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    【Web再録】ルナ/ネージュ+夢女児本「白雪と月に出会った日」より
    9.薄桃色に飛び去る影

    #ファンノク
    funnock
    ##ファンノク

    薄桃色に飛び去る影 私は非常に裕福な家庭に生まれ育ちました。食べるものにも着るものにも困ったことはなく、いつも上等な品物が私の前に出て来ました。屋敷にはたくさんのハウスキーパーやベビーシッターがいて、忙しい両親の代わりに私の面倒を見てくれました。
     広い屋敷を、私はよく「探検」と称して歩き回りました。その過程で見つけたのが、ピンク色のダイヤモンドです。
     雫のような形をしていて、透き通ってきらきらと輝いていました。私はそれを気に入り、「こんなのあったよ」と両親に見せに行きました。
     しかし、待っていたのは両親の厳しい叱責でした。
     このピンクダイヤは、仕事で使う大事な物であること。素手で触って汚れてしまえば、値打ちが落ちること。
     両親は、それを泣く私に言い聞かせ、「分かったなら寝なさい」と促しました。
     ベビーシッターに連れられて寝室へ行き、ぬいぐるみを枕元に置いて、私はベッドに入りました。けれど、叱られたショックで涙がなかなか止まらず、眠れそうにはありませんでした。
     ベッドの中で寝返りを打ちながら過ごすうちに、階下から何やら知らない人の話し声が聞こえました。
    「……の屋敷から盗んで来た。これで全部だ」
     盗んで来た、というのは穏やかではありません。私は、こっそりと階段を降りました。
    「これだけか?」
    「あの屋敷には三千個しかなかった」
    「仕方ないな……ほら、契約通りの報酬だ」
     こっそり客間を覗くと、両親が知らない男と話しているのが見えました。父が、男に向かって何かの入った袋を放り投げました。
    「ありがとさん。……ん?」
     男と目が合い、私はその場に立ちすくみました。
    「おい、子どもがいるぞ」
    「何?」
     両親に見つかり、私はまた泣きそうになりました。両親は、決まりの悪そうな顔をしていました。男は、さっさと身軽に窓から出て行きました。
    「いつからそこにいたんだ? どこから話を聞いてた?」
     父は、努めて穏やかに私に話しかけました。母は、眉間にしわを寄せていました。
    「……盗んで来た、ってところから」
     両親は揃って、ため息をつきました。私は、父にすがりつきました。
    「ねえ、さっきの男の人は泥棒さんなの? パパとママも悪い人なの?」
     二人で顔を見合わせてから、母が私にゆっくりと話し始めました。
    「あの人はね、『怪盗』というのよ」
    「怪盗、って……『ネージュ』と同じ?」
    「そうよ。ピンクダイヤを手に入れて来るように、ママたちはあの人にお願いしてたの。ピンクダイヤは、お仕事で使う大切なものだから、少しでもたくさん必要なの」
     怪盗ネージュは高等警護官を相手に鮮やかに盗みをはたらいて以来、盗まれたものを取り返す正義の怪盗ともてはやされていました。私は、ネージュが大好きでした。ネージュと同じなら、両親は悪い人ではないのだ。そう頭の中で結論づけて、私は「分かった」と頷きました。
    「でも、怪盗がうちに来ていることは、みんなに言ってはいけないよ。パパとママとお前と、三人だけの秘密にしよう」
     いいね、と父に言われ、私はまた頷きました。今から考えれば、屋敷の使用人は皆知っていたに違いありません。三人だけの秘密などではなかったのです。けれど私は、「秘密」を守るように言われたことが、大人の仲間入りをしたようで嬉しくなっていたのでした。
     それに、怪盗が屋敷にやって来るのなら、いつかネージュも来てくれるかもしれない、と思ったのです。ネージュに会えたらサインをねだるのだ、と私は期待していました。
