ミスルトウクヴァリスキャンプの一角から、歓声が上がる。
キャンプを率いるクリストバルから熱く声をかけられているのは、エアリオタウンの悲劇を生き延びたアークスの一人。ネクス・エアリオ、レヌス・リテム、そしてアムス・クヴァリスを打ち破った話題の「星渡り」だ。
いつの間にか賑わいに紛れ込んでいるコルクスは、豪快に笑いながら彼女の背中をバンバンと叩き、それをイングスタッドや周りのアークスたちが朗らかに眺めながら輪を作っている。
その様子を、指導教官のグイーデンは遠巻きに眺めていた。
なんでも、クヴァリスキャンプのアークス強化訓練の一環としてクリストバルが提示したミッションを、彼女が一番最初にクリアしてしまったらしい。
彼女なら、あるいは彼女たちのチームや経験が豊富なアークスなら。やれるだろうと思っていたが、ここまで早いとは予想外だった。
「彼女たちはガロアの再来かもしれない」とクリストバルや指導官が息巻く中、グイーデンだけは、「かつての」教え子のことを思い返していた。
ーー
「ブルーダー、聞いたか?あの強化訓練プログラム、もう踏破した者が出たようだぞ」
『そうか、早いな。彼女なら、やるとは思っていたが』
「おや、キミが気にかけている星渡りだとは、まだ言ってないはずだが?」
『……グイーデン』
キャンプのテントの片隅。
グイーデンはエアリオとの情報共有のため、指導教官のブルーダーと通信を開いていた。
セントラルリーダーの右腕、エアリオの一番槍といえば、彼だ。……そして、かつての教え子でもあった。
バツが悪くなったか、機嫌を損ねてしまったか。画面越しでもわかるほどに、悶々とした威圧感が伝わってくる。キャストはヒューマンたちのように表情が変わらないはずなのだが、グイーデンにとって彼の機嫌や表情はわかりやすい事この上なかった。
『コルテスから真っ先に通信が来た。……からかうのはよしてくれ』
「だが気にかけているのは違いないだろう?」
『それについては、お互い様だ』
はて、なんのことだろうかと、情報共有の画面を切り替える。
むぅと納得のしていない呟きが聞こえた。情報に目を通しながら、要所で簡単な確認を交わしていく。
報告書にも彼女の名を多く見かけるようになった。
「ふ……、教え子の成長とは早いものだな」
『私だけが指導に関わっているわけではないからな。だが、自立していくのは喜ばしいことだ』
「ほう、そう思うか」
コツ、無機質な指が電子版を叩く。乾いた音とともに開かれたのは2人の星渡りと、ガロアの愛娘、アイナの画像。3人がロストセントラルに潜入した際の報告書だ。
「久しく、思い出したよ。キミがたった数日でエアリオ中のコクーンの最高レコードを塗り替えてしまったことなどを。な」
『技術の向上に勤めよと言ったのはグイーデンだろう?』
「もちろん言ったとも。君も覚えがあると思うが、そうは言っても素直に実行できないものだ。……その頃から、ブルーダー。キミは突出していたな」
『そう……だろうか』
初回の報告書のいたるところに、追加調査やイルマから受け取った情報の補足事項が書き足されている。さらなる調査は、あの星渡りに頼みたいとの希望も多かった。
あの3人にかけられている期待は、非常に大きい。
成果を上げるたび、行動を起こすたびに、その期待は際限なく膨れ上がる。その状況や雰囲気は、ブルーダーがクロフォードの補佐に抜擢されるまでの動きと、どこかよく似ている気がした。
当の本人は、よくわからないといった風に首をかしげているが。
「気がつけば、セントラルアークスのまとめ役だ。私も鼻が高いものだ」
『あまり、良い聞こえ方がしないのだが』
「素直に嬉しいと言っているんだ。こうして、仕事ができることも含めて。言葉通り受け取ってくれ」
異例の昇格、という印象が強かった。
星渡りはハルファの人々と共存し、戦うことを選ぶ者が多い。今でこそ星渡りの数も増え、すっかりハルファの生活圏に馴染み役職を持つことも珍しくない。
しかし、ハルファの中心を担うセントラルの重役、となれば話は変わってくる。
彼の強さと功績を素直に認める者もいれば、正体のわからない星渡りには任せられないという者もいた。さらにはクロフォードに取り入っているなど、根も葉もないことを言う者も少なからずいた。
しかし彼はそのような戯言には一切耳を貸さず、ただ「彼の力になりたい」と。
二つ返事でそれを了承した。
(若さ故か、性格なのか。ともかく、予想をいつも超えていくのがキミたちだ)
ドールズの驚異に怯えることのない、平和な世界。
ネクス・エアリオから受けた被害も癒えていない。そんな夢物語は叶わないと誰もが諦めながらも、僅かな希望を抱えている。彼が思い描く理想は暖かいものに違いないはずだ。
そう私に言ってのけたことを、ついこの間のように思い出せてしまう。
あれから、随分の月日を重ねてしまっているが、彼の意志は未だ刃こぼれすることを知らず、鋭さを増していくのだろう。
もう以前のような、手助けの必要はない。立派なアークスだ。
『……グイーデン。今日は、考え込む時間が長いぞ。何かあったのか』
グイーデンが通信画面に意識を戻すと、報告書の確認は全て完了している。
拡大されたワイプからは、ブルーダーが心配そうにこちらに視線を向けていた。
「いや?なんでもない。そうだ、一つ。久しぶりに助言をしよう」
『助言?』
ますます、なんのことだかわからない。ブルーダーが、困惑しながらも身構えている。
そういうところだ。戦闘面を除けば、まだまだ学んでほしいところはあると、どこか安心を覚える。
「自立したアークスは自由にフラフラしがちだ、そうだな?」
『ふむ』
「……手放したくないなら、早めに手を付けておくことを進める。キミは知らないかもしれないが、いろいろ目をつけられているぞ。彼女は』
『……ふ、む!?』
「リテムでは、随分グラートのところに通っていたしな」
『ちょ、っと。待ってくれ!私は、別に……』
「む、噂をしていれば、キャンプに戻ってきたようだ。レイヨルドの調査に行っていたらしいからな」
戻ってきたと聞いて、画面越しのブルーダーがやや身を乗り出す。
そういえば、つい先日まで彼は外の調査に出ていたのでエアリオに戻ってきたのも、通信が繋げるようになったのも久しいことを思い出した。
『そ、そうなのか。それで、彼らは息災なのだろうか』
「ああ、流石にいまは疲れているようだが」
『……』
『グi「では、報告は以上だ。キミもゆっくり休むように。……またな」
少し話したい、という彼の希望は見え見えだったが、グイーデンは何事もなかったかのように笑って通信を閉じた。
そう、教え子の成長や自立は喜ばしい。手をかけた、気にかけていた者ほど、なおさら。
指導教官ならば、誰しもこの喜びは知っている。
彼が知らないのは。
戻らないとわかっていながら、送り出した後。言葉にならない感情だけだ。