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    【Web再録】ルナ/ネージュ+夢女児本「白雪と月に出会った日」より
    8.あの日どこかで

    #ファンノク
    funnock
    ##ファンノク

    あの日どこかで「怪盗なんて大嫌い。怪盗は泥棒、悪い奴なのよ」
     それが私の口癖でした。彼女に出会うまでは――。
     私の父は警護官でした。国際警護機構に所属し、資産家から依頼を受けて財宝を守り、時には怪盗逮捕のために尽力する。私は、昼夜問わず働く父を誇りに思っていました。将来の夢はもちろん、警護官でした。
     怪盗は泥棒、悪者、悪党と信じて育ちました。テレビや新聞で怪盗が盗みをはたらいたというニュースが報じられる度「早く捕まればいいのに」といらだち、怪盗逮捕の報が出ると「それ見たことか」と溜飲を下げるのでした。
    「警護官には、どうしたらなれるの」
     私はあるとき、父に尋ねました。カフェで食事をしているときのことでした。
     そうだなあ、と父はコーヒーカップを傾けました。
    「警護官というのは、警察官の中でも特に優秀な者でないとなれないんだ。だからまずは、警察官にならないといけない。なったらなったで、いろんな試験をくぐり抜けて警護官に選抜されなけりゃならない。決して、楽な道じゃないぞ」
    「じゃあお父さんは、その試験に通ったんだ」
    「何度も受験して、何とかな。たまたまかもしれん、と思うよ。父さんより若くて優秀な奴が、ごまんといるのを見るとな」
     父は忙しく、休日はあまり多くありませんでした。疲れていたでしょうに、休日はいつも私をどこかへ連れ出してくれました。その帰りに必ず寄ったのが、ミネットという名の洒落たカフェです。
    「お待たせしました」
     料理を持って現れるのは大抵、このカフェのマスターだという美しい女性でした。ルナ・バーネットという名前だとは知っていましたが、私は彼女の名前を呼んだことはありませんでした。
    「ここは、デリバリーサービスもやってるんだって?」
     父が彼女に尋ねると、ええ、と彼女は頷きました。
    「事前のご予約を頂いてますけど。この近くでしたら、どこでも」
    「それはいい。それじゃあ早速、今度の土曜日に予約してもいいかい。うちはこの近くのアパルトマンで、住所は――」
     私は戸惑って、父の顔を見ました。
    「お父さん、今度の土曜日はお休みじゃなかった? 一緒にこのお店に来るんじゃないの?」
     それがなあ、と父は頭をかきました。
    「急な仕事が入ったんだ。再来週まで、帰れそうにない」
     私は、しょげてうつむきました。
    「代わりにと言っちゃ何だが、デリバリーを頼みたいんだ。この店のメニューで好きなもの、何でも頼んでいいぞ」
     父がメニューを差し出しましたが、すぐに気持ちを切り換えることはできませんでした。
     私は、学校に行ったことがありません。在籍してはいますが、登校したことがないのです。生まれたときから身体が弱く、人生の大半をベッドの上で過ごして来ました。
     そんな私にとって、忙しい父がたまに帰って来て外へ連れ出してくれるのは、本当に嬉しい機会だったのです。それが今週はないだなんて。気分は暗くなりました。
    「メニューにないものでも、お作りしますよ。好きな食べ物は何?」
     優しい声がしました。気がつくと、マスターの女性が、私の前にしゃがみ込んでいました。
    「……ガレット・デ・ロワ」
     私は、わざと嫌いなお菓子の名前を答えました。その上、これは新年のお祝いに食べるお菓子ですから、全くの季節外れです。
    「分かったわ。来週の土曜日、楽しみね」
     女性は笑顔を見せましたが、私はにこりともしませんでした。季節外れのお菓子を作らされて、困ればいい、と思っていました。今にして思えば、ただの八つ当たりです。
     父の車で家へ戻ると、私は早々に床につきました。一日外出した後は、次の一日を寝込んで過ごすのが常でした。父は、「おやすみ」と言ってから、仕事へ戻って行きました。
     父のいない間は、ハウスキーパーが私の身の周りの世話や家事をしていました。
    「来週の土曜日のお昼は、作らなくていいって。ミネットからデリバリーが来るから」
     私は、ベッドの上からハウスキーパーに言いました。
    「ミネットの? いいわね。あそこの料理、気に入っていたものね」
     ハウスキーパーは、私の机を整理してくれていました。あら、と彼女は何かに目を留めました。
    「また百点を取ったのね」
     それは、私が学校に提出した計算問題のプリントでした。教科書を見ながら、友人が届けてくれる授業のプリントを解き、それを先生に採点してもらう。それが、私の学習方法でした。
    「あまり難しくなかったもの」
    「でも、前回も、その前も、百点だったでしょう? そうそういませんよ、こんなに百点が取れる子は」
