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    theroadtowaboku

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    ・ファンノク/怪盗×怪盗 ブルマリ
    マリー誕生日おめでとう〜〜〜のブル→マリ

    #ファンノク
    funnock
    #ブルマリ
    ##ファンノク
    ##ブルマリ

    傘を広げたひとりとひとり
     
     ──マルガリータを頼む……作り方は知ってるか? そうか、それなら思い切り白くなるように作ってくれ。
     済まん済まん、君を困らせるつもりじゃなかったんだ。白くしてくれと言ったら君は、アルプスまで雪を取りに行きそうだ。パリじゃそんなに積もらないしな。
     何だか、寂しい色合いの酒が呑みたくなったんだ。白くて向こう側がよく見えない酒ってのは、何となく寂しくないか? 透明な酒よりもな。
     強いことには変わりない?
     確かにそうだ。……君は時々、含蓄のあることを言うよな。事実を言っただけ? それなら、着眼点がいいってことだ。
     うん。なあ、セニョリータ。ちょっとの間、アヌビスみたいな君の番犬を借りたいんだが……。
     ありがとう。君も、俺の話に付き合ってくれるか? ……ムチャス・グラシアス。ああ、こういう時はデ・ナーダと返せばいいのさ。そのメモ帳に書いておくといい。
     何の話かというのは……、冒険の話じゃない。君もさっきから気になっているんだろう? この傘。これの話さ。
     いい色をしているよな。緑の色が濃過ぎないのがいい。透明だから、光を透かして明るく見えるのかもしれないな。
     赤い何かが散っているのは花びらかな。赤もまた上品な色だ。これが花びらなら、一度ミルクに潜らせたみたいだな。
     この傘は広げると、女性が着るドレスのように見えるんだ。雑貨店のショーウィンドウに広げて飾っているのを見つけて、あれと同じのをくれって言って買ったのさ。
     ……首を傾げたくもなるよな。全然、俺の趣味じゃあないんだから。そもそもこれは女性向きの傘だ。女性というか、美しいものが好きな人かな。
     誰かにあげるのか? そうだな、あげられたらいいと思うよ。でも、あげたいと思う人はもう傘を持ってるんだ。二本は多いよな。一つの傘に二人で入るのはおかしくないが、一人の人間が傘を二本持ってるのはただ滑稽なだけだ。
     そうさ、俺は今ものすごく滑稽なんだ。俺だって自分の傘を持ってるんだからな。それに──あげたいと思う人は、傘が欲しいとか俺に買ってと言ったわけでもない。ただ、今日会ったその人に似合う気がして買ったんだ。独りよがりなんだよ。
     ああ、今日会ったんだ。昼間の話さ。街で行き合ってな。俺は講義が終わって帰るところだったし、彼女も仕事場にゆっくり戻ればよかったみたいで、俺たちは話をしながらセーヌ川に架かる橋を渡ったんだ。
     向こう岸に着いたら、傘を持った男が立っていた。俺はさして気にも留めなかった。強いて言えば、いい男だがもう少しがっしりしていた方が、なんて考えた程度だ。痩せていたからな。
     だが、彼女は違ったらしいんだ。
     その男が目に入った瞬間、彼女はその場で棒立ちになってしまった。顔にこそ出さなかったようだが、震えていた。ヒールの靴だったから、足元が少し心配になってしまった。
     彼女が男を認めたのを確認したのか、男はゆっくり近付いて来た。手には、藤色のチェックの傘を持っていた。声が聞こえる距離まで来ると、彼はその傘を差し出した。
    「すまない。返そうとずっと思っていたけど、今日になってしまった。しばらくパリを離れていてね」
     俺はその男が何の仕事をしているか知らなかったが、ただの会社員やセールスマンとは思えなかった。一つには、シロフクロウみたいにきりっとしたいい男だったから。もう一つは……彼女は芸能界に関わる仕事をしていたから、二人が知り合いなら、彼も同じような仕事なんだろうと想像したからだ。
     彼女は呆然としていた。というか、そうだな……どうしたらいいか分からないような、子供みたいな顔だった。受け取らないんだろうか、それなら一先ず俺が代わりに受け取ろうか、と考え始めたところへ、男が口を開いた。
    「それとも、もう新しい傘を持ってる? 彼にもらったかい?」
     彼、と言って男は俺を見た。
     君に断っておくんだがな、俺と彼女は交際しているわけじゃないんだ。恋人じゃない。今のところは友人だ。恋人じゃないがベッドは共にしたことがあるとか、そういうことでもない。会えば楽しく会話や食事をするし、酔った彼女を家まで送ったこともある。そう、一緒に楽しく過ごせる友人だ。
