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    uvesix3100

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    先日桃を買ったんです…初めてのお店でチャレンジしてみたら値段のわりにめっちゃおいしかったんです…それを三人にも味わってほしかったので書きました。

    さびしい恋のその先で番外編/【夏のおいしい金曜日】 軒先にあったそれに眼が止まって、思わず立ち止まった。夏の野菜は食欲が減退するのを引き留めようとしているかのような、もしくはそれをあざ笑うような鮮やかさだが、目に留まったそれは優しく愛らしい色をしていた。まるであの子の柔らかい頬のような。
    「今日の桃、めちゃめちゃ甘いよ!お買い得だよ!」
     まだ陽も落ちきっていないのにせわしなく店じまいをしていた店員が、隣から顔を覗き込むようにして声を掛けてきた。
     もう商店街の人の距離感がおかしいことにもすっかり慣れた。しゃがれて男か女かわからない声だったが、容姿は祖母に近いくらいの年の女性。その声がこれまでの頑張りを表しているのだとしたら仕事熱心なものだ。もしくは酒かタバコでやられているのだろうか。まあどうでもいいのだが。
    「四つ入りだけど二個の値段でいいよ!」
    「――どうしてですか」
    「あっははは!にいちゃん面白いね~!」
     尾形の至極真面目な疑問に元気な声で笑い、見かけのわりにエネルギッシュな老婆は尾形の綿のワイシャツの二の腕を気安く叩いた。
    「うちのじいさんが仕入れ過ぎただけだよ、物は良いからそう警戒しなさんな」
     最後の一つだし、と大きな桃が四つ入ったトレイを持ち上げる。もう断る方が面倒な流れだ。
    「独り身なら多いかもしれないけどね、桃なんて飲み物だから」
    「――そうですね、いただきます。飲み物のように食べる子供もいますので」
    「は~、にいちゃんお子さん居るのかい!そりゃいい」
    「俺の子供ではないですが、面倒見ている子が」
    「へえ、見かけによらずそんなことしてんの、はい毎度!千円ぴったりね」
     二つ折り財布から取り出したきれいな千円札一枚を受け取ると、老婆はそのまま乱雑に前掛けのポケットに押し込んだ。
    「不味かったら返金でもなんでもするから、また寄ってみて」
     取り出したエコバッグに手際よく詰め込んでくれたのを受け取り、ぺこりと会釈して、トレイに乗った大きな桃四つを大事に抱えて尾形はあの子の待つ幼稚園へ向かった。

