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    流菜🍇🐥

    @runayuzunigou

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    流菜🍇🐥

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    TF主ルチ長編の1章です。カプ色強めかつ死ネタ。起承転結の起の部分です。

    ##TF軸
    ##長編

    長編 1章 目を覚ましたとき、自分がどこにいるのか分からなかった。ゆっくりと身体を起こして、周囲の光景を確かめる。視界に入る壁紙のデザインは、僕の部屋のものと全く同じだ。並べられた家具も壁に貼られたポスターも、僕の部屋と全く同じだった。
     ベッドから降りようとして、急に視界が真っ暗になる。立っていられなくなって、慌ててその場に座り込んだ。割れるような頭痛に襲われ、思考が上手くまとまらない。自分の身に何が起きたのかさえ、今の僕には分からなかった。
     頭の片隅を、恐ろしい記憶が流れていく。落下する要塞の中で、ルチアーノと手を繋いでいる光景だ。足元を揺らす震動も、心を支配する恐怖も、はっきりと思い出せる。繋いだ手の温もりさえも残っていて、それが悪い夢だったなんて、簡単には思えそうもなかった。
    「どうしたんだよ。そんなところにうずくまって。体調でも悪いのか」
     不意に、背後から声が聞こえてきた。顔を見なくても誰なのかが分かる、特徴的な声である。頭痛をこらえながら顔を上げると、白い布を身に纏ったルチアーノが立っていた。
    「頭が痛いんだ。少し、横になっていいかな?」
     なんとか答えると、彼は不満そうにため息をついた。あからさまな不機嫌を醸し出しながら、責めるように言葉を吐く。
    「なんだよ。せっかく迎えに来てやったのに」
     そうは言われても、今の僕はそれどころではなかったのだ。頭は割れるように痛いし、記憶だって混濁している。さっきまで見ていた光景が夢なのかさえ、今の僕には判然としないのだから。
    「ごめん。明日は、ちゃんと練習するから」
     ぐったりする僕の姿を見て、彼にも深刻さが伝わったようだった。渋々といった様子ではあるが、大人しく引き下がってくれる。
    「分かったよ。そんなフラフラなやつに稽古をつけても、何の役にも立たないしな」
     冷たい言葉だった。僕の知っているルチアーノは、もう少し優しかったはずだ。大会の時は手を繋いで会場まで連れていってくれたし、体調を崩した時には心配してくれた。今の彼は、まるで仲間になってすぐの頃のようだ。
     目の前から去ろうとする彼を見て、不意にひとつの疑問が浮かぶ。あり得ないと思いつつも、確認せずにはいられなかった。
    「あのさ、ひとつ聞いていい?」
    「なんだよ」
     尋ねると、彼は面倒臭そうにこちらを向く。その不機嫌な表情を見つめながらも、僕は臆することなく尋ねた。
    「今日って、何年何月何日の何曜日?」

     布団の奥に潜り込むと、僕は両手で頭を抱えた。頭が混乱して、何も考えられそうにない。夢を見てるんじゃないかと思って頬をつねったが、脳に伝わる痛みは現実のものだ。現状から逃れたくなって、両目を閉じて温もりに身を委ねる。
     一眠りすると、頭の痛みは無くなっていた。ゆっくり布団から這い出して、机の上の端末を起動する。未だに信じられないが、視界に入る文字はルチアーノから聞いた日付と同じだ。現実を突きつけられて、心臓がドクドクと音を立てる。
     ルチアーノが告げた日付は、大会の一ヶ月前だった。僕がルチアーノと出会ってから半年ほど経ち、ようやく心が通じ始めた頃である。恐ろしいことに、さっきの無愛想な態度は、当時のものと全く同じなのだ。
     この日付が本当なら、僕はタイムリープという現象に見舞われていることになる。現実としては信じがたいが、そう考えるしか納得する手段がないのだ。端末に残されたメールやデータは、全て一ヶ月前のもので止まっている。押し入れに仕舞われたカードやアイテムも、全て直近一ヶ月のものが消えているのだ。
     家の点検を済ませると、再び布団の中に潜り込んだ。冷静になった頭の中で、これからのことを考える。僕の経験した破滅の記憶は、束の間に見ていた夢だったのだろうか。夢だったのだとしたら、これにはどのような意味があるのだろうか。真剣に考えても、その答えは見つからない。ただ、このままだと正夢になってしまうことだけは、根拠もないのに確信できた。
     僕が、ルチアーノを救わないといけないのだ。ルチアーノを説得して、破滅の未来から逃れないといけない。そうでなければ、僕もこのまま命を落としてしまうだろう。