     ただ、男には俺が彼女の恋人に見えたらしいというのは、俺にも分かった。そして、彼女の様子や男の口振りから──二人はかつて付き合っていたんだろう、ということは想像がついたんだ。多分、男が仕事でパリを離れる前まで。
    「じゃあ、この傘は必要ないか。古物商にでも持って行くよ。いい傘だから、そこそこの値がつく」
    「……それは……」
     初めて彼女が声を出した。男の目つきは冷ややかだった。
    「止めないよな? 終わりにしたいって言ったのは君なんだから。それに、これは僕が君に贈ったものだしね。君があのバーに置いて行ったのは、僕に返すって意味だったんじゃないのか? なら、もう僕のものになってる」
     彼女は首を振りかけて止めた。
    「……あの時は、忘れて行っただけ。でも、そう見えたならそれでいいわ」
     男は少し首を傾げた。そして、ちらりと俺に目をやってから傘を持ち直した。
    「……待ち伏せなんかして悪かったよ。新しい傘、大事にするといい」
     男は無駄のない動きで足を踏み出し、橋の反対側へと歩き始めた。人一人分の隙間を開けて、俺の横を通って行った。
     彼女は少しの間俯いていたが、ぱっと顔を上げた。そうして俺に謝ったが、俺は「君が謝ることは何もない」と宥めた。だが、彼女は首を振った。
    「プライベートなことで、迷惑をかけたわ。今後は、こういうことはないようにするから」
     どう思う?
     ……俺に心配をかけたくなかったんだろうって? うん、それもあるだろうな。彼女は大人だし、親切で礼儀を弁えた職業人だ。
     ただ、俺の感覚としては──目の前でドアが閉まって、鍵がかかったような感じだった。あるいは、彼女が大きな傘を広げたから、自然と一歩後ろへ下がらざるを得ない感覚だった。
     彼女にとって俺は、プライベートなことを話す相手じゃないんだ。それで悩みが生まれたとしても、俺に話すことじゃないと思っているのさ。
     別にそれは悪いことでも何でもない。彼女は自分のことを自分で決めるべきだし、そうする権利がある。相談するかしないか、するなら相手は誰か、というのは彼女が決めるべきなんだ。
     ……不思議に見えるかもしれないな、君にとっては。口ではこう言っているが、俺は彼女の相談相手にはなり得ないことが──そうだな、寂しいんだ。
     寂しいというのは、今思い当たったことさ。橋の袂で別れて、仕事場へ歩いて行く彼女の後ろ姿が寂しく見えたんだが──それは、俺が寂しがっているのを勝手に彼女に映し出していたんじゃないかってな。
     このマルガリータも、とても寂しい色をしてる気がする。君らしい色合いだ。セニョリータや騎士のセニョールに頼んだら、また違う寂しい色になったろうな。俺が作っても別の色さ。今日はちょっと、寂しさに感傷的な気分が加わるかもしれないがな。
     彼女の相談相手になりたいのか? ……そうとも言えるかもしれない。人間関係ってのは、互いの役割が一個だけとは限らないだろう? 俺は相談相手になりたいのかもしれないし、もう少し踏み込んだ関係になりたいのかもしれないし、よき友人でいたいのかもしれない。優柔不断で欲張りだなんて、あまりいい大人のすることじゃないな。
     まあ、差し当たって俺が考えるべきなのは、この傘をどうするかということかな。
     家に置いておけばいい?
     ……君、セニョリータに贈り物をしたことは? 何度もある? そうか。それなら、贈り物を用意してから渡すまで自分で持っておくのは、どういう気分か覚えてるか?
     確かに、この傘が実際に彼女の手に渡ることはないだろう。それでも、「これは俺のじゃない」とは思うんだ。本当なら、彼女の手に渡るべきなのにってな。実際は、俺が勝手にそう思い込んでいるだけなんだがな。
     ただ、捨てるのも勿体ないと思っているんだ。そうする度胸がないとも言うな。あのいい男みたいに、古物商とかリサイクルショップに持って行ったらいいかな。
     ……店の傘に?
     そうか。この店に置いておいて、雨が降って来たとき、傘を持ってない客に貸すのか。いい考えかもしれないな。使うには趣味じゃなくて、家に置いておくのはちょっと居心地が悪くて、捨てたり売ったりする度胸もないとなると……。
     セニョリータが来たら頼んでみよう。ありがとう、助かったよ。
     お礼にもう一杯、マルガリータを注文してもいいか? 色合いは寂しいが、味は爽やかでほっとするよ。
     君も酒を作るのが上手くなったよな。テキーラを使ったレシピも、随分たくさん覚えたろう。また何か教えるよ。
     いや……だが、次に来たときには、やっぱりブラッドハウンドを頼みたいな。あの紅い酒を混ぜる君は、なかなか様になる。ジンの鋭さもよく似合ってるしな。
     ……ああ、ありがとう。
     向こう側が見えないと分かってても目を凝らしてしまうんだから、人間ってのは滑稽だよな。
     きっと、ずっと昔からそうなんだ。
     ジェセル王のピラミッドが造られたくらい昔から、ずっとな──。

