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    wamisabyy

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    wamisabyy

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    5月スパコミ🔞新刊、蛍タル蛍の進捗(導入)
    ・姫様有
    ・アビ蛍タル

    #原神
    genshin
    #タル蛍
    chilumi
    #蛍タル

    5月 スパコミ新刊進捗🔞 ――あっ。

     一晩降り注いだ雨によってぬかるんだ地面に足を取られ、視界がぐらりと急回転した。身体が傾き、浮遊感に包まれる。足場を失った両足はぷらん、と宙に浮いたまま、ちょうど真後ろが崖先だったせいでそのまま吸い込まれるように転落していったのだ。
    「ほっ、蛍……っ!」
     気付いたパイモンが顔を青ざめさせ、悲愴と絶望に満ちた声で叫ぶ。崖下に広がる湖へ落ちていく最中、蛍は風の翼を広げることも忘れ、ただひたすらに重力に従うことしかできなかった。
     どぶん、という音とともに、水の中へと沈む感覚に襲われる。冷たい水が体温をどんどん奪っていく。酸素を求めて開いた口から、ごぽっと大量の空気の泡が零れ出た。もがく手には何も触れない。
     苦しい。息が出来ない。このままでは溺れてしまう。
     思っていたより深さのある湖は、底がないようだった。もがいて、なんとか腕を湖面に伸ばす。けれど何故か身体が浮上しない。
     蛍は金槌じゃない。普通に泳げる。それなのに鉛が埋め込まれたみたいに、手足が重かった。
     微かに元素力を感じる。どうやら蛍が落ちた先は普通の湖ではないらしい。
    「っ……!」
     ごぽっ、と酸素の泡が口から溢れた。そうこうしているうちに意識が遠くなっていく。
     落ちる。落ちる。――落ちる。
     日の光が遠ざかっていくのが見える。昼間だというのに湖の中は酷く暗い。あっという間に何も見えなくなった。
     耳元を掠める小さな水の音すら聞こえなくなって、蛍は完全に水中へと沈み込んでしまう。伸ばした手が水面に触れることはない。光もない闇の世界へ堕ちていったその刹那、何かに強く手を引かれるような気がして――……意識を、手放した。

     タルタリヤは大粒の涙を絶えず流す少女を目の前にして、至って冷静でいられた。
    「蛍っ……ほたるぅうう……っ!」
     うわああん、と子供にも負けず劣らずの声量で泣きじゃくるパイモンに呆れ、深く息を吐く。そしてその白い頭に手を置いて無造作に頭を撫でる。街の子供達や弟達によくするそれを、本来であれば「子供扱いするな!」と怒る余裕もないのか、滾々と涙を流している。
    「そんなに心配することかい?」
    「逆になんでお前は冷静なんだよ! 蛍が湖に落ちちゃったんだぞ!」
    「湖に落ちただけだろ。彼女なら自力で泳げるじゃないか、君じゃあるまいし」
     以前蛍から聞いた、二人の出会いの話を思い出す。パイモンが溺れていたところを釣り上げたと聞いたときは笑い過ぎて酸欠になるかと思ったものだ。
     タルタリヤ自身も釣り好きを自称しているが、どれだけ大物を釣れたとしてもその話には到底勝てやしないだろう。
    「なっ、なんだと!」
     わなわなと小さな拳を震わせたパイモンは、タルタリヤに構うよりも今は一刻も早く蛍を心配するべきだと判断したようだ。ぐすぐすと鼻を鳴らしながらも、それ以上は何も言わず湖の中を覗いていた。
