ランチタイムが予想より客足が多く、明日の納品業者を待つにはやや心細い程度に食材を使ったため、他のスタッフに厨房を任せて不足したものを買いに出た。
アイドルタイムのため、少しの間私が居なくても平気だろう。
これだけあれば充分という量を揃え、買い物袋を抱えてグロサリーを後にする。
そういえば、お店をオープンした当初。
今日と同じように買い出しに出て道に迷い、そこで親切な方に助けて貰ったことを思い出す。
まさかその時は、その方…彼と。
親密な関係、所謂“恋人”になるだなんて思いもしなかったから。
月並みな言葉だけど、人生何が起こるかわからない、ということを肌で感じる。
とはいえ、このところ生活リズムが合わなくて、しばらくの間顔はおろか声さえ聞けない日々が続いていた。
彼はバスの運転手で、仕事の時間帯は不規則だ。今週はナイトバス担当だと零していた。
一方私は私で、料理長という立場上おいそれと休みをとる訳にはいかない。
メッセージアプリでのやりとりはしているけれど。
寂しくないといえば、嘘になる。
昨夜のメッセージでは、今日は夜勤明けで、昼過ぎまで寝るつもりだと言っていた。
この荷物を置いて一段落したら、私からメッセージを送ってみよう。
『我儘かもしれないけれど、明日会いたいです』と。
明日は納品分のチェックをしたらそれ以降の予定は無い。
今日はとりあえず疲れた体を休めてもらって、明日は一緒に過ごせたらいいな。
勿論彼の体調などが大丈夫であればの話だけれど……。
そんなことを夢想して心が躍るのは。
「シェフ以前に、私も普通の女性だったということなのね」
面映ゆい気持ちで独りごちて、帰路に着く。
くすんで見えていたストリートが、微かに色付いたような気がした。