    「遊園地?」
     僕の言葉を聞くと、彼は甲高い声で繰り返した。
    「そう、遊園地。ルチアーノは行ったことないでしょう? 親睦を深めるためにも、一緒にどうかなって思って」
     真っ直ぐに瞳を見つめながら、僕は説明する。我ながらいい口実だと思ったけど、彼にはあまり響かなかったようだ。怪訝そうに眉を動かすと、冷めたような声で言う。
    「そんなことしなくても、タッグパートナーらしくデュエルすればいいだろ。戦っていれば、そのうち親睦は深まるさ」
     つれない態度だった。やはり、この頃のルチアーノは簡単には動いてくれない。それもそのはずだ。今の関係になるまでにも、何度もデュエルを繰り返して実力を認めてもらったのだ。
     こうなったら、押しても無駄だろう。ここは一度引いて、後日再び声をかけるべきだ。後ろ髪を引かれる思いを抱えながらも、なんとか了承の言葉を返す。
    「分かったよ。気が変わったら教えてね」
     そんなことを何度か繰り返して、ようやくOKを取り付けた。通算五回目のお誘いだったから、僕の粘り勝ちということになるだろう。ダメ元で誘ってみると、彼は嫌々了承してくれたのだ。僕にもはっきりと分かるくらいの、渋々な態度だった。
    「分かったよ。行けば納得するんだろ。全く、君は強情なやつだな」
     とはいえ、どんな形であっても、了承は了承だ。僕は急いで日程を決めて、当日の予定を提示する。ここでモタモタしていたら、後から断られてしまうかもしれないのだ。
    「なんでそんなに張り切ってるんだよ。遊園地くらい、いつだって行けるだろ。一人で行けばいいじゃないか」
     スケジュールを送信すると、ルチアーノは呆れた様子で呟いた。彼の中では、僕が遊園地に行きたがっている認識になっているのだろう。本当は違うのだけれど、真実は伏せたままにする。
    「一人で遊園地に行っても、楽しくなんてないでしょう。こういうのは、誰かと一緒に行くからいいんだよ」
    「つまり、君は一緒に遊ぶ友達がいないってことだな。かわいそうだから付き合ってやるよ」
     相変わらず、彼の言葉は辛辣だ。遠慮の一切無い物言いなのに、不快感は少しもない。彼の本心が正反対であることは、夢のお告げで知っているのだから。
     そんなこんなで、僕たちは遊園地に向かった。ルチアーノは遊園地が初めてだから、必然的に僕が案内する形になる。ジェットコースターに並んだり、メリーゴーランドに乗ったり、観覧車に乗ったりという王道のコースだ。お化け屋敷は苦手だったけど、ルチアーノの希望で入ることになった。
     遊園地を巡っている間も、彼はずっと不満そうな顔をしていた。唇を尖らせたまま、むすっとした顔で僕の後をついてくる。途中で帰ると言い出すんじゃないかと心配したが、そこまでの不満はないようだった。僕に本心を見せたくなかっただけで、彼なりに楽んでいたのかもしれない。
    「どうだった? 初めての遊園地は」
     帰り際に尋ねると、彼はむすっとしたした顔のま僕を見上げた。不満そうに頬を膨らませたまま、淡々とした声で言う。
    「大したことなかったよ」
     コメントに困る返事だった。何も答えられなくて、僕は苦笑いを浮かべる。本当にこの選択で良かったのかと、不安になりながら帰路へとついた。


     結局、遊園地を訪れた成果は分からなかった。ルチアーノの様子はこれまでと変わらずに、高圧的な態度で僕を引っ張っていく。サーキットを描くためと称して何度もデュエルを要求するから、僕は毎日くたくたになっていた。
    「ねえ、時間があったら、一緒に夜ご飯を食べない?」
     ある日の夕方のこと、僕は思いきってそんなことを提案した。知人との距離を縮めるには、一緒にご飯を食べることが一番だと思ったのだ。誰かと一緒に食べるご飯は、ひとりで食べるよりも美味しく感じる。それに、お腹が膨れると、人間は幸せな気持ちになれるのだ。
    「はあ? なんで僕が君の食事に付き合わないといけないんだよ」
     いかにも不機嫌な様子で、ルチアーノは僕を見上げる。仲間として認めてくれていると言っても、心の壁は越えられないらしい。あの時の記憶から考えると、心を許すことを恐れているのかもしれない。彼の気持ちを変えるには、この壁を壊さなくてはならないのだ。
    「親睦を深めるには、ご飯を食べるのが一番なんだよ。相手の癖がよく分かるでしょ」
     言葉を重ねると、彼は不機嫌そうに目を細める。この様子だと、なかなかに手強そうだった。
    「親睦親睦って、君はそればっかりだな。僕と親しくなってどうするつもりなんだよ」
    「大会で優勝したいんだ。優勝はルチアーノの望みでもあるけど、僕の望みでもあるからね」
     取ってつけたような言葉で、僕はルチアーノを説得する。彼の真の目的が優勝などではないことは、お告げのような記憶によって知っている。だから、僕も本心を隠そうと思ったのだ。本当は助けたいと思っているなんて、口が避けても言えるわけがない。
     僕の返事を聞いて、彼は怪訝そうに顔をしかめた。窺うような視線を向けると、湿度の籠った声で言う。
    「本当かよ。急に本気になるなんて、嘘臭いな」
     続けられる追求に、内心でギクリとしてしまう。背中を冷や汗が流れるが、知らんぷりでやり過ごす。彼もこれ以上尋ねるつもりも無いようで、諦めたように身を引いた。
    「まあ、一度くらいなら付き合ってやってもいいぜ。一般市民がどんなものを食ってるのか、少しは興味があったんだ」

