『それって愛って呼んでいいの?』
「ライ〜!」
元気いっぱいで、どこまでも透き通った声が聞こえてきた
「おはよ、マナ」
____緋八マナ。俺の相方で、大切な友達で、ここだけの秘密ではあるが、恋人のような関係の人
「ん、おはよ!」
挨拶を交わすとにこ、っと明るい笑顔を返してくれた
「ライ。今日は任務休みなんやったっけ、良かったら一緒に出掛けん?」
「いいじゃん!ちょうど俺も休みだし行きたい!」
そうして二人で出掛ける事になった
「いい天気やねぇ〜」
散々と日差しが照り付けている中を二人で歩く
「あ、ねぇねぇ。今日のお昼ここ行こうよ」
「え、めっちゃいいやん。行こ行こ!」
そう言って街を歩いている時だった
「わ…あれ、やばくない?」
「ん?ああ、あれなぁ…」
視線の先。そこには男性二人が歩いていた。が、片方の男性の首に首輪がつけられていて、その首輪に繋がっている鎖をもう片方の男性が握っている。と言う光景だった
「可哀想やなぁ。あそこまでせんでもいいのに…」
「仕方ないよ。ほら、もう行こう」
____DOMとSub。この世界には支配されたい人間と、支配したい人間の二つに分かれている。DOMは支配をしたい、する側の人間。Subは支配されたい側の人間の事だ。俺もマナもSubの支配されたい側の人間。だが、ただ支配して己の欲望を満たすために命令をするDOMはまだ見たことがない。見たくもない。
「あ、ライが言ってたのってこの店とちゃう?」
「ほんとだ。めっちゃ外見オシャレ〜」
重苦しいことを考えるのはやめよう。そう思いながらお店の扉を開けて中に入っていった
「は〜、めっちゃ美味かったな〜!」
満足そうなマナが可愛らしい
「他に行きたいところとかあったりする?」
「んや〜、特にないなぁ」
「そっか、じゃあ帰ろう」
そうして帰路に着く
なんだろう。あの昼間に見た光景が引っかかる。稀に見るが、ああやって支配をするものなのだろうか…DOMにはコマンド、と言ってsubに命令を出す事が出来る。subはその命令には逆らえずに、絶対服従のように相手の指示のみしか聞こえない状態になる
「ライ?どうしたん?」
「え、あ、ああ。ごめん、ちょっと考え事してて…」
心配そうな顔が視界に映り込む
「ほら、早く帰って一緒に歌でも歌おうや!」
ああ、やっぱり。マナはマナだ。
「____うん!」
ずっと、心の光であるマナが、俺は大好きだ。
だから、ふと考えてしまった。
(もし、もしもマナがDOMでも、俺なら受け入れられるのかな________)
____と
家について、お風呂に入っている時のことだった
お風呂場の扉をコンコン、と誰かが叩く
「はーい」
「あ、ライ〜。今日の夕飯作っといたから先食べときや。俺ちょっと用事あって出てくから」
「はーい、りょうかーい」
そう、返事をしてまた湯船に体を沈める。
(そういやマナってたまーに出掛けるんだよな。どこ行ってるんだろ)
ふと、疑問に思った
(別に気にしたことなかったけど…)
出掛けるのは別に悪いことではない。なのに、なぜ今になってこう思うのだろうか
(別に何も気にすることないしな。早く上がって髪乾かさないと)
_____________________
「あ、いたいた________小柳」
「来たか」
「いつもすまんなぁ。今月の分ってある?」
「ああ、ほら、これ」
「いや〜、ほんまに助かったわ!ちょうど切らしてたとこなんよ」
「なぁ、お前まだあの事言ってないのか」
「ん?ああ、言ってへんよ。」
「いいのか、言わなくて」
「…ライはあのままでいて欲しいんよ。」
「………」
_____________________
また時間が過ぎ去った。ひと月、ふた月と。
____マナとの関係は心だけに留まらず、お互いの身体に触れ合い、そして愛し合う事が増えていった。それはとても、とてもこの上なく幸せな事だった。だって、好きな人と愛し合える事がこんなにも幸せだなんて思わなかった。行為をしている最中も、ずっとマナの事が頭から離れず、マナの言葉だけしか聞こえなかった
そんな幸せな日々がずっと続けば、よかったのに。
「________ッ、」
マナが突然、ふらついたかと思うと近くの壁にもたれかかりそのまま座り込んでしまった
「____マナ!」
必死にかけ寄り、マナの肩を自分の方に引き寄せる
「マナ、マナ!大丈夫!?」
そういえば朝からマナの顔色が悪かった。きっとそのせいだ。どうしてもっと早く気づけなかったんだ
マナの体が震えている。一体マナの体で何が起こっているのか全く分からなかった。とりあえず医療班に連絡を、と思った時だった
「ライ、いい、大丈夫やから」
そう言ってフラフラと立ち上がるマナ
「ちょ、ダメだって!俺が寝室まで運ぶから無理しないで________」
すると、マナが口を開き、こう放った
『おすわり』
「え」
一瞬にして、思考が塗りつぶされる
____気がついたら、地べたに座っていた
「?、???」
なにが、なにが起こった?
