スタンプラリー シティ中心部の繁華街は、たくさんの人で溢れていた。それもそのはず、今日は、シティで大規模なイベントが開催されているのだ。大通りの車道は封鎖され、歩道には屋台が並んでいる。町を行き交う人々は、皆がデュエルディスクを身に付けていた。
今日のイベントは、デュエルモンスターズと連動した催しなのである。大会を目前とした町興しとして、治安維持局が主催したらしい。半日ほど大通りを歩行者天国にして、スタンプラリーや対戦コーナーを設けているようだ。こうして見ればただの楽しい催しだが、真の目的はひとつになったネオドミノシティの発展をアピールすることらしい。
そんなシティのイベントに、僕たちは訪れていた。僕の隣には、夏の装いに身を包んだルチアーノがいる。少し下を向いているから、表情はあまり分からない。僅かに見える尖った唇が、ご機嫌斜めであることを教えてくれた。
数日前、僕がイベントに誘った時、ルチアーノは同行を渋ったのだ。不満そうに唇を尖らせると、突き放すような声色でこう言った。
「そんなの、君一人で行けばいいだろ。僕は忙しいんだ。下らないことに誘わないでくれ」
一気に捲し立てると、彼はわざとらしくそっぽを向く。視界に映る丸い頬は、ほんのりと赤く染まっていた。口ではきついことを言っているけれど、本当はそこまで嫌でもないのだろう。
「下らないことなんかじゃないよ。イベントのスタンプラリーに参加したら、限定のカードがもらえるんだから。特別加工のパラレルレアなんて、この機会にしかもらえないよ」
言葉を重ねるが、ルチアーノはこちらを見なかった。イベントのスタンプラリーに参加するなんて、子供みたいで恥ずかしいと思っているのだろう。そんな考えの方が子供らしいと思うが、怒らせることが分かってるから何も言わない。
「そんなに行きたいなら、別のやつと行ってきなよ。シグナーの双子なら、喜んでついていくだろ」
投げ槍な態度を隠さずに、ルチアーノは淡々と言葉を吐く。そこまで言うのなら、僕にも考えがあった。口角を僅かに上げると、わざとらしく肩を落として彼を見る。
「そっか。僕はルチアーノと一緒がよかったけど、嫌なら仕方ないよね。龍亞と龍可なら、一緒に来てくれるかな」
悲しげな声を作ると、彼はちらりとこちらに視線を向けた。僕の誘いを断ったことに対して、心が揺らぎ初めているのだ。その一瞬の隙を、僕は見逃さなかった。
「せっかく、ルチアーノと一緒に遊びに行けると思ったのにな。残念だな」
大きく溜め息をついてから、ルチアーノの様子を伺う。俯いたままの横顔は、唇が小さく震えていた。迷ったように一度視線を上げると、思いきった様子で顔を上げる。
「もう! 分かったよ! ついていけばいいんだろ!」
ガラスが震えそうなほど甲高い声が、僕の耳を貫いた。僕の目論み通り、彼の方が折れてくれたみたいだ。何だかんだ言っても、彼は僕のことが好きなのである。目の前で悲しまれるのは、気分が悪いのだろう。
「本当に、いいの?」
尋ねると、彼は大きく溜め息をつく。真っ直ぐに視線を向けると、頬を赤く染めたまま言葉を続けた。
「君がそこまで言うなら、特別についてってやるよ。特別に、だからな」
恩着せがましい物言いをしているのは、不本意であることを示すためだろう。聡い彼のことだから、僕の仕草がわざとであることも分かっているのかもしれない。とはいえ、どんな形でも、了承は了承だ。満面の笑みを浮かべながら、僕はルチアーノにお礼を言う。
「ありがとう。じゃあ、日曜日はよろしくね」
そんなこんなで、僕たちはシティ繁華街にやってきた。炎天下の町を歩くから、ルチアーノにも帽子を被せている。人混みを掻き分けながらスタンプシートをもらい、案内を見ながら町へと繰り出した。
スタンプラリーの設置場所は六ヵ所で、繁華街をぐるりと囲むように置かれているらしい。左右のどちらから向かうかは、参加者の自由みたいだった。マップと人の流れを確認してから、僕は一歩足を踏み出す。
