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    長くなったのでこちらに
    10 データクリーナー
    ノア、エルロック、モリアーティ
    クイズ参考 https://sist8.com/ronri

    #ファンノク
    funnock
    ##ファンノク

    十「午後九時、知恵を絞れ」 自室のノートパソコンを操作し、ビデオ会議のツールを立ち上げる。トークへの招待は、指令文の下に書かれた通りの時刻に届いていた。その招待に応じると、数秒の後に画面が切り替わった──画面いっぱいに、悲しげな顔の青年が映っている。
    「こんにちは、番犬くん。いえ、今はもう『こんばんは』の時間でしょうか」
     太い眉を下げ、やけに悲しそうな顔をしているこの青年は、ホームズの名を継ぐ稀代の名探偵、エルロック・ショルメである。俺は、何も言わずに画面を見つめた。
    「君がこのビデオを見ているということは、僕は甘美なるミルクティーとスコーンをもって、お嬢さんに丸め込まれてしまったのでしょう。ツケをチャラにとはさすがに言えなかったのです。自営業の経営の難しさは、僕も重々分かって……」
     ちょっと、という不機嫌そうな声と共に画面が分割され、映る人物が二人に増えた。
    「これリアルタイムだろ。何、ダイイングメッセージみたいな言い方してるんだよ」
    「すみません、天狼星くん。ちょっと感慨深くなってしまったんですよ。何しろ、四人でゲームをして遊ぶなんて初めてですからね」
    「ゲームって言っても、コンピューターは関係ないけどね」
     淡く緑がかってくすんだ金髪の下では、神経質そうな緑の瞳が、エルロックに呆れた視線を向ける。彼は優秀なプログラマーであり、怪盗の世界では天才ハッカーとも称される青年、ノアである。
     しかし、四人とエルロックは言ったが、俺を含めても三人しかいない。俺は、通話が繋がってから初めて口を開いた。
    「……もう一人は、こちらで連れて来ればよいのか? ルナかアランなら、来てくれると思うが……」
    「いえいえ、その必要はありませんよ。もうすぐ、ここに加わるはずですから」
     ねえ、と同意を求められ、ノアは視線を動かした。画面下の時計を見たのかもしれない。
    「……一回呼んでみた方がいいかも。さっきチャットしてたら、ちょっと作業があるからとか言ってたし。来てないってことは、今日のこの集まりのことを忘れてる可能性もある」
    「うーん、確かに、彼は自分の研究を何より大事にしていますからねえ。お願いできますか?」
    「オーケー」
     研究、という言葉で俺は、誰が来るのかが検討がついてやや複雑な気分になった。そして、ノアがスマートフォンで電話をかけて呼ぶのかと思っていたので、いきなりイヤホン内に鳴り響いた警報音に、全神経を尖らせた。エルロックも、画面内でイヤホンを片方外している。
    「おお、耳が壊れそうですよ」
    「大丈夫、これダミーだから。止めてほしかったら、彼の素早い行動を祈りなよ」
     警報音は数秒で止まった。それから一、二分の後、銀色の頭に不健康そうな肌の色の男が画面に現れる。犯罪組織ライヘンバッハのリーダーであり、人工知能研究者のモリアーティだ。
    「……どうも」
     彼は、低く細い声で挨拶をした。ノアがまたも、呆れてみせる。
    「いや、どうもって。遅れないように言われてたでしょ」
    「マキナの調整がありまして……」
    「それはそれは。調子はいかがですか?」
     エルロックが話しかけると、モリアーティは途端に口元をむっと引き結んだ。
    「……貴方に話すことではありませんよ」
    「ああ、嘆かわしい! では、今度実際に研究所を訪ねて拝見することにしましょう」
     モリアーティがさらに機嫌の悪そうな顔になったのをよそに、「さて!」とエルロックはにこにこと話を始めた。