     それからも度々、怪盗らしき人物たちが屋敷に出入りしていました。私はその度に階下の話し声に耳を済ませ、ネージュでないのが分かると、大人しくベッドに戻るのでした。
     私はそのうち、理解しました。屋敷に出入りする怪盗たちには、テレビや新聞で報じられるような有名な怪盗はいないようでした。ネージュに会える日は来ないのかもしれない、と私は早々に諦めました。
    「ピンクダイヤ十万個、盗まれる。怪盗ネージュ、軽やかに逃走――だって。ネージュ、またやってくれたんだな」
     あるとき、私は母と外食に出ていました。家で使用人の作った料理を食べることが多い私にとって、外食は珍しい機会でした。
    「ネージュの記事ですか?」
     隣のテーブルに掛けていた男性に、料理を運んで来た女性が話しかけました。
    「ああ。ネージュが活躍したって記事を見るとさ。俺みたいな庶民なんかは、胸がスカッとするねえ。がめつい金持ちから、お宝をぶんどってやるのがさ」
     私は、ネージュが褒められているのを聞いて嬉しくなっていました。けれど、心なしか、母は少し青ざめて見えました。
    「ママ? 大丈夫?」
     私の声に気がついた女性は、振り返って私たちのテーブルにやって来ました。
    「奥様、お顔の色がよくないようですが……。店の奥で休まれますか?」
    「大丈夫です。それより、この子にクロックムッシュを一つ、お願いします。ホットチョコレートも」
     母は、きっぱりと言いました。女性は、注文のメモを取ってから、また心配そうに言いました。
    「何かありましたら、いつでもお声掛けくださいね。ああ、お水を一杯、お持ちしましょうか」
     お願いします、と母が答えると、すぐにお水が運ばれて来ました。
    「ママ、本当に大丈夫? お迎え、呼んだら?」
     私は気がかりで、母に尋ねました。
    「大丈夫よ。――ほら、足をぶらぶらさせないの。お行儀よくするのよ」
     私は、母に言われた通りにきちんと座り直しました。
    「さっきのお姉さん、綺麗だったね」
    「そうね」
    「ネージュも、ああいうふうに綺麗なのかな」
    「さあ、ね」
     母が少し顔を強張らせたように思えたので、私はそれ以上は喋らないことにしました。
    「お待たせしました。クロックムッシュと、ホットチョコレートです」
     運ばれて来た料理に私が歓声を上げると、女性は花が咲いたように笑うのでした。
     黒猫のモチーフがそこかしこにあしらわれたその店は、洒落ていて居心地がよく感じました。私は、その店とマスターの女性を気に入りました。
    「ママ、あのお店に連れて行って」
     両親の仕事が休みの日になると、私はそう頼み込むようになりました。
    「そんなに気に入ったの? でも、ママはあんまり好きじゃないわ。ガヤガヤしていて、落ち着かないもの」
     父がソファから言いました。
    「デリバリーを頼んだらどうだね。それなら、料理だけ食べられるだろう」
    「そうね、それがいいわ」
     母は頷きました。そうではないのに、あのお店に行きたいのに、と私は内心で地団駄を踏むような思いでした。けれど、あまりわがままを言ってはいけないと思っていたので、「ありがとう」と答えました。
    「早速、頼みましょうか。何が食べたい?」
     私は、自分の好物をいくつか挙げました。母は、それをメモ帳に書き、電話の受話器を取ろうとしました。
    「あっ、待って、ママ」
     私は、母の腕にすがりつきました。
    「ママ、お願い。女の人に運んで来てもらうように頼んで」
     カフェには女性の他にも、男性のギャルソンが二人ほどいたようでした。彼らも颯爽として見えましたが、私はやはりあの女性に会いたかったのです。母は、きょとんとしていましたが、「いいわよ」と頷いてくれました。恐らく母は、カフェにどんな人がいたかをよく覚えていなかったのだと思います。
