ライチ冥界☆クラブあなたは身体を貫かれて死んだはずだった。自分を信頼していると思っていた男に。しかし今、あなたは薄暗い道に立っている。空気はぬるく湿っぽく、微かに鉄の匂いがする。何かの体内にいるようで気味が悪い場所だった。遠くに、何か明るく開けた場所があるのが目に入った。あなたはそこへと誘われるように歩いていく。地面を踏むたびにビチャ、と言う水音と床のぬるぬるした感触。あなたが最期に嫌というほど見た血のようだった。前方に誰かいる。学生服を着た男がしゃがみ込んでいて、彼の前には血の川のようなものが横に広がっている。近づくたびに増す強烈な血の匂い。ここが所謂地獄なのか。あなたの足音に気づいたその男が振り返った。
「…ゼラ」
あなたにとっては、ぞっとしない顔の男だった。そこの血の川で遊んでいたのか血塗れの顔があなたに近づく。
「ここは死後の世界か?最初に会うのがお前とは、本当にゾッとしないな」
「ごめん、ごめんね」
「黙れ、僕に近寄るな。この化け物」
あなたに近寄るのをやめて俯くその男。長いまつ毛が何度も瞳の上を舞う。瞬きの回数が、いやに多い。唇が一文字に結ばれた。
「今更どの面を下げて僕に話しかけた?気分が悪いな。付いてくるなよ」
あなたは左に道があることに気づいて、歩みを進めようとした。
「何もそこまで言うことはないのでは」
あなたの前に立ちはだかったのは、眼鏡をかけた背の低い男。
「お前も、お前もだ!何故僕を裏切った!」
激昂したあなたはその男の胸倉に掴みかかる。その時前方から別の誰かの足音が響く。
「ゼラ!やめて」
正面から頬を叩かれて、あなたは面を喰らう。前から人が来るのにも気づかなかったほどあなたは興奮していた。
「私、何を争ってるのか分からないけど。乱暴はやめて」
「君には関係ない」
「あるわよ!早くデンタクを離して」
デンタクは胸倉を掴まれてはいたが、非力なあなたの片手では持ち上がるには至らなくて、あなたから目は逸らしていたものの特に抵抗はしなかった。大きく舌打ちをしてあなたはデンタクから乱暴に手を離す。立ち去ろうとしたあなたを止めたのはすすり泣く音。死ぬ前に聞いたあの音。
「ふん。玩具のくせに泣くんじゃないよ」
「…ジャイボ?」
デンタクと雷蔵もその音源に目線をむける。ジャイボは大粒の涙をこぼして頬が濡れていた。不自然に血がはがれた後は、頬を伝った涙の軌跡だろう。
「化け物に感情があるとは驚きだ。もしやそれでまた僕を騙す気か?」
「酷いこと言うのはやめて。私たちもう死んでるのよ」
「そうです、ゼラ。せめて冷静に話し合いましょう」
「こいつが僕を裏切ったことを知らないからそんなことが言えるんだよ!」
あなたにかつての仲間の声は届かなかった。
「…ゼラ…グスッ、何でも、何でもするから」
嗚咽混じりの言葉であなたに必死に訴えかける顔の綺麗な男、ジャイボ。
「じゃあ2度と僕の前に現れないでくれ」
そう言い放ってからあなたは左側の通路に歩いて行ってしまった。
「ジャイボ、ゼラと何があったのか知らないけどあっちにみんな集まってるよ。話し合いだけはしよう」
しゃがみ込むあなたの玩具にデンタクは手を差し伸べる。
それに反応しないジャイボを見て雷蔵が彼にハンカチを渡して、その背中をさすってやる。その気遣いは流石雷蔵といったところか。
「2度と、顔を見せるなっ….て。も、これ以上ゼラに…嫌われたく、な…だから、ほっといてよ…」
上擦った声があまりに哀れで2人の同情を引く。
「ジャイボって、そんなにゼラと仲良かったかしら」
大泣きするほどショックを受けていることが不思議そうな雷蔵。
「特別視はしていたような気はしたけど…」