     


     こんにちは、プリンセス。
     そのアイラインの色、初めて見るわね。よく似合ってるわ。今度、同じ色で違う引き方を試させてくれる? アナタの目の形は、いろんな線が似合いそうだもの。
     ごめんなさい、注文ね。この前頼んだ……何て名前だったかしら? キリッと苦くていい香りのする、日本のお茶を一杯お願い。そうそう、ベニフウキ・ティーね。
     緑色のお茶って見慣れないときは不思議だったけど、今は見るとリラックスできるわ。穏やかそうに見えるわよね。淡い黄緑色のお茶も、濃い色のマッチャもとても好きよ。
     そうだわ、プリンセス。パリの郊外に、日本の茶道を体験できるお店があるそうよ。あの大きい傘を広げて、野点もできるんですって。可愛くて綺麗な和菓子もあるわ。今度行かない? ……よかった、ショーが終わった後の楽しみにするわ。
     そうそう。傘、入口の傘立てに返しておいたわ。忘れないうちにね。一昨日の雨の日、借りて帰れて助かったわ。どうもありがとう。
     あの傘も緑色ね。お茶よりもすごく淡い色だわ。赤い花びらみたいなものが散ってるから、お茶で言うとハーブティーみたい。
     でも、広げると少し透けた素材のドレスみたいに見えるの。袖や裾がひらひらしていて、雨模様の空を泳いでいるみたい。こういう格好で泳ぐのは、やっぱり人魚姫かしらね。
     ……お店の貸し出し用にするには勿体ないくらい、綺麗な傘ね。いえ、綺麗ではあるけど、お店の雰囲気とは違う気がしたのよ。プリンセスとも何だか違うし、ギャルソンたちが自分で買うとも思えないし……。
     忘れ物?
     遠方から来て、旅の途中で立ち寄ったお客さん? 忘れて行っちゃったの? まあ……気の毒にね。
     連絡を取ったら、お店にあげるって言われたのね。それはそれで、旅の記念になるのかしら。
     ……あの子を連れてパリ中を歩きたいわ。元の持ち主さんの旅にはついて行けなかったけど、パリの生きた地図になるのもいいんじゃないかしら。
     ……メルシー。いい香りね。べにふうきの、この香りと苦味がいいのよね。シャキッとしている感じ。でも、色合いは深くて穏やかで……。こういう佇まいの、着物を着た綺麗な人を見たことがある気がするわ。
     ねえ、プリンセス。また、あの傘を借りてもいい? もちろん、雨が降ったときだけ。パリ中とは言わないけど、傘に生まれたからには、差して歩いてあげたいわ。それに、あの人魚姫みたいなデザインが気に入ったの。とってもエレガントなんですもの。
     いいえ、もらえないわよ。時々借りられればいいの。あの傘はお店のものなんだし。
     本当? ありがとう、プリンセス。アナタなら分かってもらえると思ってたわ。何となくね。ステキなものを見て、自分のものにするんじゃなくて、あるのを眺めたり時々貸してもらったりするのがちょうどいい、っていう気持ち。
     今日は晴れてるから、置いて帰るわ。傘立てに収まった姿も、可愛いわね。



