Elep_zousan☆quiet followREHABILIちょっと長めの連載になります。 1.七海龍水の独白俺は、自前の勘の良さについては自負しているところがあって、人生の役に立つ素晴らしいシックスセンスだと思っている。それから、手先の器用さや顔の造形だってそうだ。持って生まれてきたものが、恵まれていることを自覚して生きてきた。育ての親でもある叔父は口煩かったが、子ども扱いすることはなかった。子どもだからという理由で、適当にあしらわれたり、必要以上に手を貸すことはなく、あくまで一人の人間として扱ったということだ。物事にはルールがあること、自分でできることは自分でやること、できないことに挑戦し続けることを説き、常に自立と自律を求め厳しく育てた。幸いなことに、幼い頃から好奇心旺盛で非凡だった俺にはぴったりの教育方針で、すぐに手がかからなくなったと思えば、一人で何でもやってしまうあまりに逆に手がかかるようになるという、大人たちにとっては本末転倒になってしまったわけだ。文句や不満の声は無視し続けているが、俺の持つ資産、ステータス、俺自身ですら利用して欲しいものに手を伸ばすことの何が悪いのか、誰もまともに答えることなどできないだろうに、何を騒ぐのかさっぱりわからない。(風評被害と言われれば、俺の行動一つで揺らぐ七海財閥なのか?で終わりだ。)そんなわけで、俺は己の人生のほとんどを相応の理由で自ら判断して生きてきた。だから、それなりに同世代の者より多くの人生経験がある。例えば、恋愛も。年齢の割に、人数は多いと思う。彼女たちの経歴は様々だった。同じ学園の同級生、先輩、後輩、教師(3700年も経てば時効)、事業関連で知り合った御令嬢、たまたま旅先で出会った素性も知らない年上の美女、その他不特定多数。誤解のないように言っておくと、もちろん全員愛していた。期間で言うと、一夜の関係から長くて半年程度。そのどれもが遊びではなく、本気で応えてきた結果だ。当たり前だが、浮気は絶対にしない。決まった相手がいる間は、疑いのないように行動してきた。疑う方も、期待する方も傷つけるからだ。それが誠実だ。違うか?恋人関係になるきっかけは単純だった。この勘の良さで大抵彼女たちの気持ちは察する。視線が合って、頬が色づいて、だからそのまま「好きだ」と囁く。そうすると、目の奥が宝石のようにキラキラと輝いて、同じ気持ちだと返してくれた。言い方は悪いが、後は野となれ山となれ。もちろん、彼女たちは喜んで俺の愛を受け入れて、もっともっととせがまれるなら満足するまで体を重ねた。そして、彼女たちは幸せそうに目を閉じた。別れは、いつだって円満だった。理由は様々だったが、最後は笑って去って行く。引き止めるなんて考えが及ばないほどの清々しさで、彼女たちは自らの足で踵を返した。本当に、つくづく女運がいいと毎度のことながら思う。石化前、俺は丁度フリーになったばかりだった。それについても運が良かったと言える。仮に恋人がいたまま石化していたとしたら大変だった。なにせ復活させてもさせなくても、彼女を優先することができなくなるからだ。それは不幸にさせてしまう。だから、恋人がいなくて本当に良かった。長々と語ってしまったが、要するに俺は後腐れることのない恋愛しか経験したことがないということが言いたかった。何故言いたいか。それは、目の前に毎日夜な夜な健気にこの家に通う西園寺羽京がいるからだ。この男は絶対に後腐れする。たまたま眠れない夜に外に出たら、羽京もいて。外をうろつくより家の中の方が安全に決まっているので、呼び寄せたのが始まりだった。普段あまり自己主張をしない羽京は最初は聞くばかりだったが、ぽつりぽつりも話し出して。それが思ったより面白かったから、"続きはまた明日"がずっと続いている。誰にでも平等に優しくて、感受性豊か。元海上自衛隊で賢くて弓の腕が立つ、平和主義の頼りになる大人。それが西園寺羽京の肩書きだ。思えば、最初はそんな化けの皮を剥いでやろうとほんのゲーム感覚で思った自分がいたかもしれない。知らないことを知らないままにしておくより、知った方がいいに決まっている。特に、これから最も長い付き合いになる可能性があったから。物分かりのいい大人の顔をしたこの男は、確かに人の気持ちを慮ることについては100点満点だった。が、どこか一線を引いているのは確かで、それは俺に対しても有効だったはずだ。なんなら、物事をはっきり言うところや声の大きさで苦手意識を持たれていた。最初に誘った時、微かに嫌そうに口の端が歪んでいたことをよく覚えている。それでも引き摺り込んで年下らしくねだると、羽京は黙り込み、それから渋々と頷いた。また明日と言ったのも、俺だった。羽京は目を丸くしてから困ったように後退り、曖昧に「明日も眠れなかったらね」と言って帰っていった。だから、翌日、わざと見ようと思えば見えるところでペンを落とした。