あなたはこう言っていた。ジャイボは光クラブの美の象徴であり、真理。美しい彫刻のようなものだと。「少女一号」を捉えてからはその座は奪われたようなものだったが。
「ゼラ、僕のこと美しいって言ってたのに。優しくキスしてくれたのに、あの女、あの女が来てから全部…」
突然の新情報に2人は目を丸くする。
「ちょ、ちょっと待ってよ今のって」
「うるさい!お前らもうあっちいってよ!女もどきのお前なんて嫌いだ。お前もだよお前も!メガネチビのお前もだ!!」
雷蔵とデンタクは顔を見合わせたあと、眉を下げて座り込むジャイボを見る。もっと女の子みたいだったらあなたに好かれたのに。もっと成長が遅かったらまだあなたの愛を受け取れたかも知れないのに。せめて女の子になりたい子だったら女になってあなたの前に現れるのに。せめてもっと成長期が遅くきたらあなたとの関係を延命できたのに。しかしあなたを愛するその男は、男として、ジャイボとして、雨谷典瑞としてあなたに愛されたかったのだ。急に声を荒げたジャイボに2人とも怒ってはいなかった。哀しい顔をして互いに目配せを交わし、再度彼に視線を落とす。
「じゃあ、私たちみんなのところに行くわね」
「ジャイボ、せめて話が聞こえるところにいてね」
2人は残りのメンバーが集まっているところへと去っていった。ジャイボが泣く理由はきっとあなたなら知っている。
先程の場所よりずっと開けた場所。先程までの地獄のようなロケーションと打って変わって機械的な内装の場所。嫌というほど思い出す、あの惨劇(グランギニョル)があった場所と瓜二つ。しかし、あの秘密基地の外周には底が見えない、深い巨大なクレバスのような溝が存在していた。
耳をつんざくような怒号が飛び交うのを聞いて、思わず雷蔵とデンタクは顔を顰めた。
「ニコ!何故最後に僕を裏切った!お前まで…お前まで!!」
あなたは今にもニコに殴りかかりそうなところをタミヤに押さえつけられる。
「ゼラ!!落ち着け!ニコも分かってるな!」
目の前のあなたを見て眉間を寄せる1番の男。爪で皮膚を突き破りそうなほどに握られた拳から我慢の程度が伝わってくる。
「僕に逆らうものは全員処刑だ!!」
聴き慣れたあなたの口癖。
「いい加減にしろ!俺達はもう死んでるんだ!」
あなたは玉座の方に無理矢理引き摺り込まれる。あなたではタミヤの力には敵わない。
ガチャン、と鉄が合わさる音が2回聞こえた。あなたが目の前を見ると懐かしい景色。少女一号を捕らえてからは見ていなかった、帝王の玉座から見たメンバーの顔。
「…くっ……!」
少女一号のように玉座の手錠に繋がれたその手首を動かすものの、金属がガチャガチャと無機質な音を立てるだけだった。タミヤはふぅ、と息をつく。
「そうだ、ジャイボは?」
「どうしても顔を出したくないって。話は聞こえる所まで来てって言ったけ…ど」
デンタクは目を見開いて玉座の方に視線を向ける。玉座の後ろからジャイボは顔を覗かせた。あなたに見つからない位置。でもあなたに1番近い位置。
「ま、始めるか…」
ジャイボの存在を視認したタミヤは話の火蓋を切る。
「何をする気だ。まさか、僕に復讐か?」
「違う。10ヶ条の3つ目だ」
-光クラブで争いが生じた時はメカニズムの解消に努めよ
このグランギニョルについての話し合いが始まる。
「まず、俺が知っているのはここまでだ」
ダフは3人の少女を逃がしていないこと。カネダも黒のキングを折ったりはしていないこと。ライチ畑を燃やしたのはタミヤでもニコでもないこと。
「えっそれじゃあ…誰がそんなことしたの?」
ヤコブが困惑の表情を浮かべる。
「…ジャイボだ」
