拝啓、地球の反対側の人洗剤の匂いと肌の匂い。硬い骨と柔らかい肉の感触。じわりと身体を侵食する温度。柔らかそうだと思っていた色素の薄い髪は想像よりも硬く、それでもさらさらと心地良かった。じっとしていると衣服越しにも鼓動を感じて、呼吸の度に胸が動くのがわかる。背中に回される手に安心した。ときおり、大きい犬だとでも思っているんじゃないかというようにわしゃわしゃと髪を掻き回されるのも嫌いじゃなかった。
性欲と人恋しさが異なるということを遠くの街に来てわかった。
慣れない土地、慣れない気候、慣れない言語。唯一言葉がいらないコミュニケーションツールのバレーも、なんだか勝手が違うように感じて上手くいかない。何もかもが目まぐるしく、ついていくのがやっと。そんなこんなで、寂しいだとか、帰りたいだとか、思っている暇はなく、気がつけば及川が日本を出てから半年が経っていた。
菅原との連絡はもっぱらメッセージアプリだ。何せ、地球の反対側である。電話をすることもあるが、生活リズムが違うため稀だ。画面上のやりとりも絵文字やらスタンプやらが散りばめられてそれなりに賑やかだが、単身異国にいる及川としてはやはり電話のほうが好きだった。
声が聞こえるというだけで、温度が桁違いだと思う。目まぐるしい日常を駆け抜け、半年経ち、ほんの少しだけ気持ちに余裕が出たせいもある。人恋しいのだ。チームメイトとハグをすることもあるが、それとこれとは別だった。
はじめは、欲求不満なのかと思った。菅原と付き合い始めてから二年も経たないうちに、日本を出た。そんな恋人に触れたいと思うのは、間違いではないはず。さらには、アルゼンチンに来てからというもの、一人で慰めることもすっかりご無沙汰である。そんな暇もなかった。ならば、やることは一つと自慰に耽ってみたが、いまいちしっくり来なかった。