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    slow006

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    slow006

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    最後まで事に及べてないのに擬似賢者タイム状態になるのではないかなと考えるとめちゃくちゃ面白いので、一回くらいぶち折って欲しい。

    ベッドをぶち折る及菅二人分の荒い息が耳についた。この日は普段と打って変わって性急で、すぐにでも食い散らかされそうな勢いに菅原は身震いした。それは底知れぬ不安でもあったし、これからやってくることへの期待でもあった。互いのシャツに手を差し込み捲り上げる。直接肌と肌が触れ合う。どちらの身体もすでにしっとりと汗ばんでいて、同じくらいに熱かった。貪るように唇を合わせて、半ば抱え上げられるようなかたちで菅原はベッドにどさりと転がされる。そしてコンマの差もなく及川も菅原の上にのし掛かった。ぐっとベッドが深く沈み、ギシリと軋む音が響いた。

    成人男性が二人で眠るには狭いシングルベッドは、菅原がひとり暮らしを始める際に購入したものだ。あまりお金をかけたくなくて、値札に大きな文字で「特価!」書かれたシンプルな木製のベッドを選んだ。
    そんなベッドとのお付き合いもかれこれ六年ほどになる。及川が日本へ帰ってきたときには、二人で縮こまって眠るか、ベッドと床に敷いた布団に分かれて眠る。実のところ、年季が入ってきたからか菅原一人で眠ってもまあまあ軋むのだ。そのため、日頃はあまりどすんと座ったり寝転んだりしないように注意していた。

    しかし、今日はすっかり失念していた。なんと言っても及川の帰国は1年じゃきかないくらい久しぶりだったし、近頃は互いに忙しくてテレフォンセックスもご無沙汰。なんなら自分で慰めることすらしていなかった。待ち合わせをして、そのままぶらぶらして、部屋に帰る頃には大いに盛り上がっていた。だから、だからだ。ベッドのことなんて気にも留めていなかった。早く触れ合いたい、抱き合いたいという気持ちでいっぱいだったから。

    はじめに菅原の腰のあたり、及川の膝が乗っている部分が、がくんと落ちた。それと同時にバキッという鈍く大きい音が部屋に響いたのだった。体制を崩した及川は前につんのめり、菅原といえば何が何だかわからないまま、不安定になった及川の身体を支えた。

    よろよろと四つん這いの体制に持ち直した及川がぱちくりと菅原の顔を見る。菅原も同様にきょとんと惚けた顔をしていて、二人はのろのろとベッドから下りた。さっきまでの熱はどこへやら。大きな音と異常をきたしたベッドに思考のすべてを持っていかれてしまい、捲り上がったシャツを戻す。いざ離れて見てみると、ベッドは大きく歪んでいた。中心が下に下がっている。この時点からなんとなく予測はしていたようで、及川がちらりと盗み見た菅原の口角はうっすらと上がっていた。それを見て及川は湧き上がるものをぐっと堪えて唇をぎゅっと噛んだ。

    「……捲るよ。」

    揃ってベッドの横にしゃがみこみ、及川が丁寧に被せてあったシーツを引っ張る。菅原がわざとらしく神妙に頷いて、及川の口からは空気が少し漏れた。シーツの下が明らかになり、布団、低反発のマットレスが顔を出す。そしてその下のベッドフレーム。二人の視界に映ったのは無残にも折れた横桟だ。真ん中あたりのところでがっつり折れている。

    はじめは沈黙だった。おそらくなんて形容して良いか、わからなかったんだと思う。何せ、ベッドが折るなんて初めての経験なもので。次にフゥと息が漏れた。菅原から発せられたものだった気もするし、及川が堪えきれず吹き出したものだったかもしれない。あるいはその両方。そして再び沈黙。パサリとシーツが重力に従って落ちる。それが合図だった。

    「あっっっはははっはっははははは折れてるーーーーー!やべーーーーーー!」
    「うっっそでしょベッドって折れるんだあははっははっははははははは!」


    何せ、ベッドが折るなんて初めての経験なもので。傾いたベッドの傍ら、菅原と及川がひとしきり笑い転げた。


    人の営みにおいて、寝具は大切な家具だ。それが豪快に壊れ、笑い、のちに菅原に訪れたのは現実である。値段はピンキリだが、それなりにきちんとしたものを買おうとすればまあまあ高い。菅原も三十手前、下手なものを買って身体に支障をきたすのは勘弁だ。すぐさまベッドを買えないわけではないが、急な出費としては少々手痛い。
    先ほどとは一転、折れたベッドを撫でながら項垂れる菅原の姿があった。うーんと唸り、何やら指折り数えている。そんな背中を眺めながら、及川はスマートフォンでベッドの相場を調べていた。するすると画面をスクロールしているうちに、気がつけば少し気持ちを持ち直したらしい菅原がぺったりくっついて画面を覗き込んでいる。

    「寿命もあるかもしれないけど、体重考えたらほぼ俺のせいじゃない?俺もお金出すよ」
    「いや、俺が使うやつだし……まあ、そこまで高いもん買う気もないし気にすんな」

