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    【Web再録】ルナ/ネージュ+夢女児本「白雪と月に出会った日」より
    5.踊る満月の花嫁

    #ファンノク
    funnock
    ##ファンノク

    踊る満月の花嫁結婚式が近付いて来ると、小さかったあの頃を思い出します。私の手を取って笑う、美しかったあの人を――。
     パリにある私の家の近所には、ミネットという名の可愛らしいカフェがありました。私は、小さな頃から親に連れられてその店に通ったのです。
    「いらっしゃい。来てくれて嬉しいわ」
     カフェのマスターを務めるルナ・バーネットという女性は、私を見るといつも笑ってそう言いました。私は彼女のことを、ルナお姉さんと呼んでいました。
     後ろで一つにまとめていても、その髪は豊かなのが分かりましたし、瞳はきらきらと輝いてすこぶる魅力的でした。いつもたくさんのお客さんに囲まれて笑顔を絶やさず、料理の腕はプロそのものでした。
    「私も、大きくなったらカフェのマスターさんになりたい」
     ルナお姉さんになりたい、とは言えなかったので、私はいつもそう言いました。自分がルナお姉さんのようになれるなんて、有り得ないと思っていたのです。それくらい、ルナお姉さんは私にとって、最高の憧れの的でした。
    「それなら今日は、マスターさんになってみる?」
     あるとき、ルナお姉さんが言ったのです。私が頷くと、自分の着けていた腰から膝を覆うエプロンを外し、私の腰に結わえつけてくれました。小さかった私が着けると、エプロンは足首までの長さになりました。
    「まるでギャルソンみたいね」
     ルナお姉さんは、くすりと笑うのでした。
     そうして私はその日、カウンターに立ち、ルナお姉さんの後をついて回って、マスターの仕事を体験させてもらったのです。注文を取ったり、料理をしたり、出来上がった料理を運んだり、お客さんが帰った後のテーブルを片付けたり。一時間ほどして、私が疲れて来たのが分かると、ルナお姉さんは「ここに座ってて」とキッチンに私を連れて来ました。
     ルナお姉さんは冷蔵庫から何かを取り出し、洒落た器に盛り付けました。
    「はい、お手伝いしてくれたお礼」
     それは、果物とクリームで飾られたプリン・ア・ラ・モードでした。私は思わず歓声を上げました。
    「あなたにあげようと思って、朝から作っていたの。さあ、召し上がれ」
     そう言って、ルナお姉さんも自分の分のプリンを口に運びました。
    「うん、美味しくできたわ」
     微笑むルナお姉さんを見るだけで、私はお腹いっぱいになるような気持ちでした。
     そんなルナお姉さんとの日々に、あるとき変化が訪れました。ルナお姉さんが、結婚することになったらしいと母が聞いて来たのです。
    「えっ、じゃあ、カフェは辞めちゃうの?」
    「続けるそうよ。今じゃ、女の人が働き続けるのは当たり前だものね」
     相手の人と一緒に住むんですって、と母は夕食の支度をしながら言いました。
     ルナお姉さんが結婚する。私はどうしてか、心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになりました。
     次の日、カフェを訪ねると、ルナお姉さんは変わらず笑って出迎えてくれました。変わったことは一つだけでした。ルナお姉さんの左手の薬指に、細い銀色の指輪がはまっていたのです。
    「わあ、綺麗」
     小さな宝石と言い、銀色の輝きと言い、ルナお姉さんの魅力をますます引き立てるようでした。ルナお姉さんのために作られたような指輪だと思いました。
    「あなたも、大きくなったらこういう指輪をもらうかもしれないわね。それとも、あげる側かしら?」
     ルナお姉さんは、少し照れたような顔をして、左手をかざして見せてくれました。そのとき、初めて気が付いたのです。それは、結婚指輪でした。正真正銘、ルナお姉さんのために作られた指輪だったのです。
    「結婚が決まったんですってね、ルナさん。おめでとう」
     母が言いました。ありがとうございます、とルナお姉さんは微笑みました。私はなぜか、「おめでとう」と言うことができませんでした。
    「そうだわ、あなたに頼みたいことがあるのよ。子ども花束、って知ってる?」