「な、え、え?」
一瞬の出来事すぎて、脳の処理が追いつかない
「ああ……ごめんなぁ、ライ」
そう、言い放つマナの言葉は、なんだか、どこか楽しそうな、嬉しそうな……
「俺ずっと我慢してたんよ。ライの事傷つけたくないから。コマンドもずっと使わんようにしてたんよ?」
コマンド?って、とこは、まさか
いやだ、認めたくない。でも、でも
聞かないと
震えるまま、振り絞って声を出す
「まな、は、DOMなの?」
ちがうって、言って。お願い
「ああ、そうや。俺はDOMやで」
「____________」
自分の中で、何かが崩れた。
____くるしい、いきが、うまくすえない
「…ひゅっ…ひッ、はぁっ、は……」
乱れた呼吸音が自分の中で響く。とても、とてもうるさい。みみざわり、はやく、早く消えて
「少し落ち着きや?」
いつも聞いていたどこまでも透き通る声とは違って、先端の尖った刃のような、でも、甘さもある声が滑り込むように耳に入る
「だぁいじょうぶ。何も怖い事せぇへんよ。ただちょっと俺の言葉を聞いてて欲しいだけなんよ。だから、さ。もっと寄って?」
「あ、」
こわい、怖くて仕方がないのに。なのに体はマナの言う事しか聞かない。俺の言うことは聞いてくれない
「震えとるん?怖いんか?」
「はぁ、ッ、はっ……」
こわくて、こわくてこわくて仕方がない。マナからの初めてのコマンドに対して、今まで感じたことのない感情に全てを塗り替えられるあの感覚。恐怖でしかなかった。たえられない、いままで、こんな、こんな…
「____ライ、『聞いて』____」
また、どくんと心臓が跳ねる。その言葉で、一瞬のうちに全てが、すべての音が遮断される。マナの声のみを、受け入れなければならなくなる
「………ヒュ、ひゅッ……」
ガタガタと震える身体をマナが包み込む
「ほら、深呼吸して。吸って、吐いて。そう、上手」
荒れる呼吸が落ち着くまで背中をさするその手は、いつものマナの、温かい手
「その反応からして俺の事は受け入れてはくれないんやな」
冷たい声
「DOMの命令に対してsubがこんな拒絶するのって、相当嫌な時とちゃうん?」
「ッ、あ。まって、まな。ちがうの」
____拒絶。その言葉が深く突き刺さる
「また小柳に薬もらわんと…」
薬?なんのこと?