    「今日はですね、この四人でゲームをしていきたいと思います。と言っても、天狼星くんに出題者役をお願いするので、ゲームで競うのは三人なのですけどね!」
    「……モリアーティ、エルロック、俺……ということか?」
     俺は、複雑な気分で聞き返した。
    「ああ、言いたいことは分かります。番犬くんも賢い人ですが、相手が稀代の名探偵と天才科学者ではさすがに分が悪い。そこで、ハンデをつけます。手元に、スマートフォンはありますか?」
     頷くと、エルロックはノアの方を手で指している。──つもりらしいが、恐らく画面分割の違いのために、実際にはモリアーティを指している。
    「まず、僕たちは三分遅れで問題を聞きます。番犬くんへは、スマートフォンを通して問題が先に届きます。加えて、二回までヒントを聞けます。僕たちはノーヒント。これがルールです」
     スマートフォンが鳴動する。ノアからのメッセージだ。「テスト送信。あと、紙とペンがあるといいかも」。俺は、メモ帳とペンを用意した。
     ノアが、タブレットにメモしたらしいものを読み上げた。
    「じゃあ、初めに例題ね。今日やるのは、論理ゲームってやつ。例えば……『五台の機械が五個の製品を作るのに五分かかる。では、百台の機械が百個の製品を作るには何分かかるでしょうか?』みたいな。分かる、ヘルムート?」
     俺は、頭を巡らせた。
    「……一台の機械は五分で一個作る。よって、百台の機械で百個作るのも五分……か?」
     ノアは頷いた。
    「正解。そんな感じで三問出題するから、答えてね。一応、賞品あるらしいし」
    「僕たちも頑張ります!」
     にこにこと言うエルロックと、ため息をつくモリアーティが映っていた。
     ノアは、タブレットのページをめくった。
    「じゃ、第一問」
     俺のスマートフォンに、メッセージが送られて来た。
    『湖にスイレンの花が落ちました。スイレンは一分経つと二倍に増えます。湖がスイレンでいっぱいになるのに四十八分かかります。では、スイレンが湖のちょうど半分になるのに何分かかるでしょうか?』
     二十四と答えそうになるが、そうではないように思う。一分で二、二分で四、三分で八……と俺はメモ帳に書き出した。しかし、これでは切りがない。
     そのうち、三分経ったらしく、エルロックとモリアーティにも問題が共有された。モリアーティがすぐに手を挙げる。
    「四十七分です」
     平坦な声には、得意気なところは全くなかった。ノアは、やや呆気に取られたようだった。その早さというより、無感情さに。
    「……正解」
    「さすがですねえ、教授殿! ちなみに、どうやって答えを出されたんです?」
    「一分で二倍になり、四十八分でいっぱいになるということは、その一分前は半分の量だったということ。よって、四十七分となります。簡単な証明です」
     逆算した方が速かったか、と俺は反省した。エルロックは、このような考え方をするのだと示すために、モリアーティに質問してくれたのかもしれない──単なる好奇心や、モリアーティに話しかけたかっただけかもしれないけれど。
     ノアから「はい、じゃあ次ね」と問題が送られて来る。俺はそれをじっくりと読んだ。
    『幼女二人がそれぞれ自分の馬に乗っている。そこを通りかかった王様がこう言った。「二人で馬に乗ってレースをしなさい。勝った馬の主の方に宝を与える。ただし、後でゴールした方を勝ちとする」。二人の幼女は相手より先にゴールしないよう、のろのろとレースをしていた。このままでは、いつまでも勝負がつかない。だが、たまたま通りかかった賢者の一言を聞いた瞬間、二人はものすごい速度でゴールへ向かっていった。いったい、賢者は何と言ったのだろうか?』
    「ヒントいるなら、早めに聞きなよ」
     俺は、スマートフォンにメッセージを入力した。
    「褒美の追加があったのか?」