     僕が向かったのは、繁華街に位置する回転寿司屋だった。僕がいつも行く安価なところよりも、少し値の張る店舗である。舌の肥えたルチアーノを、本当の庶民の店に連れていくのは抵抗があったのだ。
     彼の好物なら、僕はだいぶ把握している。僕の予感が正しければ、ここは二回目の世界なのだ。前の世界で彼が好んだものを差し出せば、喜んでくれるのではないかと思った。
     僕の目論みは当たった。お寿司を目にしたルチアーノは、一瞬だけ目を輝かせたのだ。すぐに平静を装うと、済ました態度で足を組んだ。
    「寿司か。君にしてはセンスがあるな」
     何事も無いように吐き捨ててから、端末を片手にメニューを注文する。気の無いふりをしているが、内心は嬉しく思っているのだろう。食事を必要としないはずの彼が、十貫の寿司をペロリと平らげたのだから。追加で頼もうとする彼を、支払いに支障が出るからと慌てて止めたくらいだった。
    「なんだよ。自分から誘っておいて、これ以上頼むななんてさ」
     不満そうに言うルチアーノに、僕は正面から向き合った。彼の発言は間違っていないのだろうけど、あまりにも遠慮が足りなかった。役職持ちのルチアーノとは違って、僕はただの一般市民なのだ。高級寿司を大量に食べられたら、支払いができずに破産してしまう。
    「そんなに食べると思わなかったんだよ。手持ちはそんなに多くないし、僕だって食べたいし……」
    「ははあ、つまり、君は見栄を張るために収入に見合わない店に来たのか。庶民らしいな」
    「うぅ……」
     鋭い言葉を返されて、僕は言葉に詰まってしまう。唇を噛んでいると、ルチアーノがくすくすと笑った。寿司を差し出されたからなのか、かなり機嫌がいいらしい。
    「ねえ、ルチアーノは、お寿司が好きなの?」
     気を取り直して尋ねると、彼はちらりと僕に視線を向けた。迷うように間を置いてから、小さな声で答える。
    「まあ、そこそこな」
     それが嘘であることを、今の僕は知っていた。彼は、まだ僕に本心を明かしてはくれないのだ。こちらの様子を窺いながら、僕が信用できる相手か見定めている。この微妙な距離感が、僕にはもどかしく感じられた。


