Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    なつゆき

    @natsuyuki8

    絵とか漫画とか小説とか。
    👋(https://wavebox.me/wave/c9fwr4qo77jrrgzf/
    AO3(https://archiveofourown.org/users/natuyuki/pseuds/natuyuki

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🍎 ♠ 🍴 🌳
    POIPOI 123

    なつゆき

    ☆quiet follow

    【ツイステ】警察音楽隊🐺と魔法執行官♠️がマジフト世界大会で起こる事件を解決する話。
    ❗️グロマス前提❗️の話なのでネタバレだらけ。🐺💐バレもあり。
    先にこれ(https://poipiku.com/580868/7560292.html)とここから(https://poipiku.com/580868/7626615.html)続くシリーズを読んでからお読みいただけるとスムーズです。

    #ツイステ
    twister
    #ジャクデュジャク

    マリーゴールド マジカルシフトの世界大会は四年に一度行われる。開催国は持ち回りで、地域が偏らないように配慮されるのが習わしだ。
     いつか地元、輝石の国が開催国になったら。
     そう夢見てはいたが、ジャックが学生の折に本当に次の開催国が輝石の国に決まりお祭り騒ぎとなった。もちろんジャックの胸も踊った。
     就職後、あまり大っぴらにマジフトが好きであると公言したわけではないのだが、マジフトの試合の中継をよく見ていることや、ニュースに敏感であることは周囲に察知されていた。「せっかくなんだし、世界大会のときには休みを取りなよ」と言われることも多く、お言葉に甘えようと思っていた。
     そこまで来たらできたら生で見たい、と思うのが人情だ。
     しかしマジフトの世界大会のチケットは相当な争奪戦になる。いつかのバースデーのインタビューのときにチケットの代金のことは置いておいて交通費をかけずに開催国まで行くには、なんて話をした覚えがあるが、そもそもそのチケットをとるのが至難の業だ。
     ジャックはチケットの申し込みができるものには軒並み申し込みをした。結果的に全部当たったらそれはそれで支払いが大変なことになるが、普段から金遣いが荒いわけではないのでいいだろうと割り切った。
     ジャックは警察官と警察音楽隊の兼務、という特殊な職種に就いている。後者はスケジュールがしっかりしているが、前者の勤務は休日に呼び出しもあり得る。普段からライブのチケットなどを取っても急な呼び出しで無駄になることはあるのだが、今回ばかりは結果的に無駄にしてしまうことになってもチャレンジしたかったのだ。
     だが、まさか本当に取れるとは思っていなかった。
    「取れたんだよ二枚! しかも、世界大会の決勝戦のチケット!」
    「え、決勝戦⁉︎ すごい倍率だろう」
    「俺もまさかと思ったが、何度見ても当選してる。支払いも済ませた。デュース、何が何でも休みを取れよ」
     世界大会の半年前。ジャックはパソコンの画面を見ながら、片手にスマホを持って電話をしていた。興奮のままに電話をかけた相手はかつての同級生で、魔法執行官として働いているデュースだ。
     デュースは現在故郷の薔薇の王国が勤務地である。ふたりはお互いの仕事に邁進しながらも、連絡をとってたまの大きな休みには会うことを繰り返していた。マジフトの決勝戦を見られるのはもちろん楽しみだが、それを一緒に見る相手はもちろん学生時代隣を走り続けたこの男の他にない、とジャックは考えていた。
    「もちろんだ! ジャックこそ大丈夫なのか? 兼務だし忙しいんじゃないのか」
    「俺は日頃からマジフト好きって知られているし、有給ももっと使えってせっつかれているから大丈夫だ」
    「僕も有給は余ってる。エースに自慢してやろう。楽しみだな! 決勝どの国が来るだろうな?」
    「開催国ブーストなんて言葉もあるからな。輝石の国かもしれないぜ。なんと言っても……」
    「エペルがいるもんな!」
     ふたりの共通の友人であるエペルは今、夕焼けの草原のプロチームに所属している。輝石の国の代表入りも確実とされ、その美しさも相まって今回の大会の話題の中心は彼と言っていい。
    「薔薇の王国だって負けてないぞ。ああでも、今回は夕焼けの草原も強豪だよな」
    「『ディスク泥棒』、だろ?」
     デュースの言葉にジャックはニヤリと笑った。かつての先輩、ラギー・ブッチの二つ名は夕焼けの草原のチームの選手として今や世界中に轟いている。ラギーもエペルも普段はチームメイトだが、それで遠慮する仲ならふたりともナイトレイブンカレッジの卒業生ではない。かつての先輩後輩としても、現在のチームメイトとしてもふたりの対決は注目されているのだ。
    「とにかく予定開けておけよ」
    「わかってる! 何がなんでも行くぞ!」
     そんな会話をしてから季節が巡り、世界大会が始まった。
     薔薇の王国は予選トーナメントで敗退し、労わりのメッセージを送ったがデュースからは特に音沙汰がなかった。仕事が忙しく返す余裕がないのだろう、今までもそこそこあったことだ。既読にはなっているし落ち着いたら連絡が来るだろうか、と自分も忙しい日々を送っていたジャックだが、着々と準々決勝、準決勝と進む間も全く連絡がなく、さすがに心配になってくる。せっかくの自国開催の世界大会だというのに、中継を見ていても集中できない。
     電話を何度かかけたが出ない。決勝戦の日の待ち合わせはどうするのか、お前宿確保してるのか、などというメッセージも既読にはなるが返信がない。
     じりじりと焦燥感が募る。
     かつての学生時代、ジャックとデュースは仲違いをし、後半はほとんど言葉を交わさなかった。その頃には向こうからのメッセージには一切返事を返さなかったが、その意趣返しを今になってされているのだろうか。いや、あいつはそういう性格ではない。ではなぜ返事を返さない?
     まさか、何かあったのだろうか。
     魔法執行官の任務には危険なものもある。ジャックの想像は悪い方に向かう。責任感から仕事はきっちりとやりながらも、ずっと嫌な感じが拭えずにいた。
     そしてついに決勝戦のカードが輝石の国と夕焼けの草原に決まった日、ようやくデュースから電話の着信が入った。
     音楽隊の定期練習の前だったジャックは、慌てて廊下に出て電話を取る。
    「悪い、ジャック。決勝戦、行けなくなった」
     か細い声で言うデュースに、ジャックはへなへなとしゃがみ込む。
    「緊急で任務でも入ったのか?」
    「……」
    「まさかお前、気まずくて俺に連絡するのが遅れたとかじゃねえだろうな」
     沈黙するに図星らしい。ジャックはため息をつくと「あのなあ」と返した。
    「俺も警察官だ。守秘義務あんだろ、言えないのもわかってる。今度こういうことがあったら、行けないってことだけでもいいから連絡だけはしろよ」
    「ごめん、ジャック。この埋め合わせは絶対する」
    「気にすんな。俺たちの職種じゃよくあることだ」
     デュースの背後は騒ついていた。この連絡も相当隙間を縫ってなんとかできたものなのだろう。ジャックはもう少し話していたいのをぐっと堪え、短く別れの言葉を告げると電話を切った。大きくため息をつき、膝に顔を埋める。
     とりあえず無事、ということだけで今は満足するべきだろう。
    「チケット、どうすっかな……」
     弟を誘うか、いやそうすると妹が臍を曲げるだろうか、贔屓の選手がいると言っていたし、と考えながら、自分の落胆をどうにかこうにか鎮める。
    「ハウルくーん。練習始めるよー」
    「ウッス!」
     同じフルートパートの面々がホールのドアから顔を出してジャックを手招きしていた。気を取り直して立ち上がり、気持ちを練習へと向けた。
     