    「……ええ、娘があまり、そちらのお店に行きたがるものですから。……はい、よろしくお願いします」
     明日はデリバリーが来る、と聞いて、私は嬉しくなってスキップをしたほどでした。
     その日の夜のことでした。また、怪盗が私の屋敷にやって来ていました。階下からの話し声にひとしきり耳を澄ませた後、私はいつものように寝室へ戻ろうとしました。
    「……それにしても、ネージュには腹が立つ」
     怪盗の声に、ぴたり、と私は足を止めました。父がため息をついて答えました。
    「ピンクダイヤが盗品だなんてのは、とっくに怪盗連盟で調べがついてるんだろうな。警護官の目をだまし通せるのも、今のうちだろう」
    「俺はどこへでも行けるがね。旦那がたは、どうする」
    「私たちも、どこか国外へ逃げるさ。この際、極東だろうと南半球だろうと構わん」
     話の内容の全てが理解できたわけではありませんでした。けれど、「国外へ逃げる」というところだけは、しっかりと頭に残りました。
     国外へ。このフランスの外へ行くことになったら、あのお店には行けなくなってしまう。それに、ネージュが来てくれるかもしれないという望みだって、ほとんど無くなってしまう。私は、ベッドの中で泣きながら眠りました。
     翌日、私は目を腫らせていました。どうしたの、と母に聞かれましたが、私は首を横に振るばかりでした。
     その日、両親は朝から仕事のために出かける予定でした。私は、一人で午前中の時間を過ごし、そしてデリバリーが来るお昼を迎えました。
    「ごめんください」
     ドアベルの音と玄関に呼びかける声が聞こえると、私はバルコニーから庭先を覗きました。
    「お姉さん!」
     下に向かって手を振ると、女性は笑顔で手を振り返してくれました。私は居間に降り、彼女を出迎えました。
    「あなたが店に来たがってるって聞いたから、お店で実際に使うお皿を持って来たのよ」
     ほら、と彼女はカバンの中から、何枚かのお皿とマグカップを取り出しました。どれも、黒猫の絵が描かれていました。
    「それから、ランチョンマット。少しでもお店に来た気分が味わえるかと思って」
     これも、黒猫の模様がついていました。私は、目を輝かせました。
    「お姉さん、ありがとう!」
     彼女は、私が昼食を食べ終えるまでそばについていてくれました。私は使用人たちを遠ざけ、彼女と二人で過ごしました。
    「少し……目が腫れてるわね。どうかしたの?」
     彼女は遠慮がちに、そして気遣わしげに尋ねて来ました。私はドアを開けて廊下を見回し、部屋の外に誰もいないのが分かると、またドアを閉めました。
    「実はね、昨日パパが言ってたの。フランスから出るかもしれないって。そしたら、あのお店に行けなくなるし、それに……」
    「それに?」
    「……ネージュに、会えなくなるかもしれない」
    「あら、会ったことがあるの?」
     ううん、と私は首を横に振りました。
    「でも、ネージュはフランスの怪盗でしょう。だから、フランスにいないと会えないかと思って」
     彼女は、思案するように頬に手を当てました。数秒そうしてから、彼女はにっこりと笑いました。
    「……大丈夫よ。ネージュは、世界を股にかける怪盗よ。どこにいようと、ネージュに来て欲しいって人がいたら、駆けつけてくれるわ」
    「本当?」
    「ええ、きっとそうよ」
     どうしてかは分かりませんでしたが、彼女に言われると本当にそうだという気がして来ました。
     またね、と言って彼女と私は別れました。次に会ったときには、名前を聞こうと思いました。けれど、その機会は訪れませんでした。
     それから一ヶ月と経たないうちに、私たちは中央アジアのとある国へと旅立つことになったのです。学校の友達と別れるのは寂しかったけれど、必ず手紙をやり取りしようと約束しました。
     新しい土地でも、豪奢な屋敷が用意されていました。私たちは、使用人を全て連れ、家財道具も全てそこへ移しました。