     それからも、僕はことあるごとに彼を誘った。ゲームセンターで遊んだり、繁華街で買い物をしたりと、子供らしい遊びばかりだ。ルチアーノはついてきてくれたり、にべもなく断ったりした。僕が遊びに誘うこと自体が、彼には気味の悪いことであるようだった。
    「なんで、君は僕ばかり誘うんだよ。遊び相手なら、町中に五万といるんだろ」
     ご機嫌斜めな時、彼はそう言って僕の誘いを断った。人間に誘われるという状況が、彼には気に入らないらしい。向けられる言葉の節々からトゲが滲み出ていた。
    「確かに知り合いはいるけど、僕はルチアーノと遊びたいんだよ。タッグパートナーなんだから、親睦を深めたいんだ」
    「親睦親睦って、馬鹿の一つ覚えかよ。僕たちはタッグパートナーで、それ以上の関係じゃないんだ。一緒に行動する義理は無いね」
     そう言われたら、僕には引き下がることしかできない。彼に嫌われてしまったら、元も子もなかったのだ。引くときはおとなしく引いて、攻める時に一気に攻める。それが、僕の取った作戦だった。
     ルチアーノも、いつも不機嫌なわけではなかった。遊びの誘いを持ちかけると、渋々ながら受け入れてくれる時もあった。もっと機嫌がいいと、軽口を叩いてからかったりもする。そんな時の彼は、外見相応の子供のように見えた。
     遊びの誘いに加えて、プレゼントを渡すことも忘れない。彼の好物はいくつか把握しているから、大袈裟にならなそうなものを見繕った。さりげない様子を醸し出すように、タイミングを見計らって実行することにした。
    「ルチアーノに、プレゼントがあるんだ」
     そう前置きをしてから、僕は小さな包みを手渡す。中に入っているのは、シルバーのカードプロテクターだ。前回の世界で、彼の好物だと判明したアイテムである。
    「プレゼント? 今度はなんだよ」
     ぶつぶつと呟きながら、彼は包みを開けた。中に入っているものを見て、あからさまに顔をしかめる。好物だったはずなのに、微妙な反応だった。
    「どうしたの……?」
     心配になりながら尋ねると、彼はこちらに視線を向けた。じっとりとした視線を向けると、冷めきった声で言う。
    「君、なんで僕の好物なんか知ってるんだよ」
     僕の本心を探るような、疑うような声色だった。それもそうだろう。誰にも話したことのないはずの好物を、僕が把握してるのだから。
    「それ、好きなものだったんだ。全然知らなかったよ」
     内心の焦りを隠しながら、僕は何事も無いように答える。僕がやり直しをしていると知ったら、彼はどのような行動に出るのか分からないのだ。全てが台無しになってしまうかもしれない。
    「本当に偶然なのか? どこかで聞き込みしたとかじゃないだろうな」
    「違うって。僕に、ルチアーノの知り合いとの伝手なんてないでしょ」
     疑うような視線を浴びながら、僕は必死に弁明する。両手をブンブンと振ると、彼はようやく納得してくれた。
    「そうだな。イリアステルで君を見つけ出したのは、僕だけなんだ。他の奴らが知るわけがないよな」
     小さな声で呟くルチアーノを見て、僕は胸を撫で下ろす。彼の好みを押さえすぎても、不信感を抱かせてしまうみたいだ。未来人と親しくなるということは、すごく難しいことだと思った。


     心配していたけれど、ルチアーノは翌日からも僕の元を訪れた。WRGPも近いから、今さらタッグを変えるつもりもないのだろう。少し距離を置きながらも、パートナーとして僕を引っ張っていく。僕も警戒を解こうとお誘いを控えたり、わざと好物ではないものを渡したりしたから、感じていた距離はすぐになくなった。
     WRGPまで十日を切った頃、ルチアーノは何かのチラシを持ってきた。シティのドームで定期的に開催されている、小規模なデュエルの大会だった。スポンサー企業のついた公式大会なこともあって、プロを目指すデュエリストの登竜門としても扱われているものだ。
    「明日は、この大会に出るぞ」
     僕にチラシを突きつけると、彼は唐突にそう言った。びっくりして聞き直したところ、既にエントリーも済ませてしまったらしい。
    「そういうのは、相談してからにしてほしいな。予定があったら困るでしょ」
     抗議の声を上げると、彼はにやりと笑みを浮かべた。からかうような声色で言う。
    「君のことだから、どうせ明日も暇してるんだろ。少しくらいいいじゃないか」
    「確かに用事はないけど、こういうのは事前に聞くのがマナーなんだよ」
     困りながらも、僕は大会への出場を承諾した。なんだかんだ言っても、僕は彼に好意を抱いているのだ。引っ張られることにさえも嬉しさを感じてしまう。
     彼は、僕をタッグパートナーとして認めてくれたみたいだった。ここまで距離が縮まったのなら、次のステップに進んでもいいのかもしれない。もう大会までは十日しか残っていないし、少し焦りも感じていた。
    「あのさ、よかったら、今日の夜はうちに泊まらない?」
     そう提案すると、ルチアーノは怪訝そうに僕を見た。奇妙なものを見るような顔をして、頓狂な声で言う。
    「はあ? 何でそうなるんだよ」
    「ルチアーノは、いつも僕を起こしてくれるでしょう。わざわざ家に来てもらうよりも、同じ家にいた方がいいかなって思って。お泊まりなら、遅くまで作戦も立てられるし。どうかなって」
     彼の困惑に、僕は用意していた言葉の羅列で返した。前から考えていたことなのに、いざ口にすると上手く言えない。緊張で声が震えて、語調がおかしくなってしまった。
     ルチアーノは、黙ったまま下を向いた。迷うように視線を揺らしてから、再び僕の顔を見上げる。その瞳には、もう迷いの色はなくなっていた。
    「嫌だよ。人間の家に泊まるなんて」
     彼の口から出た言葉は、拒絶の色を示していた。僕を突き放すように言おうとしているのだろうが、語尾は震えて弱々しい。明確な変化を感じる声だった。
    「そっか、ごめんね」
     何気ない素振りを装って、僕は言葉を返す。ルチアーノの見せるひとつひとつの変化に、確かな手応えを感じた。