ジャイボ?とメンバーは不思議そうに顔を見合わせる。あなたと、とあるメンバー達を除いては。
「ジャイボが、ライチ畑に火をつけた。3人の少女を逃したのも、黒のキングを折ったのも全部アイツだ」
「そんなことがあったんだ…」
ライチ畑の惨事など知る由もないカネダは呟く。
「それで放火犯だとゼラに決めつけられた俺とニコは基地で棒に縛り付けられた。でも少女一号、カノンとライチが俺達の手当をしてくれて、基地からの脱出を図ったんだがそこでニコは死んじまった」
「あら?カノンは逃げなかったの?」
ライチ畑炎上事件の翌朝、カノンは確実に基地の中にいたのよ、と雷蔵が疑問を呈する。
「逃げようとしたがライチの体重で潜望鏡が折れてライチだけ基地に取り残された。でもカノンはライチといるんだって言って、また基地に戻っちまった」
タミヤは一息つく。
「それから俺は基地を沈めようと大量の水を流し込んだんだ。何があったのかは知らねぇけど、ヤコブと雷蔵とデンタクの遺体も見た。俺は鉄パイプでゼラに襲いかかって俺が知ってること全てを説明した。…けど俺の知ってるのはここまでだ」
「タミヤ君は、ここで?」
カネダはここまでの負荷がかかっているのか親指の爪を齧る癖がいつもより強く顕現している。
「ああ。姿は見てないが、多分ジャイボに殺された。だからその後のことはゼラとジャイボ、この2人しか知らない」
タミヤはあなたを見上げる。あなたはタミヤに氷柱のような視線を向けて睨みつけていた。
「そんなことないぜ」
突然ニコが大きめの声を上げる。
「オレ、実はタミヤと脱出したとき死んでなかったんだ」
「そうなのか!?」
「だよなゼラ」
あなたの視線がニコに移る。あなたは何も語らない。
「あの後目を覚ましたみたいだ。起きたら基地が水浸しで、ジャイボの野郎が何か話してた。そこで全ては奴の仕業ってことも知った。それにゼラにトドメを刺したのはオレだ」
カネダのみが意外そうな顔をしている。
「え、ニコが?!あんなにゼラを慕ってたのに?」
「…ライチ畑の件で冤罪をかけられたからじゃないの?」
あの時ニコを縄で縛ったヤコブが予想を立てる。あ、そうか。という顔をしつつもゼラに心酔しきった彼しか知らないカネダは納得がいかなそうだ。
「どうだろうな。あの時ニコは喉が焼き切れちまって、まともに会話は出来なかった。ゼラの悪口を言う俺に何か言いたげだった。まだあの時はゼラを信じてたんだろ?」
火傷の苦しさとはまた違う、心の苦しさが滲み出た声だった。その時の心境は語らず、ニコは話を続ける。
「それで、ジャイボが全てを仕組んだ理由は」
「僕が話す」
あなたの玩具は突然声を張り上げてニコの話を遮る。後ろから聞こえた忌々しいあの声にあなたは思わず刺激されてしまう。
「ジャイボ…!ずっと後ろにいたのか!!」
ジャイボの姿を確認しようと振り返るも玉座が遮ってあなたの目には彼のカケラも映らない。あなた以外ジャイボがここにいることは知っていたが、全ての黒幕の開口に緊張感が走り抜ける。
「ゼラの心を奪うモノなんて全て無くなっちゃえって思ったからだよ」
あなたの脳裏に少女一号を傷つける黒薔薇の姿がよぎる。いや、もうあなたにとっては悪魔そのものかもしれない。
「僕はゼラを愛してたのに。でもゼラは僕を美少女の代わりにしてただけで僕を愛してはいなかった。僕が女の子みたいじゃなくなったら捨てられる。だから僕が全部壊した。ゼラを僕から奪う全部を」
哀しさと悔しさが入り混じったような表情で語るジャイボ。負の感情は美人をここまで引き立てるのか。あなたは歯を食い縛った顔で返答する。
「僕を本当に愛していたならもっと僕の役に立つべきだっただろう、この玩具が」
