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    流菜🍇🐥

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    ルチ&ゾーン。神に褒められたい気持ちを押し殺しながら定期報告をするルチと、決して褒めてはくれない神の話。

    ##ルチ&ゾーン

    定期報告 治安維持局長官の席は、常に空席になっている。イリアステルからやってきた新長官が、行方を眩ませてしまったからだ。元から権力者の意思に添って統治されている街は、トップが不在になったくらいで運営に支障をきたしたりはしない。長官代理の肩書きを押し付けられた哀れな男が、大企業の社長たちの意思を組ながら、街の政治を回していた。
     しかし、その日は違った。常に空いているはずの座席に、ひとつの影が近づいて来たのだ。それは白い布を見に纏った、子供程の背丈の人物である。ローブのような布を翻しながら、どっかりと椅子に腰をかけると、彼は目の前に手を伸ばした。
     少年の目前に、光のモニターが現れる。それはしばらくノイズを走らせると、ひとつの像を描き出した。それは薄暗い背景の中に浮かぶ、仮面を被った人影である。人影は少年の姿を捉えると、低くくぐもった声で呟いた。
    「ルチアーノですか」
    「はい」
     その呼びかけに、ルチアーノははっきりとした声で答える。容姿の幼さには似合わない、落ち着いていて重みを感じる声だった。外見相応に高い声質が、その異質さを際立たせている。一拍分の間を置いてから、彼はゆっくりと言葉を続けた。
    「定期報告を行います」

     ルチアーノが行っているのは、自らの主人への報告だった。本来は仲間が順番で行うものだが、訳あって彼が押し付けられているのである。居ずまいを正すと、少年ははっきりとした声で告げた。
    「サーキットの出現は、目標よりも少し遅れています。シグナーではない人間のデュエルには、仮定したほどのエネルギーはありませんでした」
    「そうですか。シグナー同士のデュエルは?」
    「そちらも、芳しくは無いようです。仲間を相手にした模擬試合となると、人間は無意識に手加減をします。やはり、我々が前に出るべきではないかと」
    「手の内を明かしてしまうのは、得策ではないでしょう。まだ、大会までには時間があります。ゴーストによる煽動はどうなっているのですか?」
    「悪くはないようです。そちらについては、プラシドが動いています。……命令に従わずに、勝手なことをしているようですが」
     相手の問いかけに、ルチアーノは淡々と答えを返していく。敬語を使っているのは、相手が彼らの創造主だからだ。世界の滅亡を防ぐために彼らを産みだし、過去へと遣わせた偉大なる神である。彼らにとっては、唯一の敬意を現すべき存在だった。
     丁寧な言葉遣いで、ルチアーノは状況を報告していく。それは彼らのデュエルの結果であったり、シグナーの動向でもあった。一通りの報告を終えると、ルチアーノは話題を切り替える。
    「プラシドは、何か良からぬ事を企んでいるようです。ホセの命令に逆らって、工場に籠りきっています。ゴーストのデータも持ち出しているようですし、事を起こすつもりかもしれません」
     苦虫を噛み潰したような顔で、ルチアーノは言葉を紡いでいく。プラシドの単独行動には、彼も散々とばっちりを受けているのだ。流れてきた任務を押し付けられたり、ホセの小言を聞く羽目になっている。自らの受けた不利益を考えると、神に告げ口をせざるを得なかったのだ。
     しかし、ルチアーノの思惑とは違い、神は淡々とその言葉を受け止めた。穏やかな表情のまま、彼の予想とは違う返事をする。
    「その事については、ホセからも聞いています。ゴーストの大群を用意して、デュエリストを戦わせようと考えているとか。彼らしい考えです」
     神は、単独行動を咎めなかったのだ。ルチアーノの心のなかに、一筋の雲が沸き上がる。どうして、命令に背いているプラシドが、追及を受けずに許されているのだろう。どうして、従順にお告げに従っている自分が、功績を讃えられることがないのだろう。膨らんだ疑問は、彼の腹の内でぐるぐると回る。気がついたら、言葉が口から零れていた。
    「神は、プラシドを咎めないのですか? お告げに逆らい、単独行動をしているのですよ。場合によっては、計画が無駄になってしまうかもしれません」
    「まだ、問題が起きたわけではないのでしょう。未来に影響があれば、こちらからお告げを授けます。ルチアーノは、お告げに従ってくれるのでしょう?」
    「もちろんです。僕は、いい子ですから」
     神の問いかけに、ルチアーノは誇らしげな顔を見せる。神がプラシドを咎めなかったことは不愉快だが、自分を従順な代行者と認めていることは嬉しかったのだ。彼は神を一番に慕い、計画の成就に全てを捧げている。神に必要とされることだけが、彼の存在意義を証明するものだったのだから。
     神に、信頼できる代行者として認められたい。認められた上で、その功績を誉められたい。それが、ルチアーノが持つ神の代行者としての一番の望みだった。
    「プラシドについては、こちらからも警告を送るとしましょう。ルチアーノは、心置きなくお告げに従いなさい」
    「はい」
     従順に返答を返しながら、ルチアーノは心に沸き上がる声を聞いていた。もっと誉めてほしい。讃えてほしい。いい子だって、頼りにしているって言ってほしい。溢れだした言葉を、彼は喉の奥に押し込む。それを口にしてしまったら、神の信頼を失ってしまう気がした。
    「くれぐれも、油断することのないように。シグナーの力を見くびってはいけませんよ」
     彼の気持ちを知ってか知らずか、神は釘を刺すようにそう語る。この調子では、彼を誉めてくれることはないのだろう。落胆に染まる胸を抱えながら、平然を装って返事をする。
    「……はい。分かっています」
     会話が終わると、ルチアーノは黙って通信を切った。光の中に溶けていく創造主の姿を見て、大きく落胆の息を吐く。今日もまた、神はルチアーノを誉めはしなかった。貢献が足りなかったのか、それとも、初めから誉めるつもりなどなかったのか。何度考えたところで、問いは堂々巡りを繰り返し、どこにも辿り着きはしないのだ。
     苛立たしげに席を立つと、ルチアーノは室内を歩き回った。インラインスケートが地面に触れて、こつこつと固い音を立てる。怒りの矛先が向かうのは、誰でもない自分自身だ。どうして、この身は期待などしてしまうのだろう。神に褒められたいと、愛されたいと、望んでしまうのだろう。
     愛してほしい。その願いを、捨てることができなかった。飲み込んでも、飲み込んでも、何度でも浮かんで来てしまう。彼の意思とは無関係の領域に、その言葉は刻まれているようだった。
     不快感を振り払うように、彼は部屋の扉を開けた。わざと足音を立てながら、肩を怒らせて廊下へと出る。積み重なった黒雲を払うには、人間を動かすことが一番だ。今日の獲物を捕まえるために、彼は街へと繰り出した。
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