     
     パートの練習が終わった後は全体練習のはずだったのだが、隊長兼指揮者である上司の姿が見当たらない。何か別の仕事でもあってパート練習のときは不在、ということは今までもあったが、全体練習の時間になっても来ないというのはあまり記憶にない。ざわざわと各所が騒めき出す。
     とりあえずパート練を続けるか、と話しているとずいぶんと疲れた顔をした上司がのろのろとホールに入ってきた。
    「急な演奏依頼が来ました。明後日、マジフトの世界大会の会場で、決勝戦の前に国歌を演奏します」
     音楽隊全員が驚きの声を上げた。ジャックも思わずあんぐりと口を開けてしまう。
    「本当は有名な歌手の方がサプライズで開催国の国歌を斉唱し、その後決勝戦の国の国歌をそれぞれ流す、という流れだったそうですが、歌手の方が急病で出られなくなったということです。放送の都合もあり、タイムスケジュールは崩せないため、我々にお鉢が回ってきました」
     輝石の国の国歌は、音楽隊でも何度か演奏したことがあるので決して無茶ではない。無茶ではないが、それにしても話が急過ぎる。しかも演奏の模様は全世界に中継される。無様な演奏は輝石の国の警察音楽隊として絶対にできない。この二日、必死で練習する必要があるし、リハーサルは当日本番前に一度だけしかできないという。音楽隊全体が大変なことになった、という空気の中、フルートパートのリーダーがジャックの脇腹を肘で小突いた。
    「いいの、ハウルくん」
    「え?」
    「決勝戦のチケット当たったって言ってたじゃない。休み取ってるんでしょ。しかもかつての先輩と同級生が戦うっていうのに、演奏が終わって国歌の後にはすぐ試合開始しちゃうわよ! せっかくなら最初からきっちり全部観客席で見たいに決まってる。あなたに抜けられるのは痛いけど、私からも隊長に言うわよ」
    「あ……」
     この日は休暇を申請していたし、それはもう受理されているはずだ。この突然の演奏依頼はイレギュラーだし、ジャックひとりが抜けてもまあ、問題はないだろう。
     だが、デュースは来ない。
     一緒に見る相手はいないのだ。
     ふ、とジャックは皮肉げに微笑んだ。俺もずいぶんヤキが回ったものだ。誰かと連むのはごめんだ、などと言い続けていたのに、あいつが来ないならば大好きなマジフトも生でなく録画でいいか、なんて。いつの間にこんな甘っちょろくなったんだろう。まあいい、チケットは弟と妹にやろう、それがいい。
     そこまで考えて、大丈夫です、出られますと言おうとしたジャックより前に、鋭い声が飛んできた。
    「ハウルくんは絶対出て! 君の休みの申請は取り消し!」
    「えっ」
     フルートパートでの会話が聞こえたのか、普段は温厚な隊長が焦った顔をして叫んだ。部下の働き方を気にする人だという印象があったので、その発言に驚く。音楽隊の隊員も皆面食らった顔をしていた。
    「え、あ、まあでも、演奏終わった後は客席に移動すれば前半の途中からは……」
    「演奏後は控え室で待機。試合が終わるまで動かないでくださいということだよ!」
     パートリーダーの言葉を遮るように隊長が言う。気まずそうにこちらを見るリーダーに、ジャックは首を振った。
    「大丈夫です。控え室とはいえ会場で試合を見守れるなんて光栄ですから」
    「ハウルくんがいいならいいけど……」
     その後は急いで国歌の練習に移った。
     練習中、ジャックは国歌の演奏中でのフルートパートのソロを任されることが決まってしまった。
    「警察音楽隊っていうのはすぐに不要論が声高に叫ばれる。税金の無駄だ、警察に音楽隊なんていらないってね。実際、警察音楽隊がない国も地域も多くある。でも、僕たちは良質な音楽を気軽に聞く機会を市民に提供しているんという誇りを持っている。それを知ってもらうためにはまず、僕たちのことを知ってもらう必要がある! これは絶好のチャンスなんだ。ハウルくん、悪いけど君は今回、本当にお誂え向きの良い広告塔なんだよ。決勝戦の両チームのかつての同窓生。それが警察官と音楽隊を兼務して活躍している。こんな体のいいエサないよ。悪いけどこれは命令! 目立ってもらうし、思いっきり君がどアップで抜かれた映像を全世界に見てもらうからね!」
     指揮者兼隊長が熱っぽく言った。他のメンバーも異論ないようで、ジャックは逆らうことすらできなかった。
     随分と自分は買われているようだったが、代表選手と同じ学園出身という付加価値は、隊長の立場からするとやはり見逃せないだろうし、ここで切るべきカードだろう。兼務の音楽隊員になったばかりのとき、警察の広報部が表に出して話題にしたがったのを、ジャックの意思を尊重することに尽力してくれたのが隊長だった。ここで恩を返すべきだろうと己を納得させる。
     先ほど、強行に休みを取り消されたことには違和感はあったが、音楽隊を不要だと説く上層部のお偉方もいるし、そういった市民の声が届くことも事実だ。きっと、隊長にも日頃圧力がかかっているのだ。
     まあいい、とジャックは何度目かのため息をつく。きっと決勝戦は多くの人が見守る。夕焼けの草原からはマジフトに造形の深い第二王子が来賓として来るし、輝石の国を応援する側のプレミアムシートをヴィル・シェーンハイトが抑えているという話も聞いた。彼らのお目当ては双方の国の代表選手だろうが、自分の勇姿も見てもらうことにしようと覚悟を決める。
     決勝戦の一日前、三位決定位戦の日は警察官の勤務は免除され、音楽隊の方の練習に従事することになった。一日中練習に明け暮れ、三位決定戦の結果はネットのニュースで辛うじて確認できる程度だった。
     そして、あっという間に決勝戦当日になった。
     
     