その成果が実り、前の晩と同じ夜更けに、お優しい羽京はわざわざ落とし物を届けにやってきた。他にも、話を途中で切り上げたり、今夜の楽しみとして特製のドリンクを用意したり。その辺の言い訳は得意分野だ。1週間、2週間と、日が経てば経つほど羽京は油断するようになって、それが意外だと思った。何故なら、特に俺のようなタイプの人間には脇を閉めるタイプだと思っていたからだ。とはいえ、時間と共に笑顔が増えて饒舌になってゆくことに、俺はそれなりに満足していた。こうして1ヶ月ほど過ぎたところで、ある日、人目のつかない海辺で一人きり、ぼんやり日が落ちてゆく地平線を眺める羽京を見た。正しくは、毎日その時間になるとふらっといなくなる羽京をたまたま見つけた。何をしているのかと聞くと、ただ緩く微笑む。「分からない」と答えた瞳に羽京の意思はない。それ以上聞ける空気でもなく、何故かどことなく居心地の悪さを覚えて、俺は先にその場を離れた。きっかけなんてそんな些細なものだ。だから、半分嫌がらせめいたこの時間もそろそろ勘弁してやろうと思って、理由を作るのをやめた。そうしたら、その晩、羽京は随分遅い時間にやって来たのだ。たっぷりの沈黙の後、「忘れ物を」と小さな声で呟いた声を聞いた時、気付いてしまった。正確には、明白になってしまったというのが正しい。誰にでも平等に優しい西園寺羽京が、こんな狭い世界の中で一体どうしてしまったのか。性格や状況判断能力、理性を考慮しても思いもよらない。理想家ともいえるお綺麗な人柄(褒め言葉だ)が、まさか恋をするなんて。信じ難いことだが、事実は小説よりも奇なりとよく言う。そして、事実の裏に積み上がる根拠は、案外単純な話だ。こういう理性的な人間は、多少強引に踏み込まれる方が安心する。考えなくていいからだ。理由は相手に押し付けられる。これまで見てきて分かったことだが、羽京に踏み込められる人間はいないようだった。それは、俺が目覚めるより前に起こった何かが起因しているのだと思う。(なにやら大きな喧嘩をしたと聞いたが、はぐらかすということはそれなりに派手にやり合ったに違いない。)本人もそのことに触れないので、それはきっと相当深い傷なのだろう。その腹の傷のように、見た目上は治っている西園寺羽京の内側には、未だ癒えずに膿み続けている傷がある。だが、俺には関係なかった。傷があるからなんだ? 羽京は痛みや重くなってしまった感情から逃げるような男じゃない。そういうところが羽京の美徳だ。俺には羽京が必要だから行動した。確かに、それは思わせぶりな行動だったかもしれない。羽京が女だったら、絶対に毎晩呼びつけるようなことも、必要以上に時間を作ることもなかった。だが、西園寺羽京は男だ。通常、恋には生殖本能が伴う。俺は男と付き合ったことはないし、もちろん、体の関係も持ったことはない。そういうのに偏見があるというわけではないが、いかんせん、経験したことがないので分からない。同性同士で付き合っているカップルがいるというのは知っている。それ以上でも以下でもなく、事実だけが横たわっていて、本人たちが幸せならそれでいいんじゃないか?という浅い言葉しか出てこない。性別なんて関係ない、と言える程の出会いや恋愛をしたことがないからだ。そして、残念ながら、俺が羽京に性的に興奮することはできそうになかった。羽京の裸体は何度か見たことがあったが(無論、風呂で)、別になんてことはない。男の劣情を煽るような凹凸があるわけでもなく、腹に傷跡があることと、後は意外に着痩せするタイプであるということぐらいしか思いつかなかった。羽京も、同じように俺に興奮するような感想はないはずだ。何しろ元海上自衛隊員で、俺より遥かに優れた肉体美を拝んできたに違いないからな。だから、抱けるかと言われると、抱けないだろうなと思う。逆に、抱かれるという選択肢があるかといわれると、吝かではないが……多少、抵抗はある。快諾するには時間がいるだろう。その前に、そもそもこの男に性欲があるのか知らない。体を曝け出して女を抱く姿も、誰かに囲われて抱かれる姿も、全く想像がつかない。快楽に揺蕩うことを許すのか? いや、許さないだろう。今更言い訳を並べたところで何も変わらない。羽京は俺を必要として、男であることを超えてそこに色がついてしまった。この先。俺が羽京に死ぬまで寄り添えるかと言われると、それは絶対にできない。そして、これから先にある分岐点で、必要不可欠から必要も不可欠も取れた時、果たして羽京は俺を手放せるか。答えはノーだ。羽京は一度特別を作ったら手放すことはできない質だ。それどころか、死ぬまで大事に抱えて生きていく。それが、黄昏時のあの姿だ。あの時、羽京の中から羽京の意思は抜け落ちて、自分ではない誰かを思って、それだけのためだけに生きていた。対して、俺は立ち止まることも元来た道を戻ることもしない。