    へらりと笑う顔はいつも通りだ。さきほどのうなだれタイムでおおよそ予算をつけたのだろう。めぼしいものを見つけたのか「お、これ良いな」と画面を指差す。菅原が指した商品の詳細ページをタップして、及川は続けた。

    「でも、こっち来たらスガちゃんと一緒に寝たいしさ、」

    えっちなこともしたいじゃん。猫の挨拶よろしく、こてんと首を傾けて菅原に頭を預けた。当たり前だが、菅原の髪がふわふわと顔に触れて、くすぐったい。
    もうすっかり熱は落ち着いてしまったが、おあずけはおあずけだ。事に及ぼうとした途端にベッドが壊れるなんて経験は一度で十分だし、自分の手の届かないところでまたベッドが壊れたりして、怪我をされても嫌だ。それならば多少高く見積もってでも頑丈なベッドを買うに限る。

    乗せられた頭が重かったのか、のそりと菅原の首が揺れる。それを察して及川が姿勢を戻すと、じとりとはしばみ色の瞳が及川を見ていた。眉間にはシワが刻まれていて、一瞬「何か失言だったかな」と焦ったが、耳にはほんのり赤がさしている。

    「スガちゃん?」
    「……ばーか」

    忘れてたのによ。はあ、と吐く息は熱を孕んでいる。今度は菅原が及川にもたれかかる番だった。するりと腰に回された手には意図を感じて、及川の耳もさっと熱くなった。飛んでいった熱が戻ってきた。ベッドが折れるまでは大いに盛り上がっていたのだ。再熱するのも容易い。

    「……ホテル行って、起きたらベッド見に行こっか」
    「……おう」

    腹の底にぐらぐらと煮える熱をぐっと堪えた及川の提案に菅原が頷く。回された手が腰から腕、手のひらに移り、互いの指を交差させて、きゅっと握り込まれる。返事をするように自分よりほんの少し小さい手を同じくらいの力で握り返せば無言で手を引かれ、折れたベッドを横目に二人は玄関へと向かったのだった。
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    slow006

    DONEリプorマロ来たセリフで短編書くで、リクエストしてもらいました!
    思い出を全部大事に抱えているのは、及川の方だと思っている。
    ねぇ、こうちゃんいつのまにか眠っていたようだった。
    日曜の昼下がり、暖かな春の空気に包まれて菅原はすっかり眠くなってしまった。ぼんやりとした頭と気怠い身体に逆らうことなく、居間にあるソファーに深く腰掛け、微睡むこと早一時間。せっかくの休日が……と、のろのろ身体を起こすが、左手だけ自由が利かず、立ち上がるまでには至れない。仕方がないかと半開きになったベランダへと続くガラス扉のほうを見る。すると、網戸越しにベランダの手すりの上をするりと通るかたまりが見え、菅原は二十代の頃に暮らしていたアパートを思い出した。同じようにベランダの手すりの上を滑るかたまり。斑ら模様を歪ませながら手すりの上を器用に歩くのは、菅原の住むアパートの、二軒先の戸建てで飼われている猫だった。さぞ良いものを食べているようで、外を出歩いているのにも拘らず毛並みが良く、水晶玉のような瞳はきらきらと輝いていたのを覚えている。いつだって仏頂面をしているその猫はどこか及川の幼馴染である岩泉を彷彿とさせるため、菅原は勝手に「岩泉」と呼んでいた。それに対し、及川は「スガちゃんさあ、よく見て!岩ちゃんはもっと愛嬌ある顔してるし!」と遺憾の意を示したが、菅原がそれを受け入れることはなかった。そもそもこの猫が家人に「ミーコ」と呼ばれていることを知っている。それでも、菅原にはもう岩泉にしか見えないので「岩泉」なのだ。
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    slow006

    DONEリプorマロ来たセリフで短編書くで、リクエストしてもらいました!
    弱っている及川さん良いよねと思いつつ、こんな弱り方するか?と己の解釈と戦っている……。想定していたシチュじゃなかったら申し訳ない……。
    何も云わないで薄暗い玄関にいた。春からの新生活に向けて引っ越したばかりの部屋は物が少なく、未開封の段ボールがそこらかしこに鎮座している。引っ越した、と言ってもまだ準備段階。ここに住んでいるわけではなく、住環境を整えている真っ最中だ。照明もまともに機能しているのは部屋のなかだけ。玄関は用意していた電球ではワット数が合わず、そのままになっている。

    三月も終わりに差し掛かった頃、菅原のもとに一件のメッセージが届く。「これから会えない?」とただ一言。差出人は及川徹。半年ほど前から菅原と交際をしている、要は恋人である。恋人といっても付き合い始めた時期が悪い。部活だ受験だと慌ただしく互い違いになることもしばしば。そもそも通う学校が違う。きちんとしたデートは指で数える程度。なんとか隙間を見つけては逢瀬を重ねていたが、それでもやっぱり恋人というには時間が足りない気がしていた。そして、この春から二人は離れ離れになる。菅原は地元の大学へ進学。及川は単身、アルゼンチンに行くという。どうやら知己の人物を師事してとのことだが、よもや誰が予想できただろうか。それを初めて耳にしたとき、菅原は「そっか」とただ一言だけ返した。完全なるキャパシティオーバーで受け止めるのがやっとだった。
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