     決勝戦が行われるスタジアムは、輝石の国の中でも一番収容人数が多く巨大だ。年間にプロチームの試合からアマチュアの試合までありとあらゆる多くのゲームが行われる。開催国に決まってからさらに整備が整えられ設備も抜群で、マジフト選手からも好評を博している。
     スタジアムのある都市はマジフトを中心に街が成り立っていると言っても過言ではなかった。マジフトの試合を見に来た人々は宿泊をし、食事も取るのだから、経済効果は半端ない。
     影響は周囲の街にも波及している。
     決勝戦の開催都市の隣街はあの「花の街」だ。その名はかつてデュースやラギーが魔法学校の交流会に赴いたことから、ジャックもよく聞いていた。開催都市に目立った名産がないためか、花の街名物のクロワッサンや葡萄のジュースがマジカメのトレンドをひっきりなしに賑わしている。
     花の街の象徴、「救いの鐘」のある鐘楼がすっくりと立ち、決勝の行われるスタジアムからもはっきり見えていた。その「映え」である景色は、この世界大会が始まってから何度も何度も中継で映し出され、今回の大会の象徴のようにもなっていた。
     一度きりのリハーサルは問題なく終わったが、本番が近づいてくるとさすがに緊張してきていた。ジャックは普段、演奏中に緊張するという経験がそんなにない。練習してきたことをきっちりとする、それが音楽隊の仕事だしそれだけの準備はしてきたといつも自負している。けれど今日ばかりは、短い練習時間に演奏会とはあまりに異なる状況と、不確実な要素が多過ぎて不安が募る。
     音楽隊全員で控え室を出て、選手入場口の内側に立ち、時間になるのを待つ。
     すっきりと青い空の中、徐々に太陽が高度を下げていく。スタンドにぎっちりと満員に詰めかけた観客の混ざり合った匂いが、ジャックの嗅覚を刺激した。一応、嗅覚を鈍らせる魔法をかけてきたのだが、それでもわかる。人々は豆粒のようだが、期待に満ちた興奮がさざなみのように感じられる。思わず呑み込もうとした唾が、今まで感じたことがないほど喉に引っかかって苦労した。
     あの中の二つの席を結局空席にしてしまったことを思い出し胸が痛んだ。弟妹にあげようと思い、魔法の宅急便か何かでチケットを送ろうと思ったのだが、練習に追われすっかり忘れていたのだ。この際金額はもう良いので、こんな歴史的な日に空席を、しかも己が作ってしまったことが悔しかった。
     気を紛らわしたいのだろう、音楽隊のメンバーの中にはスマホで中継を見ている者もいた。今回の世界大会ではインターネットの番組で全試合が無料視聴ができたことも話題づくりにひと役買った。特に開催国では負荷がかかるだろうと、快適に見られるようなサーバーを構築したのはあのイデア・シュラウドであるらしい。インタビューがネットで話題になっていた。
     ジャックも音楽隊の正装のポケットにスマホを入れてきてはいたが、気が散りそうで見られなかった。だが、耳が同僚のスマホから聞こえるアナウンサーの実況を拾う。
    「ーーそういう面でも期待ですよね。あ、ご覧ください……今現在、映像に映っていますのは夕焼けの草原からの来賓、第二王子レオナ様です。ご自身もナイトレイブンカレッジのマジフト部でプレイされ、なんと、夕焼けの草原の代表選手、ラギー・ブッチ選手とは先輩後輩なんですよね」
    「視聴していただいてるみなさんはもうご存じだとは思うのですが、輝石の国の代表、エペル・フェルミエ選手も後輩で。今日のこの試合は非常に王子にとって見応えのあるものでしょう。その公平な眼差しで両者の活躍を見守らんとしてらっしゃいます」
    「そしてこれは……! 輝石の国出身、ヴィル・シェーンハイト。言わずと知れたその美しさで世界に名を轟かす名俳優です。今日は後輩であるエペル選手を見守るために忙しい間を縫って来たのでしょうか」
    「いつも自信に満ちていらっしゃるシェーンハイトさんにしては珍しくちょっと、見たことのない顔をされていらっしゃいますね」
    「やはり親心のようなものがあるんでしょうか」
     ジャックはふは、と吹き出してしまった。
     レオナとヴィル、両方に当日演奏をしますとメッセージを送ったのだ。尊敬する両者に送ることで己を奮い立たせたかったので、送信しただけで目的は達していた。だからあまり返信は期待していなかったのだが、ふたりともすぐに返してくれた。
     そこには両者共に無様な姿を見せないように、という内容が各々らしい言い方で記されていた。どちらが勝つと思いますか、と返してみると、ふたりともさらに素早く返信が来た。
    「ラギーが夕焼けの草原に勝利を持ってくるに決まってんだろうが」と言っていたレオナは今、自国を贔屓目に応援している胸中など全く悟らせない顔をして来賓席に座っているのだろう。
    「エペルは必ずやってくれる子よ」と言っていたヴィルは、今や自分の方が緊張して初めての子どもの発表会を見守るような顔をしているのだろう。ふたりともさらに人気が出ちまうな、と思う。
     少し緊張が解けてほうと息を吐いたときに、「あれっ」と声が上がった。サックスの隊員が、スマホを見ながら困惑顔をしている。
    「どうしました?」
     ジャックが問うと、彼は声をひそめてスマホをそっと差し出した。
    「今カメラに抜かれている、この男なんだけど……知ってるか?」
    「知ってるも何も、世界的に超有名な歌手でしょう、輝石の国の。知名度はヴィルさんに張るんじゃないですか。もとはロイヤルソードアカデミーの有力なマジフト選手だったんですよね。練習試合で会ったことあるから知ってます」
    「そう、怪我をして引退したんだよな。それから歌手になってブレイクして……」
    「その人がどうかしたんですか?」
     今日試合に出る輝石の国の代表選手には、件の歌手の幼馴染やかつてのチームメイトもいるらしい。レオナやヴィルと同じく、今日応援席に座っている人物として、そして知名度から言ってもカメラに抜かれる人物として不自然ではない。彼は精悍な顔つきをじっとカメラに向けている。いつも動画などの映像では人懐っこい笑みを浮かべているのだが、今日は何やら興奮や緊張とも違う、決意を秘めた静かな様子で精悍な顔つきをカメラに向けていた。
     ジャックの訝しげな問いに、隊員はジャックに身を寄せた。
    「オレの同期の警察官に、この世界大会の警備に就いているやつがいて教えてくれたんだ。他言しないでほしいんだけどーー国歌を歌うはずだった歌手って、この人なんだよ」
    「え?」
     急病という話ではなかったのか。
     思わずお互いの顔を見つめていると、声がかかった。入場しなければならない。
     ジャックとサックスの隊員は引っかかりを感じながらも、とりあえず列に並び身だしなみを整える。
     音楽隊が入場すると、スタジアムから歓声が湧き上がった。選手ではない自分たちを称賛すると言うより、試合開始を待ちきれず、とりあえず興奮を声や拍手などのかたちにできるのであればなんでもいいのかもしれないが、会場の空気を温めるのが自分たちの役割でもあるのでありがたい限りだ。
     位置につき、観客席の方を向く。まさかゲームラインの外側とはいえ、自分がマジフトの世界大会のフィールドを踏むことになるとは思わなかった。この二日、必死過ぎて持つ暇もなかった感慨に、溺れそうなほど浸ってしまいそうになる。
     だが、無様な姿は見せられない。固唾を呑んで見守っているであろうレオナとヴィルに誇れるように、今まさに試合開始前であるラギーとエペルを鼓舞するように、そして、今も自らの職責を果たそうとしているデュースに届くように。
     数々の煩悶のことは忘れ、ジャックは音楽を届けることに集中した。
     