「ああ、言ってなかったな。俺ずっと薬飲み続けてたんよ。playがずっとできひんと体調とか、発情もしてまうから」
「じゃあ、いつも出かけてたのって」
「そ、薬もらいに行ってただけ」
そんな、俺のせいで。絶対に、俺のせいだ
「マナ、ちがう。俺マナの事嫌いになんてなってないから。ただ、すこしびっくりしただけで」
拒絶されたくない、その一心だった
「ええよええよ。気にせんとき。…でも小柳からもらう薬も限りがあるんよなぁ。あいつパートナーできた言うてたし」
「小柳も…?」
「ああ。あいつもDOMやで?んで、小柳もずっとパートナーができひんくて薬飲んどったんやけど最近できたみたいでな。俺はまだできてないからって薬くれたんよ」
小柳のパートナー……
「でも大体想像はできるやろ、ライは同じチームやし」
「も…しかして……星導?」
「そうなんよ。いやー、お似合いよなほんと」
すると顔がスン、と真顔に戻り、ぽつりとマナが呟いた
「俺もあの二人みたいになりたかったのに」
「____________」
心臓が一気に締め付けられる。
そして、心が押しつぶされた
____自分が、拒絶をしたから?
でも、subはDOMからの命令を待ち続けている。命令をすることでsubは見も心も満たされる。そしてそれはDOMも同様。お互い通じ合うplayをする事でパートナーと言う関係が生まれる。が、自分はマナの命令に怖いと、感じてしまったのだろうか。いや、命令自体を嫌がっていたんじゃない。初めての、知らない感覚が怖かったんだ。だから、そう、伝えないと。
「マナ、ちがぅ、の。俺は拒絶をしたんじゃないくて…その、初めての事だったから。だから、だから、え、と……」
言葉がうまく出ない。口が思うように動かせない
「もういいよ、ライ」
ああ、ああ、
「…やっぱりライはライのままでええよ。俺なんかに縛れるのは嫌やろ?なら、ライがしたいように、好きな人を選んで、その人とずっと一緒にいたらいい」
「ま、」
マナ
「まな、」
マナ____マナ、
「……もう行き。俺はここに残るから」
あ、ああああああああああああ
いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだ
いかないで、おいていかないで
何もかもが、ぐちゃぐちゃになった。力の入らない体で地べたを這う。そして何を言ってるのか分からない口を必死に動かす。言葉を、発する
「ちがぅ、ちがう、ちがうの、まな、まな。捨てないで、おれ、そばにいたいだけなの。そばに、いさせて」
震えた声と、幼い子供のような言葉しか出てこなかった。涙で視界は塞がり、息を詰まらせながら泣きじゃくる
「きょぜつも、しない。まなのことが、いちばんすき。まなじゃないと、いや」
必死に腕に縋り付く。いやいや、と首を横に振って、必死になって相手を引き留める
「……ライ」
「ッ…」
ぐっ、っと腕を掴む。何を言われても、もう離したくない 離さない
「ごめんな、意地悪して」
「え…」
ぐちゃぐちゃになってしまった意識と思考はそのまま、治ってない
「ライの事を捨てるなんてするわけないやん。そないな事するぐらいなら全然死ぬで?俺は」
「じゃあ、さっきのって…」
「全部嘘やよ。ごめんな、ひどい事いっぱい言って」
「あう…う、ゔ〜〜〜…」
酷いなんて、どうでもよかった。全部嘘だった。その事実だけで、心の中のぐちゃぐちゃが少し晴れた気がした
「ライからしたら初めての経験やったもんな。そりゃあ、怖くなるのも当然やね」
そう言って腕を広げる
「ほら、ライ____『おいで』」
「うん…、」
するん、と言葉が耳に入ってくる。初めての時よりも、全然感覚が違う。心なしか嬉しくて、そのままマナの腕の中に入り込む
「お、きたきた。よしよし、ちゃーんとコマンドが効いてきたんやね。ほら、もう怖くないやろ?」
その通りだった。さっきのあの怖くて仕方ない感情は何処かへ行ってしまった。むしろマナの声が心地よく感じる
「…マナのこえ、落ち着く」
マナの胸にとすん、と耳を傾ける。マナの心音。なんだか、聞いていると眠くなってくる
「そのまま寝てもええよ?」
「…いいの?」
そんな幸せなことが、許されるのだろうか
「酷いことしたしなぁ。これくらいの事はさせて欲しいわ」
すり、と頭を擦り寄せる
「じゃあ…眠っても、いい?」
「うん、ええよ。」
そう言って自分の身体を細い腕が包み込む。耳元ではマナの心音がどくん、どくんと響く。
「…………」
「…ずーっと、愛してるからな。ライ」
マナの囁く声。どこか深い愛を感じる。