福引き 土曜日のショッピングモールは、人の姿で溢れていた。学生らしき若者たちや手を繋いだカップル、賑やかな親子の姿まで、様々な人々が通路を歩いている。はぐれることのないようにルチアーノの手を握ると、僕は目的のお店を目指して歩き出した。
向かった先は、量販ブランドの服屋だった。春の衣更えのために、新しい寝間着を買いに来たのである。口にするのは恥ずかしいが、僕のタンスに入っていた服は、半分近くが古くなって伸びていたのである。それじゃあ神の代行者のパートナーは勤まらないと、ルチアーノに指摘されてしまったのだ。
つまり、今日の買い物は僕の服選びだった。ルチアーノの監修を受けながら、権力者のパートナーに相応しい服を選んでいく。大会賞金で多少は余裕があったから、今まで着ていたものよりも少し上のブランドを選んだ。紙袋二つ分ほど買い込んで、ようやく寝間着にたどり着いたのである。
目的のお店に近づくと、付近に人が集まっているのが見えた。隣がイベント用のスペースになっていて、そこで催し物があるらしい。壁際に机がいくつか並べられ、周囲には宣伝の旗がはためいている。そこには、大きく『福引き』の文字が踊っていた。
そういえば、お店で買い物をしたときに、福引の補助券を貰っていた気がする。鞄から財布を取り出すと、無造作に突っ込んでいた券を取り出した。説明によると、千円ごとに一枚券が貰えて、五枚で一回福引きが回せるらしい。今日はたくさん買い物をしたから、三回は回せそうだった。
「どうしたんだよ」
急に立ち止まった僕を見て、ルチアーノは怪訝そうな表情を見せる。持っていた参加券を見せると、簡単に内容を説明した。黙って僕の話を聞くと、ルチアーノは退屈そうに言葉を吐く。
「ふーん。福引きか。こういう店の催し物なんて、どうせ大したことないんだろ」
彼らしい、冷めた態度だった。催し物と聞いたら、外れると分かっていてもわくわくしてしまうものだけれど、ルチアーノはそうではないらしい。僕に券を突き返すと、さっさとお店へと向かってしまう。
「待ってよ! せっかく券を貰ったんだから、回しに行かないと勿体ないでしょ」
追いかけながら声をかけるが、ルチアーノは聞き入れる気配がなかった。ちらりとこちらを振り向くと、呆れたような声で言う。
「分かったよ。君は貧乏性だから、貰えるものは全部貰いたいんだよな。今日は買い物が目的なんだから、福引きを回すのは買い物の後な」
止まってくれる様子がないから、僕もおとなしくルチアーノの後を追う。ここで買い物をしたら、また券は増えるのだ。どうせ回すなら、一度に済ませた方が効率がいい。
手早く寝間着を買うと、券は二十枚を超えた。これ以上買うものはないから、四回分の福引きを回せることになる。ルチアーノの手を取ると、僕はわくわくしながら言った。
「じゃあ、福引きに行こうか」
「楽しみにしてるのかよ。子供みたいだぜ」
軽口を叩くルチアーノを引きずって、僕はイベントスペースへと向かう。時間帯が早いからか、そこまで列はできていなかった。受付のスタッフに券を回すと、福引きのマシンに手をかける。一等は遊園地の入場チケットで、四本しか入っていないらしい。当たるわけがないと思いながらも、少し期待してしまう。
気持ちを整えると、僕はゆっくりと福引きマシンを回した。ガラガラと音を立てながら、小さな穴が色のついた玉を吐き出した。スタッフがそれを回収し、下のストックから何かを取り出す。
「四等のポケットティッシュですね」
机の上に置かれたティッシュを見ながら、僕は二回目の福引きを回す。ガラガラと音を立てながら出てきたのは、またしても白の玉だった。スタッフがポケットティッシュを取り出し、さっきのティッシュの上に重ねる。
自分の分を済ませると、僕はルチアーノの手を引いた。怪訝そうに顔を上げた彼を、福引きマシンの前へと引っ張る。
「はい。次はルチアーノの番だよ」
「僕はいいよ。君一人で回しな」
案の定、ルチアーノはあまり乗り気ではないようだった。ところどころ塗装に剥げが見える福引きマシンを、退屈そうな様子で眺めている。なんとか彼の気を変えようと、僕は言葉を重ねた。
「そんなこと言わないでよ。ルチアーノが回したら、僕よりいいものが当たるかもしれないし」
実際に、物欲がない人の方がいいものを当てたりするのだ。興味のないルチアーノが回せば、もう少し上の賞が当たるかもしれない。おまじないにしかならないが、そんな邪なことを考えてしまう。
「……分かったよ。外れても文句は言うなよ」
僕の思惑が伝わったのか、ルチアーノは渋々了承した。福引きマシンに手をかけると、緩やかな手つきで回転させる。ガラガラと音が出て、白い玉が転がった。
「ほら、そう簡単には当たらないんだよ」
積まれていくポケットティッシュを見ながら、ルチアーノは最後の福引きを回す。ガラガラ音と共に転がり出てきたのは、鮮やかな赤色の玉だった。
目の前で様子を見ていたスタッフが、嬉しそうにベルを手に取る。頭の上まで持ち上げると、勢いよく音を鳴らした。
「おめでとうございます! 一等です!」
フロアに響き渡る大声に、通行人がチラチラと視線を向ける。積み上げられたティッシュの隣に、お店のロゴが印刷された封筒が置かれた。注目される恥ずかしさを感じつつも、それ以上に嬉しさが勝ってしまう。隣のルチアーノに視線を向けると、小さな声で囁いた。
「やったね。遊園地のチケットだよ」
ルチアーノも恥ずかしいのか、頬を染めて下を向いている。彼は世を忍ぶ存在でもあるから、注目されることに抵抗があるのかもしれない。そそくさと景品を受け取ると、僕の手を引いてその場を離れた。
ひとつ下のフロアに降りると、封筒の中身を確認する。シティで一番大きな遊園地のペアチケットが、施設のチラシと一緒に押し込まれていた。福引きで上の賞を当てたのは初めてだから、まじまじとその券を見つめてしまった。
「すごいね。本当に当てちゃった……」
僕が呟くと、ルチアーノは恥ずかしそうに視線を向ける。すぐに逸らすと、冷めた声を装って答えた。
「偶然だよ。当たるときは当たって、外れるときは外れるんだ」
そうは言うものの、その横顔は少し嬉しそうに見える。指摘すると嫌がられるから、何も言わずにチケットに視線を戻した。遊園地なんて、そうと決めた時にしか行く機会がない。こうしてきっかけを貰えると、心の底からわくわくしてしまう。
「期限が切れる前に、券を使いに行かなきゃね。ルチアーノも付き合ってくれるでしょ」
「当てちゃったもんは仕方ないからな。付き合ってやるよ」
強引に誘うと、彼は視線を逸らしたまま答える。本当は嬉しいくせに、こういうところで素直じゃないのだ。そんなところをかわいいと思うし、愛しいとも感じてしまう。だからこそ、僕は彼と一緒にいるのだ。
それにしても、遊園地なんて久しぶりだ。そんなに頻繁に行くところでもないし、ルチアーノは絶対に行かないようなところだろう。彼がどんな反応をするのかが、楽しみで仕方なかった。