     
     酒を飲んでも記憶をなくしたことのないジャックだったが、今回の演奏の間のことは何も覚えていない。まるでその場のことを記憶する力さえ音楽に全振りしたかのように真っ白だった。「お疲れ」と肩を叩かれてはっとするとそこは控え室だった。
     同僚たちがスマホで中継された先ほどの映像を見せてくれる。
    「ただいまソロで演奏をしたジャック・ハウル氏は警察官でありながら、警察音楽隊にも籍を置いているそうです。エペル選手のクラスメイトだったことがあり、そしてラギー選手とは寮が一緒とこちらも縁のある人ですね」
    「今演奏しながらどちらを応援しようと考えているのでしょうか」
     アップになった画面の中の己は演奏に必死で、映りのことなど気にしていない。まあ、演奏は及第点だろう、と客観的な視点で聴いてそう思えてほっとする。
     ジャックの耳と尻尾がぺたりと垂れた。この二日間感じないようにしていたが、実は相当プレッシャーがかかっていた。ようやくその重荷をおろしていいのだ、と自覚すると急速に疲労を覚え始めてしまう。
     ジャックは周りには普段通りに見えるが自分にとっては少々ふらふらとしていると思える足取りで、財布を片手に廊下に出た。ちょっと飲み物買ってきます、と言うとみながおお、とかああ、とか気のない返事を返した。疲れているのはジャックだけではないようだった。
     スタジアムの廊下は警備の者たちや放送の関係者の慌ただしい声や走る音で溢れていた。音楽隊の正装を着ているので怪しまれることもない。少し彷徨って自動販売機を見つけると、熱いコーヒーを購入し一口すする。はあ、とようやくひと息つくことができた。
     わあ、と外からは先ほどまでとは桁違いの歓声と拍手が聞こえてきた。両者の国家斉唱が終わり、ようやく試合が開始されるのだろう。自分も控え室で画面越しという環境だがせめて、試合観戦を楽しもう。そう考えて踵を返そうとした、そのときだった。
     スタジアムへ続く通路、そこから差す光が少し揺らめいた。逆光の中、立っている人影が二つある。ふたりとも男性だ。
     奥の男は背が高かった。全体的に細いつくりをした体躯だが、逆光が激しくほとんど特徴を掴めない。あえて言うなら、暗く見えていることを差し引いても不健康そうな顔色をしていて、隈もひどかった。
     問題は手前の男だった。奥の男よりは少し詳細が見える。そしてだからこそジャックの目に止まった。
     黒いキャップに、サイズの合っていないぶかぶかの夕焼けの草原のユニフォーム。その下がスキニーパンツなので余計、すらりと細く長い脚が目立つ。
     その立ち姿に見覚えがあった。それはもう、あり過ぎるほど。
     じっと見つめたこちらの視線に気づいたのだろう、ふとこちらを見た孔雀の羽の色をした瞳が、ぎくりと強張るのが見て取れた。
    「デュース……?」
     今まさに職務に邁進しているはずの元同級生は、あからさまにやばい、という表情を見せながらこちらに顔を向けていた。 
     
