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    しらたき

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    しらたき

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    独帝が海に行く話
    ARBのシブヤの公園で飲み交わした後のif的なそうでもない的なふんわりした感じで書いたやつ
    どっちかというと独+帝

    海の誘引「今日はクソテカリ課長が……君はいつまでも成長しないだの……そんなに残業代が……だの詰めてきて……そんなのお前の配分が悪いからだろって……」
    「そりゃ大変だったな」
    「この前寝てたら……腹が痛くなって……救急車でも……俺なんかが死んでも…………悶え苦しんでたらいつの間にか治ってたんだ」
    「病院には行ったのか?」
    「時間も金もないし、結局治ったから行ってない」
    「ふぅん? ま、無事で良かったな」
    「毎日本当に辛くて……なんのために……だろうなって……今日も……会社のパソコン……上司のパワハラ……だからさ、…………境遇の……に、ちょっと憧れ抱いてたんだ……」
    「生きてりゃいいことあんだろ」
    「君も、命は大事にした方がいいよ。人生一回しかないんだから。俺も、もっと早く気付いてればなぁ」
    「一回しかねぇから好きなことすんだろが。お前だってまだこれからあんだろ」
    「そう、だな」
    「……」
    「…………」
    「……ああ、着いたみたい」



     酔っ払いのノリというのは時々おもしれぇもんだ。
     シンジュクのリーマンとシブヤの公園で偶然出会ってからなんやかんやあって一緒に酒盛りして……良い感じに酔いが回ったリーマンの一言によって、俺たちはヨコハマの海まで来ていた。
     海水浴のシーズンも終わった深夜の海岸は、思った以上に真っ暗で人っ子一人歩いちゃいない、寂しい場所だった。不規則に揺れ動く波模様を、ちょちょぎれた暗雲からうっすら光を差し込んできてる月明かりだけがぼんやりと照らしているせいで、かえって不気味に見える。波の音とどこからともなく聞こえてくる虫の鳴き声が、さらに虚しさを増強させてくる。
     奢ってもらえるからと着いてきたのはいいが、なんでこんな時間に海なんか見に来たんだ? さっき聞いてみても、今見たくなったからなんてアホみたいな答えしか返ってこなかったし。ここで酒盛りするつもりもなさそうだし。こんな誰もいねぇしなんもねぇ深夜の海に、しかも俺なんかと一緒の時に。チームの奴らとならいつでも行けそうなのにな。
     さっきからダンマリ決め込んで、波打ち際ギリギリに突っ立って海をぼーっと眺めるリーマンに目を移す。公園で飲み交わした時はハイテンションでラップかましたり、電車乗ってる時はつまんねぇ辛気臭い話をつらつらつらつら聞かせてきてたのに、今はこっちが話しかけてもうんともすんとも言やしねぇ。電池でも切れた人形みたいで気味が悪ぃ。
    「足元すくわれねぇように気をつけろよー」
     変わらず返事はない。マジでなんなんだ。いっそ無視して帰ってやろうか。でもとことん付き合ってやるって言ったしなぁ。なんとなく放っておけねぇし。そう、男に二言はねぇ! 満足するまで待ってやるから後でやき鳥とビールぐらい奢れよ。
     海岸から離れた砂浜に続く階段に腰掛け、さっき買った缶チューハイをビニール袋から取り出して蓋を開ける。カシュッと小気味いい音が一瞬だけ静かな空間に響く。袋からまだあったかいホットスナックを取り出して口に放り込んで酒で流し込む。こんな場所でも揚げ物と酒の組み合わせはサイコーだなぁ! アルコールでも入りゃ気も紛れるってもんだわ。リーマンもどうせ海眺めるだけなら酒でも呷りながら見りゃいいのにな。
     再びリーマンが突っ立ってた場所辺りに視線をやる。相変わらず同じ場所に突っ立って……ん? なんか様子おかしくね? 明らかにさっきより前進してるように見える。よく見りゃ既に膝あたりまで水に浸かってねぇか……?
     気づけば手に持ったもんも放り出して走り出していた。砂に足を取られて走りづれぇ! ああクソッ、何やってんだアイツ! 少しでもデカい波が来ようもんなら、一瞬にして攫われちまうぞ!
