永遠の幸せ「変な賭けに乗ってしまった……」
雑踏の片隅で一人ぽつりと呟く。
美味しいケーキ屋さんのタダ券が、人数分なかったせい。あと誰かがこの賭けを思いついてしまったせい。
(ナンパなんて無理だよ……)
一番いい男をナンパできた者が総取りだ!などと馬鹿げた提案に、ハイになっていた仲間たちは次々に手を挙げた。調子に乗って両手を掲げた自分が恨めしい。
そもそもついてくる人なんていないだろうし、いたらいたで変な人というか……。
「あれ?」
ぐるぐると考え込むうち、人気のない場所へ出た。無意識に逃げ出していたのだろうか。
視界の端に小さな社が映る。
「神社なんてあったんだ、お参りして行こうかな」
そうすればなんだか自分が清らかであるような気分になれる。
カバンの中の財布を漁り、十円玉を取り出して賽銭箱へ投げた。両手を合わせ、この賭けから逃がしてくれと軽く願う。
「熱心ですね」
「へへ、まあ……えっ⁉︎」
突然真後ろから話しかけられた。驚いて振り向くと、そこには……見目麗しい男が立っていた。
人間離れした整った容姿に、今どき珍しい金の長髪を緩く束ねている。杜若色の着物の下の体ががっしりとしていることが見て取れた。惚けた私に、深い森の色の瞳がスッと細められた。
「あ、は、はじめまして」
「初めまして。観光客の方ですか?」
「地元です、あは」
怪しまれているのかもと思うと、自然とヘラヘラしてしまう。ふと、脳裏に忌々しい影の存在が浮かんだ。
もしかしたら、ここの神様がお願いを叶えてくれたのかも……なんて気になってくる。
「あのっ、私と」
よく考えないで喋り出したのが悪かった。
ナンパのセリフを瞬時に思いつくことなど、自分には到底できないからだ。
「結婚してください!」
その場に静寂が満ちる。
自らの言葉をよく理解できずにいるうちに、彼は顎に手を当てて美しく、妖しく微笑んだ。
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「……あれ」
ぱちり。一つだけ瞬きをしたつもりだった。
見知らぬ屋敷、見知らぬものたち。ナニカに囲まれながら、大人しく正座している。
身に纏っているのは白無垢か。
「それでは、盃を」
隣に座った男が囁く。
動揺しつつも視線を向けると、にこりと微笑むあの人の姿があった。
「さあ、立香。早く」
低い声で促されると、言うことを聞かなくてはという気にさせられる。
慌てて赤色の盃を持ち上げて、淵にそっと唇をつけた。
あれ、私、名前なんて教えたかな?
「ん……」
そんな疑問が、舌を、唾液を、酒を伝って蕩け出していく。
つい先程までの自分が遠くなって、まるで生まれ変わっていくみたい。
「あ……だんな、さま?」
「よくできました、花丸です」
「えへへ……」
頭を撫でて褒められて、子供のように笑う。
目の前の彼が自分の所有者であるのだとすんなり馴染んでいく。
ぴとりと唇を重ねた頃には、かろうじて残った小さな疑心と胸の奥で鳴る警鐘も、芽を摘み取るように消されてしまった。