     
     ごうん、ごうんと鐘の音がする。隣にある花の街の「救いの鐘」の夜の鐘だ。隣の街なのでささやかに聴こえる程度ではあるが、試合開始を祝すように鳴っている。
     その鐘の音が鳴り響く中で、デュースとジャックは向かい合っていた。
    「デュース」
     何をしているんだ、こんなところで。
     そういう意味を込めてジャックは言った。デュースはうろうろと視線を彷徨わせ、焦ったように出口を見遣り、またジャックを見る。そして困り果てたように、傍らに立つ男をふり仰いだ。
     デュースの連れである男は銀髪をしていて、スタジアムには不釣り合いなかっちりとしたシャツとパンツを身につけている。教師や公務員など、堅い仕事に就いている者の私服、といった出立ちだった。デュースの友人にしては珍しいタイプのような気がした。
     自分との約束を反故にして、別の人物と行動して世界大会を見に来ている。
     一瞬、そう考えてしまってから、いや、何か魔法執行官としての任務だろうと考え直す。見知らぬ人物と行動しているが、魔法執行官のバディか何かなのだろう。
     理性としてはそう考えているのだが、任務かと尋ねてもはっきりとは答えなかったデュースを思い出してもやもやとしてしまう。もちろん、守秘義務から答えられなかったのはわかっているのだが、どうしても不信感が拭えない。
     デュースのバディらしき人物が首を横に振った。知らんよ、とでも言いたげだった。
     デュースは心底困った、という顔をして「あのな、ジャック……」と何事か話し始めようとした、そのときだった。
     ドオン、という轟音が響き渡り、観客たちの悲鳴が上がった。
     ジャックもデュースももう一人の男も、このときばかりは微妙な空気も何もかも忘れて駆け出していた。
     スタジアムへと出ると、そこには既に夜の帷が訪れていた。そして高い位置にある観客席から煙が上がっている。
    「あれは……!」
     レオナがいた来賓席や、ヴィルがいたプレミアムシートに近い。小さくしか見えないながらに、観客たちがどっと出口へ押し寄せているのが見える。
    「テロか!? どうなってるんだ!」
    「くっ……!」
     デュースが目の前に広がっているピッチへ駆け出し、既に試合を始めてしまっていた選手たちを止めにかかる。緊急事態です、避難してください、という声に箒に乗って空に飛び上がっていた選手たちが次々に降りてくる。ジャックもわけがわからないながらにデュースに習い、大声を上げて同じ文言を繰り返した。
     選手たちの中には当然、ラギーとエペルもいたが、久しぶりの再会に旧交を温める暇などもちろんない。
     デュースはあちこちを駆け回って声をかけ続けていたが、だんだんと疲れて足の動きが鈍くなっていくのを、ジャックは横目で見ていた。だが、あのバディらしき人物は空と煙を見るだけでデュースを手伝おうともしていない。
     なんなんだ、あの男は。
     ジャックは悪態をつきたくなるのを我慢しつつ、選手やベンチの控え選手に監督、審判、放送関係者を誘導する。
     スタジアムへの出入り口は人々でごった返していた。
    「ハウルくん!」
     隊長が群衆の中からなんとかして人をかき分けてやってきた。
    「隊長、これは一体、どうなっているんですか」
    「通用口が封鎖されている。ロックがかけられていて内側からは開けられないんだ」
    「えっ」
    「幸い、観客のための出入り口はひとつだけ開いているらしい。そこからなんとか観客を避難させているが、ここにいる試合の関係者たちの避難は最後になるだろう。状況が把握できるまで、最も守りやすい場所に一箇所に集めるしかない」
     隊長の言葉に頷いた後、ジャックはもしかして、と思う。状況の把握が早すぎる気がしたのだ。
    「隊長。もしかして事前に何か知っていたんですか」
     ジャックの言葉にうっと隊長は言葉に詰まった。
     強行にジャックの参加を義務づけたことに、なんとなくだが裏がある気がして気になっていたのだ。
     隊長はがっくりと肩を落とした。申し訳なさそうな顔のままジャックに向かって告げる。
    「一週間前、輝石の国の警察上層部にタレコミが入ったんだ。世界大会の決勝戦で何かが起きる、という……」
    「えっ」
    「歌手が国歌斉唱を断ったのは急病ではなくて、歌手サイドに警察のお偉方に顔が効く人物がいてその情報を得ていたためらしいんだ。それで代役を立てなきゃいけなくなったんだが、危険があるからと一応、有事の際には動けるようにと警察音楽隊に白羽の矢が立った。特に、音楽隊の業務だけでなく現場経験も豊富なハウルくんには絶対にいてもらわなきゃいけなくて」
     そういうことか、とジャックは納得した。他の音楽隊の面々は観客たちの避難誘導の方に向かったという。ジャックと隊長は選手たち関係者の誘導に残ろう、ということになった。
     ピッチに残った選手や関係者はいないことを確認し、デュースが戻ってきた。
     関係者たちが「試合はどうなるんだ」「一体何が起こったんだ」と騒ぎ立てる。
     すると、デュースが魔法石のついた警棒を取り出し、何事かを唱えた。全身が光ったかと思うと夕焼けの草原のユニフォームがあっという間に魔法執行官の制服に変わった。
     青みがかった黒色の詰襟、金色のボタン、重みのあるブーツ。その威厳ある佇まいに、ざわざわしていた周囲の人々が言葉を失った。デュースは懐から手帳を取り出すと掲げた。
    「僕は魔法執行官、デュース・スペードです。みなさんが無事にスタジアムから出て、決勝戦がやり直せるように尽力いたします。どうか、僕の指示に従ってください!」
     デュースの声が凛と響き、騒めいていた人々が静かになる。
     デュースが一番広いからと音楽隊が使っていた控え室に選手たちや関係者たちを案内する。ひと通り、爆発らしきことが起こったこと、実は事前にタレコミがあったこと、観客たちの避難が完了してからここの人たちの避難に移ること、そして同時に選手や関係者用の通用口にかかったロックを開けられないか対応していることを説明した。
     デュースの口調は淀みなかった。関係者たちはみな一様に不安を隠せないでいたが、魔法執行官の存在にどこかほっとしているようだった。ラギーやエペルが周囲の人たちに同窓生だと説明したことも大きかったらしい。大きな混乱もないまま、じっとしていることを選択してくれたようだ。
     控え室にはテレビがあり、試合の実況中継はそのまま現在の騒ぎの中継に切り替わったようだった。カメラマンもいなくなってしまったので爆発の様子などを繰り返し伝えるだけだが、それでようやく、爆発が起きた瞬間を見ることができた。
     カメラは決定的瞬間を捉えることはできていなかったが、やはりプレミアムシート付近で爆発が起こったようだった。爆発の後も様子を映し続けているのを見て、ジャックは思わず呟いていた。
    「……なんだ、この青いの」
     煙がもうもうと立っているが、そこに青い何かを見てとれたのだ。だが、たまたま映った映像をただズームを目一杯しているだけのようで解像度が良くなく、詳細までは見えない。すると、デュースが隣にいて、じっと映像に目を凝らしていた。
     デュース、と話しかけようとしたところでデュースは立ち上がり、バディらしき男のところへと行ってしまう。
     その足取りがひょこひょこと足を庇うようなものであるのを見て取って、ジャックは目を細めた。
    「やはり、……の……だとすると、……をするしか……」
     デュースの言葉に、背の高い男は頷いている。彼の方はいつまで経ってもシャツ姿のままで、魔法執行官の制服に着替える様子はなかった。一体何者なのか、皆目見当もつかない。
    「だが……しかし……」
    「ですが……だと……それは……」
     ふたりは何やら話し合っているが、どうにも雲行きが怪しそうな雰囲気だ。すると、ふいに選手陣の中から手がぬっと上がり、声がかかった。
    「なんか大変ならオレ、手伝うッスよ」
     控え室にいた全員がラギーを驚きの眼差しで見る。ラギーのがめつさは有名で、タダ働きを絶対にしないことを周囲の人々、同じ国のチームの人々はよく知っているのだ。
     ラギーは肩をすくめた。
    「なんスか、その視線。みんなして失礼ッスね。こっちは今日の決勝戦に向けてコンディション整えて来たんスよ!? 一世一代の晴れ舞台、台無しにされてハラワタ煮えくり返ってるに決まってるじゃないッスか。できることがあるんならしたいッス」
    「ぼ、ボクも」
     エペルが手を上げた。
    「ここにいるマジフト選手はみんな、一流の魔法士でもあります。できることもあるかもしれません。協力できることがあればしたい、かな。危険なことはわかっているけど」
    「そ、そうだな。おれも!」
    「ああ、観客を無事に帰したい」
    「観客の中に家族もいるんだ!」
    「やられたままでいられるかってんだ!」
     わいわいと選手たちが騒ぎ始める。デュースとその隣にいる男が微妙な顔をしている。ここで興奮して勝手な行動を取られても困るーーそういった空気を感じる。
    「みなさん、落ち着いてください!」
     ジャックはぱっと立ち上がって言った。警察音楽隊の制服が見て取れたのだろう、騒ぎ始めていた人々が口を閉じた。
     ジャックは先ほどのデュースのように警察手帳を懐から出すとかざして見せる。
    「俺は、輝石の国の警察音楽隊兼、警察官のジャック・ハウルです」
     ジャックはそう名乗った後、つかつかと魔法執行官のところへと歩み寄る。そしてぐいと手帳を見せた。
    「俺も協力する」
    「ジャック。ありがたいけれど、これは魔法執行官の任務で……」
     デュースが言いかけたときに、ジャックはさらにぐいと手帳を突きつけた。デュースの碧色の瞳が、そこに階級や所属と共に刻まれた文字を読み取り、呆然と口に出した。
    「魔法執行官への捜査協力資格……!?」
    「お前と再会した後に取得した。俺にはお前に協力できる大義名分がある。デュース、何をやろうとしている? 何が引っかかっているんだ?」
     基本的に、その国の警察官であっても、魔法執行官が関わる案件には手を出せない。この捜査協力資格は、魔法士として十分以上の魔力量と、希少なユニーク魔法を有していて、かつさまざまな必要な能力がないと取れない、魔法執行官に協力できるという資格だ。魔法執行官並みの実力を持っている、ということの証明だ。
     デュースと一緒にまた走る。そのために取得した。
     ジャックは周りに聞こえないように、彼の耳もとでそっと囁いた。
    「さっきから足、引きずっているだろう。学生のときの古傷だろ? それでも任務は遂行しなきゃならないっていうなら、利用できるもんはしろ。俺でも、ラギー先輩でも、エペルでも」
     耳から顔を離し、デュースを見つめる。彼はぐっと太もものあたりにある拳を握りしめていた。
     ジャックとデュースが別離する原因となった出来事、デュースが留年するに至った事件で、デュースは大怪我をしていた。その後の影響について今日まで確認したことはなかったが、今日の走り方を見て確信したのだ。
     それでも魔法執行官に合格した努力は認めたいが、意地を張らせるわけにはいかない。何せ、ここにいる者たちや大勢の観客たちの命がかかっているのかもしれないのだ。
     デュースはこくりと頷いた。
    「わかった。……ジャック・ハウル。魔法執行官として、協力を要請する」
    「ああ」
     周囲の目もあり、そう他人行儀に宣言したデュースは、身体を開き、背後の人物へ手をかざした。神経質そうな男がジャックへ視線を向ける。
    「紹介する。こちらは……」
    「ああ、イイッスよ。知ってますから。ねえ?」
     急に背後から声がかかった。シシシッとラギーが笑い、エペルが「そうですね」と苦笑する。
    「お久しぶりです。交流会ではお世話になりました」
    「デュースくんの後ろにいるのを見たときには他人の空似かと思いましたけど、どう見ても本人だし……ああそうか、ジャックくんは知らないのか」
    「ーーロロ・フランムだ。魔法士と、しかもナイトレイブンカレッジの卒業生と知り合うのは不本意だが仕方ない。以後、お見知り置きを」
     実に不機嫌そうに、そして慇懃無礼に、デュースの傍らにいた男は名乗ったのだった。
     
     

