魔女とかぼちゃのカゴ　トリック・オア・トリート！　今年も子どもたちがお菓子をねだりにやって来ます。私にもそんな頃がありました。憧れの彼女に扮した結果、魔法にかけられた夜が――。
　子どもの頃のある年のハロウィン、私はどうしても着たい仮装がありました。世間の話題をさらった美貌の女怪盗、ネージュです。
　ピンク色の髪に、黒のシルクハットに、薔薇の眼帯、黒いドレスに、踵の高い靴、そしてステッキ。それが、ネージュの服装と言われていました。怪盗ですから、潜入先に合わせて姿形は様々だったのでしょうけれど。
　たくさんいた怪盗の中でも、私はネージュが大好きでした。「昔、盗まれた大切なものをネージュが取り返してくれた」「ネージュは市民の味方、正義の怪盗だ」という評判が高かったためです。
　盗まれたものを取り返すだなんて、まるでヒーローだ。きっと、どんなにか優しくて勇敢な人なのだろう。ネージュに憧れるあまり、私は「大きくなったら怪盗になる」と宣言して、親を困らせたほどでした。
　ハロウィンが近付いて来ると、当然私は、ネージュの仮装がしたくなりました。黒いドレスとシルクハットを買ってもらい、踵の高い靴を姉に借り、祖母の杖に黒い紙を巻き、父の帽子に飾りをつけて。ピンク色の髪はウィッグで再現し、薔薇の眼帯は布と紙で手作りしました。
　それらを全部身につけた私は、今から考えれば滑稽だったことでしょう。ですが、私は真剣でしたし、衣装ができあがって喜んでもいたのです。
　ハロウィン当日、私はうきうきと衣装を身につけて街へ出ました。「あまり遅くなるんじゃないのよ」という母の声がしました。
「あ、ネージュ」
「ネージュの格好だ」
　暗くなったせいか、私の仮装はそれなりにネージュと似て見えたようでした。そのことが、私はとても嬉しく感じられました。
　ですが、私はあまりお菓子をもらうことができませんでした。怪盗を嫌う人たちというのも、世の中にはいたのです。そして、子どもたちにお菓子を配るような余裕のある家は大抵、怪盗と敵対する裕福な資産家でした。
「トリック・オア・トリート！」
　私は何度も街の人に声を掛けました。しかし、「何だ、怪盗のなりなんかして」「怪盗の真似事だ」と、ぷいと顔を背ける大人たちが多くいたのです。
　私は、だんだんと元気を無くし、花壇の前に座り込みました。こんな格好をしなければよかったのかもしれない、とまで思い始めました。
　そのとき、私の前に立つ人影がありました。
「トリック・オア・トリート！　素敵な仮装ね！　よく見せてちょうだい」
　その人は、魔女の仮装をした女性でした。仮装をしていても分かるほど綺麗な人でした。
「ネージュでしょう？　その仮装！　ほら立って、よく見せてちょうだい」
　私は言われるまま立ち上がり、そしてくるりと一回転させられました。
「すごいわ、身近にあるもので工夫して作ってあるのね」
「……本当は、自分で作りたかったの。でも、ミシンはまだ危ないって、ママが」
　私はもじもじしながら、答えました。
「それでも、ネージュそっくりじゃない。あ、そうだわ」
　魔女は、かぼちゃの形のカゴを差し出しました。
「素敵な仮装を見せてもらったお礼。ご家族と食べてちょうだい」
　一人ではとても食べ切れない量のお菓子が、カゴの中には入っていました。
　驚いた私が返そうとすると、魔女はもう「バイ！」と手を振って歩いて行ってしまいました。
　それから街を歩くと不思議と私は自信がつき、堂々と歩けるようになりました。その上、みんながお菓子をくれました。魔女の魔法だったのでしょうか。
　あの夜の証拠は、このかぼちゃのカゴにしか残されていません。今でも、自信を失ったときには、このカゴをじっと見つめます。魔法がまた使えやしないか、と――。