     
     ──降って来てるぞ。テラス席はもう水浸しだ。
     雨の日と月曜日はいつも憂鬱だな、セニョール。カーペンターズも言っている。月曜の一限は学生の出席率も低いしな。講義室に来たってだけでも、学生には単位をあげたくなるよ。
     俺は午前の講義が終わったところさ。午後、ちょっと研究室にいて用を済ませて、それから大学を出て来た。帰る途中に、温かい飲み物でも飲もうかと思ってな。おすすめは?
     この店はチャイも出すのか。じゃあ頼むよ。スパイスをぴりっと利かせてな。
     それにしても……、何かいいことでもあったか? セニョール。いや、穏やかな顔をしてると思って。
     最近の俺が、セニョリータにあまり興味がなさそうだから?
     興味がないわけじゃないさ。馴染みの店のマスターなんだからな。それに、セニョリータは美人なだけでなく、人となりが魅力的だ。たくさんの人に好かれるだろう。年齢とか性別とか、どんな人が好きかというのに関わりなくな。
     君は、お姉さんを褒められるといつも誇らしげにするよな。誇れる人が身近にいるというのは素晴らしいことさ。あのアヌビスのような番犬の彼もそうだろう? 彼の方が大人っぽく見えるが、君は何かにつけて世話を焼いているみたいだし。大事にするといい。
     そう言えば、あの傘がないな。誰か借りて行ったのかな。ああ、俺がこの店に置いた緑の傘だよ。置いたというか、あげたと言った方がいいかな。アヌビスの彼に話したんだが……。
     そうか、借りられてるのか。傘も出番があって嬉しいだろうな。
     マリーが?
     ……そんなに何度も借りてるのか。気に入ってるのかな。
     パリ中を傘に見せて歩きたい? なんでそんなことを? ……セニョリータの作り話? そうだったのか。まあ、俺が買ったものの持て余して、って話よりは違和感が少ないな。
     何より、俺が買ったものだと知ってたら、マリーは持ち歩かない気がする。俺はマリーがあの傘を時々持って歩いてるのは嬉しいが、それがマリーに本当に必要なこととは思えないんだ。
     ……すまない、そういう顔をしたくもなるよな。はてなマークがいっぱい描かれてるみたいだ。詳しい事情を話していいものかどうか……。
     あ……! 鍋、煮立ってるぞ!
     ……ふう、吹きこぼれなくてよかった。風味が落ちたから作り直す? 何、常連の俺じゃないか。あまり気にしないでくれよ。おかしな話を聞かせたのは俺の方だからな。そのままくれ。
     うん、このスパイスの香り。引き締まる感じがするよ。一限に間に合わない学生にも、飲ませてやりたいな。



    「マリー、おしゃれな傘を持ってるわね」
    「新しく買ったの。今まで持っていたのは失くしちゃって。大切だったからショックで、しばらく新調する気になれずにいたのよ」
    「そうだったの。じゃあ、どうして今、買おうと思ったの?」
    「どうしてかしらね。あの子のおかげかもしれないわ」
    「店の貸し出し用の傘?」
    「あの子と歩いていたら何だか、自分の傘を持たなきゃって気持ちになったの。あの子のことはとても好きだし、一緒に歩いていて楽しいけど──今度からは、本当に頼りたいときにだけ頼ることにするわ」