    「大丈夫だよ、そんなに心配しなくてもお嬢ちゃんなら無事にあがってくるさ」
    「……うん……」
     パイモン自身も、信じていないわけじゃない。蛍の実力と計り知れない才能を一番知っているのは自分だと自負している。けれどそれとこれとはまた別の話で、どうしたって不安なのだ。
    「取り敢えず湖まで降りようか。結構な高さから落ちたなぁ……」
     下に湖があって良かった。とはいえ、その湖の水深が浅かったらたとえ百戦錬磨の彼女でも無事では済まない。それに崖の上からの転落だ、無傷というわけにもいかないだろう。もし最悪の場合――……などと考えても仕方ない。
     タルタリヤは湖面を見つめたまま動かないパイモンに声をかけ、早足で坂を下った。背後からパイモンの慌てた声が聞こえる。彼女が飛んでくるのを待って、二人で降りた。
     上から見るよりもずっと大きな湖の畔に立つ。水深はかなり深いようで、水の中はほとんど見えない。波一つない鏡のような湖面に太陽の光が反射して、きらきらと輝いている。
    「蛍ーっ!!  どこだ!?」
     耐えきれずパイモンが大声で叫んだ。蛍からの返事はない。代わりに聞こえてきたのはパイモンの声に驚いた鳥の羽ばたきだった。ばさばさっ、という音と共に数羽の青鷺が空へと飛び立つ。
    「うぅ……どこいるんだよぅ……!」
    「もしかしたら気を失ってるかもしれないな。水の中に落ちれば人間の身体なんて浮かないものだし」
     タルタリヤが淡々とそう言うと、パイモンは全身からサァッ、と血の気を失わせ再びぼろぼろと泣き出した。
    「ほっ、ほたるが、死んじゃったら、オイラぁ……ッ!」
    「あぁもう、泣くのはまだ早いよおチビちゃん。泣くなら相棒が見つかってからか、死んでるのが分かってからにしないと」
    「お、おまえっ、嫌なこと言うなよ!? 蛍が死ぬなんてっ、死ぬなんて……ッ!」
     そう言ってまたべそべそと泣き始めるパイモンを見て、タルタリヤは肩をすくめた。 彼女を泣き止ませるよりも手っ取り早いことをしよう。
     凪いだ湖面に触れ、体内の元素力を働かせる。集中するために目を閉じ、大きな渦をイメージする。すると、手の中で凪いでいた湖面が波立つ感覚があった。少しずつそれは大きくなり、ついには水面を押し上げるほどに激しく揺れ動いた。
    「わっ、なんだっ……!?」
     ゆっくりと、目を開ける。少し前まで穏やかだった湖が嵐のように荒れていた。
    「相棒を探して」
     短く告げると、応えるように湖の水が勢いよく宙へ舞い上がる。
     まるで龍の身体のようにうねる水の帯は、やがて水でできた一匹の大きな蛇の形をとった。蛇の頭はぐるりと湖を見渡して、ある場所に目をつけるとその奥底へ潜っていく。タルタリヤはただ静かにその様子を見届けた。
    「おぉ……!」
     隣でパイモンが感嘆の声をあげる。どうやら泣き止んだようだ。大きく見開かれた夜空色の瞳から涙が零れる様子はない。
    「そんな驚くようなことか? 君たちの前で鯨を見せたことがあったろ、それと同じだよ」
     不自然に波立つ湖を見ながら、初めて鯨を見せた時を思い出す。二人の、そんなのありなのかよとでも言いたげな顔。今思い返しても笑えてくる。
     刹那、空から何かが降ってきた。
     どぼん、と重い音が響く。湖面が跳ねて水飛沫があがる。隣にいたパイモンは驚いて咄嗟にタルタリヤの背中に隠れた。一瞬の静寂。
     蠢いていた湖が徐々に凪はじめ、蛍を探させていた蛇を消されたのだと気づく。 そして、高らかに響く厳かな声。
    「――故郷の水を侵す者よ、裁きを受ける覚悟は出来ているか?」