     翌日は、ルチアーノの訪問よりも先に目を覚ました。昨夜のことが気になって、ゆっくり眠れなかったのだ。着替えを済ませた姿でベッドの上に座っている僕を見て、ルチアーノは退屈そうに言った。
    「なんだよ。起きてるじゃないか」
    「なんだか、あんまり眠れなくて」
     答えると、呆れたようなため息が返ってくる。少し遅れてから、くすくすとした笑い声が聞こえてきた。
    「大会が不安で眠れないなんて、君は子供みたいだな」
     僕は、何も答えなかった。本当は違うのだけど、そういうことにしておこうと思ったのだ。ルチアーノの死を心配しているなんて、口が裂けても言えないのだから。
    「支度はできてるよ。余裕を持って早めに行こうか」
     玄関の扉を開けると、二人並んで家の外に出る。あの便利なワープ機能は、まだ、使うつもりはないみたいだ。一回目の世界でも、彼がそれを使ったのは大会が始まってからである。近づいては離れてを繰り返す距離感に、焦りともどかしさを感じた。

     そんなナイーブな気持ちは、長くは続かなかった。僕たちチームニューワールドは、大会で圧倒的な成績を残したのである。ルチアーノがいつもと違うデッキを持ち込んでいたことに不安はあったが、全く心配はいらなかった。白熱したデュエルの連続に、僕たちのテンションはどんどん上がっていった。
    「優勝は、チームニューワールド!」
     MCの声が、高らかに僕たちのチーム名をコールする。顔を見合わせると、僕は自然と片手を上げていた。ルチアーノにも意図が伝わったのか、一回り小さな手のひらを重ねてくれる。勝利の喜びを、僕たちはハイタッチで分かち合った。
    「やったね! 優勝だよ」
     耳元で囁くと、ルチアーノは表情を引き締めた。勢いでハイタッチをしたことが恥ずかしくなったのかもしれない。下の方に視線を向けながら、落ち着いた声で答える。
    「アマチュアの大会なんだ。当然だよ」
     とはいえ、一応公式の大会だから、優勝したチームには賞金が出る。僕は初めての参加だったから、賞金を受け取るのも初めてだった。金一封の持つ精神的な重みに、受け取る手が震えてしまう。
    「せっかくだから、何か美味しいものを食べに行こうよ。大会の打ち上げをするのが、昔からの夢だったんだ」
     封筒の中身を確認してから、僕はそう提案する。今のルチアーノは機嫌がいいみたいだから、乗ってきてくれると思ったのだ。目論み通り、彼はにやりと笑みを浮かべる。甲高い笑い声を上げると、からかうような声色で答えた。
    「小さい夢だなぁ。いいぜ、付き合ってやる」


     それから数日間の調整を重ねて、ついにその日を迎えた。WRGPの予選当日である。ルチアーノの、そして僕の悲願をかけた、決戦の始まりだった。
     この大会が、僕の運命を握っている。僕たちチームニューワールドが勝利を納めた時、この世界には未来の巨大要塞が現れるのだ。それは町に向かって落下し、ネオドミノシティを灰塵と帰す。僕とルチアーノは、落下の衝撃に巻き込まれて命を落としてしまうのだ。
     つまり、ここでルチアーノを説得しなければ、僕の命は無いということだ。最悪の事態を避けるために、僕はできる限りの手を打ってきた。ルチアーノと言葉を交わして親しくなれば、彼も僕の言葉を受け入れるのではないかと思ったのだ。そのために、できうる限りのアプローチを重ねてきた。
     その作戦が正解だったのかは、まだ分からない。予選の前日にお泊まりのお誘いを試みた時、彼は断ったのだ。困ったように視線を下ろし、何度か宙を彷徨わせると、彼は消え入りそうな声でそう言った。
    「悪いけど、それは聞き入れられないよ。嫌なんじゃなくて、できないんだ」
     嫌なんじゃなくて、できない。その言葉が、重苦しく僕にのし掛かる。どうしても、考えることをやめられなかった。お泊まりを受け入れられないのは、あの要塞の主が拒むからだろうか。あの要塞の主が、ルチアーノを孤独の世界に隔離しているのだろうか。
     結局、何もできないまま時間だけが過ぎていった。僕たちは順調に勝利し、準々決勝を突破して、最後の二組まで残ったのだ。対戦相手として立ちはだかるのは、もちろんチーム5D'sである。記憶の中の世界でも、それは変わらなかった。
     決戦の日がすぐそこまで近づいたある日、ルチアーノは唐突にこんなことを言った。
    「決勝の前なら、君の家に泊まってやってもいいぜ」
    「えっ?」
     言葉の意味が理解できなくて、僕は間抜けな声を上げてしまう。冷静になった頭でもう一度咀嚼しても、言葉の意味は変わらない。彼は、僕にお泊まりの許可を出してくれているのだ。予想外の提案が、飛び上がるほどに嬉しかった。
    「本当に、いいの?」
    「いいよ。もう、これで最後だからさ。ひとつくらいは君の願いを叶えてやる」
     不吉な言い回しで、ルチアーノは言葉を続ける。それが何を示すのかを、今の僕は理解していた。彼の決意を止めるには、どうにかして気持ちを変えるしかない。ここからが、僕の本当の勝負だった。