「ゼラがゼラなら僕のこと、愛さないでしょ。ゼラに捨てられたくなかった。だから僕から全部捨てたのさ」
「お前さえ、お前さえいなければ………」
「ジャイボを光クラブに加入させたのは誰だ?」
あなたの無責任な発言を看過できなかったタミヤはゼラに向けて言葉を放つ。正論にあなたは黙ってしまう。
「一度も愛してるって言ってくれなかったよね。10ヶ条のせいにしてたけど、本当に愛してなんかいなかったよね」
「何を言ってる、お前は……男だろう!」
「友達としてすら愛してなかったよね。いつもいつも僕に自分の身体だけ弄らせてさ。僕はただのゼラの性欲の捌け口だ。でも僕、ゼラがどんな気持ちでもゼラのことが好きだったんだ」
「ゼラが許してくれるなら、僕はゼラの側にいたい」
ジャイボはあなたの抵抗が届かない位置からあなたの手を撫でる。
「僕に触れるな!化け物が!!」
「ああ、ゼラ。ゼラの初めてのキスは僕だったね、どうだった?思い出して。ライチの味がしたね。緊張した?期待してたほどじゃなかった?」
「黙れ黙れ黙れ!玩具が感情持つんじゃないよ!」
取り乱したあなたは喉が擦り切れるほどの大声でジャイボに怒鳴りつける。それを涙ぐんで聞きながらも、ジャイボは玉座の真横に跪く。あなたの指を手で押さえつけてから優しく手の甲にキスをした。綺麗なリップ音が基地に響く。
「きゃは 何?みんな変な顔して。引いた?」
先程とは打って変わってジャイボはニヤニヤした顔でメンバーを見下ろす。
「じょ、状況が理解できないんだけど…さっきも聞いたけど、君たちは一体どんな関係だったの?」
2人の話を聞いてもなお、訳がわからないとデンタクが口を挟む。
「さぁ?主人と性奴隷とか、娼婦とかそんなんじゃないの。僕はゼラが好きだったから一緒にいたくて頑張ってたけど。後はゼラに聞いてよ」
「ねぇ、ゼラ。教えて。ジャイボはあんなに泣いていたのよ。2人の間に何があったのよ、ただの恋人どうしの仲違いなの?」
雷蔵もデンタクに続き詳細を求めた。
「ローマ皇帝、エラガバルスだ」
「え?」
「エラガバルスは男色家だった。つまり、男でありながら男と淫らな行為を楽しんだってことだ。僕はエラガバルスに近づきたかった。そんな時僕の前にジャイボが現れた」
依然として他のメンバーは訝しげな顔をしていたが、雷蔵だけは何かピンときたのか、悲しげな顔をしている。
「あいつは綺麗で可愛くて、まるで少女のようだった。僕は普通に女が好きだ。だから都合が良かった。少女のような少年と男色関係になれば、僕も気分がマシだし、エラガバルスに一歩近づけるからな」
それも終わりが見えて来た。そう。第二次成長期というあなたが狂うほど憎んだ身体の変化。
「今の僕を見てよ。声変わりが始まってきて。肩幅も関節もどんどん男っぽくなってきた。僕は少女みたいじゃなくなる。そうなったらゼラに捨てられるんだ」
「待て、お前らが恋人でもなんでもないなら、俺が見たアレは…アレはなんだったんだ!?」
ニコはゼラとジャイボに問いかける。あなたは次の言葉を察して顔を顰めた。
「ああ、ほらゼラ、なんなのか説明してあげないと」
「アレはなんなんだ!ジャイボがゼラのペニスを口に含んで…アレは何のために…」
その発言に場が響めき皆口々に驚きの言葉をこぼす。うるさいなぁ、と言いたげにジャイボが近くの廃材を力一杯に蹴り上げる。ガンッと暴力的な音が鳴り響き、瞳に恐怖の色を浮かべる者もいた。
「ゼラが言った通りだよ。僕に奉仕させることで自分は男色を嗜んだ、そう言うことにしてただけって話。僕はただの性処理の玩具で、エラガバルスに近づくための便利屋ってだけ」