    「おいッ! 戻ってこいリーマン!!」
     とにかく腹の底から叫ぶ。デカい声には自信あんのに、なぜか暗闇にかき消されていくような感じがする。海が全部持っていっちまいそうな、訳わかんねぇ不安感が押し寄せる。つんのめりそうになりながら、どうにか距離を縮めることだけを考えて走る。デケェもん賭けた時くらい、バクバクと心臓が鳴ってやがる。
     リーマンは何度呼びかけても止まる気配なんてなく、やっと波打ち際まで辿り着いた頃には腰あたりまで沈んじまっていた。波の勢いがさっきより増してやがる。ああもうなりふり構っちゃいられねぇ!!
     最低限コートと靴だけ脱ぎ捨てて、黒い海に飛び込む。この時期の水温とは思えねぇくらい冷たく、一気に体温を奪われる。真冬の漁船から逃げてきた時に比べりゃこんなん……!
     リーマンの身体が波に倒されそうになる瞬間、どうにか腕を掴むことができた。こんな状況においても、リーマンの目はぼんやりと沖の方だけ見据えていた。
    「返事くらいしろよ! クソっ、しっかりしろ!」
     腕をぐいぐい引っ張りながら声をかけるが、ちらりとも俺の方を見やしない。顔色がいつにも増して青白い。まるで魂を抜き取られてるみてぇだ。まさかマジで……こんなとこで幽霊はいるなんて証明されたくねぇぞ!
     とにかく砂浜まで戻るために全身を動かす。波に押し戻されて上手い具合に進まねぇ。ちょっとでも油断すれば全身持ってかれそうな、逃さないとでも言われてるかのような、そんな気になる。こんな賭場でもラップバトル会場でもねぇとこで負けてたまるか!
    「っ……! こんなとこで死ぬんじゃねぇぞ! 独歩!!」
    「あっ……」
     不意に、リーマンと目が合った。一瞬驚いたような顔をしていたが、俺の顔を見ると少しだけ微笑んだ気がした。
     こんな状況で笑ってんじゃねぇ。正気に戻ったかのようなリーマンに軽口を叩いてやろうとした瞬間、リーマンの体が不自然にぐらりとふらついた。あっと言う間もなく、海に全身が沈む。波が覆い被さる。沖の方に引き連れられていく。
     必死に踏みとどまろうとしたが、軽く酔ってたのもあって全く歯が立たず、同じように波にのまれてしまった。一瞬にして視覚も聴覚も激しい波に奪われていく。マズった。ヘタすりゃ死ぬな。
     もしここでリーマンを見捨てればギリギリ俺だけは泳いで行けるだろう。けどこの手を離しちまったら二度と消えない後悔を背負うことになる。そんなんじゃ夢見が悪くなるどころか俺の愛する人生送ることができなくなるだろうが! せっかく見直してきた所だったのに、こんなとこでくたばんじゃねぇぞ!
     こうなりゃ下手に足掻いてさらに溺れるより、運良く打ち上げられる方に賭けるしかねぇ。こんなとこで仲良くお陀仏なんて冗談じゃねぇからな。頼むぜ、カミサマ……!



