【犬海】また今度ねトントンと響くまな板の音、じゅうじゅうと焼ける肉からたちのぼる匂いに釣られたのか足元にするりと擦り寄る温もり。
「おはようアイさん、ご飯の前に犬岡起こしてきてくれるかい?」
音も立てず離れた温もりは犬岡が寝ている和室ではなく玄関へと向かう、その背を眺めつつ鍋に味噌を溶く。
やがて玄関からカチャカチャと音を立てて和室に走り込み、そして
「うわぁ! もう、びっくりした……あああああっ!!」
飛び起きた犬岡に抱えられてキッチンに顔を出したのは白い小型犬。
「おはよう、ユキさんご苦労様」
「キャン!」
起きてきた犬岡を見て満足そうに毛繕いをしているのは額に白い模様のある灰色の猫。
「ふふ、アイさん策士だな」
「なーう」
「おはようございます」
「おはよう、顔洗っておいで」
「はい…」
ユキさんを下ろしてしょんぼりと洗面所に向かう犬岡に苦笑しつつアイさんとユキさんの朝ご飯をセットする。
「はい召し上がれ」
2匹が食べ始めたのを確認して今度は自分たちの朝食を並べた。
「ユキさん目覚ましハンパないッス、飛び乗ってベロンベロン」
顔を洗ってサッパリした犬岡が椅子に腰を下ろす。
「ベーコンエッグ丼とほうれん草と油揚げの味噌汁、で良かったかな」
「はい…」
「余ってたしめじも入れてみたけどどうだろう」
困ったように笑ってみせると犬岡は顔をぶるぶると振って笑顔になった。
「海さんの手料理間違いないッス! いただきます!!」
パンと手を合わせて味噌汁を一口啜って丼をかっ込む犬岡。
「美味いッス!」
「それは良かった」
内心ホッとして自分も丼に箸をつける。うん、もう少し味濃くてもよかったかな。
「次こそは俺が朝ご飯を」
「気にしなくてもいいんだけどな、ほら昨夜は頑張ってくれたし」
「えぇ?! 俺なにか、その、あの」
味噌汁を吹きそうになりながら顔を真っ赤にして犬岡はしどろもどろだ。
酒に弱い犬岡はアルコールが入ると普段より2割増テンション上がって、それを大抵忘れてる。
「アイさんのキャットタワー作ってくれただろ?」
「あっ、そうですねでもアレはその、俺が持ち込んだし組み立てるのは当然ていうか」
「ふふ」
リビングに設置されたタワーは今のところユキさんがパトロール中でアイさんは見向きもしないけど。
昨日は特に何もなく犬岡は寝落ちてたけど、酔った勢いで告白されたこともあるし押し倒されてギリギリアウトな行為にもつれ込んだこともあるけど。
「次こそは! こう見えて俺、料理自信あるんで!」
「そうだね、うん次は是非」
そんな口約束が欲しくて早起きしてしまう、なんてバラしたらどんな顔するだろうね。
「にゃあ」
「アイさんそこで寝ちゃうと俺動けない」
ご馳走様と手を合わせた犬岡の足の甲にお腹を乗せてグルグルと嬉しそうに喉を鳴らすアイさんがキャットタワーに登るのはもう少し先の話。