きゃは。テンションの低いジャイボの口癖。
「…僕にとってのジャイボはただの玩具に過ぎない。そう言う解釈でいい」
「…それはちょっと、酷いんじゃないかな…」
親指を強く噛んだままカネダが呟く。
「ぼ、僕はジャイボのことは嫌いだ。庇ってるつもりはないよ。で、でも…」
「カネダ、ゼラはああいう男なんだ。世界を手に入れたら、自分の親を含めて大人は全部処刑するって言ってたんだぜ。でも何でだろうな。俺らなんてゼラにとってはただの駒だって気づいていながら結局、ダフのことがあるまでクラブにいたんだろうな」
あなたの態度は酷かった。ジャイボもまた、個人的な嫉妬で光クラブを血に染めた。でも、そう言った裏の話を聞かされるとジャイボを強く責め立てることも決して気分の良いものでは無い。誰が悪で何が正義か。幼さゆえに分からぬのか、人間には答えは出せぬものなのか。一概に誰が悪い、誰が被害者だと決めつけられないことは皆感じていたことだった。
「…だったら、俺の財布を抜いたのはお前だったんだな」
「財布?」
ニコが確信した瞳でジャイボを見る。
「きゃははっ!そうだよ!どうだった?僕とゼラの情事はさ。ニコには刺激が強すぎたかな?」
「俺もお前も、1番(アインツ)にはなれなかったな」
ジャイボの顔から笑顔が消えた。
「……だから何?」
「別に」
消え入りそうな声で何でもない。と小さく付け加えられた。
ここまでの話で憔悴しきってしまい、誰も何も言えなくなって、しばらくの沈黙。それを破ったのは雷蔵だった。
「ねぇ、一つだけ!なんでライチは私とヤコブを殺したの?」
雷蔵が疑問を述べたとき、デンタクはヤコブと雷蔵から急に距離をとった。
「それは…僕のせい、だよ」
「え?」
思いもよらない答えに2人は理解が追いつかない。
「僕はライチに人間の心を与えることに成功したんだ。それでライチが少女一号を殺した時、狂ってしまった」
「愛する人を殺してしまったショックで暴れまわったということ?」
「うん、そう思う。だから雷蔵とヤコブは僕が殺したようなものなんだ」
「でも私、ライチに人間の心を与えたこと自体に罪はないと思うわ…確かにそれがなかったら私達は死なずに済んだとは思うのだけど…」
「僕もデンタクのせいとは思えないけど、ね」
ヤコブも雷蔵も複雑な表情を浮かべるが、デンタクのことを恨むような態度は見ては取れない。
「じゃあ、なんだ、僕のせいだとでも言いたいのか?!」
疑心暗鬼に陥ったあなたはまだ落ち着きを取り戻せていない。また静寂が冥界の秘密基地を包み込む。全ては帝王であるあなたのせいかもしれない。しかし自分達もあなたの元で動いてしまった。あなたが怖かったなど今更ただの言い訳にしか過ぎない。それを加味すると、あなただけのせいでは無い気もする。そんな空気を孕んだ静寂だった。
「僕が死んだのも、ライチに殺されたからだよ。僕は自分の意思でゼラについて行ったし、途中からゼラが怖かったけど、それよりもライチのプログラムが気になったんだ。ゼラのコンピューターがなければ僕のプログラムを試す機会すらなかったから」
デンタクの言葉は、自分の非を認めたものか、あなたへの弁護か。
「誰のせいとか、もういいわよ。終わりにしましょ」
「話し合いを?」
「話し合いもだけど、ここで私たちも終わり。周りに深い溝があるでしょ?あれはきっと出口よ」
「え!?飛び降りろってこと!?」
「それ以外に行くところなんてないでしょ?ずっとここにいるわけにはいかないし」
雷蔵はデンタクとヤコブに手を差し伸べる。
「怖いなら一緒に降りちゃいましょうよ」
「僕ら地獄行きかなぁ…」