     夢を見ていた。会社を抜け出して、酷く澄み渡った海に行く夢。スーツのまま真っ青な海の上をゆらゆらと浮いて、ゆっくり水と一体化していく夢。嫌なことも嬉しかったことも全部溶け出して、虚無へ帰っていく感覚。不思議と息苦しさなんてなくて、ただ消えていけることがこんなに幸せだったなんて、と思ったところで夢は途絶えてしまった。
     遠くから波の音が聞こえる。ここはどこだっけ。なんか体が濡れて気持ち悪い。脳がふわふわと浮いている感覚に包まれている。潮の匂いと、微かにタバコっぽいような匂いがする。
     とにかく起きないと。起きないと……。
     目を開けると、そこは誰もいない会社のオフィスだった。俺は自分の机に突っ伏している。パソコンの明かりだけが、俺の顔を照らしている。そうだ、今日も上司に仕事を押し付けられて残業してたんだった。いつの間にかうたた寝してたんだな。さっきの夢、会社で見た夢にしてはよかったな。海か……今年こそは行ってみたいな。どうせ無理だろうが……。さて、残った資料を仕上げないと。
     ……あれ? おかしいな、腕が動かない。今日中に仕上げないと、またクソ上司にどやされちゃうのに。なんだか体も冷たい気がするし、ちょっと気分転換にストレッチでもした方がいいかな。……足も動かない。なんだ? なんでどこも動かないんだ? 寝てる場合じゃないのに。頭ではこんなに焦っているのに、なんだか心臓の音も聞こえない気がする。まだ夏なのに寒い。視界もなんだかぼんやりしてきた。そういえばさっきから呼吸もしてない。
     あっそうか、俺、死んだんだった。


     
     目を開けた途端、浮遊感が完全に抜けきって、この身が現実に存在していることに気付かされる。体にずしりと感じる疲労感。生きてる。良かった、夢で……。
     遠くから波の音が聞こえる。ここは海か? なんか体が濡れて気持ち悪い。潮の匂いと、微かにタバコっぽいような匂いがする。
     そうだ、確か呑んでたら唐突に海に行きたくなって……揺らめく波に癒されてたら、頭の中で誰かに呼びかけられたような気がしたんだ。楽になれるとか、夢が叶うとか、一緒に行こうとか。だから俺は……俺は……? そこからの記憶が曖昧だ。ただ濡れたまま砂浜で倒れていたということは、溺れかけたということなんだろうか。なんでそんなこと……。
     そういえば一緒に着いてきたはずのアイツは?!
     飛び起きて周辺を見渡すが、真っ暗で先の方までよく見えない。寝ていたところに何か敷かれていることだけはわかった。見たことのある緑の服。手に持って確認すると、見たことのあるマークが目に映る。間違いなく彼の一張羅だ。まさか……。
     最悪の可能性を考え続けてきた脳は、一瞬にしてこの状況においての最悪の可能性を弾き出した。確かに彼のことは好ましいとは思ってこなかったけど、でも良いやつなんだ……。一緒に飲んで、話してみて、良いやつだってわかったんだ。それが俺なんかのために、なんて、考えたくもない。
    「有栖川くん……っ」
     周囲に呼びかけるような大声を出したつもりだったが、実際は絞り出したかのような細い声しか出なかった。当然闇の中にかき消されていく。波の音に攫われていく。行き場のない不安感だけがどうしようもなく増していく。どうしよう……どうすれば良いんだ……?
     頭を抱えてしゃがみ込む。俺が悪いんだ。俺が海に行きたいなんて言ったせいで。俺が一緒に飲みたいなんて言ったせいで。そもそも俺があの公園に行かなければ。俺が俺が俺が俺が…………。
     ……落ち着け、死んだと決まった訳じゃないんだ。悲観的になるのはまだ早い、はず。俺が打ち上げられてたくらいだからアイツもどこかで倒れてるはず。今はとにかくこの海岸を探し回ることが最優先事項だ……!
     覚悟を決めてスッと立ち上がる。
    「呼んだか?」
    「うっひゃあああああっ!! でっ出た!!」
     いつの間にか目の前には、全身から水を滴らせた男が立っていた。ニヤリと笑うその人物はあまりにもアイツそっくりで……!
    「ユーレイでも出たみたいな反応すんなよ」
    「えっ、あっ、でもっ、君は俺を庇って……ばっ化けてきたのか? やっぱりお前も道連れだって……!」
    「まだ混乱してやがんな。俺はユーレイなんかにゃなってねーよ。ほら、足もあんだろ?」
     彼の姿をじっくりと見る。確かに足はあるし透けてもいない。念の為体も触って確かめる。ちゃんと実体がある。本物の人間だ。生きてた……!