    「警護官になるためだから」
     ハウスキーパーは一瞬だけ何かを呑み込んだような顔をしてから、笑うのでした。
    「そうね。警護官を目指す人なら、これくらいはお茶の子さいさいよね」
     ハウスキーパーに促され、私は眠りました。
     翌朝、私はテレビをつけながら朝食をとっていました。つけてはいたものの、そう真剣に見ていたわけでもなく、私はぼんやりとバゲットをかじっていました。けれど、テレビから「ネージュ」という単語が聞こえて来ると、顔を上げました。
     また怪盗のニュースか、と私は内心で呆れながら、チャンネルをすぐに変えてしまいました。他のチャンネルでもネージュのニュースを取り上げていたので、私は子ども向けの番組しか見るものがなくなりました。
    「怪盗なんて、みんな同じ悪者よ。早く捕まればいいのに」
     私は、ネージュという女の怪盗がいることはかろうじて知っていましたが、他に怪盗について知っていることはあまり多くありませんでした。怪盗はすなわち悪者、と思い込んでいたのです。
    「うちにも、財宝くらい価値のあるものが置いてあるからね。盗まれないといいんだけど」
     ハウスキーパーが壁を見ながら言いました。そこにあったのは、一枚の写真でした。
     父と、それから母が写っていました。母は、歌手をしていました。怪盗でも盗めない、と言われたほどの美しい声の持ち主でした。けれど、私を産んだときに亡くなったといいます。
     生前の母のファンにとっては、それは紛れもなくお宝写真でしょう。けれど、私にとっては大切な家族の写真です。盗まれでもしたら、父と母の思い出まで傷つくような気がして、私はそれを大切に思っていました。
     一日寝込んだ後は少し元気になり、私は勉強をしたり、訪ねて来る友人と遊んだりして日々を過ごしました。
     そして、迎えた土曜日の朝のことでした。
    「大変よ! 起きて!」
     ハウスキーパーの切迫した声で、私は目を覚ましました。促されるまま居間に来て驚きました。玄関から居間までがめちゃくちゃに荒らされていたのです。
    「泥棒が入ったんだわ」
     ハウスキーパーは、警察に電話をかけ始めました。私は、呆然となりながらも、部屋のとある変化に気が付きました。
    「――ない! お母さんの写真!」
     ハウスキーパーが目をむいてこちらを振り返りました。写真があったはずの場所には、空の額縁だけが残っていました。その景色を最後に、私は意識を失いました。
     目が覚めると、私はベッドの上にいました。枕元に座っているのはハウスキーパーか、と思い、私は「お水ちょうだい」と声をかけました。
    「はい、お水ね」
     歌うような声が聞こえて、私は思わず身を起こしかけました。
    「――大丈夫? あなた、倒れたのよ」
     そこにいたのはハウスキーパーではなく、ミネットのマスターであるルナ・バーネットでした。時計を見ると昼の十二時を回っており、彼女がデリバリーの配達にやって来たのだと分かりました。
    「……大丈夫。まだ少し、くらくらするけど……」
    「はい、お水」
     ルナ・バーネットは、コップに入った水を差し出しました。私はそれを少しずつ飲みました。
    「お昼ごはんはどうしましょうか」
    「お昼ごはん……」
     私は、ぱっと意識を失う前までのことを思い出しました。
    「それどころじゃないわ。写真が、盗まれて……」
    「待って、落ち着いて」
     ルナ・バーネットは、ベッドから降りようとする私を押し止めました。
    「午前中のうちにおまわりさんが来て、捜査は終わってるわ。犯人に繋がる証拠はなかったけど、引き続き捜査するって。怪盗の可能性も視野に入れて検討するそうよ」
     怪盗! 私は怒りが沸々とわいて来ました。
    「やっぱり怪盗は、みんな悪者なのよ。怪盗なんて大嫌い」
     わずかにルナ・バーネットが表情を陰らせたように思いましたが、私にはどうでもよくなっていました。
    「お母さんの写真……ですってね」
    「ええ、そうよ。お父さんが大切にしていたものだったのに。どうして、こんな……」
     涙が溢れて来ました。怒ったり泣いたり、忙しく見えたことでしょう。
    「……ココア、作りましょうか。朝から何も食べてなくて、お腹空いたんじゃない?」
     いらない、と言おうとしましたが、泣きじゃくって言葉になりませんでした。ルナ・バーネットは、キッチンに立ってココアを作り始めました。
     数分後には、テーブルの上にすっかり、ランチの支度ができていました。私は、泣きながらテーブルにつきました。
    「店のメニューで、あなたがよく頼んでくれてるものを作って来たわ」
     私が好んで頼むパスタやサラダ、フルーツなど、様々な料理が並んでいました。私は、やけ食いのようにそれらを口に詰め込み始めました。けれど、途中で思わず手が止まりました。私は、ため息をつきました。
    「……こんなときでも、美味しいものは美味しいのね」