「かもね。人、殺しちゃったから」
「もう!2人にはこの雷蔵様がついてるのよ?」
3人は顔を見合わせながら笑った。かつてのあの時のように。
「私たち、先に行ってるわね!来世で会いましょう!」
雷蔵は光クラブのメンバーに手を振ってから、ヤコブとデンタクの手を握る。
「じゃ、せーーのっ!」
底の見えない外周の深い溝に3人は一緒に飛び込んでいった。耳を澄ませても、着地音は聞こえない。
「俺も行くか」
タミヤがスッと立ち上がる。大きく伸びをしたあと、外周の溝の近くへ。
「カネダ!よかったら一緒にいかねぇか?」
「うん!タミヤ君!」
カネダはタミヤのところへと駆け寄っていく。
「ニコ、お前も来るか?」
「俺は…」
生前、あなたへの忠誠に狂ったニコはタミヤの申し出を受け入れにくそうに俯く。あなたに従ってタミヤに酷い態度をとってきたことは、事実。
「ひかりクラブのリーダーは俺だ。俺がいいって言ったらいいんだよ」
そんなニコの気持ちを察してか、タミヤは出会った時のような爽やかな笑顔を向ける。ニコをほっとけなかったのも自分だ、とばかりに。ニコはゆっくりと、恐る恐るタミヤの方へ歩いていく。
「ダフ、今はどうなってるかな」
「さぁな…案外、目が覚めてたりして」
「そうだったらいいね」
ダフがいないのは2人にとって気がかりではあったが、ここにいないということは死んではいないということでもある。
「ジャイボ」
タミヤはジャイボに向けて声をかける。
「ゼラのこと、よろしくな。手錠解いてやってくれ」
あなたのことを任されたジャイボはタミヤに向かってそっぽを向いた。
「ほらニコ、カネダ」
タミヤが2人に手を差し出す。その手が握り返された瞬間だった。
「お前ら!愛してるぜ!」
タミヤは両腕を広げ、自然に任せ前方に体重を傾ける。真っ直ぐ倒れ込む形で、3人はそこから消える。
ガチャン、と2回の金属音が響く。あなたの手錠が外された。ジャイボはあなたから距離を取りつつもあなたを見つめる。
「なんだ。まだ何かあるのか」
「ないよ。ただ、ちゃんとゼラがいなくなったのを確認してから僕も行くつもりだから。ひとりぼっちにはさせない」
嫌悪感であなたの顔は歪むが、ひとりぼっちにさせない、この言葉があなたの心に強く響く。ジャイボはそう言い残し、最初に降り立った通路の方へ何故か歩いていく。顔も見たくないはずなのに。あなたはつい、後を追ってしまう。
「きゃは。こっちの川に飛び降りても帰れるのかな」
それはあなたとジャイボが死後最初に邂逅した場所。水の代わりに血が流れているような川の前の空間。
あなたはどちらも怖かった。飛び降りるのも、川に溺れるのも。もう死んだのに、死ぬのが怖かった。まだ自分の野望は叶えられると足掻いていた。目の前には自分の野望を破壊した憎たらしい男の姿。しかしもう、あなたにはこの男しかいない。あんなに酷い仕打ちをしたのにまだ自分を愛しているなど言う不気味な男。最期の最期になってこの男に縋りたい気持ちのある自分があなたは嫌になった。
「これは……お前に対する復讐だ」
「うん」
血の川の辺りに立つジャイボはあなたに向かって直立した。
「僕がお前を、この川に突き飛ばして殺すんだからな」
「うん」
物騒な言葉をかけられているが、嬉しそうなジャイボの表情。
「殺して、ゼラ」
あなたはジャイボと鼻と鼻がくっつきそうな距離まで接近する。
「エアモルド。エアモルド デム マン。…きゃは」
あなたがジャイボを突き飛ばした瞬間、ジャイボはあなたに強く抱きつく。地獄でも離さないといわんばかりに。直後、どぷっ、という粘度のある水音が立った。
2人の姿は真っ赤な血の底へと消えていった。