    「よ、良かったぁ……」
     気が抜けてへなへなと座り込んでしまう。とにかく、俺のせいで曲がりなりにも知人が死ぬなんて夢見の悪くなる結果にならなくて良かった。そう思うのと同時に、単純に生きててくれて嬉しいと思っている自分がいることに少し驚いた。
    「目ぇ覚めたんなら手に持ったままのそれ、返せよな」
    「あ……ご、ごめんっ。砂だらけだし、すごいシワになっちゃった……。俺のせいで、迷惑かけてしまって、すみませんでした……」
     身に染み付いてしまったお辞儀を繰り返しながら、ずっと持ったままだったコートを手渡す。
     彼はそれを受け取りながら、少し不機嫌そうな、それでいて呆れていそうな表情でわざとらしくため息をついた。
    「そうじゃなくて、なんか言うことあんだろ」
    「え、えっと……」
     本気で一瞬考えてしまったが、考えるまでもなく、おそらく溺れたところを助けてもらったのだから、伝えなければいけないことは一つだけだった。感謝を謝罪に変えてしまうのは、俺の悪い癖だ。
    「あっありがとう、ございました……」
    「どういたしまして! ったく、急に海に入ってくからマジ焦ったぜ」
    「それは本当に、自分でもよくわからなくて……」
    「別にアンタが何しようが俺にはカンケーねぇけどさぁ、人前で死のうとするのはやめたほうがいいぜ」
    「そっそういうつもりは全くもってなかったというか、ただ海を眺めてたら意識がぼーっとしてきて……それで……」
    「……お前、やっぱつかれてたんじゃね?」
    「まあ、いつもつかれてる気はするけど……でも今は不思議とスッキリしてるかも」
    「潮が効いたのかもしれねぇな」
    「潮が……? は、はは、そうかもな。おかげで酔いもいい感じに覚めたよ」
     てっきり俺なんかに迷惑かけられて怒ってるのかと思ったが、彼の顔はなんだか嬉しそうに見えた。口調もさっき公園で話した時よりさらに明るい。何事もなかったかのように話してくれる彼の様子に、少し安心感を覚えた。この借り、流石にこのままにはしておけないな。
    「お詫びとお礼に、と言ってはなんだけど、また今度良い所で奢るよ。好きなものでも言ってくれれば……」
    「いやダメだ、今から奢れ。お前助けたせいでもう腹ペコなんだよ」
    「えっ、でも今の時間だとコンビニくらいしか……探せば居酒屋も空いてるかもしれないけど、こんなびしょ濡れだし……」
    「だからついでにランドリー代も出せ。服が乾いたら開いてる店探しに行こうぜ。俺が満足したら今日のことはチャラにしてやる」
     無茶苦茶な要求だ。明日が普通の平日だと知って言っているのかこの年中夏休みのジャリは。
     でもこれは、彼なりの優しさだということもわかる。コイツなんかに借りを作りたくない、という俺の思いを汲んでくれいているのだろう。相手も普段からそう思っているように。
    「わかったよ……それで本当にいいんだな?」
    「いいっつってんだろ。そんじゃ、俺の気が変わらないうちに早く行こーぜ」
     彼は薄汚れたコートを軽く叩いて腰に巻くと、ずんずんと海を背に歩き始めた。俺も遅れないように慌てて後を追う。ざりざりと二つ分の足音が静かな海岸に跡をつけていく。
     ふと服の裾を引かれたような気がして振り返ると、晴れてきた雲間から薄らと差し込む月光に照らされてゆらゆらと揺らめいている波模様が、名残惜しそうな表情で見送ってくれているように感じた。遠くから聞こえる波の音が、少し寂しげに泣いているように聴こえた。
     もしかして、あの声は俺を救おうとしてくれてたのかな。それとも一人でいるのが寂しかったとか。どちらにせよ悪いが、俺にはその資格はまだないみたいだ。ちょっと羨ましいと思うことはあるが、こっちでも生きてやらなきゃいけないことがたくさんあるからな。
    「何してんだよ。もう海はいいだろ?」
    「ああごめん、なんでもないよ」
    「ちなみに今はやき鳥とビールの口だから、そこんとこよろしくな」
    「はは……あるといいな」
     再び歩を進める。体は海水でベタベタだし酔いも完全に覚めてしまったが、何故か気分は悪くない。むしろ来た時よりも足取りが軽い。このまま若人の無茶振りに体力が保ってくれればいいんだがな……。
     今夜は長くなりそうだ。鈍く光る月を少しだけ仰いで、深呼吸をするように深くため息をついた。
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