僚が声をかけてきた。今日は特別機嫌がよくテンションが上がっていて、かつちょっと悪戯心が芽生えてしまった尾形は、
    「まあそんなところだな。朝から可愛い」
     なんて、素直なところを吐露してやった。
     牛肉といえば、今やすっかりすき焼きだ。砂糖と醤油だけのシンプルな杉元のすき焼き。久しぶりにいっしょに飯が食えるということらしい。それだけで心浮き立つくらいには、可愛い存在だ。
     尾形にとって可愛いとは、杉元にのみ使われる形容詞だ。それはすべてを包括した愛しさを表すものだ。
     たとえそれが、両手を抑えつけて尻だけでイッて欲しいと腰を振りながら強請ろうと、泣くまでひたすら性感帯を避けて全身にくまなく舌を這わせられようと、もうなにをされたって可愛くて許せる存在なのだ。
    「へ、………」
     ぽかんとこちらを見る同僚に、始業だぞと促してパソコンを立ち上げる。
     窓から差す光は今日は一段と明るく、まるでこれからの未来を暗示するかのようにまばゆく暖かかった。
     

                 SGO、おしあわせに…!
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