    「群青の花」
     青白い顔の男はハンカチを口元に当てながら言った。
    「あれは、はるか昔に滅びた紅蓮の花……を改良したものだ」
     かつて、同級生たちが花の街へと、「第一回未来ある魔法士の集い」ーー魔法士養成学校に通う者たちの交流会のために赴いた際、事件に巻き込まれたことはジャックも聞き及んでいた。
     しかし、大変だった大変だったと同級生のデュースとエペルとセベクには嘆かれ、同じ寮のラギーにもさんざん愚痴を言われたにも関わらず、詳細は聞いていなかった。
     紅蓮の花という魔力を吸い取る恐ろしい花と戦い、街を守ったという、ぼんやりしたことしか知らなかったのである。
     全てを聞かされた今であれば、なるほど、犯人はぼやかしたまま世間に話を流布させる必要があり、みな犯人であるロロのことや彼の過去については口を閉ざしたらしいとわかる。中には良い弱みを握った、これは吹聴せずに寝かせようという考えの者もいたのかもしれないが。
     ロロ・フランムはその後、植物の研究者となったのだという。自らが蘇らせてしまった紅蓮の花について研究を続けていた……と言えば聞こえは良いのだが、その実、マレウス・ドラコニアへの報復をあきらめていなかったらしい。
     いや、そんな単純なものでもなく、彼は自らの心の中でずっと葛藤を続けて生きてきたという。魔法士を根絶やしにしたい、魔法などなくなればいい、自分はなんてことをしたのか、もう何もかもやめるべきだ、いややはり魔法などなくなった方が。
     そう考えながらも彼は真面目で勤勉な研究者だった。紅蓮の花を研究する中で、新たな種を開発した。
     それが群青の花だという。
    「魔力を吸い取る紅蓮の花に対し、魔力を増幅させるのが群青の花だ。それ以外の生態は紅蓮の花と同じだ」
     ロロの頭の中には群青の花を使い、もう一度マレウスに挑もうという考えがあった。しかし、ここで留めておこうという気持ちもあった。あの日贈られた、未来へ向かう素晴らしさを歌う歌の響きも、踊りながらもう一度救いの鐘の下で会おうと誓った約束もロロの胸にあり、彼の希望でも絶望でもあった。
     結局、踏み切る決心がつかなかった。研究が進み、群青の花を安定して生育できるようになり、研究の成果は上がるが、己が何を望んでいるのかわからぬまま時間が経ち……そして、群青の花の種が何者かの手によって盗まれてしまったのだという。
    「紅蓮の花もそうだが、群青の花も、一国、いや世界を滅ぼすのに足る能力を有している。だからこそ厳重に保管していたし、情報は外部には漏らさぬようにしていた。しかし、研究所の中に不届き者がいて、種が外部に持ち出されてしまったのだよ」
     群青の花が市場に売りに出されるなどすると、それらの情報をもとにロロは種を回収して回っているのだという。自らの犯した不始末の尻拭いというわけだ、と彼は苦笑してみせた。魔法執行官たちはロロから協力の要請を受け、群青の花を用いた騒ぎが起きそうな情報があるとその場所に同行しているのだという。
    「今回は、高名な歌手が群青の花を購入したということでね」
     ロロがテレビに映る煙を指差した。国歌斉唱を急病だと断った歌手は、実は群青の花を使ったテロを企んでいたのだ。
     歌手のマネージャーが、不審な動きをする歌手を心配し、警察上層部にタレコミを寄せて歌手が国歌斉唱をするのを中止して手を打った。しかし、歌手はあきらめずにマネージャーたちの目を盗み、決勝戦のプレミアムシートを手配し会場に入ってしまったのだ。
    「煙にぼやけてしまっているが、青っぽいものが複数あるだろう? これが群青の花だ。隣の花の街の『救いの鐘』の夜の鐘が鳴って、鐘の音の魔力で群青の花が活性化した。そのタイミングを狙っていたんだろう。歌手の魔法は増幅し……大きな爆発を魔法で起こした。歌手自身や周囲にいた人々の魔力の影響で群青の花はどんどん増え続けているに違いない。紅蓮の花は魔力を吸収して増えたが、群青の花は魔力を増幅して増えるのでねずみ算式に増殖のスピードが早くなっていくんだ。群青の花が増えるほど彼の魔力は無尽蔵に近いということになり、爆発は起こし放題だ。無策で突っ込んでも危険極まりない」
    「そんな……どうしてこんなことを……」
     歌手の名を呼び、床に膝をつく輝石の国の代表選手がいた。エペルが彼の肩に手を回し、励ましている。
     歌手はかつて、マジフトの選手だったという。怪我で引退したが、その後歌手として大成した。輝石の国の代表選手の中にも昔馴染みが多くいるのだ。
    「アイツはこんなことをするやつじゃない。マジフトを愛していて、昨日だって、おれの分も決勝戦頑張ってくれってメッセージをくれて」
    「そうだ。確かに怪我で挫折したときにはショックを受けていたが……歌手として大きく成功しているじゃないか。絶望から蘇って、新しい道を歩いていたんじゃないのか!」
    「うん、そうだ! こんな騒ぎを起こす必要なんてないはずなんだ」
     歌手の既知の選手たちが次々と反論する。だが、ぴしゃりとした声がした。
    「どんなに成功したって、それが欲しいものじゃなけりゃ虚しいでしょ」
     ラギーが頭の後ろで手を組み言い放っていた。部屋中がしん、とする。
     ジャックとラギーの視線が絡まる。何もかも持っているように見えて、一番欲しいものを得られなかった人を、ふたりはよく知っていた。お互いにお互いが何を考えているのかわかってしまった。
    「だからと言ってオレは、決勝戦を邪魔されたことを許しはしねーッスけど。で、デュースくん、ロロくん。解決策の当てはあるんスよね?」
     ラギーが胡乱げな目線を向ける。何も策がないなど許さない、という表情をしていた。
     デュースは臆せずに頷く。
    「彼はどうやら、観客には危害を加えたくないようです。今、こうやって僕たちが状況を把握している間に何もして来ないのがその証拠です。避難が完了するまで次のアクションは起こさないと考えられます」
     その間に手を打ちます。
     デュースが背筋を伸ばし、毅然と言った。そしてぐるりと周りを見渡すと、突然頭を下げた。
    「この会場には他にも潜入していた魔法執行官はいますが、避難誘導や群青の花を食い止めるのに精一杯です。つまり、僕がなんとかしなければならないのですが、どう考えても一人では難しいです。どうか、力を貸してください!」
     一度覚悟を決めてしまえば形振りかまわない。それがデュースの良いところで悪いところなのは昔から変わらない。形振りかまわないという手段が、昔は自分の身を投げ出すことばかりだったのが、今はこうやって、他者に協力を求めることができる。
     ジャックはにやりと笑った。やればできるんじゃねえか、と言いたくなった。
     ジャックはばん、と力強くデュースの背中を叩く。
     いつか体重をかけて誕生日を祝ったときのように、伝わってくれればいいと思ったのだ。
    「当たり前じゃねえか。やるぞ!」
     ジャックの雄叫びに、選手たちが立ち上がり拳を振り上げる。ロロが後ろでため息をつき、デュースがああ、とひとつ力強く頷いた。
     
     