「じゃあ、左側から行こうか」
ルチアーノの手を繋ぎながら、僕は彼に微笑みかけた。隣を歩くルチアーノは、見事な仏頂面を浮かべている。僕に手を引かれていることが、嫌で仕方ないのだろう。とはいえ、はぐれたら困るから、僕も譲らなかった。
最初のスタンプ台は、スタート地点から十分ほど歩いたところにあった。公共施設の入り口に、目立つボードと共に置かれている。ボードに示されたスタンプの絵柄は、かつてのデュエルキングが使っていたブラック・マジシャンだった。
「あったよ」
ルチアーノの手を引きながら、スタンプ待ちの列に並ぶ。前に並ぶ人々は、小学生くらいの子供が多かった。友達同士で話していたり、保護者らしき大人と手を繋いでいたりする。そんな列の中にいると、僕たちも兄弟か何かのようだ。
スタンプ台の前へと出ると、インクをつけて用紙に押し込む。ブラック・マジシャンだからか、インクの色も黒色だった。二人分のシートにスタンプを押すと、人で混み合う繁華街を歩いていく。次のスタンプも、ここから十分ほど歩いたところにあった。
「着いたね。列に並ぼうか」
ルチアーノに声をかけてから、僕は列の最後尾に並ぶ。またしても、彼からの返事は帰ってこなかった。麦わら帽子を帽子を目深に被ったまま、じっと地面を見つめている。こんなにも大人しいルチアーノは、これまでにもほとんど見たことがない。心配になって、僕は彼に視線を向けた。
「ねえ、大丈夫? 調子でも悪いの?」
「そんなことねーよ」
声をかけても、帰ってくるのは突き放すような返事だけだ。否定の言葉を受け取っても、やっぱり心配になってしまう。スタンプラリーに参加することが、そんなにも嫌だったのだろうか。様子を見ているうちに、次のスタンプへとたどり着いた。
二つ目のスポットのスタンプは、青眼の白龍である。こっちは瞳の色にちなんでいるようで、インクの色は青色だった。スタンプを用紙に押すと、再び次の目的地を目指す。
「ねえ、本当に大丈夫? 調子が悪いなら、どこかで休憩するけど」
改めて声をかけても、ルチアーノは唇を尖らせただけだった。一瞬だけこちらに視線を向けると、鋭い口調で言い返す。
「何もないって言ってるだろ。しつこいぞ」
仕方がないから、僕はそのまま先を目指すことにした。三つ目の待機列に並んで、無事にスタンプを入手する。ここのスタンプは、赤眼の黒龍だった。
次のスタンプを目指して歩を進めると、背後から足音が聞こえてきた。僕の真後ろで止まると、間髪入れずに聞き慣れた声が響いてくる。
「○○○!」
後ろを振り向くと、そこには男の子たちの姿があった。シティ内陸部でよく見かける、知り合いの小学生グループだ。微笑ましい姿に笑顔を浮かべると、彼らに向かって声をかける。
「みんなも来てたんだね」
「うん。カードがもらえるって言うから、みんなで来たんだよ。○○○は、いくつくらい集まったの?」
「まだ、三つ目を押したところだよ。すぐそこにあるんだ」
彼らの問いに答えながら、僕は背後のスタンプ台を指差す。グループの中の一人が、嬉しそうに列へと走っていった。後を追いかけるように、もう一人の子供も走っていく。残された男の子の一人が、僕の隣にいるルチアーノへと視線を向けた。
「ルチアーノも一緒なんだね」
「こいつがついてこいって言うから、仕方なく来てやったんだよ。どうしても、カードがほしいんだってさ」
帽子を目深に被ったまま、ルチアーノは面倒くさそうに言う。明らかに、触れられたくないという態度だった。彼が同行を渋っていたのは、この辺りに原因があるのかもしれない。
「じゃあ、僕たちはあっちに行くね。二人もスタンプ集め頑張って」
気を遣ったように言い残すと、男の子は友達の後を追った。ルチアーノの不機嫌な態度に、嫌な予感を感じたのかもしれない。少し申し訳なくなって、思わずルチアーノを嗜めた。