     ルナお姉さんは、私の目の高さに屈み込みました。
    「……子ども花束?」
    「そう。結婚式で、私に花束を渡す役。あなたにお願いしたいんだけど、いいかしら?」
     まあ、と母は目を丸くしました。
    「いいんですか? うちの子がそんな、大切な……」
    「よく来てくれていますし、お手伝いもしてもらいましたから。……やってくれるかしら?」
     私は、とりあえず頷くのが精一杯でした。
    「ありがとう、嬉しいわ!」
     ルナお姉さんは、私の手を握りしめて笑いました。
     結婚式までの準備の日々はあっと言う間に過ぎ、式当日になりました。母が用意してくれた子ども用のドレスを着て、私は両親と共に結婚式に参列しました。
     波打つ髪を高く結い上げ、真っ白なドレスを着てヴェールをかぶったルナお姉さんは、いつにも増して綺麗でした。
    「綺麗……」
     花嫁の控室に呼ばれた私は、ルナお姉さんに見とれて言いました。
    「ありがとう。一緒に選んだの、このドレス。髪型やお化粧も、これにしようって、全部」
     ルナお姉さんは、少し恥ずかしそうに言いました。
    「ルナお姉さん」
    「なあに?」
     ルナお姉さんは椅子に座ったまま、私の手を取って答えました。
    「ルナお姉さんが結婚した後も……ミネットに来ていい?」
     一瞬、目を丸くした後、ルナお姉さんはくすりと笑いました。
    「当たり前じゃない! お客さんとして来てくれるのも歓迎するし、お手伝いもいつでも待ってるわ」
     私は、そのときは少しだけ安心して笑ったのでした。
     結婚式は厳かに始まり、二人が誓いを立てると参列者が盛大に拍手をしました。相手の人と並んだルナお姉さんは、終始幸せそうで、ますます綺麗に見えました。
     式は進み、いよいよ、私が花束を渡す段になりました。私は花束を受け取り、式場の端からルナお姉さんの立つ雛壇まで歩き始めました。
     ゆっくりと近付くにつれ、ルナお姉さんの笑顔がくっきりと見えて来ました。私が目の前に立つと、ルナお姉さんは屈み込みました。
    「ありがとう。あなたにお願いして、よかったわ」
     私がルナお姉さんに花束を渡すと、式場からは拍手が湧き起こりました。ですが、私はどうしてか、涙がこみ上げて来たのです。立ったままうつむき、私は涙を手で拭い始めました。いつまでも動かない私を見て、式場は次第にざわめき始めました。
    「大丈夫?」
     ルナお姉さんが私の顔を覗き込んで、尋ねました。心の底から心配だ、という顔をしているのを見ると、私はますます悲しくなりました。それがどうしてかは、やはり分かりませんでした。
    「……ちょっと、持ってて」
     ルナお姉さんは、近くにいた式場のスタッフに花束を預けると、雛壇の上手に向かって手を挙げました。
    「みんな、踊りましょう!」
     そう言って、ルナお姉さんは私の両手を取りました。ざわめいていた式場の参列者たちも、ルナお姉さんを見て「踊ろう、踊ろう」「踊りましょう」と声を掛け合いました。
     誰かがワルツの音楽をかけ、みんな思い思いにステップを踏み始めました。私もルナお姉さんに手を取られ、くるくると回って踊り始めました。
     髪とヴェールとドレスの裾をなびかせて踊るルナお姉さんは綺麗で、私の涙はいつの間にか止まっていました。私は、ルナお姉さんだけをずっと見つめていました。白に縁取られた笑顔が、眩しく見えました。
     音楽が終わると、式場が大拍手に包まれました。ルナお姉さんは雛壇に立ち、私と片手を繋いだまま、ドレスの裾をつまんでお辞儀をしました。私も、ルナお姉さんを真似てお辞儀をしました。
     悲しい気持ちは、もうどこにもありませんでした。このとき、私は、世界一綺麗なルナお姉さんと一緒に踊れたのだという誇らしさで胸がいっぱいになっていました。
     花束を再び受け取り、ルナお姉さんは笑いました。花に埋もれた笑顔は、一際綺麗に見えたのでした。

     それから私も成長しました。自然と恋をし、結婚が決まりました。
     私にも、花束を渡してくれる女の子がいます。私は、あの頃のルナお姉さんのように素敵な大人になれているでしょうか。
     今に至るまで、ルナお姉さんは私の揺るぎない憧れの的なのです。
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