     キッチンに取り付けられた給湯器が、低い稼働音を響かせる。パカパカとライトが点滅するのは、温水を使っている人物がいるからだ。今頃、ルチアーノは浴室でシャワーを浴びているのだろう。緊張に手が震え、心臓がバクバクと音を立てる。
     落ち着かなくて、僕は自室へと移動した。ベッドの縁に腰を下ろして、持ち歩いていたデッキケースを手に取る。この中には、僕たちが大会で使うカードが納められていた。
     手に取ったはいいものの、僕はすぐにデッキを置いた。ベッドに移動したせいで、変な感じになってしまったのだ。シャワーを浴びてるパートナーを待っているなんて、まるで初夜を迎えるカップルだ。とんでもない連想に、僕は小さく息を吐く。
     そうこうしていると、ルチアーノが部屋に入ってきた。しっとりと濡れた髪を後ろで流し、僕が渡した寝間着を纏っている。僕が中学生の時に着ていた寝間着は、ルチアーノには少し大きかったらしい。裾は腿まで垂れているし、袖口は捲られていた。
    「上がったよ」
     そう言うと、ルチアーノは僕の隣に腰をかけた。髪から滴る雫が、ポタポタと布団に染みを作る。タオルを手に取ると、まだ濡れているルチアーノの髪に触れた。
    「なんだよ」
    「濡れてると、風邪引いちゃうから」
    「僕は大丈夫だよ」
    「大丈夫じゃないよ。僕が濡れちゃうから」
     何度か言葉を交わしてから、お互いに黙り込む。お互いに裏を抱えた状態でのお泊まりなのだ。緊張はするだろう。ある程度まで髪を拭き終えると、僕の方から提案した。
    「じゃあ、デッキの調整をしようか」
     今回のお泊まりの口実は、デッキ調整だったのだ。心配なところがあるわけではないが、これ以外に彼を誘う理由が思い付かなかった。幸い、ルチアーノに怪しまれてはいないらしい。二つ返事で了承すると、デッキケースを取り出した。
     ベッドにカードを広げると、一枚ずつ入れ替え案を語り合う。真剣にカードと向き合っているうちに、いつの間にか緊張は解けていた。僕もルチアーノも、相手の使うカードについては熟知している。ストレージボックスをひっくり返しながら、白熱した討論を繰り返した。
     完成したデッキを鞄に入れると、二人並んでベッドに入る。意外なことに、共寝を提案したのはルチアーノの方だった。僕が布団を出そうとしていると、彼の方から声をかけてきたのだ。
    「そんなことしなくても、一緒に眠ればいいだろ」
    「ルチアーノは、人間と一緒なんて嫌じゃないの?」
     尋ねると、彼は甲高い声で笑った。片方しか見えていない瞳を細めると、からかうような口振りで答える。
    「そんなの、今さら気にしたって無駄だろ。家に泊まった時点で同じだよ」
     何が同じなのかは、やっぱり僕には分からなかった。一緒に布団の中に入って、背中合わせで横になる。隣からは、ルチアーノの柔らかい体温が伝わってきた。この時間が背負っている重大さを感じて、少しだけ背筋が強ばった。
    「それにしても、君って本当に変なやつだよな。僕と一緒に寝ようだなんて、無防備にもほどがあるぜ」
     目を閉じていると、隣から声が聞こえてくる。特徴的な甲高い声が、静かな部屋を満たしていった。
    「別に、変じゃないよ。僕たちはタッグパートナーなんだから、お泊まりくらいするでしょ」
     答えると、彼は楽しそうに笑い声を上げる。少しの間を開けてから、小さな声でこんなことを言った。
    「君は、僕が一緒に死んでくれって言ったら、死んでくれるのかい?」
     その言葉に、僕は心臓が止まりそうになる。一度目の結末を思い出して、心臓がドクドクと音を立てた。僕が答えられずにいると、彼は優しい声で言う。
    「冗談だよ」
     冗談なわけがなかった。僕は、一度目の世界で彼と共に死んだのだから。ルチアーノは、今でも死を望んでいるのだろうか。心のうちを読めないことが、恐ろしくて仕方ない。
    「怯えてるのか? 全く、君は怖がりだな」
     優しい声で続けてから、ルチアーノがごそごそと物音を立てる。寝返りを打ったみたいで、僕の身体に腕を回してきた。子供特有の体温が、僕の背中に伝わってくる。震える心を押さえつけながら、必死の思いで答える。
    「怖いよ。死ぬなんて言われたら」
    「悪かったな。とっとと寝な」
     ルチアーノの小さな手のひらが、僕の背中を撫でる。優しい温もりに身を委ねていたら、いつの間にか震えは止まっていた。ゆっくりと目を閉じると、意識は少しずつ遠くなっていく。抱え込んでいた不安を全て忘れて、僕は眠りの世界に落ちていった。


