スイカ割り お盆休みに入ると、テレビはバラエティ色が強くなる。朝の情報番組などでも、親子向けのアクティビティを紹介するようになるのだ。番組のリポーターも各地の観光スポットに出向いては、来客の子供にインタビューをしているくらいである。映像としては微笑ましいけれど、面倒を見る親の気持ちを考えるとため息が出てしまう。
ぼんやりと流れる映像を見ていると、市外のビーチの映像が映し出された。燦々と太陽が照りつける浜辺に、たくさんの人間が蠢いている。波を足元に絡ませながら走る人がいれば、砂で城を作る人や、ボールを追いかけて遊んでいる人もいる。屋外はこんなにも暑いというのに、遊んでいる人たちは楽しそうだった。
そんな映像の中に、興味深いカットが映った。若い女の子が取材を受けているシーンの背景に、ビニールシートの上に置かれたスイカが映っていたのだ。近くには目隠しをした男の子がいて、棒を手に周囲をうろついている。日本の風物詩とでも言えるような、スイカ割りの光景だった。
そういえば、僕はスイカ割りというものをしたことがない。大抵の家では、スイカを丸々使うような遊びは、特別なイベントでもない限りできないだろう。道具を用意するのも大変だし、飛び散ったスイカを片付けるのも大変だ。それに、果物は生鮮食品だから、切ったら直ぐに食べなくてはならないのだ。
映像に映る男の子たちは、楽しそうにスイカを叩いていた。棒を握るのはまだ幼い子供たちだから、どれだけ叩いても大きく揺れるだけである。運良く真ん中に当たったとしても、そこにはヒビしか入っていない。見かねた父親が棒を叩きつけて、ようやく真っ二つに割れていた。
そんな光景を見ているうちに、僕はあることを思い付いた。子供の頃にできなかったスイカ割りというものを、ルチアーノと一緒にやってみたくなったのだ。これなら夏の風物詩を体験してもらえるし、割ったスイカを食べてもらうこともできる。僕も楽しめるから、一石二鳥だと思ったのだ。
「ねえ、ルチアーノ。スイカ割りって知ってる?」
ある日の夜、ルチアーノと向かい合うと、僕は前置きも無くそう切り出した。彼は幅広い知識を与えられているから、スイカ割りのことも知っているかもしれない。思った通り、彼からは淡々とした返事が返ってきた。
「知ってるよ。目隠しをしてスイカを割る遊びだろ。それがどうかしたのか?」
「今度、それをやってみない?」
言葉を続けると、ルチアーノは怪訝そうに眉を潜めた。冷めた視線で僕を見ると、視線と同じくらい冷めた声色で言う。
「君は、そんなものに興味があったのか? 目隠しをしてスイカを割るだけの、子供騙しみたいなイベントに?」
どうやら、彼はスイカ割りには興味が無いようだった。冷めた視点で話の流れを捉えて、冷めた言葉を返してくる。苦笑いを浮かべながらも、僕は彼を説得しようとした。
「だって、楽しそうだと思わない? 目隠しをしてスイカを割って、自分で割ったスイカを食べるんだよ」
「そんなもの、スイカ割りなんて面倒臭いことをせずに、普通に食べたらいいだろ。棒で叩いたら大破するだけだし、地面に落ちたものを食べることになるぞ」
「そうかもしれないけど、それも醍醐味なんだよ。自分で割ったっていう体験を含めて、夏の思い出になるんだから」
なんとか言葉を並べてみるが、ルチアーノはなかなか折れてくれない。にやりと口角を上げると、からかうような声色で言葉を返す。
「そんなこと言って、本当は君が遊びたいだけなんだろ。君は僕を口実にして、遊びの予定を入れたがるからな」
鋭い一言に、僕は言葉を続けられなくなってしまった。彼の言うことは、当たらずも遠からずだったのだ。ルチアーノにスイカ割りを体験してほしいのが一番だが、僕が体験してみたいと思ったことも大きいのだから。正面からはっきり指摘されてしまうと、返す言葉に詰まってしまう。
そんな僕の動揺を察して、ルチアーノは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。正面から僕を見上げると、笑みを含んだ声色で言った。
「図星なんだな。まあ、君がどうしてもやりたいっていうなら、付き合ってやっても構わないぜ」
いつものルチアーノらしい、上から目線の言葉である。とはいえ、どんな形であっても、了承は了承だ。付き合ってくれると言ったからには、後から撤回するようなことはないだろう。
「本当? 約束だからね」
真っ直ぐにルチアーノの顔を見ながら、僕は畳み掛けるように言葉を告げる。頭の中では、既に道具の用意のことを考えていた。
スイカ割りの用意が整ったのは、それから四日ほど経ってからだった。ホームセンターでビニールシートと木の棒を買い、八百屋で一玉のスイカを買ってきたのだ。割ったスイカは二人で食べることになるから、小玉スイカとして売られているものを選んだ。できるだけ費用を抑えようとはしたのだが、全ての道具を整えるのには、そこそこのお金がかかってしまう。