     湖の中から現れた巨大な影に、背後から小さな悲鳴が聞こえた。ここは璃月の土地。ならば彼女がいることも不思議じゃない。
     ローデシア、璃月の水源の主である純水精霊だ。タルタリヤは静かに憤怒を露わにしている浄水の主を見上げた。


    (中略)


    「正直者のお前には、どちらも差し上げよう」
    「……は?」
     一瞬、何を言われたのか分からなかった。最初に聞かれた方の蛍の泡が目の前に差し出される。近くで見れば見るほどそっくりだ。
    「ど、どっちか片方じゃないのかよ!?」
    「いいや、両方共だ。正直に答えたのだからな」
    「い、意味がわかんないんだぞ!」
     パイモンの言う通りだった。どういう理屈なのか訳が分からない。
    「なに、暫くすれば戻る。要は済んだ。ならばさっさとここから立ち去るがいい」
    「えっ!? ちょっ、ちょっと」
     待って、と言おうとした口をタルタリヤの背丈を優に超える巨大な波が塞いだ。瞬く間に体の自由を奪われ、抵抗することも出来ず流されていく。一緒に流されたパイモンが溺れそうになっているのを見つけ、水元素を操って彼女の周りの水流の勢いを弱めてやる。
     どれくらい流されただろう。湖はとっくに見えなくなり、見覚えのない場所でようやく解放された。
     タルタリヤが一応守っていたとはいえ、全身びしょ濡れになったパイモンは息を切らしながら草木が茂る地面に倒れ込む。
    「うぅ……あいつ、めちゃくちゃすぎるぞ……」
    「ほんとにね……でも、まぁ」
     一先ず全員無事なようだ。正確には全員プラス一人、だけれど。
     タルタリヤは起き上がり、大きく息を吸って吐く。隣に同じように倒れた二人の少女を見遣り、そして深いため息を吐いた。
     囲っていた泡が消え、ぐったりと伏す二人。こうやってマジマジと見ると、何もかも瓜二つで驚いた。腕の細さ、肩の丸み、手の大きさ、耳の形まで、一緒だった。
     タルタリヤとパイモンは顔を見合わせる。互いに考えていることが分かって苦笑するしかない。どうしようか、この状況。
    「取り敢えず、これ以上身体を冷やさないように何処か風を凌げる場所に行こう」
    「そ、そうだな! じゃあオイラが探してくるよ」
    「あ、」
     タルタリヤが待ったをかけるよりも早く、パイモンは宙に浮いて飛んでいってしまった。逃げられた。
     まぁいいや、彼女が良い場所を見つけてくれることに期待しよう。薄情な相棒の案内係に取り残されたタルタリヤは水を含んですっかり重くなった自身の服から水分を抜き取り、それらの水滴を宙に集め、掌サイズの鯨をつくる。鯨というより少し頭が大きな魚に近いかもしれない。鉄砲フグみたいだ。それらを一匹、二匹、三匹……と作り出し、自我を持つ本物の魚のようにタルタリヤの周りをグルグルと泳ぎ始めた。
     脱水されただけで幾分か軽くなる。乾燥したわけじゃないから湿っている感覚は否めないが、さっきよりは随分マシになった。二人の蛍から同じように水分を抜き取ってフグに似た鯨をつくる。タルタリヤと蛍達の周りを生き生きと泳ぎ回る彼らはとても楽しそうだ。
     これで熱を奪われる心配もないだろう。タルタリヤは水元素を操って魚達を水源がある場所に向かわせた。水に触れれば自然と元に戻るようになっている。
     未だに目が覚めない二人をそれぞれ両肩に抱え、パイモンが飛び出して行った場所に自身も向かう。肩に乗る重さはあまり変わらない。強いて言えば、本物ではない蛍の方が軽いくらいだ。
     二人の肌はひんやりとしている。タルタリヤの体温と合わさってほんのりと温かさを感じながら木々の間を抜けていく。パイモンはこの森のどこかにいるはずだ。