「せっかく声をかけてくれたのに、あんな態度を取っちゃダメでしょう。もっと優しく答えないと」
「どうして、僕があんな奴らに優しくしなきゃならないんだよ。子供なんてうるさいだけだろ」
「そんなこと言わないでよ。みんな、ルチアーノと友達になりたいだけなんだよ」
「僕は、友達なんて要らないよ」
何度も言い聞かせようとするが、彼は応じてくれない。機嫌を損ねたのか、ますます黙り込んでしまった。むすっとした様子のルチアーノを連れたまま、四つ目と五つ目のスタンプを押していく。出発から一時間ほど経った頃には、最後のスタンプを残すだけになった。
六つ目のスタンプを目指していると、背後から足音が聞こえてきた。僕の真後ろまで近づくと、大きな声で名前を呼ぶ。その声も、僕には聞き慣れたものだった。
「○○○!」
背後を振り替えると、用紙を手にした龍亞が立っている。隣には、妹の龍可の姿もあった。炎天下の真下だからか、二人も帽子を被っている。身に纏っている服装も、いつもより涼しげだった。
「龍亞、龍可! 二人も来てたんだね」
「デュエルモンスターズのイベントがあるって言うから、ポッポタイムのみんなで来てるんだ。遊星たちも一緒だったんだけど、デュエルに誘われちゃったから、オレたちだけでスタンプラリーに来たんだよ」
流れるような言葉選びで、龍亞は近況を教えてくれる。デュエリストに囲まれる遊星の様子が、手に取るように伝わってきた。ジャックとクロウも、今頃はデュエルコートの上だろう。そうなると、二人の面倒を見るのはアキの役目になる。
「アキは一緒じゃないの? いつもは、三人で一緒にいるでしょう」
「一緒に来てるわよ。今は、スタンプの列に並んでくれてるの。龍亞が走ってっちゃったから、私が追いかけてきたのよ」
「だって、○○○がいたんだもん。こういう時にしか会えないからさ」
嗜める龍可を横目に、龍亞は唇を尖らせる。初等部に所属している彼らにも、僕たちの対立関係は伝わっているようだった。こんな風に気を遣われてしまうと、少し申し訳なく思ってしまう。僕が言葉を探していると、龍可が隣を見ながら呟いた。
「今日は、ルチアーノくんも一緒なのね」
「そうだよ。僕はこいつの付き添いなんだ」
名前を呼ばれて、ルチアーノは申し訳程度に返事をする。会話が続く前に、向こうからアキの声が聞こえてきた。慌てて踵を返してから、二人は僕の方へと視線を向ける。柔らかい瞳を向けてから、龍可は僕たちに言った。
「そうなの。呼ばれちゃったから、私たちはもう行くわね。二人も楽しんで」
人混みに消えていく後ろ姿を見ながら、僕は呆然と立ち止まった。僕たちに向けられた龍可の言葉は、妙に大人びていたのだ。いつの間に、彼女はあんなにも成長したのだろう。女の子の成長と言うものは、本当にあっという間だ。
「だから嫌だったんだよ」
呆然とその場に立っていると、隣から声が聞こえてきた。びっくりして視線を向けると、ルチアーノが肩を震わせている。状況が分からなくて、僕は間抜けな声を上げてしまった。
「え?」
「だから嫌だったんだ。こんな目立つイベントに来たら、君の知り合いがたくさんいるだろ。子供にこんな姿を見られるなんて、神の代行者としての屈辱だ」
恥ずかしそうに視線を下げると、ルチアーノは唇を噛み締める。何だかよく分からないが、スタンプラリーに参加するのは、彼のプライドが許さないらしい。そんな彼を慰めるように、僕はしっかりと手を握り直した。
「でも、僕は楽しかったよ。ルチアーノと一緒にイベントに参加して、忘れられない思い出ができた」
「君は、本当に能天気だよな」
僕の言葉に毒気を抜かれたのか、ルチアーノが呆れたように呟く。彼の声を聞きながら、僕は最後のスタンプの列に並んだ。このスタンプを集めたら、後は景品と引き換えるだけだ。目的が果たされたら、静かなカフェで休むのもいいだろう。
ルチアーノを先導するように、僕は一歩足を踏み出す。賑やかな子供たちの声が、優しく僕たちを包み込んだ。