にがくてあまい「先生、私……」
胸を強く締め付ける想いを口に出そうとした瞬間、彼の人差し指が私の唇に触れた。
この先を聞くことを拒まれたのだと気づいて、失意に瞳を潤ませる。
「……藤丸さん」
「せんせ、聞いて……」
せめて、聞いてほしい。困らせることはわかっているけれど、最後のわがままを受け止めてほしい。
これで終わりだから。なかったみたいにしないで……。
懇願するように見上げれば、先生は綺麗な瞳を泳がせた。
「藤丸さん、貴女にはもっと……ふさわしい人がいるでしょう?」
心がツキンと痛んだ。
慌てて瞬きをしても、膨らんだ涙の粒が落ちていくのを止められない。
白のセーラー服を滑り降り、地面で弾ける透明を見つめていた。
「い、いません……っ」
震える声で駄々を捏ね、貴方がいいのだと首を振った。萌葱色はそんな私を静かに見つめている。
まるで喉が灼けているみたいだ。
熱くて痛い。これ以上、言葉も出せないほどに。
彼が何事かを囁いてくれるけれど、耳に入らない。
今すぐこの場から逃げ出したいのに、彼に縋り付いて離れたくなかった。
紺のプリーツスカートが、皺になるくらい握り締める。
聞こえない。聞きたくない。
愛してやまないその声を、今だけは遠ざけてしまいたかった。
準備室の窓から差し込むオレンジ色の光は、部屋に舞う粒子を煌めかせる。
時計の針の動く音だけが響く部屋で、粉々になった初恋を抱いて、ずっとずっと泣いていた。
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「……昔の夢をみました」
「どのような?」
「ふられました」
「あー……」
咎めるような視線を送れば、彼はバツが悪そうに目を逸らした。
その視界に強引に映り込むように、ずいと身を乗り出す。
「でも、またあの頃に戻っても、私のことふるんでしょ?」
「……」
萌葱色をじっと見つめて、にこりと微笑んだ。
戸惑う瞳が愛しい。
二人で選んだ白いソファの上で、戯れ合う時間が大好きだ。
「立香、私は……」
「わかってるよ」
言葉を遮って、その胸に身を寄せる。
当然のように抱きしめてくれるから、何度だって擦り寄ってしまうのに。
「私のこと、お嫁さんにする準備が足りなかったんだよね?」
全部知ってる。
傷付いて粉々になったはずの初恋が、こうも美しく実ったのだから。
返答はないけれど、私を抱く手に力がこもる。
初恋の人は、ただ静かに笑って私に口付けを送った。