    「おーい、公子ー! 空き家を見つけたぞ!」
     パイモンの声が聞こえたのは意外にもすぐ近くだった。パイモンが言う空き家は、木々に囲まれた小さな小屋だ。人の気配はなく、誰かが住んでいる形跡もない。扉を開けると、中はこじんまりとしていて、四人が休むには少し窮屈に思える。けれど華奢な少女を二人寝かせるには十分な広さだ。
     少し埃が被った床にそうっと二人を横にする。困惑した様子のパイモンが「えーっと……」と口にする。
    「……どっちだ?」
     その質問は恐らく本物の蛍はどっちだ、という意味だろう。
    「どっちだと思う?」
     相談なく一人先に行った仕返しとして意地悪く尋ね返すと「む」と眉間にシワを寄せたパイモンは「う~ん」と考え込んだ後、「やっぱり右だ!」と自信満々に言い放った。
    「へぇ、理由は?」
    「えっ? ……うーんと、勘!」
     勘かよ。
     その声が大きかったのか、下から小さく咳き込む音が聞こえてきた。
    「げほっ……ぅ、」
     意識を取り戻したらしい。片方の蛍がゆっくりと瞼を開く。
    「ここは……?」
     ぼんやりとした目で辺りを見回した後、タルタリヤとパイモンを見ると彼女は勢いよく起き上がった。まだ意識がはっきりしないらしく、呆然としたままでいる。
     普段なら、大切な旅の仲間のお目覚めに一目散に抱き着いてワンワン泣いていたであろうパイモンは慎重な面持ちでタルタリヤの隣にいる。まだ確信が持てないのだろう。
    「……貴方達は?」
    「うぇっ」
     蛍の声で、蛍の顔で尋ねられ、パイモンは思わずカエルの鳴き声のような変な声を出した。
    「オ、オイラはパイモンだ。その、ほ、蛍、だよな……?」
     彼女の声は酷く自信ない。それはそうだろう。今まで一緒に旅をしていた相棒と瓜二つの人物を前にして平常心を保つ方が無理な話だ。
    「……そうだけど。どうして私の名前を知っているの?」
    「え、えーと、その、」
     本物の蛍ではないのか、それとも本物の蛍が記憶を失っているのか。パイモンが混乱しているのがよく分かる。答えを出すのは難しい。隣から助けを求めるような眼差しを向けられ、タルタリヤは肩を竦めた。
    「俺はタルタリヤ。湖に溺れていた君を助けたんだけど、どうして溺れていたのか覚えているかい?」
    「溺れ……あぁ、思い出した。崖から滑って落ちた先が湖だったの」
    「その前は?」
    「その前?」
     蛍は首を傾げた。暫くして考え込む素振りを見せ、そして上目でタルタリヤに視線を向けた。
    「仲間と旅をしていた途中だった」
     ヒュウ、と冷たい風が頬を撫ぜる。外から吹いた風ではない。粗末だがこの部屋や扉には隙間がなく頑丈で、埃っぽくなければ室内の温度は快適だ。しかし、まるで外の木々や草花が風に揺られているような感覚が肌に纏わりつく。落ち着かない。
     武人としての己が、告げている。この少女は、危険だと。タルタリヤに、パイモンに向けられた、どこの鉱石よりも美しいはずの琥珀は何処か虚ろで濁っている。直感的に悟ってしまったのだ。目の前の少女が「何か」で出来ているということを。それが何なのかは、今の状況じゃ判別出来ないが。
     タルタリヤはじっと少女の目を見る。少女もまた見つめ返してきた。
    「……どうしたの?」
     そっと囁くような声は、普段から大声を出さない控えめな彼女とそう変わらない。春の長閑な日差しのような、それでいて、しゃぼん玉のような危うさを兼ね添えた、コマドリみたいな声。これを本人に直接言ったことはない。
    「蛍、お、オイラ達のこと、覚えて、ない、のか……?」