     ルナ・バーネットは、にこりと笑いました。
    「そう。それはきっと、あなたの持つ強さね」
    「強さ……?」
     病弱で、強さなどという言葉とは無縁の生活を送って来たというのに。私は可笑しくなって、吹き出しました。
    「あら、何か可笑しかった?」
     私がくすくすと笑うのを、ルナ・バーネットは不思議そうに眺めるのでした。
    「そうそう。ガレット・デ・ロワも作ったわよ」
     バスケットから、大きな包みが出て来ました。私は、嫌いなお菓子が本当に来てしまった、と内心焦りました。取っておいて、ハウスキーパーに食べさせようと思いました。
    「切り分けておくわね」
     けれど、ルナ・バーネットが切り分けたガレット・デ・ロワはいかにも美味しそうに見え、私は思わず手を伸ばしていました。
    「……美味しい!」
     ルナ・バーネットは手を組み合わせて笑いました。
    「よかった。苦労して作った甲斐があったわ」
    「本当に手作りなの? 買って来たんじゃなくて?」
    「手作りよ。生地から作ったの。こねて叩いて寝かせて、時間かかったんだから。私も、ひと切れ食べようかしら」
     ルナ・バーネットはフォークを手に取ると、見るからに幸せそうに菓子を頬張りました。
    「うん、美味しい」
     怒りや悲しみはどこかへ消え、静かな諦念のような気持ちが胸を満たしていました。
    「……私、警護官になりたかったの」
     ぽつりと呟きました。
    「警護官になって、大切な財宝をもつ人たちを守りたかった。だけど……」
     自嘲するように私は笑いました。「自分の財宝さえ守れないんじゃ、だめよね。それに、こんなに身体が弱くちゃ、実技試験に受からないわよ」
     ルナ・バーネットは、じっと私の話を聞いていました。
    「……大丈夫よ、あなたなら。警護官にはなれなくても、誰かの大切なものを守ることはできるもの」
     私は、顔を上げました。ルナ・バーネットが、穏やかにこちらを見ていました。
    「料理を口にしたお客様の笑う顔、喜んでくれる顔。それが私の、大切なものなの。あなたは、それを見せてくれたわ。だから、大丈夫」
     あなたは、あなたでいていいのよ。
     目頭が熱くなりました。涙が次から次へと溢れ出て、止まらなくなりました。生まれて来てよかった、と思いました。
     ルナ・バーネットは、一時過ぎに私の家を発ちました。またね、と言う笑顔を目に焼き付け、私は再び眠りました。
     それから数日が経った、ある夜のことです。
     私は眠れずに起きていました。昼間に寝込んだせいで、昼夜が逆転していたのです。そのために、私は屋根から聞こえる物音にすぐ気が付きました。トン、と何かを踏むような音でした。
     背筋がひやり、としました。また、泥棒が来たのではないか。
     けれど、立ち上がることはできず、私はベッドに半身を起こしたまま、窓の方を見ました。
     ベランダに人影が見え、私は、あっと叫びました。
    「誰!」
     ベランダに現れたのは、しなやかなシルエットをした女性でした。私の声に一瞬驚きはしたものの、彼女はすぐに、窓をコンコンと叩きました。
    「私、ネージュ。あなたに、渡したいものがあるの」
     くぐもった声が聞こえました。ネージュと名乗った女は、懐から一枚の封筒を取り出しました。封筒の中から出て来たものを見て、私はまた、あっと声を上げました。思わずベッドから降り、窓に飛びつきました。
    「その写真……!」
     父と母が写った写真に間違いありませんでした。ネージュは、仮面の下で微笑んだようでした。
    「よかった。窓を開けてくれる?」
     私は急いで、窓を開けました。ネージュの花のような香りが漂って来ました。
    「どうして? まさか、写真を盗んだのはあなたなの?」
    「違う……と言っても、証明する術がないわね。私は、あなたの大切な写真が盗まれたと聞いて、それを取り返しただけよ。信じるかどうかは、あなたに任せるわ」
     私は、受け取った写真とネージュとを、見比べました。
    「……ねえ、私たち、どこかで……?」
     そう言いかけたところで、大聖堂の鐘が鳴り響きました。
    「おっと、もう時間ね。それじゃあ、おやすみなさい」
     ネージュは、屋根にワイヤーを伸ばし、そのまま姿を消しました。
    「待って」
     私はベランダに出ましたが、ネージュはもうどこにも見えませんでした。
     ――ああいう怪盗もいるんだわ。
     私はその日から、怪盗に対する考え方を少し変えるようになりました。悪い怪盗を逮捕する警護官になる、という物語で自分を縛るのもやめました。
     自分にできること、自分の本当にやりたいことは何なのか。それを探しながら、父母の写真を眺めています。
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