     翌日は、すっきりと目が覚めた。起こしてくれたルチアーノと一緒に、ワープ機能で会場に向かう。これから、最後の戦いが始まるのだ。僕たちが勝利を納めた時に、僕の本当の勝負が始まる。
     首尾よく事が運んでいるからか、ルチアーノはいつも以上に上機嫌だった。嬉しそうに僕の手を取ると、浮かれた様子で控え室に向かう。開会を待っている間も、妙に饒舌になっていた。畳み掛けるように飛んでくる言葉を、僕は生返事で受け止める。
     僕の予想が正しければ、この世界は一度目の繰り返しだ。予選や決勝で当たった相手は、僕の記憶に残っているものと同じデッキを使っていた。僕も全てを覚えているわけではないから、微妙な差くらいはあるのかもしれない。だとしたとしても、大きく運命が変わることはないだろう。
     つまり、一度目の記憶を思い出しながら戦えば、僕たちは必ず勝利する。そうなれば、必ずあれは現れるのだ。
     モニターに映し出されたMCが、高らかに開会を宣言する。両チームの解説を終えると、ついに僕たちの出番が来た。
    「そろそろ行こうか。…………頼りにしてるぜ」
     僕の手を引きながら、ルチアーノがにやりと笑う。僕の最後の戦いが、ついに始まった。

     チーム5D'sとのデュエルは、呆気ないほど簡単に決着を迎えた。ルチアーノは圧倒的な力を誇る神の代行者だし、僕はこの戦いを繰り返しているのだ。相手のデッキ内容から戦略まで、全てお見通しなわけである。何度か攻防を繰り返した後に、ライフを半分ほど残して勝利を収めた。
    「優勝は、チームニューワールドだ!」
     熱の籠ったMCの声が、会場全体に響き渡る。集った観客たちの歓声が、濁流のように客席を揺らした。僕たちの向かい側では、遊星たちが悔しそうに膝をついている。その姿を、ルチアーノは黙って見つめていた。
     大会を運営するスタッフたちが、慌ただしく会場内を駆け抜ける。その上空で、明らかな異変が起こり始めた。晴れていたはずのスタジアムを、大きな影が覆い始めたのである。疑問に思って顔を上げた観客たちは、そこに恐ろしいものを見た。
     それは、巨大な人工物だった。逆三角形の形をした、黒々としたがらくたの塊である。周囲の空はぱっくりと裂け、黒々とした光を放っている。その物体こそが、ルチアーノの待ち望んだ要塞だった。
    「やっと、現れたな」
     隣に佇むルチアーノが、嬉しそうな声を上げてそれを見つめる。ついにその時が来たのだと、僕も覚悟を決めて彼を見つめた。
     ルチアーノが僕の手を取った。狂ったような笑顔を浮かべると、甲高い声で僕に告げる。
    「僕たちも行こうぜ。僕たちのお城、アーククレイドルへさ!」
     完全に言い終わる前に、光の粒子が僕たちを包み込む。これまでに何度か見た、空間をワープする時の光景だ。少し遅れて、ふわりと身体が浮き上がる感覚がする。彼に導かれるままに、僕たちは別の場所へとワープした。