    「アタシはアタシの選んだ傘を差して、前に進まないといけないもの」


     


     ──戻って来たのか、あの傘。
     強風で骨が折れたと聞いたときは驚いたが、修理に出してると聞いたときはもっと驚いた。そこまでしなくても、ってな。いやもちろん、大切にしてくれるのは嬉しいよ。
     約束通り、今日はブラッドハウンドを頼む。甘い酒もいいものだ。
     ……修理に出してる間に、マリーは新しい傘を買ったんだってな。これからは、あの傘を使うことも無くなるだろう。
     それがいいんだ。彼女は自分の傘を差して歩かなくちゃならないし、それができる女性だ。誰かから与えられたものじゃなくてな。ちょっとの間だがあの傘も、マリーみたいな人と一緒にいられて楽しかったろう。
     ……アヌビス。君の顔が曇っていると、セニョリータが心配するぞ。それに、俺が叱られてしまう。セニョールまで出て来たら事だ。スマイル! スマイルだ。
     君がそんな顔をすることはない。目は口ほどにものを言うって日本の諺にあるそうだが、君には特に当てはまりそうだな。
     でも、それより頼みたいことがある。見守ってほしいんだ。誰を? 俺をさ。監視と言ってもいい。
     彼女が誰のものでもなく彼女でいることを選んだなら、俺はその邪魔をしたくないんだ。俺が邪魔をしそうになったら、技をかけるなりして止めてくれ。君の関節技は下手をすれば入院だからな。目が醒めるだろう。
     ……だめか? 君はセニョリータだけの番犬だから? 違う?
     邪魔をしないでいることに監視が必要なら──ひとりになったときに邪魔をするかもしれない? ひとりで邪魔をしてしまうなら、それは──彼女の傍にいない方がいい?
     ……君は本当に、着眼点がいい。
     それなら、ひとりでやってみよう。彼女がひとりで歩き始めたようにな。俺もひとりで見守る。時々会って話をしよう。食事をしたり、酒を飲んだりもするかもしれない。でも、ひとりとひとりだ。ふたりじゃない。
     ……今日はテラス席が賑わってるな。傘の出番はなさそうだ。星も綺麗に見えたしな。降って来そうなくらい──傘を差したくなるくらいだった。滑稽だから、しないけどな。
     今度は、テキーラを頼む。彼女が来るか来ないか分からないが──少しだけ、待ってみることにするよ。
     
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    まろんじ

    DOODLE【エルモリ】ヴィクター・モリアーティ観察日記 ハロウィンの日 教授視点10月31日

     まだこんなものを書いているのですか。
     これで何冊目になるのです? この行為に何の意義があるのですか?
     私の様子を書き留めることがそんなに刺激的なのですか? では、私が私の様子を書き留めれば同様の刺激を得られますか? そのような刺激は決して得たくなどありませんが。
     ともかく、ハロウィンに研究所へ菓子をねだりに来るのはやめろと言ったはずです。名探偵を自称する貴方の記憶力でも忘れる可能性もあるかと思い、こうして貴方の日記とやらに苦情を書き残しておくことにしました。必ず目を通しておくように。さもなくば、私のマキナがこの日記帳を哀れな姿にします。貴方本人を哀れな姿にしないのは最後の慈悲です。
     毎年貴方へのハロウィン対策をしては、それをすり抜けられる身にもなってください。今年は、菓子を与えつつ体の動きを奪おうと、天井を開いて頭上から菓子を大量に降らせるように研究所を改造工事しました。これでしばらくは動けまいと菓子の山から背を向けようとしたら、何かが動くのが見えたのです。
     焦げ茶色の傘が、大きなきのこのようにニョキ、と山から頭を出していました。傘の下から覗いた顔の、満足そ 1144