    「月夜を破る遠吠え(アンリイッシュ・ビースト)!」
     ジャックがいな鳴き、狼へと姿を変える。
     その背にデュースを乗せ、選手入場口から一気に飛び出した。
     外は日がとっぷりと暮れ、群青色の空に月が浮かんでいる。スタジアムは煌々とライトがつき、選手も観客もいないがらんとした施設を明るく照らしていた。
     選手たちが走るはずだったピッチを、全速力で走って駆け抜けていく。整備された芝生は実に走りやすい。プレミアムシートのある観客席から、群青の花で威力がアップされた魔法弾が飛んでくるのを、ジグザグに走って避ける。ドオンという着弾音が耳に痛く響き、芝生が焦げる匂いが鼻につく。
     失敗できない緊張で唾を呑み込む。だがその味は、先ほどの演奏のときの方がよっぽど苦かった気がする。今は、デュースと一緒に戦えることにどこか高揚していた。
     ジャックはピッチを蹴って高くジャンプすると観客席に降り立った。そのまま座席を階段の登るように駆け上がる。
     犯人である歌手に近づく、ここからが最も危ない。逸る気持ちを抑えて、どんどんとプレミアムシートへと近づいていく。
     歌手の男の顔が視認できるほど近くまで来ると、男の方も狙いがつけやすくなったのだろう。魔法石を嵌め込んだ指輪をこちらにかざし、何事か唱える。ジャックは負けじと素早く呪文を唱えると、防衛魔法を使った。ユニーク魔法を使いながらも別の魔法を使えるのは、ジャックの鍛錬の賜物でもあり、防衛魔法は得意な部類だからでもある。
     真正面から魔法弾を受けるが、それを防衛魔法が吸収する。男が驚愕に目を見開き、さらに魔法弾を放つ。
     そろそろ防衛魔法が切れる、とそう思ったとき、視界を何かが横切った。
     長い柄に、枝を束ねたもの。
     箒だった。それも、何本もの。
     歌手の男が驚きの眼差しを向けるのがわかる。一瞬の逡巡を逃さず、ジャックは獣の前足を箒に乗せた。箒を踏み台にし、そこから躊躇せずジャンプする。そして次の箒へ飛び移り、そこからさらに次の箒へ。どんどん上空へと駆け上がっていく。
     ちらと下を見ると、歌手の男はジャックたちが何をするつもりなのかわからず攻撃するのも忘れてあんぐりと口を開けてこちらを見ていた。
     箒を操っているのは、背後にいるマジフトの代表選手たちだ。彼らにとって箒は愛機、自分の手足のように動かせる。ジャックの行く先に階段のように箒を配置してくれていた。ジャックは狼の姿のまま箒の階段を駆け上がっていく。
     最後の箒まで辿りつき、ジャックは思い切りジャンプをした。彼の背にいたデュースはいつの間にか立ち上がっており、ジャックの背を蹴り上げてさらに高く舞い上がる。
     空中でお互いの目が合った。
     信じるぞ、デュース。
     ああ、任せておけ!
     声に出さずともそう会話して、デュースが空の彼方を見遣った。
     その視線の先にあるのは、隣にある花の街の、「救いの鐘」の鐘楼だ。
     デュースが持った、警棒についた魔法石が光を帯びている。放たれた魔法弾のうち、ジャックが防衛魔法で防いだものが、デュースの魔力へと蓄積されるよう戦闘が始まる前に魔法をかけておいたのだ。
    「落とし前をつけてもらう! 歯ァ食いしばれ!」
     デュースが警棒を振り上げた。
    「しっぺ返し(ベット・ザ・リミット)!」 
     放たれた光弾は、真っ直ぐに空を翔けていく。
     犯人の男が、マジフトの代表選手たちが、デュースとジャックが、そしてロロがその光弾の軌跡を目で追う。
     お前、当てられるのか。
     作戦をデュースが提案した際に、ジャックは思わずデュースに尋ねていた。いくら彼が魔法執行官になったとはいえ、ジャックの記憶の大半には教科書の内容もろくに覚えていない、心配かけられ通しだったデュースしかいないのだ。
     デュースはからりと笑うと言った。
    「落ち着いて、一発ずつ丁寧に狙った方が精度は上がる、練習あるのみ、だろ。お前がいない間練習した。結局お前と試合はできなかったが、練習の成果、見せてやる。一発で決める!」
     やがて、数秒の後、今夜二度目の救いの鐘の音が響き渡った。
     
     

