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    多々野

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    彦景
    2023/5/25

    ##小説
    ##彦景

    備え史上最年少の雲騎驍衛である少年は、仙舟羅浮の神策将軍――景元の背の後ろで寝そべり、本を捲っていた。少年にとっては物心ついたときから、景元の傍が最も馴染みのある居場所である。
    ふと、彦卿は頁を捲りながら投げかけた。
    「将軍はさ、どうして僕を育てることにしたの?」
    景元は将棋盤を眺めたまま、のんびりと首を傾げる。その問い自体は、景元にとっては珍しくもない。後継者に据えるつもりだとか、単に優秀な手駒を欲したからだとか、様々に噂されていることも知っている。しかし彦卿自身がその問いを口にするのは初めてのことだった。
    「今になって何故そんなことを聞く?」
    「ほら」
    彦卿は景元の背後から、一冊の本の表紙を掲げて見せた。それは仙舟の文字で書かれた児童向けの本だが、内容は天外で有名な童話である。たしか、ある魔女がお菓子でできた家に子供を閉じ込め、肥えさせて食おうとする話だったか。
    景元はぱちぱちと瞬きし、少し愉快になって口の端を上げた。
    「ふむ……そうだな。君を食べるために育てているのさ」
    彦卿は口をへの字に曲げた。彦卿は冗談を言いあいたいわけではない。しかし、将軍がのらりくらりと話を躱すのはいつものことである。
    「はあ。それにしては、さすがに手間暇かけすぎじゃない? 食べ頃を過ぎちゃうよ」
    「いいや、今の君はまだ小さくて細くて、うまそうじゃない。急ぐことはないんだ。時がきたら頭からばりばり食ってやるからね」
    子供を脅すような台詞でありながら、景元の声はどうも眠たげで、これっぽっちも迫力がない。
    また子供扱いか、と彦卿は将軍を睨む。
    「ふん。そんなこと言ってていいのかな。僕はすぐに将軍より強くなるよ!」
    そうしたら取って食われたりしないんだ。きっと返り討ちにしてしまうからね!
    彦卿は勇ましく声を張り、ぴょんと立ち上がった。馬の尻尾のような髪が元気に跳ねる。その麦色が窓から差し込む光に照らされて、きらきらと輝くのを、景元は頬杖をついて眺めた。
    「――ああ、頼んだよ。待っているから」
    心地よい日差しに眠気を煽られて、景元は瞼が重くなる。全く、この時間は気が緩んでしまってしかたない。
    「ん? どういうこと……って、将軍ってば寝ちゃったの?」
    彦卿が顔を覗き込んでいる気配がする。しかし景元は答えない。
    何も、焦ることはないのだ。彦卿は順調に成長している。まだ未熟な部分はあるが、あとは時間が解決してくれるだろう。
    だから今は時に身を任せ、穏やかな午睡を享受したとて問題はない。彦卿が景元の意図を知る日は、きっと、まだまだ先のことだ。
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