アナザーワールド おめでとうございます!
コロンと転がり出た金色の玉。割れるくす玉。大きな拍手。なにもかもがスローモーションで見えていた。
「なに?陣平ちゃん、俺なにしちゃったの?」
戸惑う萩の向こうに見えたのは『一等 湯気たっぷり温泉旅館、二泊三日の旅』という文字。ああ、なんだかメンドクサイことになった。遠い目をする俺の名前を、萩が何度も何度も呼んでいた。
「すごい!でっかい旅館!」
陣平ちゃん見て見て、と俺の服の裾を引っ張る萩はどうにも楽しそうだ。商店街の福引きで萩が一等の温泉宿泊券を引き当てて一週間、俺たちは驚くべき早さで温泉街へと足を運んでいた。
「俺、温泉ってはじめて!」
にこにこと笑顔を振りまく萩は、周囲の客の目を大いにひいていた。サキュバスとやらの力もあるのだろうが、それを差し置いてもこいつは面がいい。
「……あんまはしゃぐと羽根が出ちまうぞ」
「だーいじょーぶ!正体バレるようなヘマはしないよ」
ピースサインを作る萩の、羽根と長い尻尾はいまは仕舞われて見えはしない。どうやっているのかはわからないが萩いわく「むずむずするからあんまりやりたくない」らしい。不思議なもんだが、サキュバスとかいう存在がそもそも不思議なんだから、もうなんでもアリか、なんて思ってしまう。思い返すのは出会ったあの日。夜中に窓ガラスを叩く、奇妙な音で目を覚ました。
「……ここ、三階だぞ」
風の音であってくれ、と願いながら開けたカーテンの向こうに、ものすごい美人がいた。それが萩だった。
「こんばんは」
にこ、と少し微笑んだだけで自分の頬が熱くなるのがわかった。マンションの三階の窓ガラスを叩いた不思議さよりも、好奇心と、いま思えば一目惚れだったのだろう恋心が窓を自然と開けていた。ちなみに一目惚れの件は萩には秘密にしている。だって恋愛は惚れた方が負けだっていうだろ?
そんなわけで奇妙な同居生活と、サキュバスの性質故のただれた性生活がはじまってすでに半年。萩とはいまだに両想いにはなれていない。セックスしてんのに俺のこと好きじゃないってなんなんだよ、と毎日思っているが、それを言うとあっけらかんとした様子で陣平ちゃんのこと好きだよ、と言ってくれるので二度と言わないことにした。俺が欲しいのはそんな軽い『好き』じゃないから。
くしゅん!とずいぶんとかわいらしいくしゃみで思考の渦から這い上がる。隣では萩が鼻をすすっていた。
「わりぃ、寒いよな。さっさとチェックインしちまおうぜ」
「うん、俺早く温泉入りたい」
行こ、と俺の手を引っ張るその手のひらを、強く強く握り返した。。
こちらです、と通された部屋は驚くほど広かった。所詮商店街の福引き、と期待していなかったが、これはずいぶんと太っ腹な景品じゃないか?
「すげえ、露天風呂まである」
「いい景色だなぁ」
萩の言うとおり、少し雪の積もった白い風景は見慣れない綺麗さがあった。窓からの眺めを楽しんでいると、いきなり萩が服を脱ぎ出した。まさかここでもヤんのか?と思ったのが顔に出ていたらしい、違うよ!と頬を膨らませる萩はすでにパンツ一枚のあられもない姿になっている。
「俺を色欲魔みたいに言わないでよね」
「かわんねぇじゃねえか。毎日毎日迫ってきやがって」
「だってそれが俺だもん」
でもいまは温泉に入りたいの、と素っ裸になって外に飛び出たその背中を追いかける。
「ちゃんと掛け湯しろよ」
「はーい」
俺の言いつけを守ってからゆっくり湯に浸かっていく白い肌に、紫がかった羽根と尻尾がよく映えている。そこまで考えてから、ん?と首を捻る。
「萩、羽根でてんぞ?」
「あ、やばい」
気持ちいいと出ちゃうんだよね、と眉を下げて、陣平ちゃんしか見てないんだからいいでしょ?と上目遣いで聞くものだから、ダメなんて言えるはずがなかった。
「ねぇ、陣平ちゃんは入らないの?」
「ああ、俺はメシの後でいい」
さらさらと指通りのいい萩の髪を撫でてやれば、気持ち良さそうに目を閉じた。ああ、キスしてえな。思ったが行動には移せない。サキュバスである萩は人間の精気を食らうためにセックスはするけれどキスはしない。前に聞いたら、だって必要ないもん、と言われてしまった。
「……必要あるだろ」
「ん?」
「なんでもねぇ」
「変な陣平ちゃん」
首をかしげる萩はやっぱり、美人でとてつもなくかわいかった。
浴衣を着たい、との萩の要望でなんとか格好のつくように着せてやった。まだ羽根と尻尾は出たままで、和と洋でアンバランスなことこの上ないが面がいいから納得させられてしまうところがあった。
「なんか嬉しい。後で写真撮ろーね」
「おう」
はしゃぐ萩の隣に座って茶をすすっていると、急にとん、と肩に重みを感じて見れば、まだ湿った、真っ黒な髪が目に入る。
「どうした?」
「俺さあ、人間界に来てほんとによかった」
「なんだよ、急に」
「だって幸せなんだもん」
へへ、と間抜けに笑うものだからこちらも口元が緩んでしまう。こんくらいの贅沢だったらこれからいくらでも、は無理かもしれないが、たまにならさせてやる。だからずっとここに、俺の隣にいろよ。そんな願いは口にできないけれど、そのかわりに強く強くその体を抱きしめた。
「陣平ちゃん」
しゅるり、俺の腕に絡まる尻尾。知ってる、これはセックスのお誘いだ。
「夜まで待てねぇのかよ」
「だって陣平ちゃんが優しいから」
夜まで待とうと思ってたのに、その気になっちゃった。そう艶めいた声で言われたらこちらだってその気になる。着せたばかりの浴衣の襟元を暴き、食らう。萩の背後で羽根が大きく広がった。
『気持ちいいと出ちゃうんだよね』
さっきの言葉が頭をよぎる。メシの時間は、少し先になりそうだ。