    「群青の花は基本的には紅蓮の花と同じ性質を持っている。紅蓮の花が魔力を吸収し花を増やすのに対し、群青の花も魔力を吸収しているのだ。吸収した上で増幅して魔法士にそれを戻すので気づかれにくい。その増幅した分から、自分の増殖のための魔力ももらっている、というわけだ。群青の花は紅蓮の花に増幅機関を足したもの、と理解してくれればよいだろう」
     策を話す間、ロロ・フランムは淡々と冷静にそう解説した。
    「だから、紅蓮の花のときと対処は同じだ。大きな魔力を与えてしまえば枯れてしまうのだよ。しかも群青の花は、周囲の魔力を増幅しているのだから既に許容量はパンパン、そのギリギリで増殖するものなんだ。故に、紅蓮の花よりも枯れやすい。あともう少し、魔力を与えればよい。とはいえ、ここにはマレウス・ドラコニア並みの強大な魔力を持った魔法士はいないーーああ、夕焼けの草原の第二王子と輝石の国の俳優がいたか。あの二人の魔力を合わせればあるいは……だがこれ以上ナイトレイブンカレッジの卒業生と懇意にする必要もない、それはこのプランが立ち行かなかったときの最後の手段としよう。というわけでつまり、以前君たちがやったのと同じーー『救いの鐘』を鳴らせばよいのだ」
     そうしてジャックたちは、作戦を立てた。犯人を狙うと見せかけて本当の狙いは「救いの鐘」を鳴らすことだったのだ。
     デュースは最初、自分ひとりで走り抜けて頃合いを見て箒に乗って一気に上空に上がり光弾を鐘に向けて放つつもりだったようだが、ロロに反対されて揉めていたらしい。
     デュースは学生時代の事件で日常生活は問題ないが、激しい走りを医者に禁止されている。それをロロには知っていたらしい。どうも、ふたりが出会ったきっかけである交流会のときの騒動でもデュースは無茶をしたらしく、デュースの気質は見抜かれていたようだ。また、いつか彼に歌を贈った張本人の商人や、その部下たちあたりが情報源となっていることをぼかされた。
     群青の花はみるみるうちに枯れ果て、犯人の歌手の男は逮捕された。通用口のロックも、デュースが有能なかつての同級生のAIに連絡を取っていたらしく、その頃には自由に出入りができるようになっていた。ヴィルとレオナが避難誘導に協力してくれたらしく、怪我人もいなかった。
     駆けつけた輝石の国の警察に引き渡す前に、ジャックたちは男と少し言葉を交わした。
    「小さい頃からの夢だったんだ。どうしてもマジフトの世界大会に出たかった。怪我をして、マジフトができなくなってもずっと納得できなかった。歌手として成功したって、何の慰めにもならない。だったらいっそ、もう全部壊してやるって思ったんだ」
     泣きながら言った男に、ロロは辛辣に言った。
    「何もかも破壊するなど野蛮極まりない展望に、私が開発した群青の花を用いないでいただきたいものだね」
     盗まれ、市場に出回ってしまった群青の花はまだ多くあるという。ロロはそれを全て回収するのが自らの使命だ、と言っていた。
     あるいは盗まれ流通したのが紅蓮の花だったとしても、彼は回収に奔走するのだろう。同じ使命を掲げていたとしても他者が花を用いることを、彼は許さない気がした。
    「自分の身体が自分の思うように動かない悔しさは、僕もわかるつもりだ」
     デュースは男に優しく言った。存外、傷ついた者には寄り添うのがデュースのやり方だった。
    「今回、お前のマネージャーからのタレコミがなければあるいは、お前の企みは成功してしまっていたのかもしれない。止められて良かった。一人では辛くても、お前には一緒にいてくれる人がいる」
     デュースの言葉に、彼の昔馴染みたちもしきりに頷いている。男はわんわんと子どものように泣き出した。
     だが、ジャックはそれで済ませてやることはできなかった。
    「俺は許せない」
     男だけでなく、デュースやロロ、他の選手たちも驚いた表情でジャックを見る。
    「お前は歌手として成功しながら、どこかでマジフトで成功できなかった自分には意味がないと思っていたんじゃねえか。歌を歌っているやつが、音楽の力を信じないでどうするんだよ」
     ジャックは本気で怒っていた。
     この歌手は国民的人気を誇り、ジャックも歌を何度か聴いていた。誰かを励まし、出会いを喜び、未来を信じる歌を歌いながら、本人が一番それを意味などなく、役に立たないと思っていたなど、ジャックはどうしても許せなかった。
    「音楽なんて腹の足しにもなんねえし、警察音楽隊だってすぐに役に立たない、金にならない、必要ないなんて言われちまう。そりゃマジフト選手は人気があるし、試合となれば金だって稼げる。でも、だからと言って音楽に価値がねえって思っちまうのはどうなんだ。俺はマジフトが好きだが、音楽の方がマジフトより下だなんて思わねえ。マジフトの楽しさと、音楽の楽しさに優劣をつけやがった、そのことが気にいらねえ」
    「音楽に価値がないと思っていたわけじゃ……」
     男がか細い声で反論した。ジャックは「それじゃあ!」と叫ぶように言う。
    「だったら国歌斉唱のチャンスを棒に振ってまでこんな騒ぎ起こしてんじゃねえ! 罪を償って、また歌を歌え。絶望を乗り越えて生きるんだよ。次に輝石の国がマジフト世界大会の開催国になったときには、俺がフルートで伴奏をしてやる!」
     これからも競っていこうぜ、といつか誕生日を祝われたときに言われた。それは果たせなかったと思っていた。だが、こうして今、一緒に戦っている。
     手に入れられないものがあっても、また取り返すことはできる。例え別のかたちでも。
     男はジャックの剣幕にきょとんとしていた。そしてそのまま、警察に引き渡され連れて行かれてしまった。
    「ジャックくん、相変わらずッスねえ」
    「励ましていたんだと思うけど、伝わらなかった、かな?」
     ラギーとエペルがくすくすと背後で笑っているのを、ジャックは全力で無視した。
     騒動は収束し、終わってみれば一時間も経っていない間の出来事だった。そして試合はすぐに再開されることになった。
     ジャックやデュースも驚いたのだが、犯人を確保してバタバタとしているうちに、爆発で被害を受けた観客席や芝生が綺麗に直っていたのだ。
     犯人確保時には姿のなかったロロ・フランムに何か知らないか、と聞いてみると「『救いの鐘』の下ではないが、再会してしまうとはな」と不機嫌そうに言っていた。
    「僕も知る従者を二人、従えて来ていた」と言われ、デュースとジャックには誰が来て、そして完璧に元通りにフィールドを直していったのか察したのだった。
     
     

    「デュース」
     控え室前の廊下で、魔法執行官の服から夕焼けの草原のユニフォーム姿ーースタジアム内で浮かないためにそんな格好をしていたらしいーーに戻ったデュースに向かって、ジャックは決勝戦のチケットを差し出した。
     あと五分で試合は再会される運びとなった。ジャックは隊長に直談判し、事態を収集したご褒美に今日これから後の有給をもぎ取ったのだ。
    「決勝戦、見ようぜ。それとも、魔法執行官としての仕事はまだあるのか?」
     デュースはじっとチケットを見つめた後、ふるふると首を横に振った。
    「連絡が来て、今日は業務終了でいいそうだ。明日大量の報告書を書かなくちゃならないが……」
     そう言うデュースの傍らに、もうロロの姿はなかった。彼は魔法士を毛嫌いしているのでマジフトにも興味がないらしい。むしろ嫌悪している、と吐き捨てていた。だが、「国歌演奏での君のソロは良かった」とジャックに去り際に告げて去って言った。何とも変わったやつだとジャックは思ったし、ラギーもエペルも苦笑していた。
     デュースがチケットを手に取った。そうして「悪い」とぼそりと呟く。ジャックは眉を顰め、「何がだ」と返した。デュースは少し目線を下げると言った。
    「なかなか連絡できなかったの、群青の花の売買ルートを追って忙しかったせいもあるんだが……行けなくなった、と言ったらお前が誰か別の人を誘うんじゃないかと思って。ギリギリまで言えなかったんだ。チケット、無駄にするところだったよな」
     ジャックは目を丸くする。デュースは卑怯ですまない、とさらに呟いた。悪いことをしたと思っているが故に、ジャックの目を見られないらしい。
     ジャックは「俺も」と口を開いた。デュースがこちらを向く。頭をがしがしとかくと、「あー。俺も、その」と切り出した。
    「お前があの、ロロ・フランムってやつと一緒にいたとき、俺以外のやつと試合見に来たのか、と思ってムカッとした」
     すぐにいや、魔法執行官としての任務だろうと判断できたのだが、それでもその思いは思いついた途端ジャックの胸の中を埋め尽くし暴れ回った。
     デュースが「ああ」と声を上げた。
    「僕が『花の街』でフランムさんと面識があったからな。それでお目付け役につくことになったんだ。ここで成果を上げられたら、輝石の国への転勤も考えていいって言われて」
    「……あ?」
    「え?」
     わああ、と一際大きな歓声が上がる。試合がついに始まるらしい。
     ジャックとデュースはお互いの顔を見つめた。
    「……とりあえず、試合見よう! 席はどこだ?」
    「ああ、そうだな。なあ、どっちが勝つと思う?」
    「うーん。夕焼けの草原じゃないか」
    「なんでだ? ユニフォーム着てるからか?」
    「いや、箒を操って協力してくれていたときにブッチ先輩だけ手抜いてたからだ。あれは最初に協力するって言い出してそういう雰囲気にして逃げられなくした挙句、輝石の国の選手にたくさん魔力使わせて自分は温存しようって最初から考えてたと思う」
    「あー、キャンプのときも魔法石出し惜しみしたしな、絶対そうだな……」
     試合の後には、どこかでメシでも食って。
     そうして、これからの未来の話をしようと、ジャックはそう決める。自分の分のチケットの端をきつく掴んだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤💖💖💖😍🙏🙏🙏👏👏❤💖👍💖🙏❤❤❤😭😭😭😭😭👏👏👏👏👏😍😍😍😍😍💖💖😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works