邂逅「ええっ⁉︎ 許嫁⁉︎」
「しー! しー‼︎ 声でかいって!」
放課後の教室には、何人か生徒が残っている。
そんな中友人と駄弁っていたのだけれど、つい余計なことまで喋りすぎたみたいだ。
「親が勝手に言ってるだけ……会ったことないし」
「すご……なんか漫画みたい……」
「そんなことないって! 何歳も年上みたいだし」
周りの目を気にして声をひそめる。机に頬杖をついて、なぜか目を輝かせる友人を見上げた。
「立香の旦那さんかぁ、どんな人だろう」
「だ、だから顔も知らないんだってば!」
好奇心とほんの少しの羨望の混ざった眼差しが、居心地が悪くて思わず座り直す。
この週末に、初めての顔合わせがあるということは伏せておいた。
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「立香、遅れるわよ!」
「今行くって……」
不安な心とは裏腹に、天気だけはすこぶる良好だ。
数少ないおしゃれ着を身に纏い、普段行かないようなお高めのホテルへ向かう。
気が進まないながらも、ちゃんと来ただけ褒めて欲しいものだけれど。母は厳しい。
エントランスの前で深呼吸する。
「大丈夫、ただの顔合わせなんだから……」
言い聞かせるように呟いて、重たいガラスの扉を押し開けた。
エレベーターで最上階へ上がる間もソワソワしてしまう。
母曰く、初顔合わせのために、許嫁殿は都会から来て下さったそうな。
最上階のスイートルームに宿泊しているらしい。
ドアマンが恭しく頭を下げる中、ふかふかの絨毯を踏みしめながら進む。
ずっと喋り続ける母と、黙ったままの父についてぼんやりと歩いていた。
婿殿はお金持ちなんだなぁ、なんて思っていたら、父と母が足を止める。
どうやら到着したようだ。
ドアマンによって開けられた重厚な扉の向こう側には、これまた広い玄関ホールが広がっている。
その先に見えた景色に、私は言葉を失った。
一面に広がるオーシャンビュー。キラキラ光る海が見える。
ただ海のそばに建っているだけの、地元では少しお高めのホテルだとばかり思っていたのに、こんなに綺麗に見えるんだ……まるで別世界に来たみたいだ。
窓の外の景色に見惚れ、立ち尽くしていた私の肩を、父がトンっと叩いた。
ハッとして顔を上げ、父の気遣わしげな視線に気がつく。
どうやら私が失意のあまり呆然と立ち止まったのだと思ったらしい。
その勘違いを訂正する気も特にないけれど。
(ん……?)
よく見れば、私の目を奪った大きな窓のすぐ隣に誰かが立っている。
男性はこちらを見ると、ニッコリ微笑んで軽く会釈した。母に小突かれて頭を下げる。
背が高くて、とても整った顔をしていて、大人の余裕というのか、落ち着いた雰囲気のある人だった。
聞いていた年齢よりもずっと若く見える。青年、と言う表現がぴったりだ。
そして何より……。
(か、顔がいい……!)
思わずじっと見つめてしまうほど美しい容姿をしていた。
思春期の憂鬱な心情が、どこかに吹き飛んでしまうくらいには。
自らを見つめたまま固まった私を見て、男性は少し苦笑する。
ハッとして頬を染めれば、萌葱色の瞳を細めた彼がゆっくりとこちらに歩いてきた。
優しく手を包み込まれて、心臓が大きく跳ねる。
「はじめまして、藤丸立香さん。私はケイローン……貴女の許嫁です」
「あ、は、はじめ、まして」
こちらをじっと見つめる綺麗な瞳に、見惚れてしまって言葉が詰まる。
嫌々だったつい数秒前までの心境も忘れて、お嫁さんになる決意を固めた。