     ピンク色のダイヤモンドも、一粒残らず移動しました。両親は相変わらずそれを集め続けており、時折怪盗を名乗る人々が尋ねて来ては、報酬と引き換えにピンクダイヤを置いて行くのでした。
     とある夜のことでした。
    「連盟が動いてる。旦那、フランスから逃げて正解だったな」
     怪盗がやって来ると、やはり私は今までのように話をこっそり立ち聞きしていました。
    「ところで旦那、ネージュが日本に来てるってのは、本当かね?」
     私は、ぎょっとして固まりました。
    「ああ、東京の警護官が見たらしいからな。この辺りの国にも来るかもしれん」
     父が答える声がしました。
    「厄介だよ、あの女は。旦那も気をつけな」
     怪盗を名乗る男は、窓から素早く姿を消しました。
     ネージュが、日本に――アジアに来ている。私は、それだけで嬉しくなりました。世界を股にかける怪盗だというのは、本当だったのです。
     その日の夜更けのことでした。
     私は、お手洗いに行こうと起きたところでした。けれど、寝室のドアを開けて驚きました。
    「逃げたぞ! 追え!」
     家中の灯りがついており、バタバタと使用人たちが走り回っていました。
    「待て! ネージュ!」
     ネージュ、と呼ばれた女が、階段の手すりを飛ぶように駆け上がって来るのが見えました。
    「東階段から回れ! 挟み撃ちにして捕まえろ!」
     ネージュは、身軽に階段を上がり終え、二階の廊下を駆け始めました。私は思わず、叫びました。
    「ネージュ! こっち!」
     私がドアを大きく開けると、ネージュは「メルシー!」と言いながらこちらへやって来ました。
     私は自分の寝室へ駆け込み、窓を大きく開けました。
    「ここからベランダに出られるわ」
    「ありがとう」
     そのときです。ことり、と何かがネージュの足元に落ちました。
     桃色に輝くそれは、ピンクダイヤでした。
    「ネージュ……これ……」
     ネージュはそれを握りしめ、私を見据えました。
    「うちから盗んだの? どうして……」
     私は、泣きそうになりました。ネージュは、私の両肩に手を置きました。
    「このピンクのダイヤモンドはね。何年も前に盗まれて、世界中に散らばっていたものなの。あなたのご両親も、盗んでいた人たちの一部よ。私は、それを取り返しに来たの」
     言われたことがすぐにはのみ込めず、私は目をしばたたきました。
    「パパとママは、悪い人なの?」
     彼女は、気遣わしげな眼差しをしました。
    「誰かにとってはいい人だし、誰かにとっては悪い人かもしれないわ。誰もがそうなのよ。私もそう」
     ますます彼女の言うことが分からず、私は涙目になって彼女を見上げました。
    「――どこだ!」
    「子ども部屋だ!」
     大人たちの怒声が聞こえてきました。
    「もう、行かなくちゃ。――逃してくれて、ありがとう」
     ネージュは、窓に足をかけたかと思うと、姿を消しました。
     私は、すすり泣きながら、ずっと窓の外を眺めていました。
     行方不明になっていたピンクのダイヤモンド五十万個が全て、持ち主の元へ戻って来たというニュースが、それから間もなく報じられました。週刊誌などは、その裏でネージュ怪盗団が暗躍していた可能性を示唆しました。
     両親は、ピンクダイヤの窃盗に関与した疑いで捕らえられ、最終的には罰金の支払いを命じられました。私たちはまた、誰も私たちのことを知らない国へと移り住みました。
     その両親も今は亡くなり、私は一人です。
     眠れない夜はいつも、彼女のことを思い出します。私にとって、ネージュは悪人だったのか、善人だったのか、正義の味方だったのか。いくら考えても、答えは出ないのです。
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