    「いや、何もない。あと一回聞けるよ」
     少し悩んでから、また入力する。
    「誰か他の者が同乗したのか?」
    「それもない。でも、『乗る』ってとこに注目したのはいいと思う」
     俺が頭を悩ませていると、ふと早乙女を思い出した。そういえば、馬は繊細な動物と聞いた。恐らく、俺が乗っても彼の愛馬・乙姫は走らないだろう。俺が乗っても──俺が──。
    「ああ、分かりましたよ。お互いの馬を入れ替えるよう言ったんじゃないですか?」
    「正解。なんで分かったの?」
    「相手の馬に乗って一生懸命走らせて、相手より先にゴールすれば、自分の馬は後にゴールすることになりますからね」
     喉まで出かかっていた気がするので、少々悔しさがある。次が最後の問題だ。俺は、送られたメッセージを読んだ。
    『Aは箱の中に宝石を入れ、遠く離れた外国にいるBに郵送で宝石を届けたい。Bがいる国は治安が悪く、南京錠をかけた箱でないと郵送の途中に中身・物品が盗まれてしまう。南京錠をかければ箱ごと盗まれることはなく安全に郵送することができる。南京錠はどこにでも売っており、箱にいくらでも南京錠をかけることが可能である。だが、南京錠・カギ・宝石いずれもそのまま郵送しようとするとそれごと盗まれる。確実に安全な郵送が保証されるのは「南京錠がかかった箱」と「その中身」のみ。しかし当然ながら「南京錠のかかった箱」と一緒に「カギ」を送れば箱は開けられ中身が盗まれる。どうすればAは安全に宝石を郵送できるだろうか。なお、ABたちはお互い同一の南京錠を持っておらず購入もできない。
    また、Aがかけた南京錠のカギをBが保有していることもない。』
     怪盗や資産家が直面していそうな問題だ。俺は、集中して問題文を読む。そのうち、「お互い同一の」という文言が目に飛び込んで来る。ノアにメッセージを送った。
    「分かった、と思う」
    「マジ? じゃあ、二人にも共有するから、その後自分で答えて」 
     ノアがタブレット画面の問題文を読み上げた後、俺は挙手した。
    「おや、番犬くん。速かったですねえ」
    「……聞かせてもらいましょうか」
     エルロックが笑顔になり、モリアーティは他の研究者の弁論を精査するような顔をしている。俺は咳払いをした。
    「初めに、Aは箱に『南京錠A』をかけ、Bに郵送する。箱を受け取ったBは、それに『南京錠B』をかけ、Aに返送する。南京錠はいくらでもかけられるから上、郵送回数の制限は問題文にない。また、二つの南京錠のカギは、AとBそれぞれが持っておけば、箱を開けられることもない。Aは今度は、届いた箱から『南京錠A』を外し、箱をBに郵送する。Bは箱を受け取り、『南京錠B』を外し、箱を開けて宝石を受け取る。以上だ」
     ノアが頷いた。
    「正解」
     お見事! とエルロックの声が聞こえ、モリアーティは目を瞑っている。俺は思わず、机の下で拳を握った。
    「今日のゲームで、番犬くんも大分、頭が柔らかくなったようですねえ」
     モリアーティが、首を傾げた。
    「脳というのは、元々柔らかいのでは?」
    「心の持ちようとか、考え方ということですよ。お嬢さんが今でも時折心配していますよ。こうするしかない、と思い込んで一人で危険なことをしないか、と」
     俺は、軽く目を瞠った。
    「……何故、エルロックにそのようなことを?」
    「おや、気になるのはそこですか。僕が話好きなせいか、話をしながらツケを払わせるタイミングをうかがっているのかは分かりません。ただ、そんなに頻繁に言われるわけではありませんよ。ポツリと、たまにね」
     エルロックは、自分で用意していたらしいティーカップを口に運んだ。聞いていたノアが、緑の瞳をやや逸らして口を開く。
    「……俺はいつも、ミッションに入った怪盗が目的を達成して、全員が戻って来られるようにプログラムを組んである。前線に出てる奴が無鉄砲なことして、折角組み上げたプログラムを手直しとか作り直しとかしないといけなくなったら、それはコストが勿体ないなって思う。……今はアンタも同盟者なんだし、俺の目の届くところで無茶はしないでよね。面倒だし」
