フォーチュンドール5章3話衝撃吸収の能力を手に入れてから数日、まだその能力が上手く使いこなせていない幸であるが、ここ数日は気分転換も兼ねて人形作りに励んでいた。
「幸~、今日はどんな人形を作っているの?」
「これは零子にプレゼントしようかと思っているの。」
「えぇ!幸ってば、ああいうテンションの人は苦手じゃないの?」
「まぁ、うん。でもこの前も話してパパの人形の事本当に気に入ってくれてたし、せっかくだから、魂入りの人形を渡そうと思ってね。」
連絡先を交換してから幸は零子と話す機会もあり、自分だけでは知らなかった父親の人形の情報を聞くことができた。零子は本当にアマハドールシリーズが好きなようで、幸も今回は特に張り切っているようだ。しかし、1つ難点があるとするなら、他人様に渡すものだが魂の入ったものであるため、失礼のないようにある程度の常識を教えなければいけないということ。人形を完成させて、魂を入れる。数年前とは違い、魂を入れた瞬間に何かあっても、自らの力やグレーラ達もいるので何とか対処できると思いながら様子を見た。緑色の髪、水色の目、黄色、先程より濃い緑、黒を基調とした服を着ているその人形は意識を得て、きょろきょろと周りを見渡す。幸はその人形にミラルージュと名をつけると、他の人形達もミラルージュの周りに集まってきて、それぞれ自己紹介をする。幸が一仕事終えて、ふぅと息をつく、時間を確認すると、将信たちとの鍛錬の時間が迫っていた。人形作りに集中しすぎてこんなに時間が経っていると思わず、少し焦った幸は、戦うことを想定していないミラルージュにいきなり戦っているところを見られても…と思い、他の人形達にミラルージュに常識を覚えてもらうためにいろいろ教えてあげてほしいと頼む。鍛錬は幸とグレーラで行くことになり、他の人形達は幸を見送った後に、ミラルージュのほうを向く。
「さて、何から教えようかしら?」
アリサはひとまず幸の事、自分たちが人形であることを教えた。その後フェルネリシアが人間の事について話す。ミウが体の動かし方、リレットが身近なものの使い方、カーマインが礼儀について話す。ミラルージュはあれもこれもと教えられて頭が混乱する。アリサが落ち着かせて休ませるとカーマインがアリサに話しかける。
「あら、アリサお姉さまも前に比べて丸くなりまして?」
その言葉にアリサは少しムッとするが、ミラルージュはお姉さまという言葉が気になり、カーマインに尋ねてみた。同じ親の元で生まれた者、いわゆる姉妹についての話をカーマインから聞くと、ミラルージュは疲れていた顔から明るい表情に変わり、カーマインや他の人形達をお姉ちゃんと呼び始める。休憩の前よりも活気にあふれたミラルージュはまた何度か休憩も交えつつ、色んな事を教えてもらった。
一方、幸はグレーラとともに将信や雫と鍛錬をしていた。
「尼波、今日は人形1体しか出さないんだな。」
「えぇ、ちょっと理由があって、残りの人形は家に置いてきたので。」
今までは人形達の力を借りながら戦いをしてきた幸であったが、ある程度魔法も使えるようになり、もう少し頑張れば一人前で戦えるくらいにはなるだろうというところであるが、雫はやはり、膨大な魔力が使いこなせず、下手に使うたびに、衝撃吸収の能力で幸が何とかしてきたところ。しかし、幸もその能力が完全に使いこなせるわけではないので以前のように吸収に限界を迎えて、爆発的な衝撃を起こすことがあるのだ。今日は小さめの魔法を練習するために教室の中で鍛錬していた。ほんの少しだけの魔法で制御することで、コントロールを良くしようとしているのだ。幸が小さな花をポッと咲かせる。雫も焦りを見せながら少しだけと魔法を出そうとするが、やはり大きな魔法が出てしまい、教室の中で突風が起きる。幸が衝撃吸収で被害を抑えると将信が限界を迎える前に吸収した衝撃を外に逃がすことを提案する。幸はその意見を聞き、窓の方を見ると、そこには猫のシルエットがあった。間違えなく、いつぞや見た黒い猫である。
「猫の…魔女…」
「魔女!?」
将信が驚くと、猫が人間の言葉で話しかける。
「なるほど、魔導書を読んだ者と魔女ネットワークに参加していない魔女が手を組んでいるわけか。」
「猫さん…しゃべった…」
「これは猫に化けているのか?魔女ネットワーク?」
「最初から童は猫であるぞ。そんな見極めもできないのかへっぽこ魔導士は。」
「へっぽこ!?」
「猫の魔女はいろいろ詳しいと聞きます。教えてください、雫はなぜ魔女になってしまったのですか?」
「魔女というものは突然変異であり、なぜそうなるのかはいまだに解明されてはいない。一説によれば、神様のいたずらであるな。」
「神様…」
「ひとまず、そのへっぽこ魔導士の教えでは魔法はろくに身につかないであろうから、この鍛錬に童も付き合おうぞ。名は信楽(しがらき)という。」
「どういうつもりだ?いきなり現れて鍛錬に付き合うと?何か裏があるんじゃないか?」
「そういうところは察しがいいなへっぽこ魔導士。お主の能力も魔女たちに警戒されているぞ?魂の交換とな…」
「まぁ、危険視されても仕方のない能力だろうけど。」
「そんな能力の持ち主と魔導書の読み手、新参の魔女が揃っているとなると、童の目的は分かるであろう。お主らの監視だ。」
将信は幸と雫を背中に匿い、信楽を睨みつける。信楽は前足を舐めるような動作をし、余裕を見せる。当然、将信が敵う相手ではない。しかし、幸は至って冷静な判断で、将信に話しかける。
「ここは乗っておきましょう。このまま追い返すには情報が惜しいです。」
将信は冷や汗をかいているが、その意見を飲むことにした。こうして、信楽を交えた鍛錬が始まったのである。
ミラルージュが他人様に迷惑をかけない程度の一般常識を覚えたり、信楽との鍛錬もあり、あっという間に一週間が過ぎた。
その間、凛太郎は随分と上機嫌であった。唯が幸や雫と遊べていないので相手してくれるとこが多かったのである。唯から幸や雫の話をされることも多く、常に持ち歩いているぬいぐるみのティンダロスは2人が作ってくれたのだという。凛太郎にはその可愛さがいまいちわからなかったが、その話を笑顔でする唯が余りにも可愛かった。凛太郎の好意はいつしか恋へと変わっていき、唯と話せる時間が何よりも愛おしかった。そんな凛太郎の感情をよそに唯は今度、幸や雫に会いに行こうと思うと言い、一緒に行こうと誘ってきたのである。凛太郎は普段見れない唯の姿を見たい反面、2人っきりでいたいという思いもあって悩ましいが、唯の意向も無視したくないので、ついていくことにしたのだ。唯は久しぶりに幸と雫に会うのが楽しみだという。凛太郎もかつて仲の良かったクランの事を思い出すが、今は今だと唯を見つめた。唯が目を合わせると凛太郎は顔を赤く染めて目をそらした。唯に感情が伝わっているかはわからないが、凛太郎はまだ思いを伝えるには早いと思い、もう少し距離を縮めたいと思うのであった。
つづく