     パイモンが声を震わせながらおずおずと尋ねた。いつも元気いっぱいで、うるさいくらいの彼女が弱々しくなっている姿なんて珍しいが、それを気にしている余裕はない。タルタリヤは横目でパイモンの青ざめていく顔を見ながら、決して目の前の蛍によく似た少女から意識を逸らさなかった。
    「うん。初めて会うと思うけど……」
     漂う空気が少しずつ淀みを増していくのが分かる。タルタリヤはこれまでの経験から自然と息を殺していた。意識を全て彼女に集中させる。いつだって、準備は出来ている。
     ほんの僅かな沈黙が流れ、それから、彼女はふ、と虫を誘う花が如く妖艶な仕草で口許を歪ませた。
    「……殺気、隠したら?」
     その、ひと言たるや。
    「ッ!」
     弾かれたようにパイモンが後ろに飛び退いた。タルタリヤ依然として少女を睨み、その一挙手一投足も見逃さないようじっと観察する。
    「私たち、何処かで会ったことある? 何か貴方から恨みを買うようなことをした覚えはないと思うのだけれど」
     可憐な少女らしく、おどけたように首を傾げ笑う蛍は確かに可愛らしい。けれど、その声色は氷のように冷たく、心臓の奥底まで突き刺すような鋭利さを孕んでいる。
     ゾクゾクと、タルタリヤの背筋に悪寒が走る。これは恐怖でも怒りでもない。歓喜だ。強敵にあいまみえた際に感じるあの感覚と同じ。
     全身の血が沸き立つ。身体中の細胞が震える。本能が叫ぶ。戦いたい、と。手の先が愛武器を求めてしまうのを堪え、タルタリヤは少女の隣を指さした。少女の視線が自分の隣を向く。そして僅かに瞳を揺らした。
    「……ん、…………、んん……」
     三人の視線が未だに目を閉じて唸る、もう一人の蛍に集まる。頬に張り付いた髪を鬱陶しそうに顔をしかめると、彼女は長い睫毛を震わせながらゆっくりと瞼を開いた。少しずつ見えてくる琥珀の瞳。やはり、寸分違わず同じ色だ。ぼんやりとした様子で辺りを見回し、まず先にタルタリヤと目が合う。次いでパイモン、そして。
    「……わた、し……、……?」
     蛍は呆然と呟いた。当たり前だ。目が覚めたら自分とそっくりの人間が隣にいるのだ。まず夢かを疑って、頬を抓る。そう、今の彼女のように。
    「……いたい」
     夢じゃないのだから、痛くて当然なのだが、そう呟かずにはいられないらしい。蛍は恐る恐る身体を起こしてもう一人の自分を見つめた。まるで鏡合わせのようにそっくりで、違う場所がない。
    「どういうこと……?」
     どちらかの蛍が零したその質問に答えられる人間はいない。タルタリヤはただ黙り込み、パイモンは落ち着きなく交互に視線を行き交わせ、二人の蛍は困惑した表情でお互いの顔を見ていた。沈黙。
    「……状況を整理しようか」
     暫くして、タルタリヤが重い口を開けた。タルタリヤの提案に異を唱える人はいなかった。


    (中略)


    「つまり君たちは同じ存在ってことか?」
    「そうみたい」
     答えたのは別世界の蛍だった。泣き疲れて眠ったパイモンの米まんじゅうのような頬に指を沈めながら、クスクスと笑う。その笑い方もこちらの蛍とそっくりだから調子が狂う。
     鋭利な刃を忍ばせたパンドラ、もしくは毒を隠した綺麗な花。彼女に油断も隙も見せてはならないと本能が訴えかける。未だに警戒されていることに気付いた蛍は、くるりとタルタリヤを振り向く。
    「安心して、命の恩人である貴方を殺すつもりなんてないから。殺されたいなら話は別だけどね」
    「……初めて会話をしたときからそうだけど、俺に対して冷たくない?」
    「私、ファデュイ嫌いなの。氷神とは気が合わないんだ」