     エルロックが掌を上にして両手を上げた。
    「もっと情緒的な言い方はできないのですか? 若いなら、仕方ないかもしれませんが」
    「うっさい、そんなに違わないだろ。とにかく……俺がヘルムートと一緒のときに何かあったら、もうミネットのバーガーが食べられなくなるかもしれないし……無茶するなってこと」
     ノアのやや幼気な顔に、紅が差している。
    「……ゲームは終わったし、通話切っていいだろ。……あっ、そうだ」
     スマートフォンに、ノアからメッセージが届いていた。何かのリンクが載っているようだ。
    「これ、ゲームで正解した賞品。それタップすれば獲得できるから、後でやってみなよ。……じゃ、おやすみ」
     画面からノアの顔が消えた。おや、とエルロックが瞬きをする。
    「それでは、僕も休ませて頂きますよ。教授殿は?」
    「あなたがログアウトしたら、私もログアウトします。私に関して、余計な話をされてはたまりませんから」
    「教授殿のことですから、ご心配なら僕たちの会話を聞くくらいのことはできるのでは?」
     モリアーティから不機嫌そうな視線を向けられながら、エルロックはにまにまと手を振った。
     ノートパソコンの画面には、銀髪の痩せた頭と、隈のできた暗い瞳の男が残った。俺は、彼がログアウトする前に名を呼んだ。
    「……いいのか? 俺や他の『怪盗』と、ゲームで遊んだりなどして」
     モリアーティが神九龍と共に、ガニマールを中心として再構成されたISPOに協力することになったのは、未だ記憶に新しい。どのような心境で今日のゲームに、さらに言えば俺の「アドベントカレンダー」に協力したのかを聞いておきたかった。
    「……問題ないでしょう。今日、私がこうして遊びに加わったことでは、何も利益を得ていませんし、それを証明することもできます」
    「何も……? 金銭もデータも、パンケーキもか?」
    「エルロックからルナ・バーネットに依頼する、とは初めに言われました。ですが、断りました」
    「何故だ?」
     僅かに、薄い唇が持ち上がる。
    「貴方に貸しを作るためです」
     自分の眉が強張っていくのが分かった。
    「何と引き換えに払ってもらうかは、まだ決めていません。ただ、そうですね──」
     暗い瞳が、さらに夜に沈んだようになる。
    「『研究所に戻りなさい』と言いたくなった時には、使えるかもしれませんね」
     黙ったままの俺に、「では」と言い残し、モリアーティは通話を切った。
     俺はしばらく、ノートパソコンの前に座っていた。
     
     それから寝る前、ノアから届いていたリンクを思い出した。タップしてみると、『データクリーナーの使い方』という文言が目に飛び込んで来た。
    「これは、モリアーティの研究所に蓄積されている、ヘルムート・ブロー・シュバリエの戦闘データを全て消去できるプログラムです。研究所の状況に応じ、随時アップデートされます。ライヘンバッハに関与した記録を全て消去したい場合、使用を推奨します」
     少しの間、そのプログラムを眺めた後、俺はスマートフォンの画面をオフにした。
     ノアの配慮、には感謝するけれど──あるいは、同盟者として求めているだけかもしれないけれど──ライヘンバッハに関与した過去は、記録を消去したところで消せるものではない。何より俺は、過去の手掛かりとなるものは、もう何一つ消したくない。人、物、場所、そういったものが失われれば、記憶はすぐに儚く消えてしまう。俺はもう学んでいた。
     ノアに一言、感謝のメッセージを送り、俺は布団に入った。
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