道具を集め終わったら、次は場所の準備だ。庭にビニールシートを広げると、用意した杭で四隅を留める。中央に鎮座するスイカは、転がったりしないようにしっかりと固定した。視界を覆う目隠しは、タンスの中に眠っていた手拭いで十分だろう。
「ほら、用意ができたよ」
準備を整えると、僕はルチアーノに声をかける。リビングでソファに座っていたルチアーノが、面倒臭そうに腰を上げた。庭に広げられたスイカ割りの道具を見て、呆れたように息をつく。
「本当にやる気なのかよ。物好きなやつだなぁ」
「ほら、こっちに来て」
ルチアーノの手を引くと、彼を庭の外まで引っ張り出す。用意していた手拭いを渡すと、渋々ながらも受け取ってくれた。スイカを割るための棒を渡すと、彼は怪訝そうな顔でこちらを見る。
「君は割らなくていいのかよ」
「こういうのは、子供が割るものだからね」
何気なく答えると、彼は機嫌を損ねたようだった。小さく鼻を鳴らすと、鋭い視線をこちらに向ける。
「子供扱いするなよ。実年齢で言えば、僕の方が歳上なんだからな」
不満そうな顔をするルチアーノを、なんとか宥めて木の棒を持たせる。手拭いの目隠しは、僕も固定するのを手伝ってあげた。ビニールシートの上に片足を乗せると、ルチアーノは木の棒を構える。
「三回回ってからスタートするんだって」
僕が言うと、ルチアーノはその場でぐるぐると回った。ピタリと動きを止めると、しっかりとした背筋で気の棒を構える。平衡感覚を弱らせるのが目的らしいが、機械であるルチアーノには効いていないらしい。しっかりした足取りでシートに上がると、きひひと甲高い笑い声を上げた。
「なあ、知ってたか? スイカ割りの起源は、古代中国の罪人の処刑に由来してるらしいぜ。地面に埋めた罪人の頭を、棍棒で叩き割ってたらしいんだ」
恐ろしいことを語りながら、彼はビニールシートの上を歩いていく。僕が戸惑っていると、急かすように言葉を続けた。
「ほら、早く指示を出しな」
「えっと、もっと右」
慌てて方向を告げると、彼はそちらへと身体を動かしていく。大方予想はしていたが、平衡感覚に影響は出ていないみたいだった。僕が出す指示を一つずつ拾って、左右に身体を動かしていく。スイカの前でピタリと動きを止めると、両手に構えた棒を高く振り上げた。
「そこだ!」
威勢のいい声と共に、木の棒を叩きつける。柔らかいものが潰れる音が響いて、スイカの中央にヒビが入った。棒はそのまま真下へとめり込み、赤い果肉をぐちゃぐちゃに撒き散らす。
自信ありげに息をついてから、ルチアーノは視界を覆っていた手拭いを外した。果汁を流して転がるスイカを見ると、誇らしげな顔でこちらに視線を向ける。
「脳天を貫いたな」
「嫌な言い方しないでよ……」
小さな声で諭しながらも、僕はビニールシートの上へと歩を進める。転がったスイカの欠片を手に取ると、片方をルチアーノに差し出した。
「ほら、食べるよ」
スイカの片割れを手にすると、僕は縁台に腰をかける。棒を放り出したルチアーノも、僕の隣に腰を下ろした。大きく口を開けると、スイカにかぶりつく。さっきまで冷蔵庫で冷やしていたから、果肉は冷たくておいしかった。
果肉を咀嚼すると、手のひらに種を吐き出した。スイカの種を吹き出すのは、さすがに恥ずかしかったからやめた。ルチアーノに見られたら、絶対にからかわれるだろう。
「おいしいね」
声をかけるが、ルチアーノは黙々とスイカを食べている。果肉を全て口に含むと、器用に種だけを吐き出していた。器用なものだと思っていると、彼は唐突に顔を上げる。
「今度は、君がスイカを割るところも見たいな。君は運動神経が悪いから、盛大に空振りするんだろ」
くすくすと笑いながら、ルチアーノは楽しそうに言う。どうやら、彼の中での僕のイメージは、そんな感じになっているようだった。実際に空振りしそうなのだけど、認めるのは恥ずかしいから何も言わない。食べ終わった残骸をビニール袋に入れると、ビニールシートを片付けるために庭に出た。
原型を失ったスイカの残骸をかき集めると、ビニール袋の中に押し込む。捨てるのは勿体ないのだが、食べられるようには見えなかったのだ。果汁でベタベタになったビニールシートも、燃えるごみのごみ袋に押し込んだ。スイカを割るのに使った棒は、洗ったら再利用できるだろう。
黙々と片付けを進めていると、ルチアーノが歩み寄ってきた。僕の手元のごみ袋を見ると、呆れたようにため息をつく。
「それにしても、コスパの悪い遊びだよな。時代にそぐわないぜ」
「そうかもね。もう、やってる人もあんまり見ないから」
彼の言葉を聞きながら、僕は袋の口を閉じた。夏は生ゴミが匂うから、これは忘れずに捨てなければならない。一瞬で終わってしまうわりには、準備や片付けが大変だった。
でも、そんな疲労とは対照的に、僕は満足していた。スイカ割りなんて、人生においてそんなに遊ぶ機会もないだろう。最初で最後の体験をルチアーノと分かち合えたことが、僕にとっては何よりも嬉しかったのだ。
今度は、何をして遊ぼうか。ルチアーノの横顔を眺めながら、僕はそんなことを思うのだった。