     辿り着いた場所は、真っ白な空間だった。このループが始まる直前に見た、未来の要塞の一室である。周囲に人の姿はなく、機械の稼働する鈍い音だけが室内を満たしている。何から何までが、あの時と全く同じだった。
    「ここはアーククレイドル。僕の生まれた場所……そして、僕の死が眠る場所さ」
     隣に佇むルチアーノが、僕の隣で言葉を紡ぐ。その発言は、前の世界で聞いたものと一字一句変わらなかった。黙り込む僕の反応を困惑として受け取ったのか、彼がゆっくりと顔を上げる。にやりと笑みを浮かべると、以前と同じように語り始めた。
    「君に、僕の真実を教えて上げるよ」
     そこで語られた内容は、やはり以前と同じだった。人間を滅ぼそうと動き出す機械の兵と、殺されていく人間たちの攻防の話だ。彼の両親は機械の兵によって命を失い、彼は一瞬のうちに孤児になった。それは元となった人間の話なのだけれど、彼にとっては自分の体験と同じなのだろう。
     この話を持ち出されてしまうと、僕は何も言えなくなる。これまで平和な人生を送ってきた僕には、戦争の壮絶さは分からないのだ。彼の悲しみも絶望も、僕には真に理解することができなかった。
    「さてと、僕たちに残された時間もあとちょっとか。それまで、何して遊んでようか?」
     困惑する僕を見上げながら、ルチアーノは楽しそうに言う。彼は、ここで死ぬつもりなのだ。この選択を止めるために、僕は彼との絆を育んできたのである。
    「ルチアーノ」
     相手の目を真っ直ぐに見つめたまま、僕ははっきりとした声で告げる。要塞が建物にぶつかって、地面がぐらりと揺れた。何とか体勢を整えると、両手でルチアーノの手を握る。
    「こんなことやめようよ。僕と一緒に、町の外へ逃げよう」
     僕が言うと、ルチアーノは呆れた顔を見せた。ポカンと口を開けると、すぐにケラケラと笑い出す。耳を突き刺すような、狂った笑い声だった。
    「逃げようって、どこへだい?」
     答えようとして、何も言えなくなってしまった。ルチアーノは、嬉しそうな顔を浮かべていたのだ。狂ったような笑顔を浮かべて、畳み掛けるように言葉を続ける。
    「僕たちはここで、ネオドミノシティが消滅するのを見届けるんだよ。これで僕は……やっと、あの時の絶望から解放されるのさ」
     その表情を見せられたら、決意が揺らぎそうになってしまった。怯みそうになる心を押さえつけると、何とか続きの言葉を吐き出す。
    「僕は、ここで死ぬなんて嫌だよ。もっと、ルチアーノと一緒に生きたいんだ。どこか遠くに逃げよう」
     僕の言葉を聞いて、ルチアーノは表情を歪める。狂気に満ちた、歪んだ笑顔だった。人間とは思えないようなおぞましさを感じて、僕は一瞬言葉を失う。背筋が凍えて、たらりと冷や汗が垂れた。
    「逃げ場なんてないんだよ。僕には、ここで消滅するしか道はないんだ。そうでもしないと、この絶望からは逃れられない」
     僕を追い詰めるように、ルチアーノは淡々と言葉を続ける。絶望を知る者の深淵が、その言葉からは滲み出ていた。僕がどれだけ言葉を重ねても、彼の心には響かなかったのだ。一緒に食事を取ったことも、プレゼントを送ったことも、お泊まりの記憶さえも、彼をこの世に留める決定打にはならなかった。
    「これからも、○○○は僕と……ずっと一緒にいてくれるんだろ?」
     甘えたような声で、ルチアーノはそう呟く。その姿は、以前に見た光景と全く同じだった。恐怖がフラッシュバックして、何も言葉が出てこない。恐怖に震える僕を見つめると、ルチアーノは畳み掛けるように言った。
    「それとも、君も僕を一人にするのかい? パパや……ママのように……」
     もう、僕の完敗だった。そんなことを言われてしまったら、嫌だなんて言えない。彼が孤独を恐れていることは、これまでの会話で知ってしまったのだ。今さら、一人にすることなんてできなかった。
    「僕は…………君をひとりにはしないよ」
     恐怖に震える声で、僕はなんとか答える。それが本心ではないことくらい、ルチアーノにも伝わっているのだろう。それでも、彼は何も言わなかった。穏やかな表情を浮かべると、静かに僕を見上げる。
    「こんな僕を好きになってくれるなんて、本当に……変なやつだよ」
     だらりと伸ばされた僕の腕に、ルチアーノの手のひらが触れた。子供の高い体温が、僕の手のひらを包み込む。
    「僕は、この手を離さないぜ」
     今回も、僕は失敗してしまったのだ。ぐらりと揺れる要塞の中で、僕は絶望に襲わる。もし、願いが叶うなら、もう一度チャンスがほしい。叶うかも分からないのに、そんなことを願ってしまった。
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