    「はああ~~~いいにお~~~い」
     それこそとろけそうな顔でちいさな両手に大きな桃を大事に大事に抱え、めいっぱい鼻から吸い込んで、はああ~~と満足そうな息を吐く。何度も繰り返している様子に買って来た甲斐もあるというものだが、同時にもっと早くにフルーツを買うという選択肢を思いつかなかったことも悔やまれた。
    「気をつけろよ一佐、桃の産毛は頬ずりとかしたら痛えんだからな」
    「はあ~~~~」
    「そうなのか?」
     話を聞いているのかどうかわからない息子の向こう側で、尾形が包丁片手に聞いて来た。
    「俺子供のころやって、しばらく痛かったんだよね」
    「――さすがだな……」
    「なんだよその目……お前もやってねえの?」
    「したことねえな」
     キッチンの洗い場で、尾形は桃を剥いていた。隣には一佐が踏み台で精一杯背伸びをして、まだかまだかと楽しみに待ちつつふたつめに切る予定の桃を嗅いでいる。その隣で洗い上げた皿を拭きつつ食器棚に収納しつつ、杉元は二人の様子を見守っていた。
    「だって桃ってめっちゃいい匂いするじゃん、なあ一佐」
    「うん!においもあまい~~!」
     はああ~~と満足そうに言うから、尾形は皮をむきながら口元を緩めて言う。
    「期待に応えられるくらい甘いと良いんだが……初めて買った店だし安かったしどうだろうな……」
     切るたびに溢れる果汁が、手首を伝って白い前腕にそって流れ落ちる。肘近くまで垂れてきて、おっと、と尾形が言うが早いか、一佐がそれに手を伸ばした。
     尾形の肘を流れてきた果汁を指先で拭って、こともあろうかぺろりと舐めとった。
    「あまあい!あまいよおがた!」
    「おま、汚ねえから……」
     肘を遠ざけられて、「おふろにはいったからきたなくないでしょ?」とキョトンとしている一佐に、そういうことじゃない、いやあのなと真面目に物慣れなくて困惑する尾形、そのふたりのやり取りを見ていた杉元は吹き出しそうになっていた。
    「ほら、先にひとくち食ってみろ」
    「わあああ!」
     剥き終わった桃をひとつ小さくカットし、その欠片を差し出されてあーんと一佐は大きな口を開ける。
    「でっけえくちだな」
     呆れたように笑いながら放り込むと、んん~~~~とこれまたおおげさに肩を竦めて両手で頬をおさえ、満面の笑みで悶えて見せた。
    「あまい!おいしいぃぃぃい!おいしいよ、おがたあ!」
     踏み台の上で飛び跳ねるから、危ない危ないと尾形が焦り、片付けを終えた杉元が見かねて我が子をその腕に抱き上げた。んふふぅとしあわせそうな笑顔の息子に、こちらも頬が緩む。
    「うまいか、よかったな一佐」
    「うん!」
    「そんなにか?」
     と、尾形も気になったのかひとかけら切って味見した。ああ、意外とちゃんと旨い。 いつもの冷静な低音が感心していて、なんだかかわいらしかった。――と思うのはおかしいのかな。それともこれが惚れた弱みというやつか。
    「なんだ」
    「えっ」
    「変な顔して」
     え、ええ、どんな顔をしていたのだろうか。いや、えーと?困惑していると、お前も食うかとひとかけら切って口元に差し出された。
    「食いたいんだろ?」
     大きな誤解だ。どうやら尾形は、二人が美味しいと言っている桃が気になっていると思い込んでいるようだ。いやまって、おまえ、あーんしてくれんのか?わかってんのか これ?あ、もしかして子供と同列にしてんのか?良いけど……今、素面だよな?
    「あ」
     せっかくだからと口を開けると、桃の果汁に濡れたゆびで、ポイと口の中に放り込んでくれた。あ、うまい。あまい。ジューシーで桃の香りが濃くて、これはうまい…!
    「これマジでうまいな……うん」
     噛み締めて言うと、一佐はでしょでしょ~~とテンションを上げ、尾形がそうか、とだけ返して下を向いて桃の切り分け始めた。無言で切って、ガラスの皿に移していく。
    うふふう~~と、もう楽しみで楽しみで父の腕の中でじりじりする一佐に、用意していたフォークと山盛りに桃を入れたガラスの器を手渡しすると、「おがたありがと!」とさっさと腕を降り、きゃ~~~とばかりにリビングのソファに向かった。録画していたアニメを見ながら、美味しい甘い桃を食べる。一佐にとっても金曜のお楽しみで、至福の時だ。
    「お前も食うだろ」
     二個目を剥きだした尾形を見ていると、なんか様子が……おかしい?ような気がした。
    「うん、いただきます」
     じっと見ていると、全然顔を上げない。さっきまで普通だったのに。なんだろうなあと思いつつ、耳が少し赤くなっていることに気付いた。うん?なんで?
    「尾形」
     ぴく、としたが、なんだとそっけない。なんで照れてんの?と普通に聞いてみると、一瞬包丁が止まった。
    「べつにそんなことはない」
     いやこれ図星だな。なんだよ、お前が今照れんのかよ。
    「……うまかったよ桃」
    「そうか」
    「初めてあーんしてもらったし」
    「……………………」
     無視を決め込んだらしいが、いやおまえ、さっきのあーんって(いやそうは言っていないけどやっていることはそのものだ)、一佐の流れでやっただけで、あとになって自分がやったことに気付いて照れてるってこと?それとも、浮かれて、――いや、それは、ない、か……ないよな?え、どっちだ?マジ分からねえな。もうどっちでもいいんですけど……!
    「おまえがやったんじゃん……」
     待ちに待った金曜日。一週間ぶりのお泊りだ。
     楽しみに、期待しているのは俺だけじゃない。たぶん。この、今の空気感。絶対そうだよな?な?
     ああもうくっそー!今、今にでも、抱きしめて、そんで……
    「とうちゃーん!」
     無意識に手を伸ばそうとしていたところに、息子から声がかかってはっとした。
    「再生終わったー!次の見たい~~!」
    「い、今行くから……っ」
     ああもう、こ、この、良いタイミングと言うかなんというか、歯止めをかけてくれてよかった、けど!
     行かなければならない。息子が呼んでいる。でもやっぱり、この場を離れるのがなんだか名残惜しかった。だから、赤く染まる耳の下から首にかけてをなかゆびの腹で撫でおろして、「行くわ」と声を掛け、杉元はキッチンを出た。

     ぞわぞわと肌を騒めかせ、肩を竦めた尾形がそのあとどんな顔をしているか知らないし、なんの想像もしていない。杉元は無意識に罪作りな自分というものを、今日も知らないままであった。


    END
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