     あんな偽善者、と零した彼女の喉元に刃先を宛てがう。いつも使っている武器ではなく、ただの暗器用のナイフだ。
    「女皇様への侮蔑として受け取ってもいいのかな」
     ハリのある肌に切っ先を軽く食い込ませると、僅かに滲み出た赤い血が一筋流れた。それでもなお柔らかな微笑みを浮かべて見据えてくる彼女に、タルタリヤは思わず唇の端を持ち上げる。タルタリヤ、と制止の声が隣から聞こえ、暫くして首に当てていたナイフを下げた。刃先をしまい、懐に戻す。
    「君に俺を殺す気がなくても、もしかしたら俺が君を殺してしまうかもな」
    「ファデュイが、私を? ふふ、無理でしょ。貴方弱いし」
     久しぶりの、この感覚。挑発的な彼女の瞳が胸の奥に引っ込ませていた、強者に対峙したときに沸き起こる闘争心を刺激する。
    「やってみないと分からないだろ? 相棒と同一人物なら君も強い筈だよね。どうかな、ちょっと外で軽く殺り合わない?」
    「……タルタリヤ」
     面倒事は起こすな、と言わんばかりの鋭い眼差しが横から突き刺さった。
     弓に伸ばしかけていた手を下ろし、渋々乗り出していた身を元に戻す。タルタリヤとて、彼女を困らせることは本意ではない。大人しく引き下がったタルタリヤを見て蛍は自身とそっくりな彼女にも同じ視線を向けた。
    「お願いだから好き勝手はしないで。この世界の蛍は私。周りが誤解を招くような行動は控えて欲しい」
    「彼と戦闘することが、貴女にとって誤解を招くことなの?」
    「そういう意味じゃない」
     蛍は眉を寄せて嘆息する。それから改めて彼女を見遣り、小さく口を開いた。
    「……とにかく、私が二人いるってことを知られないようにしなきゃ。元に戻るまで貴女は洞天から出ちゃだめ」
    「洞天?」
     なぁにそれ、とタルタリヤから視線を逸らした彼女が少女然とした顔で蛍の手元を覗き込む。タルタリヤにも見覚えのあるそれが視界に入って、あぁなるほど、と思い至る。璃月の仙人達が暮らす空間を特別に手にした蛍に、タルタリヤが初めて誘われたのは随分前の話である。珍しく彼女の方から戦闘に誘ってくれたと思っていたのに、出迎えてくれたのは身の毛がよだつ程の殺気でも肌が張り詰めるようなピリピリとした緊張感でもなくて、ゆっくりと波が押しては引いてを繰りかえす穏やかな景色と、生活感あふれる空間、そして温かな食事だった。そのときは正直拍子抜けしたが、彼女の手料理だというそれらを口にして以来、定期的に訪れている。もちろん勝手に。呼ばれたのは最初の一度きりだ。
    「ふぅん、そんな便利な場所があるの」
    「はい、これ。貴女の通行証。これがないと入れないから」
     ひと通り洞天の説明を終え、蛍は蛍に小さな木札を渡した。興味深そうに矯めつ眇めつ眺めたあと、「わかった」と言って懐にしまった彼女は再びタルタリヤを見た。
    「貴方も持ってる?」
    「持ってるよ」
    「そう、ならいつでも会えるね」
     蛍の声で、蛍の顔で、蛍の笑い方で、その台詞を紡ぐ。その瞬間、心臓がどくりと跳ねた。違う、これは蛍であって蛍じゃない。全く別の人、という訳でもないが、兎に角、彼女からそんな夢みたいな言葉を吐かれたことはない。
     顔が熱くなってくるのを悟られないように「殺し合いのお誘いなら大歓迎だよ」と冷静を取り繕って冗談を返す。蛍に似せた顔で笑う彼女の腕を、本来の蛍が掴んだ。
    「面倒事はやめてってば」
    「……はーい」
     肩を竦めて返事をした彼女に反省の色はない。
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