俺が思う未来に向かって歩き続けるには、一人の人生をずっと抱えたままじゃできないことだ。同じように、俺は俺の人生を誰かにやることもできない。誰かに捧げて生きる羽京が、自分のために生きる俺に恋をして、だが俺は何も羽京に捧げるものはない。いつか終わる日を迎えて、赤と藍色との境界の中、胸の中にまた新しい傷を抱え、羽京はより”分からない”ようになる。俺が与えられるのはその”傷”だけだ。そんな可哀想なことはできない。後腐れというのはそういう意味だ。しおらしく俯いて言葉を待つ羽京の顔は帽子で隠されている。名前を呼ぶと素直に顔を上げた。いつも通りに見せかけた目の奥には、不安や葛藤、恥、困惑、決意、そして期待の欠片が乱反射している。美しい宝石のようだ。愛おしい。確かに俺は、羽京を愛している。これから先、西園寺羽京が必要だ。だが、恋人にはなれない。「……ごめん、気のせいだった」可哀想な羽京は、言い逃げるように踵を返した。頼りない背中は、清々しさには遥かに遠い。そして。考える間もなく、俺はその手を掴んでいた。振り返った顔は、驚きで満ち溢れている。俺も、自身の行動に驚いている。今まで、そんな顔で俺の前から去る者はいなかった。つい引き留めてしまったのは、そんな大したことない理由だ。恋人にはなれない。そう結論は出たはずだった。けれど。視線が合って一途に見返せば、微かに羽京の頬は色付いた。今にも割れそうな瞳だ。今手を離しても、先の未来で離しても、羽京を深く傷つけてしまう。つまり、俺はこれから先、どう足掻いても西園寺羽京の中に残り続ける。だったら。だとしたら。俺は、欲しいものを手に入れる。欲しい=正義。中途半端なままより、俺が俺の正義を通した方が少しでも納得できるはずだ。「好きだ。羽京」きゅう、と窄んだ瞳孔と、わずかに息を呑む呼吸音。ああ、本当に羽京は俺のことが好きなんだな。そう思った。せめて、今だけは幸せであってほしい。碧い水面に映る男の顔は、酷く甘やかで優しい顔をしていた。Tap to full screen .Repost is prohibited Let's send reactions! freqpopularsnackothersPayment processing Replies from the creator Follow creator you care about!☆quiet follow Elep_zousanREHABILIうーーーん重い!2.西園寺羽京の慕情夢だろうか。それか、幻覚か。掴まれた手首が熱い。離さない、と言われているようで。七海龍水に告白された僕から出た言葉は、「ありがとう」だった。龍水は優しく微笑んで僕の頬を撫で、それから泊まっていくか?と聞いた。さすがに頷けず、僕は忘れ物をしたと言ったことも忘れて背中を向けた。先程までしっかり掴んでいたはずの大きな手はあっさり解かれ、「おやすみ、気をつけて帰れよ」なんて、いつもの声より柔らかく、押し寄せる漣ように響いた気がしたのは、僕の気のせいだったかもしれない。足取りは、一定の拍子で。遅くもなく、早くもなく。いつも体の中心で刻む拍子に合わせている。けれど、明らかに、僕の歩調は徐々に早くなってしまっていた。どうか、無様な僕の後ろ姿を見られていませんように。ちらりと振り返ると、部屋の中から伸びる明かりの中に、同じように伸びる影。黒いそれを近くから辿って、逆光でよく見えない人の形はヒラリと手を振った。胸が締め付けられて、僕は息を呑んだ。本当に、好きだって言われたんだ。その事実に打ちのめされて、頭の中が真っ白になる。気付けば、煌々と月が照る夜道を走 6578 Elep_zousanREHABILIちょっと長めの連載になります。1.七海龍水の独白俺は、自前の勘の良さについては自負しているところがあって、人生の役に立つ素晴らしいシックスセンスだと思っている。それから、手先の器用さや顔の造形だってそうだ。持って生まれてきたものが、恵まれていることを自覚して生きてきた。育ての親でもある叔父は口煩かったが、子ども扱いすることはなかった。子どもだからという理由で、適当にあしらわれたり、必要以上に手を貸すことはなく、あくまで一人の人間として扱ったということだ。物事にはルールがあること、自分でできることは自分でやること、できないことに挑戦し続けることを説き、常に自立と自律を求め厳しく育てた。幸いなことに、幼い頃から好奇心旺盛で非凡だった俺にはぴったりの教育方針で、すぐに手がかからなくなったと思えば、一人で何でもやってしまうあまりに逆に手がかかるようになるという、大人たちにとっては本末転倒になってしまったわけだ。文句や不満の声は無視し続けているが、俺の持つ資産、ステータス、俺自身ですら利用して欲しいものに手を伸ばすことの何が悪いのか、誰もまともに答えることなどできないだろうに、何を騒ぐのかさっぱりわからない。( 4946